第3-6話 何があったか

 「反応が遅えんだよ・・・」

救急車のリアステップに座り込んでうつむいている江尻にペットボトルを差し出した。

 江尻は顔を上げて「へへ」とおどけながら受け取った。

「伏せろって言ったらすぐ伏せるんだよ!」

俺はふざけて叱りつけながら、江尻の隣に座った。

 しばらく二人で燃える建物を見つめていた。

「ギリギリでしたね・・・」

江尻が他人事のように言った。

「お前、あんなことばっかやってると、上からの心象が悪くなって出世できねぇぞ?」

ふざけて言ったが、実際に心配している部分もあった。正直、俺や鈴木隊長の評価がどれだけ悪くなろうが知ったこっちゃない。それでも後輩達の評価は気になった。

「あなたもですよ」

きっとそう言うと思っていた。いやそう言ってくれると期待して聞いた。まるで恋人が「好き?」と聞き合うように。

「わりいな・・付き合わせて・・・」

「やめてください。その”付き合う”って言うの!」

俺が江尻の方を向くと、江尻は火災の方を見つめたまま続けた。

「あなただけが悲劇のヒーローだと思わないでください!知ってますか?ムラさんとオオバヤシさんが残されているとき、地上で何があったか?」

俺がわからずに見つめ続けていると、江尻の表情がやわらいだ。

「指揮隊と救助隊が到着して、現場を把握したと思ったら、指揮隊長や救助隊長が鈴木隊長や霧島隊長に文句言ったんです。”だから進入禁止って言ったんだ”とか”誰が責任取るんだ”とか・・・そしたらブチギレました」

江尻はそう言うと、二人の方を見た。

「おっかなかったですよぉ。久々に見ました。あんな怒ってる隊長・・・」

「なんて言った?」

「命令だとか責任だとかゴタク並べやがってテメーら!仲間が子供二人救ってきたんだ!素直に敬意払って迎えに行って来い!それでも消防士か!って」

江尻は楽しそうに話した。

「そしたら、一気に現場が凍りました。数秒後、全員が一斉に動き出したんです。色んな所から空気呼吸器のバルブを開ける音が聞こえて、サハラが叫んでました!”佐原消防士進入します、石田くん補助してくれ”って。俺・・・・・あんなの初めて見ました」

「すげぇなあのオッサン・・・」

「そこからは・・霧島劇場でした。圧巻の指揮統制。そこには指揮隊長も救助隊長もなくて、全員が一つの部隊って感じでした。”進入隊員からの情報でベランダ部分に隊員が二名いるとのこと。何らかの理由で行動不能になっていると思われる。防御活動に徹すると劣勢になって厳しくなる!攻勢をかけるぞ!救助隊は敷島イシタと柳サハラを連れて二階部分にアタックし救出及び攻撃放水をしかけろ!本署第一小隊は建物裏面に回って排気口の設定!本署第二小隊は進入部隊のバックアップに当たれ!弱気になるとやられるぞ!この火災、攻めて勝つぞ!”って。それ聞いて指揮隊長はおろおろしてましたけど、もう誰にも止められませんでした」

江尻は楽しそうに喋り終わると、いまだ繰り広げられているその劇場をにこやかに眺めた。

「そんなものに、俺が”付き合ってる”と思いますか?いつから俺を”良い子ちゃん”認定したんすか」

江尻はやっとこっちを向いた。

「そんなことより、あなたも一緒に病院行きますよ!」

「あ?なんで?」

「さっきから浅く呼吸してるじゃないですか。肋骨でもいってるんじゃないですか?」

「うるせぇ」

俺は短く答えた。


 「君達ぃ、また無茶しやがって」

大林さんをストレッチャーに乗せ、敷島救急隊が救急車に戻ってきた。

「結局、指揮隊の判断でウチがオオバヤシくんとエジを搬送することになった!エジ、乗れ!」

渡部救急隊長に促されて江尻が立ち上がった。

「あれ?ムラさんはいいんですか?」

江尻が他のみんなに聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソッと言った。

 俺は江尻を睨みつけ制止した。

「早くいけ!」

 そう言って救急車のリアハッチを閉めたとき、ちょうどそこに非番の池上さんが到着した。

「ムラ!ムラ!」

いまにも泣き出しそうな顔で、こちらにおろおろと近寄ってきた。

「ムラ・・・聞いた・・ありがとう」

「ヤバかったっす」

俺は苦笑いで答えた。

「本当に、本当にありがとう。オオバヤシとエジリも怪我したって?」

「あぁ・・あの人達なら大丈夫です!それより・・こんなところいいから、早くミナトのとこ行ってやってください!アイツ、女の子を守るために頑張ったんす」

そう言うと、池上さんは今度はおろおろと霧島隊長の方へと近寄っていった。


 一人になると、俺はゆっくりと地面に腰をおろした。あぐらをかいて、顔を上に向け目を閉じた。江尻から聞いた話を頭の中で描く。

 佐原が登場し俺がはしごを降りるまでの想像を終えて目を開いた。

 目の前では水が放たれる音と各所から聞こえてくる指示の怒号を聞こえてきた。

 俺は目の前に置かれた空気呼吸器のバルブを開き、それを勢いよく背負った。ベルトを締め、マスクのストラップを首にかける。

 堪えながらも深く息を吸い込み、「よし」と呟いた。

(みんながまだ戦ってる。行くか)

 きっと俺が休んでいても誰も文句を言わない。それでもこの異様な戦場を作り出してしまった元凶として、「俺が休むわけにはいかない」と勝手に使命感を抱いた。

 霧島隊長のもとに向かい、声を掛けた。

「村下、動けます!」

霧島隊長はこちらを見向きもせずに答えた。

「お前はいい。休んでろ」

怒っているように言った。

「いけます」

俺も短く主張した。

「いい!休んでろ!」

それはどこか、もどかしさを抱えているようだった。

 俺が黙っていると、霧島隊長がこぼすように続けた。

「心配かけやがって。あとは俺達に任せろ。お前は休んどけ」

 きっと色々なものを抱えているんだと思う。隊長として隊員を守る義務、部下の大林さんを怪我させてしまったという責任、指揮隊への反抗によりこのあとに待ち受ける尋問、この異様な現場空気に対する恐怖。察するには余りある状況がこの大男を包み込んでいた。それに飲まれないように、屈しないように立つ姿があまりにも不器用に眩しく輝いた。




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