第3-16話 真っ只中
小隊での訓練が終わると、最後にまた全体が集められた。
最後の一時間は体力トレーニングにあてられる。この文化が敷島出張所でも夕方のトレーニングとして残っているのだと、俺は思っている。
その内容はその日の担当教官や担当助教が決めて良いことになっている。
消防業界には共通の体操がある。「体力向上体操」というもので、「体操」とは言うものの実際は「体操」ではない。ただの「呼称付き筋トレ」だ。
俺は、伝統どおりそのトレーニングをさせた。
これも訓練前に行った腕立て伏せ同様、呼称を合わせて行う。もちろんズレれば最初から。昭和の発想と思われるかもしれないが、「連帯責任」という理念が彼らの精神力を鍛える。
昨今ではこの消防業界でもメンタリティをロジックで打ち破ろうとする考えが発達しつつあるが、正直言ってそれは単なる言い訳だと思っている。
過酷な現場で生きなければならない消防士にとってメンタリティは不可欠であり、それを体感してきた石田は、まさに時代の申し子にも関わらず、それを強く信じている。
俺は指揮台に立ちながら、目の前の学生に質問した。
「最近、体力向上体操はやったか?」
聞かれた学生は居直って答えた。
「はい、昨日実施しました!」
「何セットやった?」
「十セットです!」
「そうか。わかった。では今日は、十一セットいこう!」
その場にいた全員が思ったことだろう。
(あ・・・コレ、毎日増えていくヤツだ)
体力向上体操の十一セットが終わるのには、八回もやり直しになった。俺も昔はよく苦しめられた。
全部が全部本気でやっていたら、それこそ行動不能になってしまう。教官や助教が見ていない隙きを狙って手を抜いたりしたが、それでも見つかる。当時、教官達には背中にも目が付いているものだと思っていた。
訓練場からの帰りも初任生達は綺麗に列をなして帰っていく。
そうして初日の課業は終わりを迎えた。だがしかし、それで終わりではない。これから初任生達は夕食、風呂、自主訓練、自習の時間が待っている。消灯の二十二時まで駆け足で進んでいく。
昼食と同じように助教も初任生達と同じように食堂で夕食をとる。それが終わると、自由時間になるのだが、初日は改めて教官達への挨拶回りで忙しくなる。挨拶回りと言っても、そのほとんどが知った顔だ。川野教官のようにもともと知っていた人が教官になったケースもあれば、俺自身が直接教育を受けた教官もいる。だから、「はじめまして」は少なく、「ご無沙汰しております」の方が多かった。
何人かの教官に挨拶を済ませ、休憩しようと喫煙所でタバコを吸っていた。
ベンチに座っていると、隣に一人の男が座ってきた。
「挨拶が遅ぇなぁ。ずいぶん偉くなったもんだ」
俺はその声を聞いて咄嗟に立ち上がって「気をつけ」をした。
「ご無沙汰しております。挨拶が遅くなりました。この度、初任教育課程に助教として派遣され・・・」
と言ったところで遮った。
「冗談だよ」
男はそう言って笑った。それは俺が救助課程を受けていた頃の担当教官である石井教官だった。
「あのクソガキが、いまじゃ助教かよ」
俺は照れくさそうに笑った。
それからしばらく思い出話にふけった。伊川の現状や俺のかつての病気の話など、お互いに近況報告をし合った。
この男は、以前から川野さんとも交流があり、川野さんを引っ張ったのもこの男だった。
もう一つ、親近感を抱く理由がある。
「キリのこと、聞いたよ」
石井教官は霧島隊長と初任課程も救助課程も同期だった。つまり、鈴木隊長とも同じ。所属こそ違えど、あの人達と同じような道を歩んできた。
「しかもお前、いまスーさんの所にいるんだってな」
俺は小さく返事をした。霧島隊長の一件について、これまで多くを語らずにきたが、この人には話すべきだと思った。
俺は事の経緯を説明し、その真意についても話をした。
石井教官も同じ想いを持ったようで、同じようにした。最後に「アイツらしいな」とだけ言って話を終わりにした。
英雄の覚悟を生半可な言葉で汚したくないという想いそのものが、俺達に唯一できる敬意の表し方だと知っていた。
教官全員の挨拶回りが終わってから、川野さんのところを訪れた。
校内を探し回ると、川野さんは訓練場にいた。初任生の自主訓練の手伝いをしていた。俺は後ろから声を掛けた。
「教官、サマになってますね!」
川野さんは振り返ると、一瞥してから訓練場の方に目を戻した。
「うるせーよ!それより、バヤシ大丈夫か?」
川野さんは大林さんの心配をした。大林さんと川野さんは歳が近いから、何度か同じ救助隊に属していた。
それからは石井教官と同じように霧島隊長のことやその時の火事のことを聞いてきた。
俺は同じように詳細を説明した。説明したといっても、ほとんど知っているはずだった。俺と川野さんが同じ救助隊に所属していたときの隊長が、あの霧島隊長だったからだ。詮索していないはずがない。それでも、俺の口から聞きたかったのだろう。俺はリクエストに答えて説明した。
川野さんは活動内容に対してだけを意見した。石井教官と同じように霧島隊長のことに関してはほとんど意見を言わなかった。この男も最後に一言だけ漏らした。
「俺も署にいたら、いつか同じことになっていたと思う」
それを聞いて、俺は心底恐ろしくなった。俺はこの男達の考え方の真っ只中にいる。つまりは俺にとってもその可能性はあり、その要素を含んでいるということだ。「俺は大丈夫」とは到底思えなかった。
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