第3-21話 最終想定訓練

 「では最後に、阿部助教からの訓示を頂戴します!」

木曜日の訓練終わり、とうとう残り一日となって、初任生や助教の周辺では常に感動モードの空気感が流れていた。

 阿部助教は指揮台に登壇すると、しばらく仁王立ちをした。全員の顔を眺めるように左右に見回すと、肩に入れた力をスッと抜き、長い溜め息を吐いた。

「終わっちゃうな・・・」

それは溢れるような小さな声だったはずなのに全員に届いた。

 恐ろしく力んだ男から発されらその言葉に、全員が涙ぐんだ。

「十三年前、俺はここを卒業した!君達と同じように!何人を助けてこれただろう。何人の命に関われただろう。きっと俺じゃなくても助けられた命もあった。でも、俺じゃなきゃ助けられない命もあった。・・・いま本当に思うんだ。あのとき諦めなくて良かったと。消防学校でこてんぱんにやられたあの日、投げ出してしまわなくて良かったと!・・・お前らを待ってる要救助者は必ずいる。そのとき、胸を張って”助けに来ました”と言ってやれ!いいか!」

「ハイ!」

全員の声が揃った。

 思わずこちらまで涙を誘われる。

 阿部助教が脇に並ぶ助教達を一瞥した。

「俺達が教えたんだ・・・最強の消防士になってもらわないと困る」

「ッシャー!」

焚き付けられた若者達の返事は言葉が崩れた。

「それでは最終想定訓練にかかる!」


 想定内容は以前俺が出動したマンション火災をアレンジした。

 初任生達は見事に立ち回り、どんどんと要救助者を救出した。

 想定内容に負荷を掛けるため、助教補佐数名を隊員負傷として忍ばせたが、落ち着いて対応した。

 もちろん俺達から見れば劣る部分はあるものの、総合的に評価して「優秀」以外のなにものでもなかった。むしろデブリーフィングで言うことがなくて困るほどだった。

 俺達は最後に最大のトラップを仕掛けた。

 訓練の終盤、「鎮火、なお建物倒壊危険のため再度進入禁止」と命令を出す。その上で事前に忍ばせておいた石田補佐に訓練棟の屋上で騒がせた。

「おーい、助けてくれ!」

全員が反応して、予想どおりに許可依頼の無線が入る。

 俺はそれにことごとく「禁止命令」を繰り返し、正面の入り口では阿部助教が、裏口では金井助教が立ち塞がって止めた。

 初任生達は考え込み訴え続ける。俺達はそれをことごとくはじく。

 ある一人の学生が叫んだ。

「倒壊危険とはどの部分が原因ですか?」

第四小隊の片野学生だった。

(そうだ。それでいい)

「倒壊危険にあっては建物一階部分の壁面に亀裂が見られるため」

そう伝えると、初任生達はヒソヒソ話を始めた。

「では、一階部分にショアリングをすれば進入可能ですか?」

「あぁ構わない」

阿部教官が言うと初任生達は一斉に動き出した。

「ショアリング活動については第一小隊が最少人数でかかります!資器材の準備は第二小隊、ショアリングが完了次第、第四小隊が救出活動、第三小隊がバックアップにあたります!」

「指揮本部了解」

俺は満足げに無線を返した。

 「諦めるな」という言葉の意味が伝わった瞬間だった。


 初任生達よりも早く、助教達が卒業を迎える。

 消防学校の校舎から門までの道を、初任生達が二列になって見送る。

 俺達は一人一人に声を掛け、別れを惜しむ。いつか一緒に活動するかもしれない学生もいれば、一生会うこともない学生もいる。とはいえ、もう一度会う。数時間後に。

 各助教、各小隊の飲み会に招待されている。俺と石田も第四小隊の飲み会に招待されていた。

 一足先に駅に着いた俺達はアップがてらに乾杯をして時間を潰す。事前に知らされていた時間になると、指定された店へ向かった。

 居酒屋の座敷には二十四名の初任生が集まり、俺達を出迎えてくれた。

 そこからは助教と初任生という間柄ではできなかった話で盛り上がった。ときには川野教官や石井教官らの昔話をして場を盛り上げた。

 途中、俺のスマホに一本の電話が入る。

 着信の名前を見て、俺は静かに店の外へと抜け出した。

「もしもし、おつかれさまです」

「おう。助教派遣おつかれさま。打ち上げやってる頃か?」

「あぁ、まぁそうですが・・・どうしました?」

「そうか。それは悪かった。ちょっとばかし相談があってな・・・明日時間あるか?」

「はい。きっと昼まで寝てしまうと思うので午後でも構いませんか?」

「じゃあ昼過ぎにウチに来てくれないか?」

「分かりました。では、失礼します」

それは鈴木隊長からの電話だった。

 鈴木隊長が「相談」などと言うときは決まって深刻な内容だ。あの気遣い屋のオヤジが打ち上げ中だと分かってて電話をしてくる時点で、事の深刻さを察する。こんなときに聞きたくない話だった。

 それからの飲み会は気持ちが踊らなかったが、それは初任生にも石田にも悪い気がして、できるだけ漏らさないようにした。


 俺達は初任生達よりも一足先に店を出ることにした。こっそりと麻生小隊長を呼びつけ、会費に上乗せした金額を渡した。酔っ払った初任生達に短めの挨拶を残した。無礼講な彼らは、大泣きしながら俺達との別れを惜しんだ。

 店を出て、駅に向かっていると、石田が声を掛けてきた。

「もう一杯いきますか?」

「あぁ、すまん・・・今日は疲れた。また今度にしよう」

疲れていたわけではない。

 俺達は真っ直ぐ家路に着いた。


 翌日、俺は昼まで寝ることはなかった。ソワソワと午前中を過ごし、十三時ピッタリに鈴木隊長の家に着いた。

「ピンポーン」

インターホンを鳴らすと、鈴木隊長の奥さんが出迎えてくれた。

「あら、ムラちゃん!久しぶり!ヒロくんなら縁側にいるわよ!」

俺は丁寧に奥さんに挨拶をして、庭先の縁側に向かった。

 縁側に座るオヤジはこちらを見ることもなく真っ直ぐを見つめたままタバコを吸い続けている。

 俺は何も言わずに隣に座り、ポケットから電子タバコを取り出した。

 オヤジは無言のまま三回タバコを吸い続けた。

「PTSDだ・・・」

俺は溜め息をついてそのまま息を止めた。

 息が苦しくなったところで一気に吸い込み、もう一度つく溜め息に言葉を乗せた。

「エジ・・・ですか」




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