第3-9話 家に返す

 結局、霧島隊長ら清水はしご隊はあの時間にその足で本署に出向いた。

 「いつも防火衣の中に辞表がしまってある」という噂は本当だったようだ。

 クシャクシャの辞表は本署の警備課長に提出された。夜間で消防局の職員が不在だったため、警備課長が代理で受理したとのことだった。正確には「代理で受理した」のではなく、何度言っても聞かなかったから、仕方なく預かっただけらしい。

 霧島隊長らが本署を引き揚げた頃、すぐさま敷島出張所に警備課長から内線電話がかかってきた。鈴木隊長宛の電話だったが、鈴木隊長も鈴木隊長で意地を張った。何度説得しても、その内線電話に出ることはなく、仕方なく俺が取り合って、状況を説明した。

 鈴木隊長は一晩中、一人ぼっちを貫いた。

 心配になって何度か隊長の仮眠室の小窓を覗きに行ったが、鈴木隊長はパイプ椅子に座ったまま腕組みをしてピクリとも動かなかった。そのままの姿勢で、一晩を明かした。

 俺にとっても激震なのは変わりなく、署内のいたるところで同じ姿勢を見た。

 ただ、それでも俺の中に流れていたのは、悲しいとか悔しいという感情でもなければ、説得や思案という前向きな解決方法でもなかった。俺の中で流れていたのは、あの人が言った「コレは俺の闘争なんだ」という言葉が妙にしっくりきてしまっている違和感だった。

 本来なら、もの凄く悲しい事のはずだ。とても悔しい事のはずだ。それでも、俺の中に渦巻く感情はそれとは異なった。

 啖呵を切ったあの男が、取り下げるとは思えない。きっとそれはどんな事があっても。

 あの人が言った「闘争」とは何なのか。

 この問題自体は、いくら責任を取るといっても、誰かが辞職しなければならないような事ではない。たとえ俺達に害が及ばないようにするためとはいえ、そこまでする必要はない。

 では、あの男の本当の目的はどこにあるのか。考え続けた。一晩中。


 パッと目が覚めると、俺は事務室の机の上に突っ伏して寝ていた。

 起床時間よりも早く目覚めた。まだみんな起きてない。正確には起き上がっていないだけで、きっと他にも寝てない者もいただろう。

 思い出せないが、なにか夢を見ていた。

 昨日の出来事を一つ一つ思い出していく。火災出動の始まりから昨日俺が突っ伏すまでの出来事をすべて。

(そうだ・・・キリさん・・・)

 結局、考えても考えても答えは出なかった。

(一服するか)

喫煙所に向かっていくと、鈴木隊長がベンチに座って相変わらず腕を組んでいた。

 前には山盛りになった灰皿が置かれている。

「おはようございます」

隊長は何も答えず、手だけを挙げた。

 タバコを吸っていても、なかなか目線を変えられなかった。もちろん「何を考えていました」なんて聞けない。聞かなくてもわかる。同じようなことだろう。

 俺はほとんど目線を変えることもなく、車庫の地面を見つめ続けた。


 朝の業務はいつもと変わらず粛々とすすめられていく。

 昨日一日でたくさんの事が起き過ぎた。一度、賑やかさを取り戻した出張所の中も、明らかに重苦しい雰囲気が流れていた。それがここにいる誰のせいでもないからなおさら、早くこの場所から離れたかった。

 それを察してか、お互いに同じことを考えていたのか、今朝はみんな離ればなれで過ごした。朝食も石田が気を遣って食卓を囲わないようにおにぎりを作ってくれた。

 反対番が来てからも、雰囲気が打開されることはなかった。重苦しく抱えたものがありつつも最低限の申し送りをする。

 きっと反対番の職員からすれば、昨日の出動といい聞きたいことが山ほどあったはずだが、俺と隊長が放った殺気がそれを許さなかった。誰も何も聞いてこなかった。


 「おつかれさまでした」

最低限の挨拶だけを残し、俺達はまるで何かに怒っているかのように出張所をあとにした。

 家に着くと、俺は靴も履いたまま玄関で仰向けになった。

 やっと一人きりの空間になって、思わず溢れ出してくるものを堪えられなかった。堪えるために額をグッと掴んでみたが、そんなものでは収まらない。諦めて大の字になって、枯れるまでそのまま時を過ごした。

 スマホが鳴った。

「ニュース見た。昨日仕事だったろう?無事か?母さんが心配している」

父親からのLINEだった。

 いつもなら、父親からLINEが来れば電話を返していたが、今日だけは「無事です」とだけ返した。

 「ご両親の元に無事返すのが俺の勤めだ。だから強くなってもらわないと困る」

それがあの男の口癖だった。

 俺の父親も地元で消防士をやっている。

 俺が現場で怪我をしたときに、一度父親と霧島隊長は会っていた。明らかに俺のミスにも関わらず、霧島隊長は地面に頭を擦り付けて謝り続けていた。父親も「このバカ息子のせいですから」と同じように謝り続けた。

 「すまん親父・・俺は自分の父親すら守れなかった」

 そんなことを呟いてみても、自分の心が救われることはなかった。


 またスマホが鳴った。今度は電話だった。

 スマホの画面に「石田」と表示されていたが、俺は少し眺めてからその電話を切った。

(ゴメン、今は出られる状態じゃない)

 もう一度電話がかかってきた。同じように画面には「石田」と表示されていた。

 俺は思い切り鼻をすすり、何度か咳払いをしてから、平然と電話に出た。

「どうし・・・」

石田は俺の言葉を遮って騒いだ。

「ムラさん!急いで出張所に戻ってください!みんなが敷島出張所に集まってます!消防隊の人も!救助隊の人も!救急隊の人もです!早く!」

石田の声は明らかに高揚していた。

 普段ならありえないが、俺が切る前に電話を切った。それだけでも石田の興奮具合が伺えた。




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