第3-12話 消火栓点検作業

 消防士にとっての別れとは、いつだってあまりに唐突だ。

 結局、あの火災についての責任追及はなされなかった。

 きっと、あの日敷島出張所の会議室に居なかった者は、「霧島隊長がすべての責任をとって辞めた」と思っていることだろう。実際はそうではなく、あれがキリさんなりの抵抗だったことを理解している者はそう多くなかったはずだ。


 キリさんの正式な退職日に向けて、俺達は秘密裏に動いた。上層部はこれが責任問題でないことはわかっていたからこそ、キリさんの退職に関して隠匿を図った。

 正式な退職日は明かされることなく、内密に手続きを進める腹だったらしい。それでも俺達は、得意のゴシップ好きネットワークを最大限に活用して、その真相を探った。

 その日は俺達の予想どおり、俺達の勤務日に決定されたらしい。きっと、俺達を集めないように、わざわざ勤務日にしたのだろう。


 「さて、そろそろ行くか」

鈴木隊長の合図で出張所を出た。

 霧島隊長は今日の十五時に正式な退職届を提出して辞める。家を出て消防局に向き、その足で帰るだろう。

 俺達はその送り迎えにも刺客を送り込んだ。柳出張所にいる一人の隊員が、霧島隊長の長女と同級生だった。その隊員を通じて、娘さんに連絡を取っていた。

 霧島隊長の家は、市内のど真ん中にある。幹線道路から一本入ったところで、その道はどん詰まりになる場所だから、ほとんど車が入ってくることはない。そこに消防車を集結させる。

 霧島隊長の家に到着し、俺は鈴木隊長と一緒にインターホンを押した。

 出てきたのは霧島隊長の奥さんで、俺も何度かは会ったことがあるが、今日の話は奥さんにも内緒にしていた。

「ヒロくん!どうしたの?」

鈴木隊長と奥さんはもともと高校の同級生で、仲が良かった。というか、あのキリさんが結婚できたのは、ほとんどこの男の助力があってこそだった、らしい。

「エミちゃん・・・」

鈴木隊長はいろいろな想いから言葉に詰まった。

 俺が察して割って入った。

「ご無沙汰しております」

「村下くん、久しぶりねぇ!どうしたの?ウチのならちょっと前に出たわよ?」

奥さんは気を遣ってか、まるで買い物にでも行ったかのような口ぶりだった。

「えぇ、存じております。今回のこと、大変・・・」

そう言って俺も言葉に詰まった。それでもそれを鈴木隊長に説明させるのは忍びないと思って切り替えた。

「キリさんのこと、最後に見送らせていただけませんか?」

質問をしたが、それは単なるお願いだった。

 奥さんは明らかに戸惑いながらも、笑顔で「はい」と答えてくれた。

「エミちゃん、ごめんね」

隊長は言葉少なく気持ちを伝えた。

「いいのよ。どうせウチのがまた無茶やらかしたんでしょ?そんなことより、大林くんは大丈夫?ヒロくんところの方も怪我されたんでしょ?村下くんは怪我してない?」

奥さんはみんなの心配ばかりをした。それでも続けて本音をこぼした。

「いいのよ、いいの。あの人が、生きて返ってきてくれれば、なんでもいいの」

「自分たちは、キリさんに守っていただきました!」

そう言って、それ以上説明できなくなった。

「エミちゃん、ちょっと家の前騒がしくなっちゃうけど、ごめんね」

隊長がそう言ったとき、幹線道路から続々と消防車が集まってきた。清水はしご1を先頭に各署から集まった消防車が列をなした。

 非番の職員もそれぞれの戦闘服を纏って集まった。

 俺達は一旦集合し、流れを説明してから、「まもなく局を出るそうです」という合図とともに一列に並んだ。

 娘さんには、最後の角を曲がる前に停車し歩いてここを通らせるように連絡がいっている。


 曲がり角で監視役の者が叫んだ。

「54−65、到着です!」

霧島隊長の車のナンバーだ。

 俺達は一斉に「気をつけ」をした。

 霧島隊長の姿が見えてから、声を上げる。

「霧島隊長に、敬礼!」

制服を着た霧島隊長は、驚きのあまりしばらく動かないまま立ち尽くした。それからゆっくりと歩き出す。

 整列した一人一人の前に立ち、一回一回丁寧に敬礼を返していった。一言一言「ありがとう」と人数の数だけ言った。

 最後に、俺の前に立つと動きが止まった。

 ゆっくりと敬礼をしてから、端まで聞こえるような大きな声で発した。

「キリシマ、只今をもって、消防司令長及び清水はしご隊長、並びに・・・指導官の任を離します!」

 指導官などという役職は存在しない。それでもあえてこの場でその言葉を使った。

「村下士長、只今をもって、指導官の任を拝します!」

その言葉とともに自然と整列は崩れ、みんなが霧島隊長のもとに寄ってきた。

 霧島隊長はそのままの姿勢で続けた。

「お前ら・・・こんなことしやがって・・・」

敬礼をしたまま涙を流し続けた。


 そのままガヤガヤと解散する流れになった。

 「それではみなさん、消火栓を開けますので確認してくださーい」

江尻が各署の職員に声を掛けた。

 それを見て、霧島隊長が「何だあれ?」と聞いてきた。

「ワタベさんの提案で、ここの消火栓をみんなで確認しようってなったんですよ。じゃないと、勤務中にこんなことできないっすからね」

俺が説明すると、「そーゆーことか」と納得した。

 そう、俺達は「霧島宅前消火栓」の点検作業に来ただけ。そういうことにする必要があった。




この度は第2-44話をお読みいただき、誠にありがとうございます。

よろしければ、

・作者フォロー

・作品フォロー

・作品星評価

・作品レビュー

・各話ハート応援

・各話応援コメント

サイト登録が必要になりますが、いずれかでも作品に対するレスポンスをいただけましたら、執筆活動の励みになります。

今後とも執筆活動を続けて参りますのでお楽しみいただけたら幸いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る