第3-15話 救助員点検
俺達は四箇所に分かれて初任生達の前に居直った。初任生は直立不動のまま全く微動だにしない。
「救助員点検」とは、つまり訓練生達の服装を点検する。
一列になった初任生を一人ひとりチェックしていく。
消防学校では事細かに服装が定められている。ベルトの締め付けや長さ、各所に取り付けられたのファスナーがきちんと閉まっているか、革手袋には名前が書かれているか、ヘルメットはきちんと磨かれているか、名札や階級章は曲がっていないか、編み上げ靴はピカピカに磨かれきちんと締め付けられているか。
俺達は隅々までチェックする。のではない。俺達は粗を探す。そして必ず見つける。基本的には先に述べたものの中からなんらかイチャモンを付けるだが、それでも見つからなければ、とんでもなく理不尽なことを言う。俺が初任生のときは、「目が死んでいる」と言われた。
これが伝統になっており、助教が来るこの三週間のことを正式には「救助訓練期間」と言うのだが、初任生達は「助教期間」と呼んだ。
普段から厳しい環境下にいるにも関わらず、この三週間はさらに厳しいものになる。
この救助員点検がなかなか終わらない。
普通にやれば三十分もかからない。指摘箇所があれば反省の腕立て伏せをする。それが終わると修正させ再度点検する。再度点検するとさらに他の部分に指摘箇所を見つける。それを繰り返すと軽く一時間は越える。
それでも終わらない。それに加えて終わらないことすら初任生の責任にされ、全体で反省をさせる。
初任生たちが一斉に腕立て伏せの姿勢になり、声を合わせて反省を始める。その反省でも「腕立て伏せの下ろし具合が甘い」などと言って、何度かやり直しをさせた。
「おら、おめーら!部隊行動なのに動きも合わせられないんか!」
阿部助教が声を上げたときだった。一人の元気のいい初任生が腕立て伏せの姿勢のまま阿部助教を睨み上げた。
「おう、これはこれは・・・てめー、いま睨んだな?」
阿部助教が睨み返した。
「立て」
そう言われてその初任生は立ち上がった。
「なんて名前だ?」
「二木です」
「そうか、では二木学生はそのまま立ってろ。二木学生以外の学生で始めろ!」
そう言って歪な連帯責任が始まった。
「あ、それから、そんなに顔を上げたいなら構わない!全員前を見ろ!」
腕立て伏せは顔面を前に向けると格段にキツくなる。
阿部助教は全員を見渡せる指揮台の上に上がった。
「全員俺から目を離すな!一人でも離したヤツがいればやり直しだ!」
俺達他の助教はその監視をする。回数を合わせながら腕立て伏せをする初任生をチェックし、少しでもズレていたり、顔が下がっていれば「やり直ーし!」と大声で叫ぶ。
こんなもの論理的に考えれば、絶対にできるはずない。ましてややり直しを繰り返すたびにその精度は落ちていく。
仲間達のその過酷な姿を見て、二木学生が声を上げた。
「助教!すみませんでした!自分にもやらせてください!」
それを聞いて阿部助教は一旦止まり、近くにいた俺に「お前がいけ」と目配せして合図した。
俺は二木学生の正面に歩み寄った。
「ダメだ」
「お願いします!やらせてください!」
俺は顔がぶつかるくらいまで近くに寄った。
「ダメだ!お前の仲間を想う気持ちは認めるがダメだ!いいか?現場に出ると、お前の行動一つで仲間が取り返しのつかないことになることだってある!そのとき変わってくださいにはならないんだよ!」
俺は振り返って、さらに大声を出した。
「いいか?お前達の仕事はそういう仕事なんだよ!分かってる気になるな!ここにいる教官も助教も、それを味わってきた人達なんだ!ちょっとやそっとで、お前らごときが適うと思うなよ!」
このとき全員が「ハイ」と返事した声がピッタリと合っていた。
(次の腕立ては揃うな)
俺の予想どおりに事は済んだ。
若者とは、何かきっかけを掴むと驚くほどに力を発揮したりする。それはときに能力以上のものを発揮したり、急激な成長を遂げたりする。
それと同時に、熱い男達はそれを応援したくなる。
救助員点検でも初任生達の勢いは増して、それは返事の声や動きに現れた。つまり、あえて理不尽なことを言い続けたのはそれを引き出すためだった。
訓練に入ると、それは思いのほかスムーズに進行する。
初任生を四つの小隊に分ける。といっても、ここ消防学校ではそういったシステムが細分化されており、俺達がいちいち言わなくても「四小隊に分ける」と言えば自然と出来上がる。
俺と石田が任されたのは第四小隊、総勢二十四名。それは七分隊と八分隊が合わせた小隊で女子学生が四名、男子学生が二十名所属する。
この二十四名と三週間時間を共にする。俺と石田は軽く自己紹介をした。石田についてはそれほど長くかからないが、俺は今までの経歴についても話をした。
自己紹介が終わると訓練に取り掛かる。
基本的には石田に実践させて、俺が説明する。
初任生達は必死になって話を聞いた。初任生達のほとんどは、半年間現場で経験を積んできている。なかには一年以上積んでいる者もいる。それは所属の方針や人事の都合で変わってくるのだが、俺が今回来ている「後期初任課程」にはまるっきりの新人はいない。俺はそのことを踏まえて指導した。
訓練の最後は全員で集まってデブリーフィングの時間を作った。何人かをピックアップして感想を言わせた。それについても「当たり障りない意見はいらないから、面白い意見を言うように」と添えた。
「ロープ結索のゴールはどこだと思う?」
俺は全員に投げかけると、一人の学生が待っていた答えをきちんと返してくれた。
「すべての結び方ができるようになることです」
(ありがとう)
そう思いながら説明した。
「ロープ結索ってのはな、ロープがどれだけの種類結べるかではなくて、その場その場に応じた最適の結索を選定できるようになることが重要なんだ。だからもちろん、”速く”とか”正確に”とか”いろんな種類”とかも大事なんだけど、そうじゃなくて、いかに自分の想像で現場を作り出して、指示されなくても最良の結索ができるようになるかを考えることが重要なんだ」
そう言うと、初任生達は返事もなく頷いていた。
「いいか?こんな程度で、今日やった種類が全部できるようになったからと言って、”結索ができるようになった”なんて思うなよ!その最低限をよく磨け!」
最後に喝を入れると「ハイ」と大きな声が返ってきた。
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