第3-23話 告白
江尻は会議室に連れて行かれた。鈴木隊長と渡部救急隊長で三者面談をしている。
俺は他の職員に説明しておくよう言いつけられた。慎重に言葉を選んでは感情的になり、冷静になっては主観的になってを繰り返した。
そのうち、武林と仲宗根が気を遣って席を外した。
「エジさん、どうなっちゃうんですか?」
俺はその質問に答えられなかった。
「イシ・・・これが最前線の現実なんだよ」
そう言うと自分の中で妙に納得した。
「無茶してればいつかこんなことになると分かってた。怪我したり、命落としたりしなかっただけマシなのかもな」
「ムラさんは、それでいいんですか?」
石田は子供のように訴えた。
「いいわけないだろ」
思いのほか怒りが籠もらず、諦めるように吐き出した。
石田は事務室を出た。
俺も一人になりたかった。
心が苦かった。それは江尻の現状にではなく、江尻の心中を察すると心の底から同情した。
真相を知り得なかったとはいえ、江尻はこのことをしばらく一人で抱えていた。もちろんそれは鈴木隊長が悪いわけでも、俺が悪いわけでもない。それでも同情に耐えなかった。
「何故気付いてやれなかったんだ」などとは思わない。むしろ「何故言わなかったんだ」と怒りさえ感じたが、それでも相談されていたところでどうすることもできなかったのが事実だ。
いかようにして俺達に伝えるかを悩んだだろうことに胸が苦しくなった。
三者面談が終わったのは、夕方になってだった。
きっと全てを話したことだろう。今後の予想し得る未来を全て取り上げたのだろう。そのなかには俺が持った希望的観測もあれば、絶望的な状況も含まれる。
三人が事務室に戻ってくる足音で、俺は咄嗟に事務室を出た。
罪悪感でもなく、同情でもない。単に想像できなかった。俺が取るべき行動を予見できなくてその場を逃げ出した。
廊下を通らないようにして署内を回り込み、仮眠室に向かって行った。一人の空間を陣取る。
考えても考えても解決方法が見つからない。江尻に詳しいことを聞きたいにも合わせる顔がない。
昨日から、泣きたくて泣きたくて仕方なかった。それでもそれだけはやってはいけないと思った。 気持ちに素直になって涙を流してしまっては、最悪の想定が現実になってしまうような気がした。
俺は一人、訓練棟を登った。階段を登りながら必死に感情を押し殺す。
溢れ出した感情が落ち着くと、俺は訓練棟の柵に肘を付いて顎を支えた。
「カンカン」と鉄製の階段をゆっくりと登ってくる足音が聞こえる。訓練で何度も登ったこの階段、数を数えなくても到着したことは分かる。
俺は振り返りもせずに質問を投げかけた。
「どうして言わなかった?」
罪悪感ついでに苦しい質問をした。
「言われても、困るかなって」
江尻は俺の数歩手前で止まった。
「エジ、お前、自分で気付いてたんだろ?」
「はい」
「いつからだ?」
「ムラさん達が助教に派遣された日くらいでしたかね」
俺は江尻に説明させるため黙った。
「朝の点検で面体を着けようと思ったら、怖くて着けられなかったんです。気のせいかとも思ったんですけど、次の当直でもダメでした」
俺は怒るように溜め息をついた。
「それでも、他のことはまったく問題ないんです。救急支援に出動しても、救助出動に出ても、まったく問題なくやれるんです!でも・・・面体だけは着けれなくて、それを誰にも言えませんでした」
「どうしてそのとき言ってくれなかった!」
「だって、ムラさん、どうせ”面体着けるの遅せぇ”って言うじゃないですか」
江尻は戯けて俺の口癖を言った。
「エジ・・・こんなときまでふざけなくていい」
江尻が小さく鼻をすする音が聞こえた。
「自分・・・何もできなかったんです。小さい頃・・・」
諦めたように大きく鼻をすすった。
「勉強ができたわけでもなく・・部活で輝いたわけでもなく・・女の子からモテたわけでもない・・・クラスの中でも目立つような人間じゃなくて、同級生に”消防士になった”って言えなかったんです」
言葉が濁音混じりになっている。
「やっと・・・やっと、少しづつできるようになってきたんです」
俺も思わず額を掴んだ。
「あなたや隊長に認められて、石田みたいな優秀な子と張り合えるようになって、やっと俺にも自慢できることができたんです」
もうほとんど叫ぶような声になっていた。
「それなのに、それなのに・・・どうして俺なんですか!」
それから俺は何度も溜め息を吐いた。何度も唾を飲み込んだ。
「どうして・・こんなに頑張ってきたのに・・・どうして報われないんですか・・・」
俺は何も返せなかった。
いつもなら「報われるためにやってるわけじゃない」とでも言うのだろうがその言葉すら出てこなかった。いまの江尻にかけるにはあまりにも酷だった。
「それなら、俺があなたの身体になります。あなたが指示してくれれば、俺が全部動きます」
江尻の後ろから石田が姿を見せた。
「そんなの俺には無理だ。ムラさんならましても、俺には・・・」
「やめてください。なんでもいいです。なんでもいいから、諦めるってのだけはよしてください」
石田は半分怒っていた。
「これまで、どれだけ僕に無茶させてきたと思ってんですか。そのたびに諦めなきゃなんとかなるって思ってきて、大人達の生き様にそう思い込まされて、それなのに今になって無理なものもあるなんてやめてください」
「イシ・・・」
「どんなに苦しくたって、どんなにキツくたって頑張ってきたのに、敵わないこともあるなんて言わないでください。追い込まれた状況だって、病気になったって這い上がってきたのに、面体が着けられないくらいで諦めるなんて言わないでください」
「イシ!そういうことじゃないんだ!」
「そういうことじゃなくないです!」
石田は間も開けずに返した。
「そういうことじゃなくないでしょう。ずっとセオリーから外れてきた。マニュアルなんて壊してきた。そのたびに周りからどんなことを言われてきたか知ってますか?シキシマってだけでなんて言われてるか知ってますか?”過激派”ですよ?それでもなんとも思わなくなってたんです。それがこんなところで諦めたら、それこそ都合の良いわがままじゃないですか」
石田の言うとおりだった。
それでもだからといってこの状況に対応できる知識も経験もない。いつものように「大丈夫」なんて言えなかった。
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