第3-1話 子守り
「ピンポーン」
佐原が敷島を去ってから、暇を持て余した俺の元にはさまざまな依頼が舞い込んできた。
ある人からは畑仕事の手伝いを依頼され、ある人からはサーフボードの修理を頼まれた。車のカスタムを依頼されたり、犬の散歩まで頼まれたこともある。
といっても、最近になって始まったことではない。独身男子とは寂しいことに各方面から引く手数多だった。
とうとうこの日、「子供を預かってくれ」という依頼が舞い込んできた。
もちろん、初見ではない。
依頼者は池澤という先輩で、いまではほとんど仕事での関わり合いはない。
現在は救急隊長として木浜消防本署に勤務している。以前、俺が救助隊に努めていた頃に、同じ署で勤務していた。当時から救急隊に所属しており、歳は四十二。俺達からすれば少し上の先輩として恐れていたところがあった。ゆえに依頼は断らない。とはいえ、嫌々引き受けていたわけでもない。以前から、色々な依頼を引き受けていたが、この男は面倒見がよかった。それを目的にしていたわけではないが、仕事以上の見返りが返ってくる。
つまり、その一家との関わり合いは以前からあって、奥さんはもちろん、子供にも面識があった。面識があるなんていう言葉では弱い。池上家の子供達からは絶大なる人気を博していた。子供は二人、お兄ちゃんで六歳のヒロヤと弟で三歳のミナト。
子供達からの人気といえば、ヒロヤとミナトに限ったことではない。消防署に訪れる子供達からはもちろん、買い物ですれ違っただけの子供にも好かれる。
俺自身はそのことを不思議に思っていたが、江尻いわく「同じ目線で話をするから」だそうだ。同じ目線と言っても、物理的な高さの話ではない。子供を子供と思わずに対等に話をするところが、子供達に受けているようだ。
「ウラー」
俺がインターホンを覗き込むと、ミナトが幼い声で叫んだ。
玄関に出ていくと、池上さんの奥さんとミナトが居た。
「すいませーん。ムラちゃん、本当に預かってもらっちゃって大丈夫・・・?」
「はい。任してください!」
「ホントごめんねー!ヒロヤの発表会が終わったら迎えに来るからさ!」
「全然大丈夫ですよー!どうせ暇ですから!どこか適当に遊びに連れていきますよ!」
「ありがとう!じゃあ、これにオムツとお菓子が入ってるから、よろしくお願いします」
俺と奥さんが話しているときには、もうすでにミナトは部屋に上がりこんでいた。
「じゃあねミナト!ムラちゃんの言うこと聞くんだよ!」
「ウラちゃんのいうこときくー!」
ミナトが元気そうに答えた。
こうして俺とミナトの一日が始まった。
ミナトは、楽しそうに俺のベッドで跳ねたりソファで寝転がったりして遊んだ。
最近、言葉がはっきりしてきて、会話をすることが彼自身楽しいようだ。なんでもかんでも言葉にするようになった。
こちらの話は一見聞き流しているように思うが、実はちゃんと聞いている。俺自身も言葉の使い方や話す内容に気をつけなければならないと感じていた。
「ミナト、どっか行きたいか?」
「うーん・・遊園地ー!」
「・・・いやそれはダメだ」
「えーと、じゃあ・・ウラとだったらどこでもいいー!」
「ウラって誰だよ・・・」
この健気な子供と喋っていると、心がだんだんと洗われていく。小さなことで喜び、僅かなことに絶望する彼は本当に素直な生き物だった。色々なものを留めたり、隠したりしながら生きている自分の汚らわしさが嫌になった。
「公園でも行くか」
そう言うとミナトは「やったー!」と大喜びした。
彼にとっては遊園地と公園に大差はない。どちらにせよ冒険であり、探検なのだ。そんな無垢な心が羨ましくさえ思えた。
家の近所にある公園は、ここらへんではなかなか大きい方だ。
公園に着くなり、彼はすべり台に向かって走っていった。周りにいた大きな子供に負けじと、すべり台の階段を登っては滑り、登っては滑りを繰り返した。何度か繰り返すと、次はジャングルジムへと突っ込んでいった。ミナトが高いところに登ると、ヒヤヒヤしたがそれでも手は出さなかった。人の子供なのに関わらず、いや人の子供だからできたのかもしれないが、強くなってほしいと思った。
それにも飽きて、次は砂場に向かった。俺はミナトに近寄り、「何作りたい?」と聞いた。
「おやまつくるー!」
元気にミナトが答える。俺はミナトが作りやすいように周りから砂をかき集めた。
「どうせ作るなら、越えられないくらいでっかい山作れよ」
俺がそう言うと、ミナトは「うん」と元気よく返事した。
(意味わかってんのかよ)
と思ったが、なんだかわかっているような気もした。
ミナトは山を作っている途中、ターザンがあることに気がついた。作りかけの山を放ったらかしにして、ターザンに向かって走っていった。
そこはこの公園の中でも人気スポットで、少しの行列ができていた。
ミナトはその行列に並んだ。俺はその隣について並んだ。
次ミナトの順番というところで、前の女の子がターザンのロープを途中で離して落下してしまった。
高さやスピードによっては俺が駆け寄るところだったが、大した事ないと思った俺は、ミナトに声を掛けた。
「ミナト、女の子が怪我してるときは、助けに行ってあげないと!」
俺がそう言うと、ミナトはいつもどおり元気に「うん!」と返事した。
「だいじょうぶ?」
ミナトは女の子に駆け寄ると、声を掛けながら女の子が手で押さえているところを覗き込んだ。
「みせてごらん・・・」
そう言って女の子の手を優しくどけた。涙ぐむ女の子はミナトの顔を見つめた。
「だいじょうぶだよ!ミナトの友達、スーパーヒーローだから!」
ミナトは俺の方を見た。
「ウラー!みてあげて!」
俺が呼ばれて近づいていきその子がぶつけたところをさすりながら「うん!血も出てないし大丈夫!そのうち痛くなくなるよ!」と声を掛けた。その間、ミナトはずっとその子の頭を撫で続けていた。
そのうち異変に気づいたその子のお母さんがすっ飛んできた。
お母さんは俺とミナトに丁寧にお礼を言ってから、その子を抱いてその場を離れていく。
俺はミナトをギュッと抱きしめた。
「お前、偉いな!」
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