第243話 ガバ勢としりとりイマジネーション
「ふっ。こんな小さな子供が相手とは、つまらんゲームになりそうだな」
ルート13・45、通称〈ワンギャーグランド〉。その沼地を縄張りとするハゲワシは、どこか愛嬌のある顔立ちを不敵に歪め、対戦相手であるニーナナを鼻で笑ってみせた。
勝負内容は神経衰弱としりとりの二本立て。
負ければ命を失うというかなり物騒なゲームだが、元よりRTAは命がけ。死ぬのが怖い、というのはごく当たり前のことで全然問題ないが、命を懸けることを厭うようなら走者はできない。
(ニーナナは、わかってるのか?)
一抹の不安と共に彼女の横顔をうかがったルーキは、いつものように感情の読めない瞳で敵を見据える態度のみを押し返され、求める答えを得ることはできなかった。
「おっと手番には制限時間があることも忘れるなよ。越えた時点で負けだ。ここに時計を置いておくからな。ちゃんと見ておけよ。ではまずはワシの手番からだ!」
律儀にルールを説明しつつ、足でなく翼で時計をセットしたハゲワシがデュエルを開始する。
「まずは適当に……これとこれだ!」
初手はネコとネズミのカード。ミスとなりニーナナに手番が回ってくる。
(ま、そりゃあな)
カードはざっと見て40枚はある。いきなり正解なんてまずありえないことだ。
ちなみにカード自体の大きさは普通のトランプと変わりない。ニーナナとハゲワシはカードを挟んで、お互い顔を突き合わせて向き合っており、かつどちらも待機ポーズが丸まる体勢なので、動物同士がよくわからない絵札を不思議がってのぞき込んでいるような珍妙な構図になっている。
(ミロクのおかげでニーナナは記憶したものを忘れない。でも、ハゲワシの方もゲームに慣れてるだろうし、油断はできないな……)
ニーナナが動いた。
カード置き場に入り込むと、足の指を使って器用に一枚めくる。
現れたのはネコの絵。さっきハゲワシがめくったのとペアになるものだ。
「引いてきた!」
「ええぞ、ええぞ!」
「えーっと、さっきのネコどこにあったっけ」
後ろで参観している
「くっ、運のいいヤツめ。おまえに1ポイントだ。成功した場合は続けてカードをめくっていいぞ」
説明してくるハゲワシにうなずきの一つも返さず、ニーナナは再びカードの中でうろつき、一枚を足で裏返す。
ネズミ。これもまたさっきハゲワシが引いたカードと対になるものだ。
「ま、まぐれだ!」
ハゲワシが目を見開くのとは正反対に、外野で小躍りを始める一門。
「やりますめぇ!(羊)」
「あれか? 見せかけで超ビビってるな?」
「えーっと、さっきのネズミどこにあったっけ」
ルーキも密かにガッツポーズしたが、ニーナナの邪魔をしないよう声はかけないでおく。
既出のカードを二連続で引き当てる強運。クッソ激烈に運が悪い人間もいれば、こうした幸運に愛される人間がいても不思議はない。
しかし、ニーナナはさらにとんでもない事態を引き起こしてきた。
次のカードも、その次のカードも、ぴたりと正解させていく。
「な、何だと……!? そんなばかな!」
バタバタとその場で羽を羽ばたかせて驚愕するハゲワシとルーキの気分はまったく同じで、思わず、隣にいる委員長に小声でたずねてしまう。
「神経衰弱はニーナナの得意分野だと思ったけどさ。これ、どういうこと? 一度も見てないのに、カードの絵柄がわかってるみたいなんだけど……」
すると委員長は、監視員のようにニーナナをじっと見つめたまま、
「さっき、神経衰弱のカードを、オモチャみたいな緑の怪獣が並べていったでしょう。実はあのオモチャ――全自動カード並べ機には、規則性があるんですよ。ニーナナには事前に全パターンを見せています。最初にハゲワシが引いた二枚と、次にニーナナが引いた二枚、合計四枚で、どのパターンかは特定できますから、もう勝負ありです」
「えっ……パ、パターンはどれくらいあるの?」
「144か5くらいですかね」
「うわぁ……」
単に目の前のカードを覚えるより高度なことをしていた。一門なら確実に、覚えた気になってあっさり間違える。
その後もポイントを重ねていったニーナナだったが、ある時、手が止まった。そのまま動かなくなる。
「な、何をしている? 制限時間をオーバーしたらその時点でおまえの負けだぞ」
ハゲワシが催促してくるが、ニーナナは立ち尽くしたままだ。動かない。
やがて時計のアラームが鳴り、彼女の時間切れを告げる。
時間切れは即敗北。ゲームセットだ。しかしハゲワシは不機嫌そうに、
「おまえの負けだと言いたいところだが、何か事情がありそうだし、まあまあ頑張ったことを評価して、ここは引き分けにしておいてやろう。次のしりとり勝負で決着だ!」
黙って場を見守っていたルーキはほっと溜息をついた。
「大丈夫ですよ」と微笑んでくる委員長に「わかってるけどさ」と返しつつ、この開拓地での特殊なルールについて思い出す。
ここ〈ワンギャーランド〉のモンスターたちは好戦的ではあるものの、無駄に寛大な心を持つ者が多く、ゲームで一定以上のポイントを取ると「頑張ったから許す!」と言って通してくれるのだ。
RTAとしてはそちらの方が早く勝負がつくので、最後までゲームをやりきる走者はいない。やりきったとしたらそれは単純にロス。だが、やはり相手の気持ちに左右される抜け道であるため、見ている側としては最後まで安心できなかった。
「しりとりのカードを並べろ!」
さっきの緑色をしたオモチャの怪獣が現れ、神経衰弱で使ったカードを並べ直した。今度は絵が描かれている面が上だ。
ハゲワシがルールを説明する。
「この絵を使ってしりとりをする。絵に描かれていないものの名前を使うことは禁止。自分の番の時に使えるカードがなかった場合は負けとなる」
わかっているのかいないのか、いまいちはっきりしないニーナナに対して翼をばさばさと鳴らすと、
「くっくっく。お子様のおまえには一つヒントをやろう。たとえば、このネズミの絵……。名前はネズミだが、夢の国と表現することもできる。イマジネーションだ。わかったかな? では勝負開始!」
しりとり勝負が始まった。
ルーキはこんなところで色んなものがギリギリの戦いをしないでほしいと思ったのだが、しりとりの「り」から始まり「りんご」「ゴリラ」「ラッパ」「パンダ」「ダチョウ倶楽部」と、意外にもストレートな単語のチョイスでゲームは進んでいく。
(なるほどな……)
ルーキはうなった。ニーナナは記憶力はある。しかし知識の絶対量は少ないらしく、幅広くものを考えるのが苦手なようだ。小さい子供は想像力が豊かだとは言われるが、さすがに知らないものを想像することはできない。イメージとは、組み合わせの産物なのだ。
「くっくっく。ストレートな言葉の応酬、久々に燃えてきたぞ。ここからは真剣勝負だ。ワシにきっちり勝たん以上は絶対にここを通さん!」
想定外のことが起こった。このしりとりでは例の“頑張ったで賞”が認められない。最後まで勝負して勝たなければいけないらしい。チャートには記載されていないパターン。お互い気持ちが緩い、試走ならではのハプニングか。
ルーキは思わず委員長の顔を見たが、彼女に表情の変化はなかった。
その意図にピンとくる。
RTA心得一つ。
チャートをちゃーんと守ろう。……は、走者にとって第一の鉄則だが、チャート自体がガバっているという可能性を考慮しないこともまた鉄則から外れる行為だった。試走でならなおのことそれが起こりえる。
(なるほど……)
ニーナナのテストにあたってこの開拓地をチョイスしたのは委員長とサクラ。
彼女たちは、実力と測るというより、実際に走者に起こり得る状況をぶつけて可否を判断するつもりなのだ。
(き、厳しい……厳しくない?)
現場主義の二人だからこそのやり方なのだろうが……。
ここまでの勝負の形勢は互角。だが、語彙が少ない分ニーナナの方が不利になるのは明白。一度使ったカードは場から撤去されるため、答え自体がどんどん減少していくのだ。
(いざという時は、ニーナナを抱えてみんなでずらかるしかない。……再走だ)
しりとり勝負は順当な単語を消費し、気がつけば残り三枚というところまで来た。
「……!」
ルーキは顔をしかめる。これはまずいことになったかもしれない。
ハゲワシがニヤリと笑って言う。
「もう一度言うが、このゲームでは自分の番の時に答えられるカードがなかった者の負けだ。つまり、カードが場に一枚もなくても負けとなる。残り三枚、今ワシの手番。つまりおまえは、次でワシを詰ませなければ負けとなる」
この段階になって理解する。
本走におけるしりとり勝負のキモは、さっさと規定のポイントをゲットし、“頑張ったで賞”にて突破することだ。
しかし今回、最後まで戦うことをハゲワシが宣言してしまっている。この状況はチャートで想定されておらず、また、最終盤で何が起こるかも知られていない。
――順当にやりあえば、最終的にカードがなくなり、走者側が負ける。
そういう結末が待っていたのだ。この勝負には。
これを回避するために、走者側はどこかで無茶な単語を発掘し、ハゲワシを詰ませなければならなかった。答えの選択肢が狭まる後半ほど、相手を詰ませるチャンスが増えるはずだが、ニーナナは普通の単語選びで最後まで来てしまった。
(まずった。これは……キツい)
ルーキはカードを見る。
四角形、若い男、ティーカップ。普通に答えるだけでも難しそうだ。
ハゲワシは四角形のカードをくわえた。
「“とうふ”だ!」
ただの真四角を豆腐と言い切る勇気。しかしこのしりとりではそれこそがノーマルなのだ。
ルーキは頭の中から“ふ”で始まる言葉を探すが、残ったカードからそれらしいものを連想することはできない。たとえあっても、次にハゲワシから反撃されたら負け。
「やべぇよ、やべぇよ……」
「救いはないんですか!?」
「あぁん、ひどぅい」
一門にも動揺が走る。
(……再走かッ……)
ルーキがこっそりとグラップルクローの準備をした、その時。
ニーナナが動いた。
カード置き場に分け入り、男性のカードを足で拾う。
「ほう、その男が何だというのだ?」
ハゲワシは愉快そうにたずねるが、次の瞬間、その鳥面が凍りついた。
ニーナナは続いてティーカップのカードも拾ったのだ。
その意図を察したハゲワシから驚愕の声が放たれた。
「バ、バカなっ……“二人は幸せなキスをして終了”だと!!!!????」
男。睡眠薬入りのティーカップ。何も起きないはずがなく……。
ニーナナの返答にハゲワシの怒号が飛んだ。ルーキに向かって。
「おいおまえ! こんな子供になんて言葉教えてるんだ! 恥を知れ恥を!」
「すいません! ホントにすいません!」
ルーキはぺこぺこ謝った。背後では、汚い語録を覚えさせたであろう一門走者たちが知らんぷりしているのが空気でわかる。
「それに、おまえも!」とハゲワシはニーナナに翼を向ける。
「二枚同時に選んで言葉を作るなんてずるいぞ!」
対するニーナナは淡泊に反論した。
「ルールを説明した時、一枚選んでとは言ってない。ミロクもそう言ってる」
「えっ……言っただろ! えっ、ワシ言ってなかった?」
助けを求めるように視線を向けてくるハゲワシに、「そういえば言ってないかもですね」「確かに、そこまでは言わなかったっすねえ」とリズとサクラの冷たい返事が飛んでいく。
ハゲワシは物凄いしかめっ面で自分の言動を振り返っていたようだが、やがて、
「……そういえば言ってなかったワシ……」
ハゲワシの首がしおしおと下がっていく。
「くっ、カードがもうない。ワシの負けだ……」と認めたハゲワシは、ニーナナに寂しげな微笑を向け、
「……言い忘れたとは言え、まさか二枚同時に使って相手を詰ませるとは、いい作戦だった。今度ワシもちょっと試そう。また遊びに来いよ……」
そんな言葉を置いて、幽霊のようにすうっと消えていった。
それを見届けたニーナナは無言、無表情のまま、ゆっくりと右拳を天へと掲げる。
そしてその姿勢のまま、くるりと振り返り、見せつけるようにルーキに歩み寄ってくる。
「勝った」
「…………」
「ルーキ、勝った」
「う、うん」
この試走は、ニーナナの走者としての適性を見るためのもの。厄介な地形の攻略、チャートガバのリカバー、ボスの単独撃破、そのすべてを彼女は達成している。
「まあ、できるんじゃないっすかねぇ」
「身体能力も度胸も十分でしょう。特に、チャート暗記役としては最適では?」
サクラとリズも若干渋るような顔をしつつもそう評価してくる。
「ルーキ」
認めてほしい、とニーナナのグリーンの瞳が訴えてくる。
単に、実力を、というだけではなく、これから自分がすることを肯定してほしい。そんな意図が込められているように、ルーキは感じた。
(……俺も、そうだ。俺自身を肯定したかった。誰かに肯定してほしかった)
そんなクソジャコな新入りを、友達が、一門の先輩たちが、ここまで支えてくれた。
だったらそれを、次の人に渡さないと。
ルーキは強張りかけていた顔を緩め、ニーナナを見つめた。
「わかった。一緒にRTAしよう、ニーナナ」
「ルーキ」
ニーナナは嬉しそうに足で飛びついてきた。
足でがっしりと胴体を絞められながら、しかしルーキはこれだけは言っておく。
「だけど、人前で汚い語録を使うのは、やめような……」
「おう考えてやるよ」
もうダメそうだった。
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