第2-20話 山火事

 「指令センターから、木浜市下里、林野火災出動中の各隊へ一方送信、現場は指令番地付近林野、山林斜面、出火原因は不明、現在延焼拡大中、252はなし、なお現在乾燥注意報及び強風注意報発令中、以上。」

 現場までは緊急走行でもおそらく二十分はかかる。離れた高速道路からでも黒煙が見えた。

 「木浜指揮1から指令センター、消防ヘリの要請は可能でしょうか、どーぞ」

指揮隊長から無線が入るが、「日が沈んでいるため飛行不能だ」と断られた。

 まもなく高速道路を降りかかったとき、鈴木隊長が俺に声をかけた。

「ムラ、料金所を過ぎたら、一旦路肩に消防車を停めてくれ」

そう言われて返事をしたが、それが何を意味するのか察することはできなかった。


 (カチッカチッカチッカチッ)

料金所を通り過ぎたところで、俺はハザードを焚いて路肩に消防車を寄せ、サイレンの音を切った。

 「隊長、どうしました?」

「全員、防火衣のポケットに飲み物を入れておけ。それから、防火衣についている無駄なものを外して少しでも身軽にしておけ。いいか?コレは長丁場になる。場所は山の麓だから民家への延焼まで食い止めればなんとかなるだろうが、とにかく時間がかかる。それからムラ、”明日は行けないかもしれない”と連絡しておけ」

鈴木隊長はまっすぐに黒煙を見つめながらつぶやくように言った。

 俺は胸ポケットからスマホを取り出して、メッセージを送った。

〈明日は行けないかもしれない。もし朝まで連絡がなければ見送りには行けない。〉

簡潔に文章を打ち込んだ。

 俺達は息を飲んで次の言葉を待った。

「いままで数々の火災に出てきたが、一番キツかったのは山火事だ。この乾燥している時期に集落に延焼でもさせたらエライことになる。死んでも街を守れ。いいな?」

 俺達は「了解」と短く返事をした。ギアをドライブに入れ、再びサイレン鳴らす。自然とハンドルを握る手に力が入った。


 辺りは暗くなっている。ましてや市街地から離れた場所だから、街灯や家の明かりも少ない。

 そのおかげで、火災がどれだけ広がっているかが瞬時に見て取れた。

 「これは・・かなり延焼してますね」

鈴木隊長が無線で着車位置を確認したところ、俺達は火災地点から一番遠いところを指示された。

 火災は山の中腹から広がったようで、それが山頂方面にも麓方面にも広がっていた。

 麓には集落があり、先に着いた消防隊は集落に住んでいる人の避難や集落全体の防御活動にあたっていた。

 「ムラ、俺達は消防車を捨てる。先着した消防隊にホースラインを借りて、マンパワーを投入する!」

 本来、機関員である俺は消防車から離れることはない。しかし、今回は消防車の能力は捨てて、活動員の頭数を増やす作戦に出た。

 俺は消防車を停め、石田から空気呼吸器を受け取った。


 燃えている山林に近づいていくと、視野が限られ火災の全容が見えなくなる。

 自分達がどこで消火活動をするべきか見失うが、すでに山林と集落の境目には他の消防隊や消防団が消火活動を始めていた。彼らがそこで水を打ち続けてさえくれれば、集落に延焼することはない。

(集落は大丈夫だ)

そう思ったときだった。

 「木浜指揮から敷島小隊、指揮本部に招集されたい、以上」

指揮本部から無線が入った。

 俺達は隊長とともに四人で指揮本部に向かった。

 指揮本部に着くと、そこにはモニターに映像が映し出されており、それはドローンで撮影された現場付近の空撮映像だった。

 「集落への延焼は抑えられた。おそらくこのまま防御していれば大丈夫だろう。だがこの風だ・・・このままいくと反対側の斜面にまで延焼する。範囲が広がれば広がっただけ収束が難しくなる。敷島小隊には側面から行けるとこまで回り込んでもらい挟撃戦術をとってほしい」

 指揮隊長からの伝達は”命令”というより”依頼”というような少し柔らかなニュアンスで伝えられた。なぜなら、この任務はこの現場にいる誰よりもキツイ活動になるだろうと予想されたことに対する一種の同情のような感情だったからだ。

 鈴木隊長ですら即答せずに、少し考えてから俺の方を見た。

 俺も必死に思案していた。

「ムラ、どう見る?」

「ええ。最前線の消防車からホースを伸ばしたとして、ポンプの圧力的に摩擦損失と高低差による背圧を考慮して最大で伸ばせても三十本、距離にして六百メートル、山頂付近には届くでしょう。高所から斜面にむかって広角に放水すれば、延焼の抑制にはなるでしょう。ですが、あくまでも抑制です。燃え広がることを遅らせることはできますが。それが最大の攻撃にはならないと考えます」

 的確に分析した。しかし、それはあくまでも理論上の話であって、実際にそれができるかどうかはわからなかった。

「三十本のホースを一隊で伸ばすことなんてできるのか?」

 指揮隊員の伊藤さんが心配そうに聞いてきた。

「敷島だけで二十本は用意できます。どこか他の隊からホースカーをお借りできれば可能です」

 答えが見当違いなことはわかっていた。伊藤さんは「物理的に可能かどうか」ではなく「体力的に可能かどうか」を聞いてきていた。

 俺はそんな懸念に対して”回答しない”という意思表示を持って立ち向かった。

 言われなくても体力的に激烈な辛さが待っていることはわかっていた。それでもそれを言葉にしてしまうことで、そこに恐怖が生まれる。

 あえて目を背けることで平静を保った。

 「では、敷島に任せていいか?」

指揮隊長が鈴木隊長に確認した。

 「指揮隊長・・・コイツらの目を見てくださいよ。今になって辞めるなんて言ったら、俺がコイツらに怒られます」

とニヤリと笑った。

 指揮隊長は下を向きながらクスッと鼻で笑った。

「では下命する。敷島小隊にあっては山頂まで駆け上って防御線を作ってくれ!」




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