第2-21話 防御線
「エジ、どっかの消防車からホースカー《ホースを積むリヤカーのような荷車で消防車に付随されている》を借りてこい!イシ、ウチのホースカーにありったけのホースを乗っけとけ!」
「了解っす!」
俺の指示に二人が声を合わせて一斉に動き出す。
「ムラ、本当に大丈夫か?」
「いや、わかりませんが他に手段はないでしょう。やるだけのことはやってみます」
「わかった。準備ができたら一旦集めてくれ」
「柳小隊の消防車から借りてきました!」
江尻がホースカーを引っ張って戻ってきた。
「よし。何本乗ってる?」
「十本です!」
「わかった。敷島のホースカーには二十本乗っけたから、これで合計三十本だ。俺とイシがホースカーを引っ張るから、エジは隊長と後ろから押してくれ!」
「ダメです」
江尻が反論した。
「ダメです。キツイのは俺がやります!ムラさん、あなたには他にやらなきゃならないことがある。少しでも温存しといてください!」
「エジ・・・」
江尻は江尻なりに自分のやるべきことを理解していた。
「わかった。任せる!ではエジが敷島のホースカー、イシが柳のホースカーを引っ張ってくれ!」
「了解!」
活動指示が終わったところで、隊長に合図した。
俺達は自然と円になるように指示を聞く。
「ではこれから山頂付近に防御線を張りに行く!キツイとは思うが俺達が失敗すれば鎮火まで何日もかかるような大火事になる。たぶんお前達の消防人生で一番キツイ作業になると思うが、俺達が最後の砦と思って心してかかれ!」
全員が言葉ではなく頷いて返事をした。覚悟のために歯を食いしばったせいで言葉を発せなかった。
「敷島小隊長から指揮本部、二十三時二分、これより防御線作成を開始します、どうぞ」
通常、舗装された平地の道路で使用されることを想定されているホースカーは、この山地ではほとんど役に立たなかった。それでも一本ずつ伸ばすよりは、いくらか役に立った。
五本目のホース、つまり百メートル進んだところで、ホースカーが止まった。
「どうした?エジ!」
「いえ。なんでも!もう一度進みます」
見るからに無理しているのが伝わってくる。
それでも「大丈夫か」とは聞かない。この男はもう限界を迎えるところまで止まらないだろうと思った。
十本目が伸び切り、石田が引っ張る柳のホースカーが空になった。
つまり柳のホースカーは少しずつ軽くなっていたが、敷島のホースカーはここまで変わらなかった。それを江尻は引っ張ってきた。
「俺も押します!」
石田が補助に加わった。
「エジ、替わるか?」
「大丈夫ス!」
心臓が熱い。
息が上がりきって浅く速い呼吸になる。そのせいでほとんど酸素を取り込めない。
酸欠で視界が狭まり、身体の末端に力が入らない。
口はカラカラに乾き、乾燥した冷たい空気が喉を刺す。
言葉もなく、息の上がった喘鳴が響く。
もう何本伸ばしたのかもわからない。
山道が狭まり、とうとうホースカーが進めなくなった。
「隊長、ここからは一本ずつ伸ばしましょう。あと七本なので、一人二本ずつ伸ばせば完了です」
山道から茂みに向かってホースを伸ばす。
そこから二本伸ばしたところがおそらく延焼範囲の最上点だった。
「ハァハァ・・ハァハァ・・ハァハァ」
ホースを伸ばしきったときには、ほとんど意識が朦朧としていた。
鈴木隊長がなんとか「放水はじめ」の無線を送ったが、ここまで水が届くまでには時間がかかる。ましてや水が届くのかどうかも定かではない。
江尻と石田の二人を休ませ、伸ばしてきたホースの先端を二口に割ったから、俺と隊長で分かれてノズルを構えた。
「なんとか、伸ばしきりましたね」
「あぁ。でもキツイのはここからだ」
「わかってます。それ、今のアイツらには言わないでやってください」
三十キロの装備を背負って山を駆け上がった。しかも約百五十キロあるホースカーを引っ張って。
体力がある、ない、ではなく、純粋に精神力で駆け上がってきた。
俺は休む石田を呼びつけた。
「コレ、エジに飲ましてやれ」
防火衣のポケットからスポーツドリンクを取り出して石田に渡した。
「ムラさんは?」
「俺は大丈夫。まもなく水が来る」
そう言って笑ってみせた。
パキパキと遠くで木が燃える音がする。そこにゴーと低く重たい音がしてきた。水がホースを通る音だ。
(よし。水が来たぞ)
俺はノズルをしっかりと握って構えた。
シャーという音とともにノズルの先端から水が吹き出す。
棒状の水が弧を描いて山肌に降り注ぐと、自然とみんなから笑顔がこぼれた。
月の光に照らされたシャワーは、キラキラと輝きを放つ。
放水がはじまってから、どれだけ時間が経っただろうか。
どれだけ水を打っても、火勢が収まることはない。ところどころ高くそびえる木々に阻まれてうまく放水があたっていない。
延焼範囲の中央に着いているから、両翼まで放水が届いていない。
もう身体もうまく動かない。一つの動作をするのにも、歯を食い縛らないと力が出ない。歩くことすらままならなかった。
「隊長、いつまでもここで打ってても火を叩けないですね」
鈴木隊長も同じ状態になっていて、わかっていても指示できないようだった。
「ここを起点に、両翼に別れましょうか」
「そうだな。二人ずつに別れよう」
「はい。俺はイシを連れていきます」
「わかった。なにかあったら無線送れ」
「わかりました」
俺達は二手に別れることになった。
水が入って重たくなったホースを引っ張りながら、地上と平行に茂みを進んでいく。
「イシ、ちゃんと付いてこい!」
俺がホースの先端についたノズルを引っ張りながら進む。
ザクザクと交互に鳴った足音が途中で俺の足音だけになった。
振り返ると、石田が突っ伏すようにうずくまっていた。
「どうした?立て!行くぞ!」
そう吐き捨てて進もうとしたが、後ろで立ち上がる音が聞こえなくて、もう一度振り返った。
俺はノズルを置いて、石田がうずくまっているところに戻る。
「立て!行くぞ!」
「ムラさん・・・もう動けません」
俺は石田の防火衣の襟を掴んで立ち上がらせようとした。
「ごめんなさい・・ごめんなさい。もう無理です。動けません」
「大丈夫だ!大丈夫。お前はまだ動ける。大丈夫・・諦めなくていい。勝手に諦めるな」
「いえ・・・」
「わかってる。キツイのも、もう限界なのもわかってる。でも大丈夫だ。お前はまだ戦える。行くぞ!」
まるでそれは自分に言い聞かせるように言った。
「お前がここで諦めたって誰も責めない。きっとお前は、自分の無力さに絶望して落ち込んだフリでもするのだろう。でもそんな傷、一週間もすりゃ徐々に忘れ始める。でもな、この火事が燃え広がって他の集落にでも延焼してみろ。その傷は絶対に癒えないんだぞ。そんなの、堪えられないだろう。だから、諦めなくていい。勝手に諦めるな行くぞ!」
人に言えたことじゃない。
自分だってもう限界だった。
できることなら俺もうずくまりたい。
目の前にいるのが部下じゃなければ、とっくにうずくまっていただろう。
ここまで付いてきた石田は、十分すぎるほど立派だ。
それでも俺には「もういいぞ」と言ってあげられない理由がある。
山を登る前に隊長から言われた「最後の砦」という言葉が頭から離れなかった。
(俺達が崩れたら、この戦闘は崩壊する)
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