第2-24話 初めての訓練

 「訓練、なにかやりたいものはあるか?」

俺がそう聞くと、佐原は予想どおりに答えた。

「いえ、特にありません」

「そうか。わかった。では・・・イシ、なにかやりたいものあるか?」

「最近、他業務であまり訓練をやれていなかったので、火災防御訓練をやりたいです!」

「わかった。それをやろう」

 俺は「少し時間をくれ」と言って訓練の内容を考えた。


 江尻、石田、佐原を集め、訓練の説明をする。

「では、今日は屋内検索救助訓練を行う。ただ、操法や”訓練のための訓練”ではない。現場活動だと思ってやってくれ」

 こう言うと若いヤツは目を輝かせる。

「では内容を説明する。今回の目的は”まだ延焼していない建物”から要救助者を救出してもらう。”まだ延焼していない”という部分に着目して、その上でどこまで安全管理を行うのか、どれくらいのスピードが要求されるのか、自分達で考えて行ってくれ。なお、活動指揮は江尻、活動隊員は石田、佐原」

 「自分達で考えて」と言ってやるとなお一層輝きを放つ。

「なお、訓練場所はこの敷島出張所の建物全部。真隣に建物があると仮定して、そこが炎上してるとしよう。敷島出張所建物には全く延焼していない。なお要救助者等の情報は出動途上に無線で入れる」

そう言って手に持っていた無線機をかざしてみせた。

 「訓練開始の合図で準備して、消防車に乗ったら三分計る。車は動かさずに車庫が着車場所だ。三分経ったら現着して活動開始。そのあとの活動に関してはすべてお前らに任せる。なにか聞きたいことがあれば無線で送れ。いいか?」

 江尻と石田が考えるように上を見た。

 俺は無反応の佐原を見てもう一度聞いた。

「いいか?」

「はい」

「では・・・訓練かかれ!」

そう言って手をパチンッと叩くと、江尻と石田が一斉に動き出す。遅れて佐原が動き出した。

 三人が去った事務室で渡部隊長が声をかけてきた。

「ムラのことだからどんな作戦があるのかなって思ったら、グッツリやるつもりか」

渡部隊長は臭いものでも見るように苦笑いしながら言った。

「いえ、消防士として普通のことをしているだけです」

覚悟の思いで言った。

 俺のやり方が間違えば、今度こそ佐原は消防署を辞めてしまうだろう。確かに、保養所のようにゆっくりと静養させてあげることもできる。しかし、それではなんの解決にもならない。俺はそんな表面上の解決ではなくて、根的治療を目的としたかった。その覚悟の上でこの選択をした。

 横目で鈴木隊長を見ると、僅かにほくそ笑んでいる表情が見えた。


 「タケ、仮眠室のベッドにでも寝ててくれ」

武林にそう指示し、俺は様子を見に車庫へ向かった。

 車庫に出ると、ちょうど全員が消防車に乗り込んだところで、俺の無線機が鳴った。

「敷島江尻から訓練指揮者、乗車完了、どうぞ」

「了解、ではただいまから三分計測する。なお、要救助者にあっては七十代の男性で障害により自力歩行不能との情報あり、以上」

そう言って腕時計のストップウォッチを起動させた。

 ガヤガヤと消防車の中で作戦会議をする声がする。

 消防車に耳を近づけ聞き耳を立てると、予想どおり江尻と石田の声しか聞こえない。


 腕時計のストップウォッチが二分を過ぎたところで無線機に手をかけた。

「訓練指揮者から敷島江尻、現着、活動開始、どうぞ」

 あえて一分早めて訓練を開始した。

 現場では想定外のことが起こる。江尻達もそれをわかっているから異議を唱えたりしない。

 訓練開始の合図で、江尻と石田が降りてきた。

 江尻が声をかける。

「おい佐原、早くしろ!」

 佐原はまだ空気呼吸器を背負っていた。

 もちろん仕方ないことだ。佐原は訓練に慣れていない。ましてやこの敷島のやり方には触れたこともない。そこに差が生じるのは仕方ないことだが、俺自身はこれを求めていた。

 こてんぱんにやっつける。こてんぱんにやっつけて佐原自身の実力を感じてほしかった。と同時に、佐原の中で目標を見つけて欲しかった。しかし、それが容易ではないこともわかっている。


 後追いになった佐原を置いて、訓練はどんどんと進んでいく。

「当該建物には延焼危険なし。よって、検索ロープは使用せずに屋内進入し、早期救出を主眼とする。進入隊員は佐原、石田。熱画像探査装置を使用し、建物内部の温度管理を行った上で進入すること。なお、活動限界温度は室内上部百度までとする。進入準備、マスク着装!」

 江尻から次々と指示が飛ぶ。

 佐原はなんとか付いてくるものの自発的に行動することはできない。それで構わない。

「マスク着装よし!」

二人の合図で進入準備が整う。

「内部は白煙等ないものと思われる。検索にあっては目視を主力として活動すること」

 通常、”屋内検索訓練”と聞くと視界不良で触感を頼りにした手探りの検索訓練ばかりを行う。きっと佐原にとっては初めて聞く指示だろう。

 「進入開始!」

合図とともに石田が突っ走って進んでいく。

 石田は視力を頼りに室内を次々とクリアリングしていく。

 佐原はまさに”訓練のための訓練”の様相を呈する。ゆっくりとおっかなびっくり進行していく。

「佐原さん、付いてきてください!」

先行した石田から激が飛ぶ。

 「佐原!のんびりやってないでイシのスピードに合わせてどんどん検索していけ!」

車庫で活動指揮をする江尻からも声がかかる。

 佐原がやっと焦りを見せ始めたとき、石田が要救助者を発見した。

「要救助者発見!寝室、建物内部右奥の部屋!」

声を上げ、続けて無線を飛ばす。

「進入石田から敷島江尻副士長、要救助者発見、寝室ベッド上、進入口から約十メートル、熱気無いため抱き上げ搬送します!どうぞ」

「敷島江尻、了解」

 発見から救出まではものの数十秒しかかからなかった。進入から数えても、ものの数分だったろう。

 車庫に救出活動が終わった三名、要救助者役の武林、他にも渡部隊長と仲宗根が見に来ていた。


 すべての資器材を撤収してから、デブリーフィングに入る。

「どうだった?」という俺の質問に、それぞれが適当に答える。

 佐原が何も言わなかったので促すと、佐原からは「大変勉強になりました」という当たり障りない答えが返ってきた。

 それに渡部隊長が反応した。

「おい、さ・・・」

と言いかけたところで区切った。

「いいんです、いいんです!」

佐原の方に向き直って続けた。

「そっか。それは良かった。じゃあまた次は違うことをやろう」

そう言って午前中の訓練は終わった。

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