第234話 ガバ勢とルーキの秘策
目的地の実験施設が見えてきた。
二十三号や他の怪物たちの性能を測る場所なのだろう。円形の大広場を、ガラス窓のある壁が取り巻いている。さしずめ未来の闘技場と言った趣だ。
「ここなら自由に動ける」
ルーキは後方に圧力の塊がついてきていることを肌で感じつつ、実験場の奥まで駆け抜けた。
それにしても、二十三号の殺気は凄まじい。これまで色々RTAをしてきて怪物と殺し合いを演じてきたが、この相手は何というか、純度が違う。
他の生物が本来持っている生存本能や恐怖や怒りといった混ざり物がなく、ただただ相手を殺すことを自分の中心に置いている。削ぎ落したのでも、研ぎ澄まされたのでもない。そういうふうに造られた、のだろう。
科学的な清流。人工の殺意は生々しさを欠いてかえって空疎にすら思え、だからこそ怖かった。何のために自分が殺されるのか、自分を殺して相手は何を得るのか、敵対している側は何一つ実感できない。自分が存在する意味がないまま、ただこの世界から、間違えた鉛筆の文字のように抹消される。そんな理不尽な恐怖。
ふと、あの署長の金庫のあった部屋で感じた視線のことを思い出した。
恐らくはここで造られた怪物のうちの一つだったのだろうが、何の刺々しさも感じなかった。好奇心でこちらを見ていたのかもしれない。システマチックな敵意に胸がざわつく今、それがいかに人間味に溢れたものであったか、愛らしく思えてしまうほどだ。
そういうものも造れたのに、研究者たちが目指したのは、空っぽの怪物の方だった。
二十三号が入ってくる。
形だけでは済まない。生命単位での異形。
ルーキは改めてその形状を注視した。
画像にあったものより一回り大きい。あそこからさらに強化、成長したのだろう。しかし、元々そうであったように、その結果は歪の一語に尽きた。
病的に膨れ上がった上半身は、下半身の発達を完全に置き去りにしている。特にひどいのは、さっきからたびたび怪光線を放っている右腕。左腕よりも三回りは大きく、下手をすれば床につきかねない。強力な武器としての機能を持つことは間違いないが――。
(狙うべきは……当然そこ!)
ルーキはグラップルクローを精確に構え、小さく息を吸う。
※
「何をやってるんだ、ルーキは?」
ケイブが漏らした問いかけは、疑念四割、驚嘆六割といった配合だった。
実際、ルーキの動きは超人に片足を突っ込みかけたものだ。
グラップルクローとかいう移動の道具を二十三号に噛みつかせ、そこを支点にほとんど間を置かず、立体的なブランコでもするみたいに、周囲を高速で飛び交っている。
「面白い」
リンドウは数回分のまばたきを忘れ、その姿を見つめた。
ルーキは完全に右腕周辺に狙いを絞ってグラップルクローを飛ばしていた。敵から見て時計回りというのも明らかに作為的。右脇を絞めさせないことで、右腕の安定性を奪っている。
「ルーキのヤツ、本格的に二十三号の足を止めに来ている」
「確かに二十三号をうまい具合に翻弄しているようですが……。妙ですね。ヤツは反応速度もかなりのものだったはず」
「わからんか? ヤツは重さに振り回されてるんだよ」
ケイブの眉間に怪訝そうなシワが寄り、戦況を見つめる目が一層鋭くなる。
運動を一切途切れさせずにグラップルクローを発射することでルーキは加速を続け、そのスピードは超人の域に達している。その遠心力で振り回されれば、常人の膂力ではまず抗えない。よほどの力自慢でも踏ん張るのが精いっぱい。しかし、さして大柄でもないルーキが、異常筋肉の塊である二十三号を足止めできるかと言うと――。
「そうか、体幹か」
「その通り」
弟子の看破に、リンドウはニヤリと笑った。
ルーキが目を付けたのは、二十三号のバランスの悪さ、に違いない。
「バランスは肉体の強さじゃなく、整合性だからな。特にあんな上半身ばっかのアンバランスな肉体は、一門では
重たい右腕を狙って加重をかける。これまでルーキが撃たれなかったのは、二十三号の反応速度に右腕が十分についていけなかったことの証明に他ならない。
そして、引っ張られればそれに抵抗するのは、本能の反射的な行動だ。たとえあのバケモノに真っ当な自己保存の本能がなかったとしても、兵士である以上、闘争本能は確実にある。外圧に抵抗する本能。それを突いた。
「その連続で相手を抑えつけている。二十三号はなぜ自分が反撃に移れないのか、理解できないでいるかもしれん」
「しかし、相当に危険です。最大の凶器である右腕に自分から突っ込んでいっている。時間稼ぎにしてもリスクがありすぎる」
「単なる時間稼ぎならな」
訝しげにこちらに向く目に、リンドウは口の端で笑ってみせた。
「忍の前で足を止めるってのがどういうことか、わかるだろ?」
「まさか、俺たちに攻撃させるつもりで?」
はっとした顔でルーキを見つめ直すケイブ。同じものを眺めつつ、リンドウは伊達メガネをポケットにしまう。
「さあな。だが、ルーキのあの動きは単体で完成するものではない。攻撃する仲間の存在が必要だ。そして我々にはその能力がある。これは偶然か?」
おもむろにメイド服のロングスカートをめくりあげる。
フリルのように内側にぐるりと張り付けてあった飛苦無を一つ取り外すと、紐で繋がった他全ても一気についてきた。それを見たケイブが息を呑む。
「……
「坊やを無駄死にさせるよりはいい」
一言で返してリンドウは苦無を投擲した。
火薬に頼らず放たれた小さな刃は、音もなく空を走って二十三号の左膝に突き刺さる。
同時に、炸裂。
標的に先端が接触した衝撃を利用し、苦無に作られた小さな隙間が閉じ、火花で内部の火薬を作動させる投擲型爆剣。要人暗殺用の極めて殺傷能力の高い武器だ。
「ファッ!?」
それまで軽快に跳ね飛んでいたルーキが、爆風に煽られ、信じられないものでも見るような目でこちらを二度見してくる。
「本人驚いてるみたいですけど」
「かまうな。こっちの勝手な解釈だ」
リンドウは二十三号を観察した。
人の手足を吹き飛ばす威力がある緋葉は、標的の膝を確かにえぐった。本来ならもう立っていることすらできない重傷。
しかし、発破の直後、すさまじい速度で灰色の肉組織が傷口を覆った。泡ぶくのように不定形だった新しい肉組織は、瞬く間に膝部分の正しい姿を形成し、修復を完了してしまう。
「再生能力まであるのか」
リンドウは舌打ちする。試作段階でここまでの怪物を作れるのなら、完成の暁には王都と辺境のパワーバランスは完全に王都側に傾く。
「頭部を狙いますか? ヒトと違って急所とは限りませんが……」
「待て。おい……マジか、あれは」
直前以上の驚きを声に出しつつ、リンドウは標的を見た。
正確には、標的の周りを再び飛び回りだしたルーキ。
動きがさっきと微妙に、そして、重大に違う。
「あの動き。わたしらに狙う場所とタイミングを明確に指示してるぞ」
周回軌道が大きい。そして、こちらの射線に入らないよう、確実に空けているスペースがある。狙いは先ほどと同じく足元。楕円軌道の大きさから、希望する爆発の規模すら明確に伝わってくる。
「おいおい……。ここまで器用に意志疎通できるとは。姫が仕込んだか……それとも姫を毎晩仕込んでるのか? どっちにしろ……薄本が厚くなるな!」
緋葉の半分をケイブに投げ渡し、リンドウは叫んだ。
「息を合わせろ刑部! ――臨!」
意気と共に苦無を投げ放つと、続いてケイブが「兵!」と発して次弾を投擲する。
「闘!」
「者!」
交互に放つ三投目、四投目が二十三号の足の甲と近くの床にそれぞれ突き立ち、標的の体を揺らがせる。
「皆!」
「陣!」
九字はただタイミングを合わせるためのかけ声ではない。
精神統一。仲間と視界を統一し、思考を統一し、ついには敵との精神まで合一させ、完全に動きを読み切るための集中の極意。
「列!」
打ちつけられた緋葉は絶妙な力加減で爆発しない。
「在!」
狙うのは標的の肉体だけでなく、その周辺、逃げ道さえも。
「前!」
緋葉の包囲網が完成する。
『
爆彩。
緻密に練り上げられた炸裂の連鎖が、相手を一瞬にして火炎と惑乱の渦に叩き込む。爆破の狭間に追いやられた肉体は防御の方向すら定めることもできず、翻弄され、血煙を撒き散らす。
『やったか!?』
統一された思考のまま、ケイブと共に声を飛ばしたリンドウは、下半身を半壊させられ膝をついた二十三号が、猛烈な速度で回復していく姿を目の当たりにする。
体を半分潰されてまだ動くとは――。
しかし、本当に驚かされたのは、その直後だった。
「最後の一撃くれてやるよ!」
ルーキが復元していく傷口に何かを放り込み、その上から警棒を突き入れた。
小さなガラスが割れる音を、リンドウの耳は聞きつける。
(何だ? 何をした!?)
修復が完了した二十三号が彼に向けて右腕を持ち上げた時、それは起こった。
「――!! ――――!!!!!!!」
声ではなかった。恐らく二十三号は声帯を持っていなかったのだろう。肥大した筋肉が軋み、ひずむ怪音。しかしリンドウには魂の絶叫に聞こえた。
二十三号の体が縮んでいく。歪に膨らんでいた筋肉がシャープに、ついには屈強なヒト型にまで整った刹那、二十三号の口から緑色の体液が吐き散らされた。
糸が切れたように、巨躯が前のめりに倒れ込む。
静寂は、突然訪れた。
「や、やったか?」
ルーキが警棒を恐る恐る伸ばし、伏した二十三号の体をつつく。何の反応もなかった。
リンドウにはわかった。すでに死臭がする。あれは、確実に死んでいる。
思わず彼に駆け寄って、
「何を――したんですか?」
長年染みついた職業病から口調をメイドに戻しつつ、そう聞いた。
何かを二十三号の体の内部に潜り込ませた。何を? 毒? そんなものをいつ用意した?
ルーキの答えは。
「治療薬です。あの、署長の金庫の中にあった」
「治療薬?」
署長の金庫の中には実験のデータと共に小瓶が入っていた。治療薬だろうということはほぼ確実視されていたが、あんな少量ではシーラーナイトを終わらせるには足りないとして、あまり気にされなかったものだ。
それをルーキが持っていたのはいいとして……。
「治療薬で二十三号の〈スプリガン〉試薬を中和した、ということか? そんなことが可能だとして、こいつはなぜ死んだ?」
ケイブも驚きを隠せない様子で質問を繋げる。
「過労死です、きっと」
『過労死?』
部下とハモった。同じところまでしか理解できていないのが少し情けない。
ルーキは気恥ずかしそうに頭をかきながら言う。
「実は俺、このハーブの原産地なんじゃねえかなって土地で……〈超ヤサイ諸島〉って開拓地なんですけど、そこの植物の影響でムキムキになったことがあって。手から気弾とか出るようになっちゃったんですよ。で、その時サクラ――仲間の一人から、それ何発も撃つと、元の姿に戻った時に疲労で死ぬって警告されて……」
「…………!」
二十三号は手から怪光線を放っていた。それがルーキには、かつて自分が使った気弾と同じものに見えていたということか。いや、見えていた、ではない。理解していたのだ。
「薬の効果が切れたら、今までレーザー撃ちまくってた反動で過労死するんじゃないかなって。どうやって薬を飲ませるかが難しいところさんだったんですけど」
「傷口から直接体内に流し込んだのか……」
ケイブの言葉にルーキはうなずいた。
「衰弱死とは……」
リンドウはうなった。
凡人は失敗を恥じて隠す。才人は失敗を、このやり方ではダメだとわかったと前向きにとらえる。しかし、失敗をそのまま戦術に転用してくるのは一体何者の所業か。
一刻も早く危険な戦いを終わらせたいと考えるのが普通のあの場面で、殺傷ではなく衰弱という遅延的な戦法にあえてリソースをぶつけるその発想にも呆れて驚かされる。
最速が最善とは限らないガバ勢の安定チャートと、やめときゃいいのにぶっつけ本番で思いつきを投入するオリチャー根性の二律背反が、なんでか知らないが完全に噛み合った。
危なっかしいことこの上ない。しかし、生きている。生き延びているのなら、それ以上の正しさはない。間違えているのに正しく生き残る。これこそが、レイ一門。
根っからのガバ勢。
実に――面白い。
(姫……本気なら、さっさと子種をもらっちまった方がいい)
この男を聖堂教会の妖怪にもっていかせるのは、もったいなさすぎる。
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