第3-7話 英雄たれ

 火災自体は予想を遥かに上回るスピードで鎮火を迎えた。

 純粋に、「本気を出すとこんなにも早く消えるものか」と感心した。

 消火活動の途中、無線を傍受してか、指揮隊から報告を受けてか知らないが、現場にお偉いさんが登場した。みるに、トップの岡本消防局長と連れていたのは以前に査問委員会でみた顔だった。

 鈴木隊長が活動中にも関わらず指揮本部に呼ばれていったのがわかって、俺も加わろうとしたが、お偉いさんの取り巻き達に制止された。

 俺自身、この話のカタがどうつくのかまったく想像できなかった。

 俺が不安げに見ていると、柳小隊の大倉隊長が近寄ってきた。

「大丈夫。お前らが気にするこたねぇ。あとは俺達大人に任せろ」

それでもその言葉で安心できるほどの状況ではなかった。

 実際に隊員に受傷者が出ている。誰かが何らかの形で責任を取らなければならないことくらい、俺にも容易に想像できた。


 鎮火報が発され、火災は正式に収束した。

 結局この時点では出火原因は不明だったが、この大規模火災にも関わらず「死者はゼロ」といえば聞こえは良いが、二名の隊員が受傷した。

 俺の中では、言いようもないもどかしさが心臓の中を渦巻いていた。現場にはドロッとした重ったるい空気が流れ、同時に「幼児を救った」という栄光の眼差しが向けられた。

(何故、英雄が英雄たらん)

言葉では言い表しようのない矛盾が、俺の肺を圧迫して呼吸がしづらくなっていた。


 すべての資器材が片付け終わり、石田が消防車に戻ってきた。

「おつかれ」

俺がそう声を掛けると、石田はその空気を察していた。

「ムラさん・・・」

今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「ムラさん・・俺・・・」

たまらなかった。

 俺も堪えられなくなりそうになって、背中を向けた。

「なんか・・・嫌なことが起こりそ・・・」

「何も言うな・・何も、言うな」

俺は遮るように止めた。

「これも含めて人命救助なんだ。人を助けるって勇気がいることなんだ」

一つ一つ言葉を噛み砕くように自分に言い聞かせた。

 石田は鼻をすすった。

「隊長は責められるだろう・・エジも怪我をした・・・俺達がそんな顔してちゃいけない」

俺も鼻をすすった。

「隊長が帰ってきたら・・みんなでエジを迎えに行こう」


 すべての撤収作業が終わり、俺と石田は消防車で待った。隊長と一緒に乗り込みたくて、外で待機した。

 しばらくすると、指揮本部の方から鈴木隊長と霧島隊長が二人で戻ってきた。

 その姿は、俺が今までに見たこともないくらい狂気を纏っていた。

(なんだコレ?キレてるのか?いやそれとも違う)

俺は心を揺らしながらも声を掛けた。

「おつかれさまでした!」

二人は何も返さずに、目も合わせなかった。

 鈴木隊長は消防車の脇で止まると、防火衣の上衣を脱ぎ捨てた。

 俺は不安げな顔をやめられず、なんと声を掛けて良いかもわからなかった。

霧島隊長が敷島の消防車の前を通り過ぎて、自分の消防車に戻っていこうとしたとき、ふり絞って声を掛けた。

「キリさん!」

霧島隊長は立ち止まると、ゆっくりと振り返り半身で言った。

「テメーらがそんな顔すんな」

更にこちらに正対して続けた。

「なぁムラ、英雄たれ」

笑顔でそう言うと背中を向けて歩き出した。

「よくやった」

目からはボロボロと溢れ、鼻からはダラダラと垂れた。

 それでもすすれば、後ろにいる鈴木隊長や石田にバレてしまうと思って、必死に我慢した。

 一度だけ大きくすすり、手袋で顔を覆ってすべての液体を吸い込ませた。その汚い手袋で顔を洗うように拭い、振り返って笑顔を見せた。

「隊長!エジを迎えに行きましょう!」

「早く乗れ」

鈴木隊長はいつもと変わらない口調で促した。


 病院に着くと、俺達は防火衣の上衣だけを脱ぎ、院内に入って行く。

 救急外来のベンチに座り首に包帯を巻かれた男に声を掛けた。

「どうだ?」

「あぁ、わざわざありがとうございます。特に問題ありませんよ!ちょっと後頭部の生え際のあたりを火傷したんで包帯巻いてもらいました!生え際ハゲたっす」

俺達の空気を予想してか、必要以上におどけた。

「このまま帰れそうか?」

隊長が聞くと、江尻が元気に返した。

「大丈夫っす!火傷も大したことないし、ヘルメット被っても当たらないんで問題ありません!このまま勤務に戻れます!ただ・・・生え際ハゲたっす」

「わかったよ、うるせーな!」

俺がめんどくさそうに返した。

 それでも少しでも笑いを起こしてくれてことは本当にありがたかった。

「さて、じゃあ帰るか」

この江尻という男の良さは空気が読めるところだ。

 自分が救急車で運ばれてからあとのことが気になっているはずだ。それでもこの男は余計なことを聞かない。俺達が話せば食い付くし、話さないなら触れない。


 病院から署に帰り、車を停め、俺達が降りると鈴木隊長が声を掛けた。

「お前ら、ちょっといいか?」

三人がぞろぞろと隊長のところへ寄っていく。

 隊長は吹っ切れた顔で話し始めた。

「まぁ、わかってると思うが、これから少し大変なことになるかもしれない。俺にもどうなるかわからないし、そんなものに怯えたくもない。できるだけお前達のことは守ってやりたいとは思うが、もしかしたら害が及ぶかもしれない。だがな、一つだけ頼みがある。」

隊長の顔が急に歪み出した。

「キリが言うように、お前達は英雄たれ」

そう言うと、一気に歪みを解いた。

「俺達はもうお前らのように若くない。どう処分されようが、何を言われようが構わない。夢や希望を傷つけられようが、信念や覚悟を砕かれようが大した問題ではない。・・・でもな、お前達だけは、闇に飲まれるな。きちんと、一列になって歩き続けろ。飲まれそうになったら、隣を見ろ。誰も見捨てるな」

隊長は背中を向けた。俺達もそれぞれ外を向き、お互いに顔が見えないようにした。

「俺達はまだ事実確認中として黙秘をしている。約束してくれ。何を聞かれても、”指示に従っただけ”と。いいな?」

 この男は俺達をバカとは思っていない。俺達が何を想像しているのかもわかっている。その上で俺達に、命令ではなく頼み込んでいる。

 江尻や石田は何も言えなかった。

 俺も何も言えなかった。

 小さく「わかりました」とだけ答えることしかできなかった。




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