第3-10話 嘆願書

 敷島出張所に着くと、駐車場が埋め尽くされるように人が集まっていた。

 そのほとんどが見たことのある誰かしらの車だったせいで、一瞬で何が起きたのか理解できた。

 敷島出張所には、消防職員が大集合していた。

 俺が到着した頃、知った車が二台、出張所の敷地内に入ってきた。カーキの軽トラと黒いワンボックスカーが俺の前を通り過ぎて停まった。

 鈴木隊長と渡部救急隊長が車を降りるなり聞いてきた。というより、同じくだいたい予想はついていただろう。

「何事だ?」

「さぁ」

とは言ったものの三人とも大方見当はついている。

 出張所の会議室からガヤガヤと騒ぐ声が聞こえる。

 俺は近くにいた若手を捕まえて聞いた。

「おい!イシタはどこにいる?」

「イシタさんは・・・会議室にいると思います!」

返事もせずに俺は石田の元へ向かった。

 会議室に入るや、石田が俺に気がついて近寄ってきた。

「ムラさん!」

石田は明るい顔をしていた。

「ムラさん!みんなが集まったんです!みんなが霧島隊長の不問について嘆願書を書こうって!それで・・・」

俺はできるだけ感情を出さないように遮った。

「イシタ、みんなを集めろ」

石田は必死に俺の表情を伺ったが、俺は努めて感情を出さないようにした。

 一旦会議室を出て、鈴木隊長と渡部隊長を探すと、二人は喫煙所のベンチに座っていた。

 二人は何も言わずに目で尋ねてきた。

「いま全員を会議室に集めさせてます」

俺は濁すように伝えた。

 全員が会議室に集まると、いつの間にやら到着していた江尻が声を掛けに来た。

 俺達はすぐに動かなかった。江尻もその場に留まった。

「ムラさん?」

俺は「あぁ」とだけ返事をして、不動を貫いた。

 何を話すわけでもない。その時間が俺にとって確認の時間だった。

(いいですね?俺が動きますよ?)

心の中でそう尋ねた。

 たっぷりと時間を使って、それを確認した。鈴木隊長も渡部隊長も動かなかった。

「では」という俺の掛け声を合図に席を立ち上がると、二人は腹の緊張を抜くように深呼吸をした。

 江尻もあとに付いてきた。


 会議室に入ると、そこには総勢三十人は越えるだろう消防職員が集まっていた。見渡すと、もちろん全員知った顔で、全員が全員強張った顔をしていた。

 彼らの目的は、「霧島隊長の不問」。なかには俺と同じ元救助隊員だった者、これから救助隊を目指す者、現役の救助隊員までいた。彼らは少なからず霧島隊長にまつわる間柄だった。しかしそれだけではなく、消防隊の者、救急隊の者、入ったばかりの新人まで多岐にわたって集合していた。

 全員が着席していたが、中心には石田がいた。

「一同、昨日の霧島隊長の辞意につきまして、意見があり参集いたしました!」

端に座る現役救助隊員の早坂が大きな声で挨拶した。

「鈴木隊長、ムラさん、みんなが声を挙げてくれました!みんなで嘆願書を書きましょう!」

石田は勢いに任せて俺達に放った。

 俺はいまだに表情を変えなかった。

 右に居た鈴木隊長をゆっくりと見つめ、左に居た渡部隊長と江尻を一瞥した。

 大きく深呼吸をしてから小さく、それでも一番後ろの席まではっきり聞こえる声で言った。

「俺はやらない」

会議室の音が止んだ。

 窓から入り込んだ風はなくなり、男達の熱気によって循環していた空気もピタッと止まった。

「あ?」

誰が発したか、真ん中の方から聞こえてきた。

 俺はそちらを見ることもなく続けた。

「俺は、やらない」

わずかに関節視野に映った石田の顔が歪むのがわかった。

「どうして?」

思わず石田が立ち上がった。

「余計なお世話だ。だからやらない」

わざと嫌味な言い方をした。

 釣られるように、端に座っていた早坂が立ち上がり詰め寄ってきた。

「もう一度言ってください」

「だから、余計なお世話だからやらない」

早坂は笑った。

「お言葉ですが村下士長、ビビっておいでになられますか?」

俺は一度溜め息をついてから返した。

「そう思いたきゃ、そう思えばいい」

早坂はさらに小馬鹿にするように続けた。

「伺いましたよ村下士長、もう一度救助試験を受けるそうですね?」

そう言うと早坂は表情を変えた。

「もしかして、それまでは問題を起こしたくないとお思いですか?」

「まぁそんなとこだ」

俺が言い終わる前に石田が動いた。俺の胸ぐらに掴みかかって、

「なんですかそれ!これまであんな風に教えてきて、なんですかそれ!」

俺自身、勢いよく掴まれたが後ろには引かなかった。

 渡部隊長が石田を小さく咎めた。

「イシ、やめろ」

それでも石田は止まらない。涙を浮かべながら訴え続けた。

 すると突然江尻が動き出した。石田の胸ぐらを掴むと、机の整頓が崩れるほどに押さえつけた。

 倒れ込んだ石田をそれでも離さない。馬乗りになって石田の胸ぐらを持ち上げた。

「誰が一番キツイと思ってる!なぁ!誰が一番キツイと思ってる!なんでお前にそれがわからねぇ!」

石田の目は涙で溢れ、江尻の目は血走っていた。お互い睨み合っている。

 江尻は掴んだまま静かに続けた。

「こんなことになって、誰が一番つらいと思ってる。キリさんか?大林さんか?違うだろ。言わなくてもわかるよな?」

俺も鈴木隊長も不動を貫いた。

 渡部隊長が静かに江尻の首根っこを掴んで引き剥がした。

「エジ、もういいだろう。イシも席に座りなさい」

二人が戻されると同時に、早坂も席に促された。

 この騒ぎにも関わらず、俺も鈴木隊長も表情一つ変えなかった。

 全員が席に落ち着いてから、俺は改めて顔を上げた。

「というわけで、俺はやらない、以上だ」




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