第3-11話 頑固オヤジ
俺は話を切り上げて、会議室を出ようとした。
「誰も見捨てない。僕はそう教わりました!」
俺の足を止めるように叫んだ。
振り返らなくても誰が言ったのかはわかる。佐原だ。
「僕はあなた達から、誰も見捨てるなと教わりました。納得ができません」
今日はじめて、感情的ではなく論理的に話をされた。俺は立ち止まってうなだれた。
「誰も見捨てない」
俺はうつむいたまま続けた。
「キリさんは、最後に俺にこう言ったんだ。”戦いから決して逃げるな”と」
少しの間があいて、予想どおりの答えが返ってきた。
「なら!」
「そうだ!俺達は戦いから逃げてはならない!」
全員が静まりかえった。
「お前ら、逆の立場だったらどうして欲しい?同情してほしいか?慰めてほしいか?あの人が求めてるものは何だ?悲哀か?懇願か?」
全員に投げかけた。
「いまさら俺達が嘆願して、もし仮にあの人が不問になったところで、今までどおりに戻ったところであの人が喜ぶと思うか?」
俺は首を横に振った。
「違う。そんなんじゃないだろう。コレはあの人の闘争なんだよ。あの人が求めてるものは責任の不問でも俺達の保護でもない。闘争なんだよ」
鈴木隊長を一瞥したが、まだ表情を変えない。
「昨日の火事で、怪我人が出てしまったんじゃない。違う。死人が出なかった。誰も死ななかった。そう捉えていいんだよ。でもさ、それは誰のおかげだと思う?キリさんのおかげか?違うよな。みんなが必死に命を助けようとしたからだ。それ以外のことは何もなかった。それがいつの間にやら、命令だとか、責任だとか、なんなら権力だとか余計なものが出しゃばってくるようになった。あのオヤジは、それを食い止めたいだけなんだ」
未だ自分の中でも出ていない答えを、必死にまとめた。
「もしまた、同じ災害が起きたらどうする?次行く火災が、また同じ状況だったらどうする?俺達のやることは同じだろう。それが、責任がどうだからとか、命令がどうだからとかで動くのか?お前たちが果たすべきなのは責任や命令を守ることなのか?違うだろう!例え何度同じことを繰り返しても、俺達は同じことをする!そしたらどうなる?今度は鈴木隊長が辞めんのか?俺か?江尻か?早坂!お前が辞めんのか?そうだよ!辞めんだよ!例えそうなったとしても、俺達は行くんだよ!そうだろ!」
俺は一気に吐き出した。
「キリさんにこう言われた。”英雄たれ”。それがどんな意味なのか一晩中考えてた。俺達は・・俺達は英雄でいいんだよ。ヒーローでいいんだよ。胸張って消防車乗ってりゃいいんだよ。助けを求められれば迷わず突っ込んでいいんだよ。ときには間違うかもしれないけど、そのために隣のヤツがいるんだろ!何があっても、どんなことが起きても、俺達の任務は変わらない。動じない!こんなことで騒いでどうする!例え仲間を失っても、俺達のやることは変わらないんだよ!この闘争は、それを見せつけてやれって意味なんだよ!」
言い終わったとき、俺の息は切れていた。
「だからみんなに頼みがある。今日はわざわざ集まってくれて本当にありがとう。不干渉を貫いていればなんとなく通りすぎるものを、わざわざ立ち上がってくれてありがとう。みんなの気持ちには心から感謝してる。でも・・・ここは一つ、騒がず、喚かず、毅然とした態度で英雄を見送ってほしい」
深々と頭を下げた。どこからも言葉は返ってこなかったが、鼻をすする音が代わりをなした。
「俺の夢だった。キリさんがここを去るとき・・・ちょっと思ってたよりは早かったけど、俺が花束を渡すって決めてたんだ。みんなで見送ってあげようぜ」
何度投げかけても、返答はなかったが、まったくもってそれを必要としなかった。
ところどころから聞こえてくる嗚咽が、鼻をすする音をかき消してくれた。
会議室の端っこにいた鈴木隊長が動いた。
「俺達ジジイはもう・・・君達のように、現場では戦えない。そりゃ昔は、君達と同じように体張って現場で戦ってきた。だけどいまじゃ、君達には敵わない。それでも、君達が現場で命をかけるように、俺達も人生や命をかけてる。それだけは理解しなさい。キリはそれをみんなに見せつけたかったんだよ。例え、責任や命令だと言われても”俺達は行くぞ”ということを君達や上層部に見せつけたかっただけなんだよ。だから、それをわかってやってほしい」
隊長は自分のことを話すように話した。
「君達も立派な消防士だとは思うが、俺もキリも君達より十倍多く現場を乗り越えてきた。百倍多く人を救ってきた。頑固オヤジだと思うとは思うが、ちったぁ老人を労れ。いいな?」
隊長は厳しい顔でふざけた。
「昨日のことも今日のことも、周りからとやかく言われたり、いろいろ聞かれたりするとは思うが、俺は箝口令なんか敷かねぇ。昨日の有様も、今日の決意も、胸を張って答えてやれ!以上だ!」
隊長の言葉で決起集会は締めくくられた。
俺達は順次解散し、それぞれの胸の中に、どんな感情が生まれているのかは分からなかったが、一人の男のために集まった彼らが、俺達の話を分からないわけはなかった。
俺は一番最初に会議室を出た。
喫煙所に行こうと思ったが、一人になりたくてとっとと帰ろうと思った。
「ムラさん!」
声を掛けてきたのは、早坂だった。
「さっきは、大変申し訳ありませんでした!」
早坂は深々と頭を下げた。
「いや、いいんだ。周りからそういう風に思われることくらい分かってる」
俺はできるだけ明るく答えた。
「いえ、あれは失礼すぎました。これから挑戦しようという人に・・・」
「いいんだよ。そんなことより、レスキューの座も安泰じゃないからな!気を抜くなよ!」
早坂は俺と入れ替えで救助隊になった。だから一緒に勤務したことはなかったが、それでも何度も同じ現場で戦ってきた。
俺が歩き出そうとすると、早坂はさらに続けた。
「自分は!自分は、ある人に憧れて救助隊を目指しました!でも、その人はもう救助隊にはいません!自分、待ってますから!その人が戻ってくるの、待ってますから!」
早坂の言葉を背中に受けながら、右手を挙げて答えた。
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