第191話 ガバ勢とギャング道-HUDATUKI-

 街ではささやかな催しごとの準備が行われていた。


 ハイ・ヨウ・イースター・ト記念日。ルタの街で初めてRTAが行われたことを祝う日で、ここを一年の始まりと位置付ける人もいる意義ある祭日だ。


 が、初めてRTAの依頼が街に来た日とも、初めてタイマーをつけて走った日とも、実は特に何もないんじゃないかとも言われており、走者兄貴たちの「初投稿です」並みにガバガバな基準にちなんで、祝う人もいれば、何もしない人も、普通にRTAに出ていく人もいる、そんな単なる一年の一日としてカウントされている。


 その日、ルーキがケイブ警部補に呼び出された喫茶店でも、イースターに合わせ、この土地のどっかにいたんじゃないのとされる神、“ワッセ”と“エイシャー”の木像の飾りつけが行われていた。


 走者たちのかけ声、「わっせわっせ」「エイシャァ……」はここから来たとされており、力の神ワッセと腕力の神エイシャーに力を貸してくれるようお願いをしたのが起源とされる。ちなみに「わっせわっせ」に続く「うんとこしょどっこいしょ」と「それでもカブは抜けません」は単なる語呂合わせで意味はないとのこと。


 ……という郷土愛溢れる解説が書かれた張り紙から目を戻し、小さなテーブルをはさんで座るケイブと視線を合わせたルーキは、たった今コーヒーが届くまで黙っていた彼がようやく口を開く瞬間を見ることになった。


「懸念通りギルコーリオ王子が報復に出たそうだ」


 店内を巡る古びた蓄音機からの音楽の中で、その剣呑な情報は地を這うような低さからルーキの耳へと到達する。


 ギルコーリオ王子。つい一昨日、自分が勝負の申し込みを足蹴にした相手。

 あの後、サクラとケイブに捕まって署で素性を聞かされ青ざめた時の感触を、今でも肺腑が覚えている。


(やべぇよ……やべぇよ……)


 開拓地は辺境と見なされることが多いが、王都から見ればこのルタも立派など辺境である。そんな遠地ですっかり忘れていたが、王都は人類の中枢、そして王家は権力の頂点に立つ存在だ。指先一つで軍隊を総動員できる強大な力を有している。


「それで……その内容は一体どういうものなんでしょうか?」


 問いを発したのは、ルーキの隣に座っているリズだった。

 元より小柄で普段からちょこんと椅子に座る彼女だが、今日はいつもにも増して肩幅が狭く、ちんまりと感じられる。


「王子と繋がりがあるというゴロツキどもの集団――ギャング団が、ルタに送られたという話だ」


 ケイブの返事に、リズの硬い表情がさらに強張った。


「サクラに探りを入れさせているが、十代から二十代の血の気の多い若者のギャングチームで、王都周辺では札付きのワルとして知られているそうだ。それが三つ」

「三つもですか……」


 ルーキがため息をつくように言うと、ケイブは帽子のつばの薄闇に双眸を浸し、


「合わせて百人以上の暴力集団になる。厄介なのは、こいつらが一枚岩ではないということだ」

「? それはかえっていいことなんじゃ?」


 と、不思議がるルーキに返されたのは、首を横に振る仕草だった。


「こいつらは単なるゴロツキ集団ではなく、小さな町くらいなら掌握できる組織力と統治力を持っている。もちろん暴力と恐怖でな。そしてこいつらは、それぞれがライバル関係にある。以前こいつらが住んでいた町は、この三つ巴の抗争によってかなりの被害を被ったらしい。王子は、ルタの街でもそれをやらせるつもりだ」

「……!」


 リズの肩が小さく揺れ、彼女の不揃いの髪先を震わせた。


「すみません。わたしのせいでこんなことに……」

「委員長が悪いんじゃないだろ。俺のした扱いが悪かったんだよ。よりによって本物の王子様にあんな口叩くなんて……」

「誰が悪いという話なら、相手が悪かったとしか言いようがない。特にリズ、君は本当に、ただRTAのさなかに王子を助けただけだからな。今回の話に同席してもらうのも気が引けたぐらいだ」


 ケイブの同情するような言葉に、「いえ、それはわたしが自分が言い出したことなので……」というリズの返事が力なく吐き出される。


「そうか。だが、王子のプライドを傷つけたルーキは責任をとって事態の収拾に手を貸してもらうぞ」

「えっ……さっきと言ってることが違うような……。いや、でも、やりますよ。自分で蒔いた種だし、俺にできることなら」

「ん? 今何でもすると言ったな? 証拠発言として調書に書かせてもらうぞ」

「言ってないのに言ったことにされるRTA警察の取り調べ怖いなあ! とずまりストⅡレインボー!」


 さほど無垢でもない市民の嘆きを無視してコーヒーを一すすりしたケイブは、サーベルの鋭さを持った両目をひたとルーキに合わせ、静かに協力内容を提示する。


「さすがに百人以上のギャングどもを相手に大立ち回りを演じろと言わん。適当に街を見回って、もしそれらしき連中を見かけたらすぐに俺に連絡してくれ。ヤツらは目立ちそうではあるが、この街は元々様々な出自が入り乱れる人種のるつぼだ。街警察だけでは手が回りきらん」

「つまり怪しいヤツを見かけたら通報しろと」

「そうだ。簡単だろう。だが、これは俺と君の個人的な協力体制になる。連絡は街警察や他のRTA警察ではなく、俺だけにしてくれ」


 それが、ルーキに課された任務となった。


 ※


 すでにヤツらは街に入り込んでいる可能性がある。今日からでも注意していてほしい――という警句を念押しされ、ルーキたちは喫茶店を後にした。


 店前の通りの様子にいつもと違ったところはない。

 イースターに向けて準備をしている店がちらほら。その程度の変化だ。今のところは。


「ル、ルーキ君」


 ひとまず街の入口方面を見ておこうと思ったルーキの足を、どこか切迫した響きを持つ呼びかけが止めた。

 振り返った視界に映ったのは、小さくなって頭を下げるリズの姿。


「ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって……。もちろん、わたしもお手伝いします」

「? 何だよ委員長改まって。何かしおらしいな? 手伝ってくれるのは嬉しいけど」


 ルーキがあっけらかんと言うと、リズは少し拗ねたような顔を持ち上げ、


「だ、だってしょうがないでしょう? わたし個人に降りかかるならともかく、大勢の人の迷惑になる可能性大なんですよ。こんなこと初めてで……どうしたらいいのか」

「へえ……」

「あっ……ルーキ君もしかしてわたしのこと、何が起きても眉一つ動かさず淡々と障害を排除していくマシーンのような女の子と勘違いしてませんか」

「えっ」


 こちらの反応を見てさらに拗ねた顔で唇を尖らせるリズ。


「言っときますけど、わたしは対処法を知っているものに対して可能な対処をしているだけであって、不慣れなこととか、初めてのこととかは普通に全然ダメですからね」

「ああ……そ、そう……だったっけ? まあ、そりゃそうか……」


 走者がガチ勢になるために最後まで残る課題は、判断の速さだと言われている。何なら、ガチ勢になってからも磨き続けなければならない要素だ。

 そのために試走を重ねる。あらゆる状況を経験値として蓄えておくために。


 そして走者というのは、ほぼ10割が他人の問題を解決する存在である。問題が起こっている開拓地にのこのこ出かけ、縁もゆかりもない魔王を倒してさっさと帰る。そういう者たちだ。


 荒事には慣れていても、自分を中心として巻き起こる騒動には不慣れ。

 リズの態度がいつもと違うのも、このあたりに起因しているのだろう。


 本人言われてようやく気づけたルーキは、その分析に感心しつつも肩の力を抜いたまま「なるようになるさ」と無造作な言葉を投げ返した。


「ここは走者の街だし、みんな強いからさ。力を合わせりゃ、危険なヤツらだって追っ払えるよ」

「気楽に言ってますけど、ルーキ君もわたしに巻き込まれた側ですよ? さっきから恨み言の一つくらい覚悟してるんですけど」

「え、んなもんないよ。俺は反省はしてるけど後悔はしてない」

「え?」


 ルーキは苦笑した。


「相手の正体がわかってても、委員長を賭けるなんてバカげた勝負には乗らなかった。よこせと言われたらたとえ王様だろうと絶対やらねえよ帰れって言い返してたさ。だからこれは、俺にとってはこうなるしかなかった話なんだ」

「……!」

「まあ……実際には、俺が委員長の身の上をどうこうできるわけじゃないから、口だけの話なんだけどな」

「……ぃぇ……そうでも……な……」

「あ、そういえば、あれから大丈夫だったのか委員長?」


 何かを言いかけたリズに押しかぶせるような形で、ルーキはその問いを発していた。

 王子だ報復だという話で注意がそれていたが、あの日、彼女は謎の無差別破壊モードになってアパート周辺の世界を終わらせようとしていたのだ。


 ケイブに呼び出された店にはすでにリズが待っており、事情を聞く間もなくここに至っていたものの、改めてじっと見つめてみても、あの時の気配は微塵も感じられない。

 果たして、あれから彼女は元に戻れたのだろうか。


「あ、あの……」


 リズは両腕で自分を抱きしめるようにし、さっきよりもさらに縮こまった様子で聞いてきた。


「見て……ましたよね……?」

「え、覚えてないのか? 思い切りすぐ近くにいたよ」

「んぅぅぅっ~~……」


 聞いたこともない、頭の裏から出ているような高音でうなると、リズは真っ赤になった顔を深くうつむけた。


「なんか、目にも変な模様が見えた気がしたんだけど、RTAで何かケガしたとか呪いを受けたとかじゃないよな? ちょっと呂律も回ってないみたいだったし……」

「ぅんっンぅぅんんンン~~~~~っっっ……!!」


 再び変な音を上げ頭を抱えた彼女は、目をぎゅっと閉じてブルブル震えだした。

 見たことのない反応だが、どうやらあんな状態になったことを恥ずかしがっているらしい。


(もしかして委員長……)


 あれは、未成熟なティーゲルセイバーの一族が陥る力の暴走とかそういうものなのかもしれない。大技のギガレインをぼんがぼんが落としていたことからも、ただならぬ状態がうかがえる。


 奇しくも、ルーキもまた同時期の試走でガチ勢ボウケンソウシャーからガバオーラの自動暴走を引き出されていた。その体験があるからこそ、この推測に至るのは容易だった。


 しかしその未熟さをここまで恥ずかしがるとは、やはりガチ勢の意識の高さの違いだろうか。


「まあ、今大丈夫ならよかったよ。そういうことも時にはあるよな」


 励ますつもりで告げる。

 が、


「………………だいじょばないです…………」

「へ?」


「………………わたしを…………ふうにした責任……とって………………さいね………………」

「えっ……ごめん委員長、よく聞こえ――」


 きゅっ、と。リズは真っ赤な顔をうつむかせたまま、ルーキの袖の端をつまむように握ってきた。


「…………見回り………………行きましょう………………」

「あ……う、うん。い、行きますか……」


 何だかわからないが。

 その果てしなく恥ずかしそうなオーラが脅威の空気伝導率を発揮したのか、何やら自分も恥ずかしいような気持ちにさせられながら、ルーキはぎくしゃくとした足取りで歩き出した。


 ……この時すでに、事態が大きく動き出し、そして終焉に向かっていたことも、まだ知らずに。


 ※


〈アリスが作ったブラウニー亭〉。その歴史は長いが、言わずと知れたレイ一門の根城となったのは意外にもここ十年ほどのことである。


 古くはルタの街創設時に乱立した酒場の生き残りであり、店長以下従業員を何度か総入れ替えしつつ、しっとりとしてべたつかないすっきりした甘さ、ココアは高級品を使ったクッキー☆を武器に、今日に至るまで怖いもの見たさの変人たちを虜にしている。


 なお実際に食べると、「もう十分だ……もう堪能したよ……」と弱音を吐く客と、「もう慣れた」という客層に二分される。また一部には「親の顔より見たクッキー」「ただの親」などというもう後戻りできない人々もいるとかいないとか。


 今日も今日とて、この店にはルタの街の劇薬ことガバ一門が入り浸り、酒と言葉とガバチャーを交わしていた。


 そんな代り映えのない店内に、いつもと違った扉の開閉音が響く。

 どこか敵意に満ち、太々しく、そして力強い。


 馴染んだ室内の空気をかき混ぜて新たに入ってきたのは、ここではない、どこか遠くの都市のえた臭いをまとう一団だった。


 上品とは言い難いが、垢抜けた服装と顔立ち。荒っぽいようでそれなりの意図をもって整えられた髪型。そして、体のどこかに必ず配された赤色が目を引く。


 そのうちの一人――一番大柄の男が、分厚い唇を割って声を発した。


「ほぉ……。気合の入った門なんぞおっ立ててるからどんな店かと思ったが、なかなかいいとこじゃねえか。決めたぜ。ここを俺たち〈クリムゾン・マッシュルーム〉のアジトにする」

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