第3-18話 無駄な努力
「お前らは黙ってろ!ヤツが必死に頑張っているとき、お前達は自分達のことしか考えてなかった!応援なんかする資格ねぇ!黙ってろ!」
初任生達は凍りついている。
俺は後藤学生の方に向き直った。
「ほら、お前が頑張っても誰にも関係ないんだよ!必死にやったって助けに来てくれるヤツなんていないんだよ!なぁ?諦めろ」
「後藤!絶対に離すな!あの声なんて聞くな!離したら絶対に戻れないぞ!絶対離すな!」
石田は必死に声を掛けた。
「いいよもう、諦めろよ。離しても誰もなんとも思わねぇよ。次頑張ればいいじゃんかよ」
「次なんてない!救助に次なんてないんだよ!諦めるな、絶対に離すな!」
俺と石田が言い合う。
「きっとお前が手を離して進めなくなっても、誰もなんとも思わないんだよ。お前が落ち込むだけで、何も変わらないんだよ。いいよ諦めろよ」
後藤学生はすでにうめくことすらできなくなっていた。
「いいよ、後藤。もう離せよ」
落ち着いて言った俺を避けて、一人の初任生がロープに自分のカラビナを掛けた。
「片野学生!行きます!」
俺はその学生を引っ張り戻すこともできたが、動かなかった。
(やっとか・・・)
「後藤!絶対離すな!今行く!俺が引っ張ってやるから、絶対に離すな!」
凍っていた他の初任生達も口々に声を掛けた。
片野学生は後藤学生のところまで辿り着くと、少しずつ少しずつ自分の方に引っ張った。
俺は不動を貫いたまま、その一部始終が終わるのを見届けた。
「片野、誰が行っていいって言った?」
戻ってきた片野学生の胸ぐらを掴みながら尋問した。
「助教は、”誰も行くな”とは言ってません」
「そのくらい分かるだろう?お前ら訓練生にそんな権限ないってことくらい、少し考えれば分かるだろう?」
「なんですか?処分ですか?教官に報告するんですか?」
「違う。なんであんなことしたんだって聞いてんだ」
「理由なんかないです。仲間が困ってたから必死に方法を考えたんです。それだけです」
その言葉を聞いて俺は手を離した。
「小隊全員を集めろ」
一旦訓練棟から降り、全員を集めた。
「片野・・・」
そう言ってしばらく時間を置いた。
「よくやった」
そう言うと石田が「フッ」っと笑った。
「他のヤツらは何してた?」
俺は全員を見回す。
「お前らは後藤がしんどい想いしてるとき、何してた?」
全員が黙っている。
「分かるよ、分かる。でもよ、助教が”ダメ”って言ったらダメなのか?仲間を応援するのもダメなのか?そりゃ確かによ、部隊統率が大事な仕事だから、上官の言うこと聞くのは大事だ。でもよ、もっと大事なもんあるんじゃねぇのか?仲間がいなくなったら、何もできねぇぞ?良い子ちゃんでいることも大事だけどよ、仲間想いってことの方がよっぽど大事だと思うぞ?」
そう言って俺は手ぶりで解散を促した。
「ほら、訓練始めるぞ!」
号令により大きな返事で動き出す。
石田が近寄ってきた。
「助教自らが、反抗を煽動するようなこと言っていいんですか?」
「俺の知ったこっちゃねぇ」
そう言って笑うと、石田も笑った。
「変わらないっすね。スタイル・・・」
「アイツらも分かってんだよ。そんなこといちいち言ってやらなきゃ分からねぇほどバカじゃない。自分で自分の道を選択する。どういうレスキュアーになるかなんて自分で決めるんだよ。だから、こんなレスキュアーもいるんだって見せてやればいいだけ」
「そうですね・・・」
「お前が一番分かってんだろ」
「救助訓練」の三日間はあっという間に過ぎた。
思ってたとおり、時間が足りず全てを教えることは出来なかった。
三日目の最後、デブリーフィングである質問をされた。
「村下助教、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「どーぞー」
「村下助教は救助大会に出場されていましたか?」
彼らは知らない。石田も知ってはいるが、見たことはない。かつて俺は救助大会で少しばかり名を馳せた。
「出てたよ。どうした?」
「不躾なことをお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「救助大会は何故必要なんでしょうか?」
「というと?」
「あ、いえ、実際あの競技は、まったくとは言えませんが救助技術に直結するわけではありませんよね?実際に現場でロープを登ったり渡ったりすることはあっても、現場であんなに競技のようにタイムを競うことはないですよね?それなのに、なんであんなに必死になるのかって・・・」
「つまり君は、救助大会なんて運動会だって言いたいんだな?」
俺は努めて明るく聞き返した。
「あ、いえ、そういうつもりは・・・」
「いや、いいんだ!怒ってるわけじゃなくて・・・そうだよね、やってない人から見たらそう思うかもしれないね」
「お気に触ったのでしたら、申し訳ありません」
初任生はことさら言葉に配慮した。
「いや・・・あんなもん、運動会だよ」
全員がムクッと顔を上げた。
「いや、そんなこと言ったら全国の救助隊員に怒られちゃうか・・・」
笑って訂正し続けた。
「でもね、俺は運動会でいいと思ってるんだ!そりゃバカにされるのは嫌だけど、そうじゃなくて、あれはまた別物なんだ」
「と言いますと?」
「あの訓練ホントにキツくてさぁ・・・俺も隊長にキレたことあるんだ」
初任生達に笑いが起きた。
「”こんな意味ないことやってられるか”ってさ。そしたら、そのときの隊長に言われたんだ。”こんなので結果出せないヤツが、現場で満点取れるわけない。そんなヤツをテンションかかった最前線に行かせるわけない”って。そう言われてハッとしたよ。当たり前のことなんだけど、それをきちんと言葉にしてくれた人は初めてでさ。あそこはさ、”俺は持ってる人間なんだ”って証明するための場所なんだよ」
そこからは悲しげに話した。
「最近じゃ救助大会自体が、予算や時間の無駄使いだとか、意味ないだとか言う人がいるけど、そんなの勝てないヤツの言い訳じゃないかって思うんだ」
そう言うと石田が咄嗟に割って入った。
「ムラさん!・・・言い過ぎっす」
初任生達にドッと笑いが起きた。
「あぁ、ゴメンゴメン!でもさ、勝つ勝たないはどうでもいいんだ。そりゃもちろん勝てた方がいいけど・・・競技があるなら必死に競う、要救助者がいるなら必死に救出に行く。それをピーチクパーチク言うヤツに最前線に行く資格なんてないと思う。俺達が研鑽をやめたら、待ってるのは言い訳の沼ばかりだからね」
俺は本当に伝えたいことを何も含まずに伝えた。
初任生達は一様に納得してくれた。
これから時代の波に揉まれていく彼らに、いくつもの考え方を教授することは、もしかしたら好ましくないことなのかもしれない。それでも、いくつもある選択肢の中から、自分達の中で信念や理念を作り上げてくれることに、未来を託したかった。
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