第2-28話 救士達の夢

 「ムラさん、今夜の座学は何をやる予定ですか?」

江尻が皿洗いをしながら聞いてきた。

「ん?今夜は有毒ガスについて講義をやろうと思ってる」

俺がそう言うと、江尻は少し考えるように天井を見た。

「ソレ、次に回せますか?」

「ん?まぁ、ここのところ予想してたより災害出動も少ないし、訓練計画は順調に進捗してるから次に回しても大丈夫だが・・・どうした?」

「あ、いえ、じゃあ・・・俺に時間もらってもいいすか?」

「あぁ・・・わかった」

俺は江尻に任せることにした。

 江尻は夕食の片付けが終わると、鈴木隊長のもとへ行き、何かを小さな声で話し始めた。

 隊長が顔色を変えずに「わかった」と言ったのを見て、大したことではないことを察したが、それがどんなことなのかは分からなかった。


 日中はずっと訓練をやっているので、どうしても事務仕事が溜まる。

 それらに取り掛かるのは夜になってしまう。

 すべての事務仕事が片付いて、一息つこうと思っていた頃、江尻がみんなに声をかけた。

「あの、今夜、なんちゃら流星群が観れるらしいんです!みんなで観ないすか!」

 全員が事務室のデスクに座りながら「は?」と江尻を見つめた。

「まずよぉ、なんちゃらってなんだ?それから、なんで星空観察なんだ?」

「いやだって、百年に一度しか見れないらしいんすよ!それがここら辺からだと綺麗に見れるらしいんすよ!それが偶然にもこんなに天気がいいし!こんな偶然、なかなか重ならないじゃないすか!」

みんなが「えぇー」と口々に言いながらいると、

「星空観察なんてよぉ、彼女とやってくれよぉ」

渡部隊長がそう言いながらも笑顔で立ち上がり、

「どこで観るんだ?」

窓から空を覗き込んだ。

「アレがあるじゃないすか!」

江尻が楽しそうに訓練塔を指差した。


 訓練塔の高さは二十メートルある。

 敷島出張所の周辺には高い建物がなく、塔の屋上に立って空を見上げれば、視界には何も入らなくなる。

 高いところでずっと上を見上げていると、なんだか少し怖くなって足が震える。

 目線を自分の高さに戻すと、そこには七人のはしゃぐ大人達が居た。

 こうして見れば、みんなただのおっさんであり、ただの若造だ。

 それでも俺達は、お互いのそうじゃない姿も知っている。

「おぉ、綺麗だなー」

と渡部隊長が感心しながら呟くように言った。

「星なんて見たのいつぶりですかね」

石田も目を輝かせている。

「いつからか・・目の前の事に囚われて、空なんて見なくなっちゃったなぁ・・・」

武林がちょっとふざけてそう言うと、みんなが珍しくも納得した。逆に恥ずかしくなって、

「いやいやツッコんでくださいよ!」

武林が自分でツッコむと笑いが起きた。

 みんなで笑い合っていると、渡部隊長が武林や仲宗根に目配せした。

「訓練塔から降りるのに時間かかるから、救急隊は先降りてるぞ!」

渡部隊長の号令に武林や仲宗根もついて行った。その目配せには他にも理由があるように思えた。

 鈴木隊長も「俺も先降りる」と言って階段に向かい、屋上には俺と江尻、石田、佐原だけが残った。


 俺はドカッと屋上の地面に寝そべった。

 次に石田も真似して寝そべり、その隣に江尻が座り込んだ。佐原はそれを後ろから眺めている。

「こうして観ると、この街から観る星も綺麗なんだな」

 この街は田舎でもなく都会とういわけでもない。それでも街灯は十分に設置されていて、夜になっても真っ暗になるほどではない。中途半端なこの街から見える星が、こんなに綺麗だとは思わなかった。

「ムラさん、ムラさんの夢は・・なんですか?」

石田が真っ直ぐ空を見上げたまま聞いてきた。

「夢か・・・」

俺がしばらく考えていると、江尻が割って入ってきた。

「もっかい赤服を着ることじゃないんすか?」

確かめるように聞いてきた。

「いや・・・夢ってことは、おそらく叶わないだろう事でもいいんだろ?」

「え、あ、はい」

石田が空から目を切ってこちらを向いた。

「ずっとこうしてることかな・・・。こうやって、ずっとお前らと一緒に仕事してたいな」

俺は星から目を逸らさなかった。

 江尻が一つ溜め息をついてから、「そっすね」と寂しそうに答えた。

 石田が、空間を斬るように後ろを振り返った。

「佐原さんは?」

佐原はビクッとしながらも待ち構えたような顔をしている。

「僕は・・・僕は、いつかこんな部隊を作りたいです!」

みんなが少し照れながらニヤけた。

「目標は”人を救うこと”ですが、夢は、いつかあなた達に負けないくらい最強の部隊を作ることです!」

恥ずかしさが増して、全員が星に目をやった。

「良い夢だ」

俺はそう満足しながらも、石田がこのタイミングで質問してきた理由と、どこか作り笑顔のような彼の表情に少し引っかかっていた。


 その日からの訓練は、一層の激しさを増した。

 それでも自分達で作り出した地獄では、苦しみを感じない。

 佐原にも自発性が出てきた。

 訓練計画は順調以上に進行しており、九日目の午前にはすべてのカリキュラムが終了していた。よって、最後の方は佐原の意見により予定が組まれる。

 佐原は精神的にも技術的にもめざましい成長を遂げた。

 他のことに囚われて、俺自身にも見えていなかったが、もともと佐原という男にはセンスがあった。要領も良いし、頭も賢い。江尻と比べるとよっぽど吸収が早かった。

 その違いのおかげかどうかわからないが、それは円滑なコミニュケーションにも繋がっていた。つまり、江尻と佐原は相性がいい。

 たった数日一緒にやっただけで、もうすでに活動内で言葉を必要としなくなってきている。

(コイツら、いつか組むな)

レスキュアーとしての勘がそう思わせた。




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