第2-14話 オクリビト

 「なあケイ、初めてあった日のことを覚えていますか。真夏の火災現場で、新人だったケイは俺に放水の水をぶっかけて、“当たりどころが悪かったら大惨事になっていたぞ”と周りの先輩から怒鳴られていましたね。そのとき俺が、“火事が消えたんだからいいじゃないですか。怪我もしてないですし”と周りの先輩をなだめたことに対して、“この人、カッコつけだな”と感じたのが、俺への第一印象だと話していましたね。

 いつかの約束、覚えていますか。いつか俺が救助隊長になって、ケイは消防隊長で、現場で言い合いしようなって約束したことを。ケイ、言うこと聞かなそうだなって。ムラは無茶なこと言ってきそうだなって。なあ、約束忘れんなよ。本当に楽しみにしてたんだぞ。

 カッコつけやがって!お前のせいで、何が良くて何が悪いのかわからなくなっちまったじゃねえか。何が正解で何が間違いなのか。お前がやったことは間違ってんだよ!こんなにも多くの人を悲しませやがって!・・・でもなあのとき、お前しかいなかった。大事な大事な仲間を守れるヤツは、お前しかいなかった。

 本当に勇敢だったよ。これまで偉大なる消防士とともに一緒に戦えたことを誇りに思う。君の友人でいれたことに心から感謝する。

 なあケイ、怖かったよな。苦しかったよな。君のことを想うと俺達も恐怖にのまれそうになる。でもな、俺達は明日も消防車に乗る。サイレンをかき鳴らす。大きな声で叫ぶ。真っ暗の煙のなか、君が迷わなくていいように。俺達はここにいるぞ。君がどこにいても、俺達の姿が見えるように。次は・・・次こそは絶対に助けるから、だから諦めないでくれ。俺達も絶対に諦めない。いいか?俺達はここにいるぞ!ここで、友の帰りを待つ。」


 儀礼式の日、俺は弔辞を述べた。

 本来、上司や役職のある者が行うのが通常だが、俺がやることになった。一度却下された俺の立候補は、みんなの念押しがあり、家族の同意の上で許可された。

 それでも事前に提出してあった下書きと違うことを読んだがために、会場は少々ざわついたが、周りの雰囲気に押され、それを咎める者はいなかった。

 それまで下を向いたり、涙を流す者がいたりしたが、俺が読み終わったときには、みんな顔は晴れやかに少し顎を上げて前を向いていた。

 出棺のとき、列を作って彼に送った敬礼は、敬意の証であり、覚悟の象徴だった。

 その日を境に、職務中の帽子が新調された。もともと「木浜」と漢字で書かれていたものが、「K」に更新された。


 儀礼式が終わって、改めてケイの両親のもとへ挨拶に行った。

「先日は何も申し上げられず、申し訳ありませんでした。」

俺の謝罪に両親ともほくそ笑んでくれた。

「あなたが村下くんね。」

お母さんが優しい笑顔で返してくれた。

「うちの子ね、なかなか帰って来なかったんだ。お正月もお盆も仕事が忙しいって言って。でもねたまにふと帰ってきたと思うと、いつも君たちの話をしていた。できればこっちとしては、彼女ができたとか結婚するとか浮いた話を聞きたかったんだけど、いつも君たちのことばっかり。それだけ楽しかったんでしょうね。」

俺はまたしても目が滲んでしまう。

「消防士って、そんなにやりがいがあんのか?」

お父さんが急に真面目な顔になって聞いてきた。

「そんな簡単に命をかけるられほど、やりがいがあんのか?」

俺はこの問いにどう答えるべきかわからなかった。肯定するべきか、否定するべきか。肯定するにはあまりにも安易なんじゃないか。

「“命をかけて命を救う”・・・これが果たしてあっているのか間違っているのか。自分も散々考えました。自分だったらどうするか。どうするのが正しいのか。たくさんの時間をかけて考えましたが、いまだにわかりません。でも絶対に言えるのは、自分が取り残されていたら、彼は絶対に来てくれます。」

それが答えになっていないことはわかっていたが、俺に言えるのはそれが精一杯だった。

「だから、後悔じゃなくて、同情でもなくて、自分は、抱きしめたいと思っています。もうアイツのことを抱きしめることはできないけど、これから助けていく全ての人々を、アイツと一緒に助けていきたいと思っています。」

きっと、こんな言葉では納得することなんてできないのもわかっていた。それでも少しでも、自分やケイが戦っている姿を見せたかった。

「自分の息子が、いつの間にか、そんなカッコいいヤツになっていたとは思わなかったよ。」

「本当にカッコよかったです。本当に・・・。」

 その後、お母さんから「ウチの子が使っていた時計を使ってくれない」と相談されたが、俺はそれを受け取らなかった。そんなことをしたら、これがどこぞの感動小話にでもなってしまう気がして丁寧に断った。


 墓石の前に置いたアメリカンスピリットは途中で自然に消えてしまった。

「特に話すことはないわ。いつも後ろで見てんだろ。」

周りには誰もいないから、普通に話しかける。

「あ、そういえば、ありがとうな。別にお前のおかげとは思ってないけど、どうにかまだ天国には連れて行かないでくれ。」

自分の病気のことへのお礼を伝えた。

「もっかい救助隊を目指す。伊川と一緒に。」

本当はこのことを誰よりも先に伝えたかった。

「ああ、それから、俺のことはいいけど、どうか部下のことは守って欲しい。」

そう言って手を合わせた。

 花挿しに綺麗な花を並べた。明日はご両親が来るだろうから、毎年必ず一日前に来るようにしている。途中で消えたアメリカンスピリットと恵比寿ビールの片付けは2人にお願いしよう。

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