第3-25話 相談

 救急隊の帰着とともに俺が事務室に戻ると、俺や江尻の覚悟は全員に伝わったようだった。

 それからは氷が溶けたようにはしゃいだ。全員の心の中に「コレが最後かもしれない」という事実があることには変わりなかったが、「せめていつもどおり」と思っていたのかもしれない。それぞれの心の中でどんな感情が生まれていたのかは打ち明けなかったが、それがシキシマらしいといえばシキシマらしい。

 それどころか、この終着点が何処なのかすら分からなかった。それが江尻に託されたのか、誰かが終止符を打つのか、はたまた次の火災出動で明らかになるのか、何もわからないまま時間だけが過ぎた。それでも決して俺達がきっかけを作ることはできなかった。江尻の心中を察すると、それがせめてもの気遣いだった。


 その日の勤務は、何事もなく終わりを迎えた。一日の中で、こんなにも状況や感情が変化したのは久々だった。

 「悲しむのは家に帰ったら」と思っていたが、そんな必要もなかった。家に帰ると、俺は普段どおりに過ごした。ベッドに倒れ込んだときも、悲しみが溢れ出してくることはなかった。それがどこか冷めているような気もしたが、かといって無理やり悲しむこともない。

 サキちゃんに話そうかと思ってスマホを手に取ったが、何故か話す気にならなかった。「大事なことだったから直接話したかった」という言い訳まで考えたが、実際に思っていたのは「コレは俺達にしか分からない」という想いだった。


 それでも誰かに話したくなって、俺はバイクに跨った。

 幹線道路を走らせ、キリさんの家に向かった。

 家に着くと奥さんが外で庭仕事をしていた。

「ご無沙汰しています」

「こんにちは!ウチのなら、いま走りに行ってるわよ!」

「そうですか。ではまた伺います」

そうは言ったが、俺はキリさんのランニングルートにハンドルを取った。

 キリさんのランニングルートは市街地から山間部に向かうルートだ。

 俺はツーリングがてらにバイクを走らせると、反対車線にいまにも倒れてしまいそうな老人の走る姿が見えた。

 路肩にバイクを止め、声を掛けた。

「今日は何キロですか?」

「ハーフ」

老人は走りながらぶっきらぼうに返したが、つまり二十キロだ。

「こんなところで倒れたら、誰も助けにきませんよぉ」

「どうせ119番しても来るのはお前達だろ?それなら一人でひっそりと死んだほうがマシだ」

(相変わらず嫌味しか言わねぇな)

「こんなところまでわざわざどうした?俺がいなくなってもう困っちまったか?」

「暇してるだろうと思って相手しに来ました」

「ほおぅ、辞めた途端言うようになったな」

キリさんはちょうどバイクのところで足踏みして止まった。

「この先に公園がある。そこで待っとけ」

「わかりました」

俺はバイクを返すと、言われた公園に向かった。先に着いて自販機でコーヒーとスポーツドリンクを買う。

「わざわざわりぃな。給水係やってもらって」

キリさんはヘラヘラとベンチに座った。

 俺はスポーツドリンクを手渡し、自分用のコーヒーを開けた。

「そういえば、助教行ったんだって?石井から連絡もらったよ」

「まぁ」

俺はなんとなく気まずい顔をした。

 色々なことがあったとはいえ、大林さんが怪我したことに関与している。それが気まずくて苦い顔をした。

 それに気付いてか、キリさんの方から話を崩してくれた。

「お前なんかが助教とは、ウチの会社も落ちたもんだな」

俺は平身低頭しながらも、話の入り口を探った。それでもキリさん自身が深刻な話を聞きたがらないように感じた。

 しばらくは消防学校の話をした。そこからかつての思い出話に花を咲かせたあと、暇な話に飽きたのかキリさんの方から切り出した。

「で、何か話があるんだろ?」

「えぇ・・・」

キリさんは黙った。俺に話をさせるため静かになった。

「エジが、PTSDになりました」

横目にキリさんが驚く表情が見えたが、すぐに切り替えた。

「なんでアイツがなるんだ!なるなら大林だろ!」

それが戯言なのはお互い理解している。

 キリさんは居直って続けた。

「結構深刻か?」

「えぇ、俺は見ていませんが、本人から見受ける印象ではなかなか深刻だと思います」

「そうか・・・」

「キリさん、俺がやってきたことは無茶だったんでしょうか?」

その言葉にキリさんが異様に反応した。

 それから落ち着いて、吐き出すように言った。

「まぁなぁ。もともと無茶な仕事だからな」

キリさんは不敵にも爽やかな顔を見せた。

「でもよぉ、お前達がいなきゃあの子供達が助からなかったってのも事実じゃねぇか」

俺は苦い顔をした。本当はそれを江尻に言ってやりたかった。

「お前が後悔しちまったら、それこそエジがしてきたことも、俺が辞めたことも、全部間違ってたことになっちまうじゃねぇか」

キリさんは笑った。

「エジに伝えてくれ。なによりも大切なことは、要救助者もお前達も誰も死ななかったってことだ。今どき、レスキュアーが命や人生を掛けるなんて古いかもしんねぇけど、それでも行くヤツがいるってのは尊いことじゃねぇか」

俺は思わず顔を上げられなかった。

「”お前は間違ってない”って言ってやればいいだけなんだよ」

俺はハッとした。確かにそのとおりだった。俺自身が信じきれていなかった。無茶をすることの代償に怯えていた。例え代償を払ったとしても、それでもレスキュアーたることに疑問を抱いてしまっていた。

「そんじゃ、ロートルの仕事は終わりだ」

キリさんは立ち上がると、振り返りもせずに走っていった。

 俺はしばらくそこに残されたまま動けなくなった。乗り越えてきた数の違いに唖然とさせられた。

 きっとキリさんの中では、江尻が立ち上がろうが立ち上がれまいが関係ない。もちろん悲しみは感じているのだろうが、重要なのはそこではない。自分達の戦いが間違っていないということの方がよっぽど重要なのだろう。




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