第240話 ガバ勢と擬態の新人
「何すか、このステータス……。めちゃくちゃ高いじゃないっすか……」
「数値だけなら一流の走者と比べて遜色ないですね。これは本当にあの子のステータスなんですか?」
「ええ」
軍医は目を剥く二人にうなずいた。
「計測器の故障でもないわ。二度測って同じ数値が出たし、その後で別の人で試してみたけど正常だった」
「あの歳でこの能力というのは……ちょっと信じられませんね」
リズがうなる。自分も大差なかろうにというツッコミを喉の奥に押し戻した軍医は、続く「成長したらもっとやばくなるってことすか」というサクラからの問いかけに、「いいえ」という短い否定を返していた。
「多分、彼女はここから先はもうほとんど成長しない」
えっ、という顔の二人に告げる。
「完全に調査したわけじゃないけど、ニーナナはあれで成人してるのよ。肉体的にも、能力的にも」
「は……?」
「そういう種族なんですか? 早熟な……」
「何の種族かは特定できなかった。いえ……。人間種だけど、人間種と断定できなかったという方が正しいかしら」
軍医は仕事机の上から一枚の紙を拾い上げる。リズとサクラに示そうとするが、二人は一目見て首を横に振った。“見せられてもわかんないから”という反応に小さく苦笑する。彼女たちは自分のことをよく知っている。こういう味方は頼もしい。やはり二人に話して正解だった。
「見た目は確かに幼いの。けど、内部に関してはもう成人と何一つ変わらない。細胞の変化も正常に鈍化している。成長しないというより、成長する必要がなくなった、という感じね」
生物の肉体が大きくなっていくのは、それがその種族の再現できるもっとも優れた形だからだ。大きすぎても小さすぎても種族の力を発揮しきれない、ベストの形状。背が低いとか高いとかの個人差は、その種族枠内の誤差にすぎない。
「生物の体が大きくなろうとするのは、大きいものほど強いという自然界の掟に従っているだけのこと。もし、小さい体のまま理想的な強さを発揮できるなら、その種族は逆に小型化の進化を始める。その方がエネルギー効率がいいから」
子供の燃費が悪いのは、成長のために莫大なエネルギーが必要だからだ。成長しないのであれば、サイズの小さい幼体が、その種族にとってもっとも省エネの形になる。生物に最大戦闘効率を求めると、昆虫に行きつくようなものだ。
「ニーナナの体は人類種と同様の成長をしようとした。けれど、内部――身体機能、身体能力の完成の方が圧倒的に早くて、体が途中で変化をやめてしまったのかもしれない」
一通り言い終えたこちらに、サクラが難しい顔をしながら首を傾げる。
「病気か何かっすかね?」
「何とも。聞いたことのない状態だわ」
「だとしても、このステータス表はそもそも奇妙ですよ」
リズが紙を指で弾くようにしながら言う。
「高すぎるというだけじゃない。どれも不自然なくらいきりのいい数値です」
「そうね」
間髪入れずに同意する。これは奇妙というより、不気味と評した方がいい数字だ。まるでカクカクとした直線のみで表された人間のよう。
「それだけじゃないっすね……。力、素早さ、体力の合計値が350以上で、魔力との比、6:1強。自己完結型近接魔導戦士の理想形と言われてるヤツっす。ものの見事に」
「そうなんですか?」
と、これはリズが聞いている。
「魔力がこの比を超えてくると、魔法の型が放出系に切り替わってくるんすよ。それ以下なら体の外側に出て行かず、インパクトの際だけ外部に伝わる形になるっす。打撃に魔力が乗るタイプっすね。もちろん、魔力がこれ以上でもコントロールすれば同じ事ができるっすけど、最初からできなければ、そっちに意識を配分する必要もないって寸法っす」
「へえ……そうだったんですね」
「まあ、気の済むまで雷落としまくって魔力切れ起こさない人にはわからんでしょうが……」
へっ、とサクラはひがみっぽく笑った。
オールラウンダーの天然強者であるリズより、知識と知恵で弱みをカバーする彼女の方が、こうした分析には長けている。ましてやニンジャで、あのリンドウの弟子だ。ニーナナのステータス傾向の意味もあっさり見抜いてきたあたり、話がよりわかるのは彼女の方か。
「こうまで人為的だと、調整というより“設定”ね」
ここまで溜めてきた単語に、リズとサクラの目が向く。
この整った数字は偶然ではない。
紛れもなく、ステータス測定器を参考にしている。
で、あれば。
「わたしの結論を言うわ。ミロクといい、この能力といい、この子は何らかの理由で、何者かに造られた人間よ。育てられた、訓練された、じゃない。高度な科学技術によって、一からデザインされて仕上げられた女の子」
「そんなことが……可能なんすか?」とサクラ。
「できるわ。開拓地の最先異端技術なら。実際……わたしは、人間の臓器を機械兵器のパーツとして組み込む禁忌技術を見たことがある。もう滅びてしまったけれど、人類はかつて、人間の兵器化を成し遂げたことがあるの」
「…………アホですね……」
リズが苦々しくつぶやく。
「そうね。非常に愚かな行いだわ」
人類種の知性と可能性を求めた結果、自分たちを量産可能な単なる消耗品にまで貶めてしまった愚の骨頂。勉強しすぎて頭が悪くなる矛盾の典型例だ。
そして滅んだ。
さっきまで楽しく踊っていた人々が、自分たちが操り人形だと気づいてやる気をなくしたように。そこから主役を取って代わられ、歴史から退場した。
好き好んであれと同じ末路をたどる必要などない。
「そこで、二人に頼みたいことがあるの――」
心を決めて、二人に告げる。
※
「そんなもん、おめえが預かればいいじゃねえか」
〈アリスが作ったブラウニー亭〉。一番奥のお気に入りの席で、清酒となめろうをちまちまやりながら話を聞いていた親父の返事はそれだった。
「そうだよ(便乗)」「そうよ(便乗)」「そうだぞ!(便乗)」「そーなのかー(便乗)」「何の問題ですか(便乗)」と、ウェーブのように続いていく便乗の連鎖が周囲を一周したところで、ルーキはようやく絶句の呪縛から解き放たれる。
「か、簡単に言わないでくださいよ。犬や猫じゃないんだから……!」
と反論した後、周囲を恨みがましくにらむ。便乗していた先輩走者たちは素知らぬ顔で明後日の方へと視線を逃がした。
ニーナナはこの場にはいない。込み入った話になるかもと、受付嬢さんが奥の部屋で相手をしてくれている。その判断は正解だっただろう。
「変わらねえよ、人も犬も猫も」
こんなことを言われるのだから。
「親父ぃ……」
「三度の飯を食わせて、雨風凌げる場所をくれてやって、後は親が真っ直ぐ立ってりゃ、子供はそれ見て勝手に育つ。そっから先は、そいつの人生だ。それで上等だろ」
「そんな無責任な……」
ルーキはうめいたが、レイ親父の主張は変わらない。
「だいたいよ。子育てっつったって、おめぇにいつもくっついてる忍者より少し小せえくらいじゃねえか。そんな大した世話も必要ねえだろ?」
「そうかもしれないですけど、変わってるんですよニーナナは。社会のルールとかもわかんないみたいだし。俺だって全然なのに……」
「そんなの誰だって一緒だ。俺も自分で決めたルールだってそんなに覚えてねえよ?」
『えぇ……』
と、これは一門の総意。
そんな門弟たちからの悲嘆の声に一切耳を貸さず、お猪口を一舐めすると、レイ親父は揺らぐことのない双眸で真っ直ぐこちらを見据えた。
「わかんねえことは、やりながらわかるしかねえ。できるか、できねえかなんて、最後までわからん。やるか、やらねえかも、時として選べねえ。だがな、やりたいのか、やりたくないのかだけは、いつだって
ルーキは、ズボンに必死にくっついていたニーナナを思い出す。ちょっと変わった子供だが、ルート0からここまで、一緒にいて不快に思ったこともない。懐いてくれているのは嬉しいし、離れたら寂しがることもわかる。
「できることなら……一緒にいてやりたいです、けど――」
再び繋ごうとした否定の言葉に、親父の声がかぶさった。
「それ以上何が必要だよ。おめえがいつも景気よくRTAにすっ飛んでいく時、何もかも完璧に揃ってるか? 金も道具もチャートも運も実力も、足りないものは何一つねえのか?」
「そっ、それは……」
「決断は、物事の最後にするんじゃねえ。最初にするんだぜ。そこから一つ一つ積み上げていく。いいも悪いも、それで決まる。“今”なんて大して関係ねえのさ」
「……!!」
言い切った後にレイ親父は煩わしそうに頭をかき、
「ま、とは言え、食い扶持すらままならねえなんて状態なら、さすがに共倒れだあな。もしそうなら、俺のツケで食わせてくれそうな店をいくつか紹介しとくから――」
「…………あっ、そういえば、ケイブさんからちょっとまとまった金をもらってて……」
「あぁん? 何で? じゃなおさら問題ねえな!」
「そ、そこは、まあ……」
まさか、ケイブの言ったもしもの時が、こんなに早く訪れるとは。まさか、これを見越してなどということもあるまいが。
親父が少し姿勢を直して言ってくる。
「ここはルタだ。どこもかしこも手が足りてねえ。この街で生きていく気があるのなら、子供でも食いっぱぐれることはねえよ。いい暮らしをさせてやるのもいいがよ、親無しのあいつが今一番何をほしがってるかも考えてやるんだな」
「…………」
考えて、考えて、考えて。
一分間フルに頭を使い尽くして、ルーキは席を立った。
「アリシャス! センセンシャル!」
レイ親父に深く頭を下げ、ニーナナが待つ奥の部屋へと走る。
少女は、ごみごみとしたチャート作成用の作業室にいた。
椅子の上で丸くなって、受付嬢から何やら話を聞いている。
こちらに気づいて顔を向けてきた彼女の前にしゃがみ、小さく息を吸って、告げる。
「ニーナナ。俺、おまえを預かることにした」
「ホント……?」
眠そうな目が見開かれる。
「ああ。子育てなんてどうすればいいかわかんないけど、やってみるよ。いい結果になるよう頑張る」
「ん……わかった」
嬉しさからなのか、ニーナナは頬を染めると、椅子から飛び降りてルーキの前に立った。
「ちょっと待ってて」とかすかに腰をよじると、その反動か、外套の下、彼女の足首のところまでぱさりと何かが落ちる。
粗末な布地。下着だった。
「…………? 何でパンツを脱ぐ必要があるんですか?」
「子育てするにはまず子供を作らないと」
「(子供は)おまえじゃい!!」
「…………」
思わずルーキが叫ぶと、ニーナナは言葉の意味を吟味するように斜め上を見上げて、しばらく黙り、やがてむっとした顔でこちらを直視し直した。
「わたし大人なんですけど。ふくしの勉強? してるんですけど!」
「何かわかんねえけどその台詞は不穏だからやめろおおおお!!!!」
こうして、ルーキは新たな同居人を得たのだった。
※
「こちらヤノシュ・ハンニバル。ドーゾー」
「ああ、ご苦労さん。何かあったかね」
「行方不明になっていた例の小包ですが、勝手に託児所にたどり着いた模様。受け取りも無事完了しました」
「そりゃいいね。十全だ」
「しかし……開拓地でたまたま当事者同士が出くわすなんて、こりゃ偶然ですか? それとも、まさか運命?」
「ミロクに伝えといたからね。行くアテがなきゃ、あの子をそっちに誘導してくれるさ。もっとも、ルー坊側からも接近するとは思わなかったけど……まあ、厄介なレアものを引き当てるのは、あの一門の十八番か。ならそれほど不思議じゃないね」
「……今さらこんなこと言うのは何なんですがねぇ……」
「何だい」
「ホント、自分から推薦しておいてアレですが、彼でよかったんですか。強化走攻兵の素体に生き残りが出た場合、保護して匿ってもらう相手は。ガチ勢に預けた方が、まだ彼女の本懐なんじゃないかって」
「イヤがってるのかい? 本人は」
「いえ……クッソ激烈に懐いてるみたいです。周囲をやきもきさせるくらいには」
「ヒャッヒャ! なら問題ないよ」
「しかし宝の持ち腐れというか。飼い殺しというか……」
「ガチ勢に預けたら、あの子はガチ勢にしかなれんよ。あの子を造った連中の思惑通りにね」
「ガバ勢に預けたら何になるって言うんです?」
「さあてね……。それを楽しみに待とうじゃないか」
「そうですか……。ま、僕はいいですけどね。どうでも。それじゃ、報告も終わったのでそっちに戻ります」
「ああ、また何かあったら頼むよ」
「その時は楽なやつをお願いしますよ。通信終わり」
「通信終わり」
――――。
「ヒヒ……頼んだよ、ルー坊。その子は恐らくこの世界で唯一の“まともな人類”だ」
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