第2-7話 延焼阻止

 「ポー、ポー、ポー、、、火災指令、一般建物、入電中」

予備指令に反応して一斉に準備に取り掛かる。訓練中の出動指令にはある程度経験が必要とされた。訓練で使っていた資器材の必要なものだけを積載してから、自分達の出動準備に取り掛かる。

「ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、、、火災指令、一般建物、現場、木浜市塩浜6丁目21番12号、一般住宅、第一出動、木浜指揮1、木浜救助1、木浜水槽1、木浜水槽2、柳水槽1、清水はしご1、敷島水槽1、木浜救急1」

「入電多数ですって!ホンモノっすね!」

「了解、場所見せてくれ!」

仲宗根が準備をすすめる消防車に駆け寄って知らせてくれた。俺は場所を確認し、運転席に乗り込んだ。次に江尻が俺の後ろの席に乗った。鈴木隊長が助手席に乗って、あとは石田と富樫だった。

「遅えな。」

俺がそう言うと、

「おらー、遅いヤツは置いていくぞ!」

石田の声が車庫に響いた。

「すいません!遅くなりました!」

富樫が乗って、その後に石田が乗り込んでドアを閉めた。

 「指令センターから、木浜市塩浜、一般建物火災出動中の各隊へ一方送信、現場は指令同番地、一般住宅、建物2/0、入電多数、252は不明、1階から出火、付近に木造建物多数、以上。」

 「イシ、付近の水利を確認しろ!エジ、コンピューターで他隊の動きを探れ!」

鈴木隊長が指示を出す。

 「ムラ、何着だ?」

「ここは本署の管内なので、おそらく最後かと。」

「そうだな。俺達は出動も少し遅れてるはずだ、最後になるだろう。ムラ、ゆっくり行け。他隊の動向を見てから、ピンポイントで必要な箇所に援護に入る!」

「了解です。イシ、付近の水利を全てピックアップしておけ!水量が弱そうなら援護に入る!エジ、無線をコンピューターで他隊の動きを完璧に把握しておけ。救助支援が必要になるならウチが指定されるだろう!」

 途上の中間あたりで、先着した指揮隊から無線が入った。

「出火建物の北側建物に延焼中。本火災は2方面活動とする。」

つまり出火建物の消火活動にあたる部隊と延焼建物の消火活動にあたる部隊とを分けるということだった。

「ウチは延焼側ですかね?」

「そうだろうな。あとはどこがそっちにあたるかだな。」

鈴木隊長と確認をしながらだんだんと現場が近づいてくる。

「清水はしご隊長から敷島小隊長、当隊は北側延焼建物の消火にあたる。敷島小隊にあっては当隊の活動支援を願う。」

霧島隊長からの無線だった。それを聞いて、

「よし、ではウチは清水の支援にあたる!とりあえず建物の目の前に着けろ!」


 鈴木隊長の指示通り、敷島の消防車は延焼建物の前に着車した。通りから見ると、建物は燃えてないように見えたが、後ろからはモクモクと煙があがっていた。

 聞こえてきた声からして、清水隊は建物の背面側で活動しているようだった。俺達は全員で背面側に回り込み、状況を確認しに行った。

「おう、スーさん!」

と声をかけながら、霧島隊長が近づいてきた。俺を発見するなり、

「遅えんだボケ!」

と頭をひと叩きした。

 俺達はいつものことと平然としていたが、富樫だけは驚いた顔をしていた。

「キリ、どうする?」

鈴木隊長が聞いた。

「敷島には正面から攻めてもらいたい。いけるか?」

「わかった。まかせろ!清水の消防車から水もらうぞ!」

鈴木隊長がそう言ったのを合図に全員で正面に戻ろうとしたとき、

「おい!スーさんの足引っ張んなよ!」

と後ろから声が聞こえたのに対し、俺は振り向くことなく拳を上に掲げて合図した。振り向かなくても霧島隊長がどんな表情をしているかは想像できた。


 一旦、自分達の消防車に戻り、内部進入用の装備を整える。石田と富樫が清水の消防車からホースを伸ばしてくる。俺と江尻は建物外観から内部の様子をうかがった。

「熱こもってんな。」

「そうですね。結構熱いと思います。状況によってはフラッシュオーバーの可能性もありますね。」

「そうだな。」

「どうします?富樫を連れていきますか?」

「ああ、せっかくだ。連れて行く。」

 俺達は建物正面にある玄関の前で集まった。

「充水完了!」

石田からのサムズアップを確認して、指示を始めた。

「内部進入は俺と石田、富樫で行う。江尻はバックアップだ。ホースは充水だけさせて、放水は指示するまでするな。活動時間は15分とする。中は相当熱くなっているだろう。姿勢を低くしておけ。目的は内部の検索及び消火活動を同時に行う。水を出すと一気に熱さが増すだろうから気をつけろ。」

全員の目を見て確認する。全員がサムズアップを返すまで見つめ続けた。

「ああ、それから富樫、中に入ったら、俺から絶対に離れるな。いいな?」

「はい!」

富樫の目を見て緊張が伝わってきた。


 俺達が内部進入の準備を進めている間に鈴木隊長が近所の人たちから情報を集めていた。情報によると、家族3人暮らしでこの時間帯、つまり平日の昼間は不在なことが多いということだった。それでも確認が取れない以上、居るものと仮定して活動しなければならない。

 まず、玄関が開くかどうかを確認する。玄関のドアは鍵がかかっていた。俺は江尻に指示をして玄関ドアのデッドボルトをエンジンカッターで切断させた。

 ドア開放時に起こる爆発現象に注意してドアを開放する。

 この家はまだ広く延焼しているわけではなかった。隣の出火建物の2階部分から外壁を伝って延焼しただけだから、まだ2階部分の壁一面しか延焼していない。

 玄関から見た室内は、ほとんど煙もなく本当に延焼しているのかと疑いたくなるほどだったが、さっき背面から見たときには、早々にも全体に広がりそうな勢いだった。

 俺達は足早に室内を進んでいった。石田に1階部分の検索を指示した。といっても、要救助者が居る可能性はほとんどない。もし、1階に居るとするならば、もうすでに逃げているはずだったからだ。

 俺は富樫にホースを持たせ、一緒に2階に上がっていった。階段の途中、1階とは別世界の雰囲気を感じた。2階の天井には黒煙が充満しており、その様相からして、かなり火災が広がっているだろうと予想した。

 2階のフロアに立つと、サウナのような熱さが襲ってきた。内部進入するときの装備としては完全着装しているので、肌を露出している部分はない。それでも、動く度に防火装備の薄い部分に熱さを感じる気がした。

 これまでに何度も内部進入してきた俺がそう感じるくらいだから、富樫はもっと恐怖に包まれているのだろう。俺を盾にするように構え、右手で充水された重たいホースを引っ張りながら、左手で俺の防火衣の裾をしっかりと掴んでいた。その力強さから彼の恐怖心がひしひしと伝わってきた。

 1階での動きとは別物のようにゆっくりと進んでいく。姿勢を低くしているが、下半身の温度と空気呼吸器を背負った上半身の温度に違いを感じた。進んでいくにつれて熱さが増してきて、いよいよ二足歩行ができないほどに高温になってきた。

「富樫、もっと姿勢を下げるぞ!」

そう言って富樫の頭を上から押さえつけた。

 俺達はいよいよ赤ちゃんが這い這いするような格好になった。

 2階の廊下を進んでいき、外壁から延焼した内側の部屋に辿り着いた。

 あとからわかったことだが、そこは寝室だった。しかし、その時はそんなことを知る由もない。家の中がどんな間取りになっているかなどわかるわけもなく、それはまるで迷路を進んでいくようなものだ。

 廊下から寝室に入るドアを下から撫でるように触る。セオリー的には防火グローブをはずしてドアの温度を確かめるべきなのだが、この温度でそんなことをすれば火傷するのは間違いない。俺は防火グローブを付けたまま布を伝わる温度で熱さを予想した。

 ドアをわずかに開放して空気の流れを確認する。このとき、廊下側の空気が寝室内に流れ込むようならバックドラフトが起きる。とはいえ、爆発がわかってもこの狭い廊下では逃げ場もない。せめて富樫に覆いかぶさることしかできないと考えていた。

 寝室が空気を吸い込むことはなかった。つまりは爆発の危険はない。

 俺はもう少しだけドアを開放し内部を覗いた。中は想像通りの延焼具合で、バチバチと大きな音を立てながら炎のおかげで室内は明るくなっていた。全体的に消火できる位置まで進もうとしたとき、ベッドに下になにかが動く気配があった。

 血流が逆流するような感じがして、こんな熱い部屋にいるにも関わらず、首筋の後ろに寒気を感じた。

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