第3-8話 レジスタンス

 その日の夜は、俺がこの敷島出張所で勤め始めてから一番静かな夜だったかもしれない。

 普段なら、なんとかして明るく振る舞うものだが、今日だけはなんとなく小細工したくなかった。みんながそれぞれ気を遣うこともなく、感じている気分のまま居たらいいと思った。

 救急隊にも鈴木隊長から丁寧に話があった。

 だからといって重苦しい雰囲気だったわけではない。

 全員が感情をさらけ出したことによって、必要以上に素直になれている気がした。食事の時間もたくさん会話をしたし、夜も普段どおり過ごした。

 しかし、俺にはそれがなんだか怖かった。唯一、その恐怖だけをひた隠しにしていた。言葉にしてしまうと、現実になってしまうような気がして、見て見ぬ振りをした。


 夜もすでに二十一時、事務室で仕事をしながら普段と同じようにのんびりとした時間を過ごしていた。

(こうして見ていると、まさかさっきまであの激動の現場で戦っていたとは思えないな)

俺はそんなことを思いながらも、それを口にはしなかった。

 突然、自席に座る鈴木隊長が声を上げた。

「どういう意味だコレ・・・」

隊長はスマートフォンの画面を見ていた。

 気になって声を掛けた。

「どうしたんですか?」

隊長は何も答えない。

 スマートフォンの画面を覗き込んだが、隠す様子はない。

 そのまま注視すると、そこにはLINEの画面が開かれており、よく見ると霧島隊長からの連絡だった。

「未来に託すことにした」

 俺がもっとも見たくない文章が、句読点も絵文字も伴わずに表示されていた。

「ムラ、車出せ!」

「はい!」

咄嗟に鈴木隊長が立ち上がり、俺達はあとを付いていった。


 夜の街を赤灯も光らせずに走っていく。

 車内では誰も言葉を発せなかった。

 この先、どんな展開が待ち受けるのか、想像は容易にできた。腹が疼くようにヒリヒリした。

 清水出張所が見える最後の角を曲がったとき、俺は消防車のアクセルをベタ踏みした。車庫からはしご車が出ていて、すでに消防士達が乗り込んでいる。その車は今にも走り出しそうだった。

 俺はそのはしご車の進路を塞ぐよう車道の路肩に停めた。

 全員が消防車を降りると、鈴木隊長が霧島隊長の方へと駆け寄っていった。俺達もあとを付いていった。

「おい!キリ!話が違うじゃねぇか!」

霧島隊長は諦めるようにゆっくりと溜め息をついてから、はしご車の助手席から降りた。

「スーさん、わりぃ」

それが何に対する謝罪なのか、明確にはわからなかったが、なんとなく察することができた。しかしそれもいろんな意味として捉えれるような気がした。

「キリ、俺達で責任追うって約束したじゃねぇか!俺達で!」

霧島隊長は俺達に背を向けるようにはしご車の後方へ歩き、寂しく輝く月を見つめながら答えた。

「十八で消防に入って、ずっと走り続けてきた。救助隊に入ってからは、死ぬほどの努力をし続けてきた。死ぬほど…。本当に死んでしまった方が楽なんじゃないかってくらいに…。そんなしてもよ、所詮最後は出張所のアタマやって終わりだ。何が悲しいかな、現場で生き続けてきた」

霧島隊長が初めて見せた寂しい背中だった。

 俺達に背を向けていたが、振り返って続けた。

「俺はやったってどうせあとちょっとだ。何ができるわけでもねぇ。そんなもんを守るくらいなら…コイツらの未来を守れるなら…若者の未来を守れるなら…それでいい」

今度は俺達が月を見つめた。

 大人の涙は、見てはいけないもののような気がして、目を合わせられなかった。

「キリ、なら俺が・・・」

鈴木隊長が言いかけたが、霧島隊長が手を挙げて制止した。

「いいんだ。いい。コレは俺の闘争なんだ」

そう言ったとき、すでにもう涙は止まっていた。

「英雄を英雄と称えないこのクソみたいな組織を、若者の希望を奪いたがるこのクソみたいな卑怯者の巣窟を、事を起こさなかった者が出世していくというこのクソみたいな仕組みを・・・ずっと変えたいと思ってきた。それでも何もできずにここまで来てしまった。もちろん、俺が辞めたからってそれが大きく変わるとも思ってない。でもなぁ、コレは俺の闘争なんだよ」

「キリ・・俺だって何もできてねぇ」

「いや、スーさんはちゃんとやってるじゃねぇか」

そう言って俺の方を見た。

「最後くらい、俺に華もたせてくれや」

霧島隊長は助手席乗り込もうとした。

「自分は!自分は・・・これまで、消防署のことをたくさんの人に教えてもらってきました!でも、戦い方を教わったのはあなたからです!救助試験のときも、救助隊員になってからも、色々あったときも、病気になったときも、今日も!いつだって俺を戦闘態勢にしてくれたのはあなたでした!」

こういうとき、何を言えばいいかもわからずに思いのままに言葉を発したから、結論がまとまっていなかった。

「・・・だから・・・だから・・・自分がその役目引き受けます!」

霧島隊長は近づいてくると、俺の胸ぐらを掴んだ。そして鬼の形相で言った。

「調子のんなよ?」

そう言って手を離すと、通り過ぎてから立ち止まった。

「ムラ・・・・・」

霧島隊長が歯噛みする音が聞こえた。

「戦いから・・・決して逃げるな」

霧島隊長は助手席へ乗り込んだ。




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