第192話 ガバ勢とギャング道2-CHINPIRA-

「…………?」


〈クリムゾンマッシュルーム〉と名乗った三人の若者たちが、何やら威勢のいいことを店内に言い放ったのは、サグルマ・イクがちょうど仲間たちとの〈ダウト〉の勝負で、ウソのカードをテーブルの山に置いた瞬間だった。


「何だあれは?」


 対戦相手の一人――フルメルトが怪訝な表情を向けつつ、手持ちのカードを山に放る。


「カネッ(トーンダウン)」

「ボウリョク!」

「セェェェェッ」


 KBSトリオも珍客に目をやりながらカードを提出。気がそれているおかげでこちらのウソカードは見破られなかったが、街の者とは違う物々しい雰囲気は少し気になる。


 再びカードを出す前に隻眼を男たちに向けると、ちょうど彼らがこちらに近づいてくるところだった。


「よう。俺はウエストシティから来たマックスルームってモンだ。〈クリムゾンマッシュルーム〉ってチームを率いている」


 一番大柄で、一番横柄な態度の男が、店全体に向けた声で言った。


 いかつい顔をしているが、年齢は二十そこそこだろう。風船のように膨れ上がった筋肉が、小洒落たシャツとベストを外側へ押し上げている。

 やはり、辺境にいるみすぼらしい身なりのゴロツキとは一線を画する風貌だ。


「見たところ、あんたらがこの店の常連らしいが、俺たちが来たからには席を譲ってもらうぜ。それがスタンダードだ。痛い目を見たくなかったら、今日中に荷物をまとめて出ていくんだな」

『……?』


 一門から不思議そうな空気が湧き上がる。


 何言ってんだコイツ……?


 そんな雰囲気の中、サグルマはマックスルームという男の立ち位置に目を向けていた。

 現在レイ一門は店の奥側半分ほどを占拠して、前回の試走の反省会中である。それがどうしてトランプで遊んでいるかといえば、親父が「飽きた」と言い出し……いや、それは今は本題ではないとして、マックスルームが立っているのはその輪の端から二歩ほど離れた位置だった。


「出ていけ」という挑発的な発言とは裏腹に、その間合いはぎりぎりのところでこちら全体を刺激しない距離だ。

 誰かが暴発して飛び出してきても一人か二人、余裕で対応できる間合いが、あのあたりだった。


(慣れてるな)


 わりと形のいい部類のジャガイモに似たマックスルームの顔立ちからは、それを計算してやっているとは考えにくい。となれば、自然、場数の多さから身についた感覚なんだろうと察しがつく。


 手下らしき男が二人、彼の左右斜め後ろでニヤついているが、マックスルームは彼らとは明らかに格が違っていた。態度のでかさと力が釣り合っている状態だ。


(ウエストシティ……? 王都の物流の一部を担う都会じゃねえか。何でンなところからこんな僻地に人が来るんだ?)


 マックスルームたちの垢抜けた服装も、彼らが都会の若者であることの証だ。しかし、彼らがこよなく愛するドラッグ&BOX!!は都市部のみの産物であり、ルタのような開拓最前線には基本的に働き者しか用はない。


(…………)


 何となく誰かさんオヤジが原因のような気がしてちらと目を向けてみるも、当人は崩れる直前のジェンガを前にきょとんとしているので、さすがに今回は無関係か。


「へっ……。まあ俺は、出会って早々殴りかかる低能なチンピラとは違う。今日のところは挨拶にとどめておいてやるから、最後のパーティを楽しみな」


 その発言後、こちらからの反応を悠然と待つ余裕を見せた後、マックスルームは踵を返して一門から少し離れたテーブルに向かった。


「何でえ、こんだけいて誰も言い返してこねえのかよ」

「ダッセ」


 へらへらしている手下二人もそう吐き捨てながら、ボスのいる席へとつく。


「いらっしゃいませ~。あら、新しい人たちね。ゆっくりしていってね」


 受付兼ウエイトレスが板につきすぎ、もはや“受付嬢”という名称でしか覚えられていないツバキが応対に駆けつける。

 が、彼女はテーブルの上にどかりと足を乗せたマックスルームに眉をひそめ、


「あの~、そういうことをされるのはちょっと困るんですが」


 接客の笑顔を若干ひくつかせながら注意した。


「ああ? 細かいこと言うなよネーチャン。これからは俺のこれがこの店のスタンダードになるんだ。いいから一番いい酒とうまい食い物持ってこい」

「だから、まず足を下ろしてくれません? テーブル汚れるし……」

「おい、何ボスのスタンダードに口出ししてんだよ。仕事しろ仕事」

「おれらは金を払う。おたくらは黙って酒と食い物を提供する。WIN-WINだろ、わかる?」


 手下二人も小馬鹿にした様子でツバキに言い返しに来る。

 なおも彼女がむっとして頬を膨らませていると、


「おら、はやくしろ。それともクソ田舎すぎて俺たちに出せるようなものがねえのかよ?」


 マックスルームが足を軽く振り、蹴りつけるような仕草を見せた。

 最初から当たるような距離ではなかったが、驚いたツバキが「きゃっ」と悲鳴を上げて後ろにさがる。

 その光景を見て、手下二人がげらげらと下品に笑った、その瞬間だった。


 タタッと軽い音がして、サグルマの目の前を白と緑の影が駆け抜ける。

 慌てて目で追う必要はなかった。

 ベギャアッ! と痛々しい音を立ててマックスルームの巨体が吹き飛び、ごろごろと転がった末に扉を突き破って店の外へと退出していった。


「…………」


 特に誰が驚いた様子もない。ツバキにしても。


 レイ親父が店の一番奥の定位置から飛び出して、マックスルームの顔面に見事な飛び蹴りを食らわせた。ただそれだけのことだった。


「あーあ、やっちまった」


 激変の後の短い沈黙に間延びした声を吹き込んだのは、意外にもマックスルームの手下の一人だった。

 ボスが一撃で店から蹴り出されたのに、まるで動じる様子がない。


(そういや……)


 サグルマは奇妙なものを見た。レイ親父に蹴り飛ばされる瞬間、マックスルームはニヤリと笑ったのだ。それを待っていたかのように。


「いるんだよな。不意打ちで一発入れればそれで勝てると思ってるチンピラが」


 もう一人の手下が肩をすくめながら、聞こえよがしにうそぶく。


「そういうのに限って正面からはビビって戦えねえくせに」

「あぁ?」


 レイ親父は不機嫌そうに眉をひそめた。


「うちのボスはな。あえて一発は受けるんだよ。ケンカは相手に始めさせてやる。それがスタンダード。まっ、終わらせる権利はやらねえんだけどな。始まったらあとは泣いてワビ入れようが徹底的にやる。それもボスのスタンダード。ははっ」

「なんだ、まだガキじゃねえか。そっちの客の弟か妹――いや案外子供か? そこそこケンカは強いみたいだが、相手が悪かったなぁ。うちのボスは怒ると女子供でも見境ねえ。綺麗な顔してるけど、もう二度と見れねえツラになるかもな。まあイキった罰だと思って諦めてくれや」


 それぞれが勝手なことを言い、ヒャハハと甲高い声で笑いながら椅子の背もたれを軋ませる。


 なるほど。そういう回りくどいケンカの仕方をするわけだ。サグルマは頭をかいた。

 怒りと力を充満させたマックスルームが戻ってきてからが本番、と彼らは考えているのだろう。


「…………」


 しかし、一分たち、二分たち……それからもう少したっても、マックスルームは戻ってこなかった。

 子分たちが余裕面を何とか維持しつつも、かすかに目を泳がせ始めた頃、外からこんな叫びが聞こえてきた。


「お、おい、ガバ一門の店の前で人が倒れてるぞ!」

「し、死んでる……!」

「いや……生きてるよ。かろうじて……」

「このままだとホントに死んじまうから病院に運んでやろう。みんな手を貸してくれ!」

「……うわっ、ひでえ顔だな。何をしたらこんな傷に……。これ元に戻るのか? 表通りでしょっちゅう配られてる桃太郎印の福笑いの方がまだマシだぜ」

「あれいる?」

「いる(鋼の意志)」


 声は遠ざかっていった。


 …………。

 …………。


「おいゴラァ!」

『は、はい……』


 レイ親父の恫喝に、残された〈クリムゾンマッシュルーム〉のメンバーが震える声を返した。最後まで残っていた余裕の一カケラは完全に消し飛び、小さな椅子の上に極限まで身を縮めて納まっている。


 そんな二人のまわりを、レイ親父は野獣のようにゆっくりと歩き出した。


「俺はな、粋がったガキが何をわめこうがいちいち気にしねえよ。だがな、こっちが必死こいてこしらえた身の回りの平穏をぶち壊されるのは我慢ならねえ」

「はい……」

「す、すみません……」

「椅子から降りろォ。身分証持ってんのかゴラァ。見せろオラァ!」

『ひいっ』


 床に正座させられた男たちは、おたおたと服のポケットに手を突っ込む。

 何と身分証を持っているらしい。この街では貴族ですら持っていないだろう。さすがは都会っ子だ。


「あくしろよ」


 目の据わったレイ親父に急かされながら、若者たちは身分証を取り出す。

 レイ親父はそれを二人分ぱっと奪い取ると、じろりと内容を確認し、


「よし、おまえらチームっつったな。他に仲間がいるな? 全員ここにつれてこい」

「えっ、それは……」


 男の一人が顔を引きつらせる。

 ボスをたった一撃で粉砕された今、自分たちに抵抗するすべが一切ないことを理解している表情だった。

 せめてチームの仲間たちだけでも逃がしたい。彼らは彼らなりに仲間意識があったのかもしれない、が、


「おまえ一人で行ってこい。もう一人は残れ。逃げたらどうなるか、わかってるんだろうなオォン!?」

『ひいいいっ』


 敵意を向けてきた相手に、レイ親父が容赦するはずがなかった。


〈クリムゾンマッシュルーム〉のボス、マックスルームは、自分たちをバカなチンピラとは違うと称していたが――。


 走者とは、バカなチンピラ以下の獣に他ならない。


 最短で魔王を撃破する戦力を有しながら軍隊のような規律も戒律もなく、さらに集団ともなれば、深く考えずに一都市くらい瞬く間に蹂躙する暴力の権化となる。


 マックスルームたちが都市部で鳴らした札付きのワルだったとしても、レイ親父の元に集まった門弟たちは、そこからさらに三番底くらいまでぶち抜いたピネガキ中のピネガキ。悪い意味で格が違う。


 一見まとまって統制がとれているように思えるのは、みんなでレイ親父の尻を追いかけているからにすぎないのだ。


「止まるんじゃねえ、犬のように駆け巡ってこいやオラァ! 身分証返さねえぞ!」

「ひいいいい!」


〈クリムゾンマッシュルーム〉のメンバーがこの後、そしてこれからの人生をどう送るのか、サグルマにはこれもうわかんねかった。

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