第241話 ガバ勢と食う寝るところに住むところ

「ってわけで、ニーナナを引き取ることになってさ。ガキの分際で何考えてんだこのアホって思うかもしれないけど、何かあったら相談に乗ってくれると嬉しい」


 RTA研究所に引き留められていた二人が〈アリスが作ったブラウニー亭〉を訪れたところで、ルーキはこれまでの経緯を説明して頭を下げた。


 ニーナナを引き受けたからには一人でがむしゃらに頑張る……などという発想は、すでにこの店の全員から否定されている。誰でも頼って何とかしろ。それが走者だ、と。


 ただでさえ日頃から世話になっているリズとサクラに、追加でこんな頼みをするのは気が引けたが、二人は何やら意味ありげな目配せの後、


「ま、そういうことならしゃーないっすね。すぐ上に住んでるんで、気軽に呼んでくれればいいっす」

「わたしも、力になれることがあるなら何でも手伝いますよ」

「あ、ありがとう! 二人ともホントに、ありがとう!」


 ルーキは感激に声を震わせた。


「……ありがとナス」


 ルーキのズボンにひっついたニーナナも、眠そうな顔のまま感謝を述べる。


 今回毛玉にならないのは、二人の態度が険しいものではなかったからか。軍医のところでは、子供を拾ってくるなどというバカげた行いに怒っていたようだが、どうやら許してもらえたらしい。


「差し当って、彼女のこれからについてすぐに決めた方がいいですね」


 委員長がコホンとせきをして話題を広げる。実に委員長らしい仕切りだ。

 ルーキはうなずき、


「ああ、昼飯とかだよな。それなら、しばらくはここでタダ飯食わせてくれるって――」

「ばかばかタコーナス君」

「ファッ!?」

「そんなつまんない話題じゃなく、あなたがルタにいない時のニーナナの預け先ですよ。今日これからRTAが始まったらどうする気ですか」

「あっ、そ、そうだよな。うん。それは確かに。一応、〈アリスが作ったブラウニー亭〉で預かってくれることにはなってるけど……」


 別のテーブルに料理を運んでいた受付嬢が、話を聞きつけてピースしてくる。ニーナナが表情をまったく変えずにダブルピースを返していた。変なことを教わっていなければいいが。


 委員長は急にそわそわし始め、


「まあ、それも妥当なところだとは思いますが、お店も暇ではありませんからね……。何日も預けっぱなし、というのも難しいのではないでしょうか」

「あ……そ、そっか。RTAが長引くこともあるもんな」


 委員長はコホンとまた咳払いし、


「あっそうだ(唐突)。じゃあこういうのはどうですかね。ルーキ君がRTAに出ている時は、うちでその子を預かるというのは」

「えっ?」

「なっ?」

「…………」


 反応は、ルーキ、サクラ、ニーナナで三者三様。


「うちには母か祖母が常にいますから、目が届かないということもありませんし、地下に運動場もありますから体を動かすにはもってこいです。な、何なら、これを機にルーキ君もうちに住み込むということで、一層の生活チャートの効率化、最適化を……」

「いやいやいやいやぁ?」


 声と一緒に小さな体を割り込ませてきたのは、ルーキと一緒に面食らっていたはずのサクラだ。


「さすがにさすがに? いきなり勇者のお宅にっていうのは、一般社会とギャップありすぎてよくないんじゃないすかねえ? 小さいうちからお屋敷暮らしをするってのも考えものっすよ。百歩譲ってRTA中に預かってもらうのはいいとして、普段はあのボロアパートで十分っすねえ。まずは質素な生活をベースにしないとぉ! ねえ兄さん!?」

「えっ、え……。あ……うん。そ、そうかな」


 曖昧にうなずく。確かに、贅沢な暮らしに慣れてしまうのもよくない。ティーゲルセイバー家がそんな生活をしているとは思えないが、最低水準はやはりボロアパートとは別物だろう。

 などとルーキが考えていると、


「ほう、なるほど。そういう魂胆で……」

「ふうん、そっすねえ。そちらさんこそ、そっすねえ……

 ドゴゴゴゴ……。

 なぜか委員長とサクラがにらみ合いで空間を歪ませている。

 その時。


「ルーキはいるかしら!?」


 店の扉がバーンと盛大に開き、腰に手を当てた美しい貴族の少女が現れた。


「あれ? エルカお嬢さん」


 聖ユリノワール女学院の制服に身を包んだエルカ・アトランディア。その人。


「あたしたちもいるわよルーキ先輩!」

「レレレーナ!?」

「リリリーナ……だ、マヌケ先輩……」


 エルカの後ろに続くのは、やはり制服姿で、目元を金属的なバイザーで隠したクロエとマシロ。ユリノワール女学院で非公式に同人誌を発布する闇作家だ。


「お久しぶりです。ルーキさん」

「え、シスターも?」


 二人に続き、他の生徒たちもわいわいと店に入ってくる。聖堂教会からルタに留学に来ているシスター・ミサリ。〈クレリックタワー〉で知り合ったロレッタとジェニルファー。おまけで、よく知らない女子たちまで。


「なっ、何がどうしたんだ? そんな大勢で」


 早速空いている席に散らばっていく少女たちに面食らいながら、ルーキはエルカに問いかけた。すると彼女は不満げに腕を組み、


「なんて人! RTAがないのにルーキがお屋敷に顔を見せに来ないから、こちらから来てあげたんですわ!」

「えっ、でも、ちょっと前にアパートの掃除しに来てくれましたよね……?」

「それはノーカウント! ルーキが会いに来るのと、ルーキに会いに行くのは別物ですの!」

「どのへんが!?」


 答えを求めるルーキの前に、得意げに並んだ二つの人影が立ちはだかった。


「そしてあたしたちは、エルカ先輩が行くならと一緒についてきただけ!」

「そしたら他の人たちも久々に下町に行くと言いだして、こうなりましたとさ……」


 ブラックリリーナとホワイトリリーナこと、クロエとマシロがそう説明する。


「ガバ勢のみなさんごきげんよう」

「お久しぶりです」

「おうまた来たのか、お嬢ちゃんたち」

「この椅子空いてるから、そっちで使いな」

「まあ、親切にありがとうございます。サグルマ兄貴様」


 見れば、女生徒たちは一門と親しげに挨拶しながらすでに場に馴染んでいる。

〈アリスが作ったブラウニー亭〉は一時期ユリノワールに通うお嬢様たちの下町観光スポットになっていて、今でも時折、受付嬢さんとおしゃべりしに来る感覚で訪れる生徒がいる。何やらこちらにねっとりした視線を向けてひそひそ話をしていることが多いのだが、何を話しているのかはいまだもって不明だ。


「あら? ルーキ、その子は? 近所の子ですの?」


 エルカがニーナナに気づき、目の前でしゃがみ込んで聞いた。

 その仕草が妙に柔らかくて、おや、とルーキは思う。


 普段はどこそこにつれていけとか、一緒にあれそれを食べろとかワガママ放題だが、今の彼女にはある種の包容力が感じられた。学院では後輩に慕われていたりするので、意外に小さい子の面倒見はいいのかもしれない。


「フフ……みんな聞いて驚いてちょうだい」


 ゆらりと現れた受付嬢がみなの視線を自分に集める。ルーキは露骨にいやな予感がして、


「ちょっと受付嬢さん、何言うつもりですか。いやわざと変な言い方して騒ぎを大きくするに決まってるわ! やめてくださいよ!」


 こういう場合の対応策は、もうさすがに学んでいる。自分からさっさと白状してしまうことだ。それが一番スムーズに物事を進ませる。


「こ、この子はルート0で会った迷子なんだ。俺が預かることになったんで、よろしくな」


 これで何事もなく話を聞き入れてもらえ――。


『何ィィィィィイイイイッッ!!??』

「ヘアッ!!??」


 お嬢様学校の生徒たちとは思えない迫真の形相が、一枚の壁のように折り重なってルーキの前に建立された。その壁に浮き出た顔が一斉に叫び出す。


「なんて人ッッッ! 自分の部屋さえ管理できないのに、こんな幼い子を預かるなんてッッッ!」

「また新しい子を引っ張り込んで、カミュ様はどうなるのよ! また二人が巡り合う日に備えてネタ集めを欠かさないあたしの努力は!?」

「ほよロリNTRノンケ堕ち……。脳が破壊される……いや、逆に考えるんだ。そういうのもあるのか……」

「待ってくださいルーキさん! ひょっとしたらその子、生き別れたわたしの娘かも……ああ神よ! 我ら子羊、再び家族で共に暮らせることを感謝いたします!」

「ま、待って! 誰がなんて言ってるのか全然聞こえない! コンナハズジャナイノニィ!」


 はっと気づいて振り返れば、両手を挙げてコロンビアしている受付嬢が目に入る。まさかこれも計算の内か――。


(だが、ここで負けるわけにはいかねえ!)


 彼女たちの圧力に負けずに踏ん張り、ルーキは右枠も使って一から十まで説明した。辺境管理官やルート0の生活環境など社会派な話題も盛り込むことで、どうにかユリノワール女学院の皆様を落ち着かせることに成功する。


「なるほど。それで今、ルーキが留守中にニーナナさんをどうするか、考えているところでしたのね」

「そうなんだ! わかってくれて嬉しいよマジで……! ぜえ、ぜえ……」


 普段から完走した感想で喉は鍛えているはずだが、同じ説明を延々繰り返したせいで、ルーキの声は干からびる寸前になっていた。


「じゃあさ、ルーキ先輩。いっそニーナナをユリノワールに入れちゃおうよ」


 ブラックリリーナのあっけらかんとした物言いに、全員が目を丸くし、期待を込めた眼差しをギンッとこちらに向けてくる。ルーキは慌てて手を振りながら、


「い、いやいや、そりゃ、すごい勉強はさせてもらえるだろうけど、お嬢様学校だろ? 学費も高いだろうし、とても……」


 ケイブにもらった報酬でも、そこまでは賄えない。


「いえ、お待ちなさいルーキ。わたくしも悪くない案だと思いますわ」

「わたしも同意です」

「エルカお嬢さん、ミサリまで……」

「人の話は最後までお聞きなさいルーキ。そんなことでは、大事な選択肢を間違えてもう一度同じ話を最初から聞かされることになりますわよ」

『うっ……いてて』


 ルーキだけでなく、店にいた一門全員が胃のあたりをおさえた。


「聖ユリノワール女学院には自律自制をモットーとするしっかりした寮がありますし、学費、入学金免除の特待生制度もありますわ。経済的な問題は、本人の頑張り次第でどうとでもできますの」

「そういえば……ニーナナは一度覚えたものは忘れない完全記憶とかいう能力があるらしい。厳密には違うっぽいんだけど」


 ミサリが手をぽんと叩いて言う。


「それならテストの方は問題ないですね! わたしの方からも学院に推薦状を書かせていただきます」


 エルカもうなずきながら、


「及ばずながらわたくしからも一筆書かせていただきますわ。これでも先生方から信頼されていますから、悪いようにはされないでしょう。それでその……まあ、ついでですけれども? ニーナナさんが学校に慣れるまで、ルーキもしばらく通学するというのはいかがでしょう。ええ、もちろん学長に話は通させていただきますし、その、今までの自堕落な暮らしから学院の生活時間に合わせるためにも、また毎日わたくしを迎えに来てくれても一向に――」


 その台詞の途中で、割り込んでくる影が二つ。


「い、いえ、エルカさん。ルーキ君とニーナナはティーゲルセイバー家に来る予定で……」

「いやいや、まずはボロアパートで世間の荒波に揉まれてっすねえ……」


 それまで黙って聞いていたリズとサクラも加わって、あーだこーだ、わっせわっせ、うんとこしょどっこいしょと盛り上がり、気づけばルーキとニーナナは店の隅に追いやられていた。


「ルーキ」


 隣のニーナナがぼんやりした目を向けてくる。


「ルーキの友達、女ばっかり」

「いや、あれはほとんどユリノワールっていう一つの集団だし……」

「小さい子もいる」

「が、学年とかそういうのあるから。ほら、一門は男所帯だろ?」

「それ友達じゃない」

「んにゃぴ……まあ、そうだけど。あ、ロコ。ロコは男だぞ」

「それダメ」

「えっ」

「ロコが一番ダメ」

「おいおい、何言うんだ。俺の親友だぞ。最高の相棒だ」

「だからダメ。ミロクもそう言ってる」

「えっ、ど、どういうこと……?」


 そうこうしているうちに、話が煮詰まった(煮詰まり警察駆けつけ中……)のか、少女たちがどかどかと、女の子らしくない足取りでこちらに歩み寄ってくる。相当激しい論争があったらしく息も荒い。


「それでルーキ君、結局どうするんですか?」

「兄さんの話をしてるのに一人だけ高みの見物とはいいご身分すねえ?」

「ルーキが意見を言わないからまとまるものもまとまらないんですわ。どうするつもりか、はっきりおっしゃってくださいまし!」


 何という圧。

 こっちを弾き出しておいてこの言い草だが、主張は間違ってはいない。

 これは、自分とニーナナの話だ。


 彼女たちの話を遠くから聞いていたが、どれも魅力的な話だった。どれを選んでもニーナナにとってプラスになる。それは、彼女をどう育てればいいか、ろくに考えもまとめられないこちらには、とてもありがたいことだった。


 しかし――。


「俺の意見っていうよりも、ニーナナの意見がどうかだな。どうしたい?」


 ニーナナを見やると、彼女はぼんやりとした声で、しかしきっぱりと、


「ルーキと一緒がいい」


 言い切る。


「では、二人ともティーゲルセイバーが預かるということで――」

「じゃあ引き続きアパート暮らしということで――」

「それならわたくしの案ということで――」


 三人が「勝ったな」という顔でうんうんとうなずいた直後、その一言は投げられた。


「走者になる」


 ………………………………え?


 全員が固まった。


「ニーナナ、何言いだすんだ。走者ってのは危なくて……」


 最初に復活したルーキが、言い聞かせるように言葉を絞り出したその時。


「おい新入り、毛玉。こっち向け」


 背後からレイ親父に呼ばれ、ルーキは半ば条件反射でそちらに振り向いた。

 つまみの小皿をカウンターまで取りに来ていた親父が、何かを二本指でつま弾く姿が見えた。


「あいたっ」


 皿の上の炒り豆だと理解したのは、ルーキがひたいにそれを食らってからだ。


「親父、いきなり何を……」


 ぶつけられた箇所をさすりながら不服を込めて親父を見返したルーキは、隣でニーナナがカリコリと音を立てながら何かを食べていることに気づく。


 レイ親父が使った指は二本だった。では、弾いた豆は二つ? 一つはこっちに飛んできた。もう一つは?


「うまめ」


 はっとする。ニーナナの口の中だ。


 自分はなすすべもなく食らった。彼女は――口でキャッチした?


 自身も無造作に炒り豆をかじりながら、レイ親父がぽつりと言う。


「おめえより強えんじゃねえのか?」

「えっ……」


 ええええええええええええええええええええええええええええええ。

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