第3-13話 助教派遣
消防車の動向は指令システムコンピューターで共有される。つまり車両がどこにいるかはどこからでも監視できる。
あの日、霧島隊長に別れを告げ、敷島出張所に戻ってくると、すぐさま内線電話が鳴った。
それは本署の警備課長からで「何をやってるんだ」という確認の電話だった。
俺達は口裏を合わせて「消火栓の点検です」と答えた。それは柳出張所の大倉隊長も、清水はしご隊も、本署に帰らなければならなかった特別救助隊も同じだった。
おそらく、警備課長自身も聞きたくて聞いたわけではなかった。「そうか、わかった」と言って電話を切ったらしい。きっと上層部から命令されたのだろう。それ以上の詮索はしなかった。それが警備課長にできる最大の配慮だった。
霧島隊長が去った。
その事実は、それぞれの者の中で大きく渦巻きはしたが、それでも消防署は回る。
歴戦の勇士の去り際は、悲しいほどにあっけなく過ぎ去った。
それがまた、俺達のもどかしさを助長した。
(自分が居なくなっても体制に影響はない)
そんなことを多くの職員が感じた。
しかし俺にとって、大林士長が戦線を離れたことは、大いに影響した。
大林さんは、あの火災の二週間後から消防学校に助教として派遣されることが決まっていた。それが怪我をしてしまったがために、行けなくなってしまい、その代わりを用意しなければならなくなった。
そこで名前が上がったのが、俺だった。
大林さんと俺は、持っている資格もキャリアもほとんど同じだった。加えて、大林さんの怪我について少なからず責任がある。
つまり、「自分達のケツは自分達で拭け」ということだ。
「助教」とは、消防学校の教育における補佐的な役回りで、外部講師的立場だ。もちろん学校には正式な「教官」がいる。その補佐という立場を務めるわけで、期間も限られている。
そもそも消防学校にはいくつもの教育プログラムがある。その対象もさまざまで、一番有名なものが「初任教育課程」だ。他にも「救助課程」や「救急課程」、もっと細分化して「特殊災害課程」などのプログラムが用意されている。
俺が今回派遣されることになったのは「初任教育課程」における「助教」という立場だ。
この「助教」には、「助教補佐」というものが付く。それは消防学校を卒業してから三年以内の職員で、助教自らが任意で選定できる制度になっており、俺は迷いなく石田を指名した。
つまり、木浜消防局から派遣されるのは村下士長及び石田消防士の二名。
この助教派遣制度や教官派遣制度はさまざまな見方がされる。もちろん教育を任されるわけだから、本来なら名誉なことなのだが、必ずしもそう捉えられるわけではない。
端的に言うと「左遷」と捉えられることもある。もちろん俺達の場合は期限も三週間と限られるわけだが、教官は違う。
教官の派遣期間は二年間で、さらに延長されたり、正式に鞍替えをして学校職員になる制度すらある。
とにかく、俺と石田は三週間敷島出張所を離れる。急遽の派遣命令で急ぎ準備を整えた。
派遣当日、石田と駅で待ち合わせて、電車に乗った。
仕事へ行くのに電車に乗るのは久しぶりだ。普段、バイクや車を使っている俺達からすると新鮮なことだった。
「なんか初任課程の頃を思い出しますね」
電車のシートに座りながら、石田が楽しそうに言った。
「お前なんかつい最近のことだろ」
「そうですね、ムラさんに比べれば、最近ですね」
俺が初任課程に入っていたのは、もう九年前のことになる。それでもそれが最後ではない。そのあとも救助課程や特殊災害課程を受けた。
ほとんどの消防職員にとっては、初任課程が一番過酷だったことだろうが、俺達元救助隊員にとっては、そうではなかった。
目的の駅に着くと俺達はガラガラとキャリーケースを引いて電車を降りた。
消防学校は学校であり合宿所だ。月曜日の朝から金曜日の夜まで缶詰状態にされる。昔は日曜の夜から土曜の朝までだったらしいからそれに比べればまだ良い方だ。
そして俺達助教には選択肢があった。「泊まり」と「通い」どちらかを選択できる。俺達は迷わず「泊まり」を選択した。それは「毎日通うのがめんどくさい」という理由もあったが、学生時代の合宿気分という方が強かった。
駅からはバスに乗る。タクシーでも行けるのだが、俺達はあえてバスに乗った。
今日は月曜日。出勤時間は消防学生も助教も同じ時間だ。つまり、同じバスには消防学生も乗っている。
月曜日のこの時間にこの路線のバスに乗るということは、そのほとんどが消防関係者だと推測がつく。しかもこの年代、この見た目であれば疑うことのほうが難しい。
バスに俺達が乗り込むと、中は初任生だらけだった。キャリーケースを引っ張って、俺達は吊革に掴まった。席は空いていたが座ることはしない。
バスの中を見渡すと、後方の席が初任生で埋め尽くされていた。俺達の存在に気付いて、ソワソワしている。明らかに先ほどまで騒いでいただろうに、急に静かになった。
初任生としては、俺達のことは初めて見る顔で、「おそらく消防関係者だろうが、もしかしたら違うかもしれない」という疑念が払拭できないようだった。
俺達にも気持ちは分かる。
「県消防学校前」というバス停で降りる。ここで降りるということは確実に消防関係者だ。バス停から学校まで向かう途中、初任生達は俺達を足早に追い抜かし、追い抜きざまに挨拶をしてきた。
「おはようございます」
俺達もそれに返す。
「おはよう」
しばらく歩いて行くと、恐怖の要塞が見えてくる。古臭くそびえ立つその城はいつだって俺達に恐怖と緊張を与える。
門の前には、帽子を深々と被り、仏頂面をした男がいた。
俺達はその男を見つけると、喜んで走り寄った。
「カッちゃん!」
「川野さん!」
俺と石田は同時にその男に声を掛けた。
その男はこちらに気付き、一瞬笑顔を見せたが、すぐさま怖い顔に戻った。
「その名前で呼ぶなバカ!」
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