第3-5話 元レスキュー
「バキッ」
何かが折れる音がした。
「大林さん!大丈夫ですか?」
顔を上げると、大林さんが吹き飛ばされて転びながらもノズルを抱え込んでいた。
「あぁ。だが今の爆発で一気に延焼拡大した。ここは水の膜で守ってるから大丈夫だが、これじゃ放水を止められない。止めたら熱くて動けなくなるぞ!」
いつも温和で冷静な大林さんの言葉が強くなっていた。
よく見ると大林さんの姿勢が綺麗な折膝ではなく変に座り込むような形になっており、左手で左足を押さえていた。
俺はノズルを奪い取った。
「怪我したすか?」
「左足に何かがぶつかった。大丈夫だ!」
俺が「大丈夫ですか?」と聞いたわけでもないのにそう答えた。つまり大丈夫ではない。
大林さんの強くなっていた口調がいつもの温和な口調に変わった。
「ムラ、俺は大丈夫。先降りな」
大林さんがノズルを受け取るように手を差し出した。
「ダメです!もう一回爆発が起きたら、放水でも防ぎきれません!」
「ムラ、わかってるだろう?」
その言葉にすべてが込められている気がした。
「俺は動けないし、放水は止めればどっちも降りられない。熱くて体勢を上げられないから助けも呼べないし、その無線機も・・壊れてるんだろ?」
防火衣に引っ掛けられている無線機は、さっき爆風でベランダの腰壁に挟まれた衝撃でバキバキに壊れていた。
大林さんを背負おうにも放水をやめられないから背負えない。
「ムラ、せめてお前だけでも降りろ」
せっかくここまでギリギリの線で完璧にやってきたのに、こんなところで諦めたくはない。
「ムラ、俺は自分で防御してるから、一回降りて体勢を整えてから来てくれ」
三回目の爆発が起きたら、確実にこんな放水では防げないほどに炎上する。
俺は動けなくなっていた。
「ムラ!テメーも元レスキューだろ!俺もそうだ!初めて赤服着た日から、これくらい覚悟してた!そうだろ!」
俺の張り詰めていた糸がプツンと音を立てて完全に切れた。
「置いていけるわけないでしょ!誰も見捨てんなって言ったのはあんた達ですよ!」
救助隊の頃の記憶がフラッシュバックし、先輩後輩関係だった頃を思い出させた。
俺はノズルを大林さんに突き渡し、放水を任せた。
「痛ぇと思いますがしっかり持っててください!背負います!」
そう言って大林さんの内側に潜り込んだ瞬間、「ガシャン」ともう一つはしごが架かる音がした。走るかのようなスピードで駆け上がってくるかと思ったら、「スタッ」っと降り立つ音が二回した。
「ムラさん!待たせました!俺達が防御放水します!」
柳小隊、佐原の声だった。
「迎えに来ました!背負うの手伝います!」
石田が俺に顔を近づけた。
「お前ら、防御放水しても、脱出するには誰かが残らなきゃいけないんだぞ?」
そう言うと石田がニヤリとした。
「なに言ってるんですか?防御じゃないですよ!火ぃ消しに来たんです!」
石田がそう言った瞬間、「ガシャン、ガシャン」と二回音がした。
「みんな来てくれてるんです!救助隊も来てます!」
石田達よりも速い足音で駆け上がってくる音が聞こえた。
オレンジの防火衣を着た男たちは、目にも止まらぬ速さで進入すると、俺達よりも内側でホースを構えた。
消防隊も含め、その一連の動きには異様な一体感が生まれていた。
「ムラさん、オオバヤシさん!救助活動ありがとうございました!この火災、救助隊が引き継ぎます!柳サハラ、敷島イシダ、俺達に付いて来い!」
石田は大林さんを俺に背負わせると、素早く俺と大林さんをロープでくくりつける。
俺は石田に手伝ってもらいながらはしごに乗り移った。
「ムラさん、あとは俺達に任してください!」
追加された三本のホースラインから放たれた水が熱気を押し返した。
地上に降りると、鈴木隊長やら霧島隊長やら救急隊やら多くの隊員に抱え込まれた。
「大丈夫か?」
誰の声かもわからずに答えた。
「俺は大丈夫です!オオバヤシさんが足を怪我しました!」
霧島隊長がロープを解きながら叫ぶ。
「救急隊!ストレッチャー持ってこい!」
大林さんは誰かに担がれて連れて行かれた。
「ムラ・・ムラ!」
大林さんはストレッチャーに乗せられながら強くうなずいた。
そのあと、俺は江尻の姿を探した。
「隊長!鈴木隊長!江尻は?」
そう叫ぶ俺に鈴木隊長は指を差して居場所を教えた。
俺が険しい顔で訴えかけると、
「エジは後頭部を少しヤケドした。大事はないが、一応搬送してもらおうと思う」
俺は状況が掴めずにあたりを見渡した。
「ミナト達は?」
「すでに救急隊が搬送した。多少の一酸化炭素中毒はあるだろうが二人とも無事だ」
俺は揺れるように何度も小さくうなずいた。
「オオバヤシはどうだ?」
「わかりませんが、自力では動けないようでした」
「そうか」
鈴木隊長は目くばせをして「江尻のところに行ってやれ」と促した。
まだこの男の戦いは終わっていない。
男は炎の怪物を睨み続けた。まるで憎むように。
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