第2-29話 ツーバディ
佐原が敷島に務める最終日の始業ミーティングで、珍しくも鈴木隊長は、その日の予定を俺に委ねなかった。
いつもなら「ムラ、今日の予定は?」と聞くところが、「今日くらいゆっくりせぇ」と言い、今日の予定は水利点検と事務処理だけとなった。
その違いにどんな意味があるのかは言わなかったが、この男が動くときにはなにか理由があると推察してしまう。きっと、「普通の消防署とはこういうものだ」という姿を佐原に見せたかったんだと思った。
激烈な訓練期間とはうって変わって、のんびりと水利点検をやり、消防車でのドライブに繰り出す。昼食はパスタを作ってたらふく食べ、午後の仕事はなめらかに事務処理へと移行していく。そんな穏やかな消防署の時間を過ごした。
それでもここ敷島出張所では、穏やかな時間はそう長くは続かない。
昼食が終わって襲いかかる睡魔を追い払った頃だった。
「ポー、ポー、ポー、、、火災指令、一般建物、入電中」
指令音に一番早く反応したのは佐原だった。
「ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、、、火災指令、一般建物、現場、木浜市久慈三丁目二十一番八号、一般住宅、第一出動、木浜指揮1、木浜救助1、木浜水槽1、木浜水槽2、敷島水槽1、柳水槽1、清水はしご1、敷島救急1」
「管内だ!ウチが一番早く着くぞ!」
全員の目が鋭くなる。
隊長を含め全員が消防車に乗り込むと、ほぼ同じタイミングでドアを閉めた。
「お前ら、この火災は直近火災だ。普段とは動きが変わる。出遅れるな!迷うな!感覚で動け!いいな?」
俺がシフトレバーを操作するのと同じタイミングで隊員達に声をかけた。
全員が脳ミソをフル回転させたことにより、会話が止まる。
(マズイ・・・こういうときこそ喋らないと!)
「エジ!人命救助最優先だぞ!」
言葉は何でも良かった。とにかく会話を始めることが大事で、誰かが話題を作ればその歯車はゆっくりと大きく回転し始める。
「はい、詳細が全くわからないんで、見えてき次第、プランを提案します!」
きっといつもと大差ないのだろうが、詳細な指令内容の一方送信までが長く感じた。
(早くしてくれ!到着しちまう!)
「指令センターから、木浜市久慈、一般建物火災出動中の各隊へ一方送信、現場は指令同番地、一般住宅、建物2/0、入電多数、252は二名ある模様、建物二階から出火、付近に木造建物多数、以上」
それは最悪の指令内容だった。
おそらく敷島が再先着隊、ホンモノの火災、要救助者は居る、しかも二人、延焼危険は大、俺達にとって最悪の条件が揃ったといっても過言ではなかった。
「敷島小隊長から指揮隊長、本火災にあっては要救助者があるとのこと。当隊は人命救助最優先を念頭におき、消火活動は後手にまわすものとする。なお火点直近し、総員で人命救助にあたります、どうぞ」
鈴木隊長は指揮隊からの無線返答も待たずに俺達に指示を飛ばした。
「ムラ、火点直近したら、屋内進入準備にかかれ!局面指揮は一任する!エジ、ムラの補佐にあたれ!イシは現着したらまず俺に空気呼吸器をくれ!それからエジと相談して資器材の準備!サハラ!今日はいつもより一人多いんだ!教わったことを全部出してこい!」
それぞれが「了解!」と返事をしてからガヤガヤと言葉を交わした。
鈴木隊長からの指示が終わったとき、救助隊から無線が入る。
「木浜救助隊長から各隊へ、当隊は潜水訓練中につき到着が遅れます、以上」
最悪の条件の上塗りだった。
「出火建物、目視にて確認!白煙上昇してるがまだ少ない!現着までおよそ一分!」
俺が目測で叫んだ。
「エジ、考え得る使用資器材を消防車の横に並べてくれ!俺は火災の状況評価をしてくる!」
準備自体は江尻に任せた。
鈴木隊長は関係者への情報収集にかかり、俺は出火建物の情報をできるだけかき集めた。建物の外に火が吹き出しているところはない。
建物を外観から一周眺め、そのあと少し離れたところにいる野次馬に向かって声をかけた。
「誰か!直接火を見た人はいますか!?」
一面は静かになり、一人の野次馬が声をあげた。
「おい!いいから早く消せ!」
(うるせーよ。言われなくてもいまからやるよ)
俺は消防車に戻ると資器材を準備し終わった隊員達を集めた。
無線機のプレストークボタンを押したまま指示を出す。
「出火建物にあっては、木造だが新築のため気密性が高い。なお野次馬に確認するも炎上は見られていないため初期火災と判断し、フラッシュオーバーの危険性は低い。よって建物内への進入は可能と判断する。なお進入可能箇所は玄関のみ。隊長が戻ってき次第、屋内進入にかかる!」
隊長にも聞こえるよう無線にも送った。
俺の無線機から「ザー」というノイズのあと隊長の声が響く。
「本火災、要救助者にあっては三名ある模様。なお、一名は幼児。三人家族で、父親は一度避難後に再度戻ったとのこと!ここから緊急救助に切り替える!敷島隊員、出火建物玄関前に集まれ!」
俺達は展開された資器材をそれぞれが持って玄関前に向かった。
「シュゴー、シュゴー」
空気ボンベを吸う独特の音。
バディは江尻と石田、俺と佐原のツーバディで同時検索を行う。
空気呼吸器のマスクをつけていると視界が悪い。俺は佐原のマスクにぶつかるくらいに近づいて「大丈夫か?」と尋ねた。
「はい、きっと訓練の方がキツイです!」
表情までは見えないが、佐原のその言葉に安心した。
「いいか?屋内進入・・・嫌になるほどやったろう・・・。佐原!」
隊長はそう呼ぶと佐原を凝視した。
「救ってこい!」
佐原は返事もなく大きく頷いた。それが彼なりの自信の表し方だったのだろう。
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