第193話 ガバ勢とギャング道3-KOIBITO-

「まず、目撃者を探さないとな」


 自分に言い聞かせるように目標を立てたルーキが向かったのは、ルタの街の入口だった。


 実は、数年街に住んでおきながら、このあたりにはあまり来たことがなかった。

 走者になってからの出入り口は専ら開拓地へと続く大鉄道であり、徒歩や馬車で都市部へと向かう玄関口にはさっぱり用がなかったからだ。


 ルタの入口の大通りは、商店や宿泊施設、そして倉庫が大部分を占めている。いずれも、街を出入りする業者や旅行者を相手にするもので、住人たちにはあまり馴染みがないものだ。


「ギャングたちが入ってくるとしたら、間違いなくここを通るとは思いますが……」


 委員長がそう言いうのを受けて、ルーキは近くで屋台をやっている店主に声をかけた。


「すんません。最近、ここを見慣れない人たちが大勢で通過しませんでしたか。物々しい雰囲気だったと思うんですが……」


 すると中年の女店主は、


「ここはルタの入口だからねえ。半分は見慣れない顔さ。それに物々しいなんて、走者の街でそれを言うのかい?」


 ルーキは「あー……ですよね」と納得する。強そうだとか悪そうだとかそんな曖昧なライン、住人の半分以上が余裕でクリアしている。これは聞き方にも工夫が必要そうだった。


「そんなことより、腹減ってないかい。うちのホットドッグ食べてっておくれよ。屋台に声かけといて世間話だけなんて寂しいだろ? ほら、そっちの彼女さんもさあ」

「いやおばさん、俺たちは別にそういう関係じゃ……」

「ヘヒッ!?」


 軽く流そうとしたルーキの隣で、委員長がビクリと肩を震わせた。

 何やら顔を赤らめ、左手をそっと隠すように右手を乗せる。


 街の入口に屋台を出すような抜け目ない商売人が、その仕草を見逃すはずがなかった。


「おや、指輪……? あらっ、あんたも薬指に同じ指輪してるじゃないかい。なんだそういうこと? 熱いと思ったわー! 女の子の方はまだ若いから、婚約ってわけ? ナカナカヤルジャナイ!」

「ちょっとお母さんの顔してんよー」


 女店主は勝手にテンションを跳ね上げ、なんやかんやでルーキはホットドッグを一つ買わされることになり、一つオマケされた。


「毎度あり! 仲良くやるんだよ!」

「ど、どうも……」


 ルーキとリズはそそくさとその場を離れ、


「と、とにかくいただきましょうか……」

「お、おう……」


 二人でベンチに座って往来を眺めつつ、ホットドッグを頬張る。

 確かに熱い。そしてうまあじだった。


「そういや、委員長とこうして街の中を歩くってことあんまりないよな?」

「え、ええ……。会えば大抵はRTAをしてますから……」

「もっとこういう機会を増やすべきなのかもな。いや、今はそんなにのんびりはしてらんないんだけど。RTA中も忙しないから、ゆっくりお互いのこと話したりできないし」

「そ……そそ、そぉぉですねぇぇ……」


 手早くホットドッグを食べ終え、捜査を再開しようとした時、


「やあお二人さん。デートかい?」

「ひゃにぃ!?」


 不意に声をかけられ、リズがベンチから一センチほど浮き上がる。

 見ればベンチ脇の芝生にアクセサリーの露店が出ており、そこの店主の男が、クラゲのような帽子の下から好奇に満ちた目でこちらを見つめている。


「はは、驚かせちゃったかな。可愛い彼女だね、彼氏」


 穏やかな声で彼が言う。


「ところで、さっきの話が偶然聞こえちまったんだけど、怪しいヤツらを探してるんだって? 少し前に普通の旅人とは雰囲気が違うヤツを見かけたんだが、彼女にプレゼントを贈れるいい男にだけは教えてあげてもいいかな(チラッチラッ)」

「……なるほど。乗った」


 情報料みたいなものだろう。この街で商売をするのだから、それくらい図々しくはなる。


「ちょ、ちょっとルーキ君?」

「うーん……ヘアピンか。……委員長って眼鏡と髪形がこれ以上ないくらいばっちり似合ってるから、あんま意味ない気がするんだよなあ」

「ひゃうい!?」

「お、さすがよく見てるねえ。じゃあ、こういうのどう? 髪をまとめるんじゃなく、飾りを付けるだけのやつ。これなら髪形も変わらないよ」

「ポォーゥ(スワイプDNK)、これは…… なんか鎌みたいな形してるな」

「ハハ、象牙って言ってよ。それがお気に入りかい?」

「買うます!」

「毎度あり! そこに鏡あるから、つけてくといいよ」

「おう委員長早速装備してくれ!」

「へ、へにゃ……」


 リズはふらふらしながら髪飾りを装備した。


「ど、どう、ですかね……」

「いいゾ~コレ!」

「ちょっといいんじゃないの!? 見る目あるねえ彼氏、道理でねえ!」

「ひへぇ……」


 委員長の顔はトロトロと溶けていった。


「それで情報は?」

「よしきた。見るからに只者じゃないヤツがあっちの方へと向かっていった。通りの角に赤い屋根の屋台があるだろ。あの前を曲がっていったから、そこでもう一度聞いてみるといい」


 ルーキは礼を言ってアクセサリー屋を離れ、赤い屋根の屋台へと向かった。


「なに、怪しいヤツかい。でもその前にまずうちさぁ、シュークリーム屋なんだけど……食べてかない?」

「あいいっすねえ、二つください」


 次の目撃地点へ。


「怪しいヤツならそこを……いや、そうだな。このイースター用の金魚すくいで一匹取れたら教えてやるぜ」

「一門に釣りの勝負を挑むとはいい度胸だ! もちろんやるぜ!」

「おっと、カップルは二人で一つのポイだぜ。こう、手を重ねる感じで持ってさあ……」

「よっしゃ委員長、でかい魚影ぎょえーを狙うぞ!」

「ひにい……そんなに優しく掴んじゃらめぇ……」

「来た! 来た! 来てんだろ!」

「やりますねえ! 怪しいヤツはその角を右に曲がっていったよ!」


 どうにか情報を途切れさせずに拾い続け、街の奥へと進んでいく。

 なにやら委員長どんどんふらついていくものの、それでも何とかたどり着いたのが――。


〈この門をくぐる者、汝一切の幸運を捨てよ〉


「〈アリスが作ったブラウニー亭〉じゃないか!」

「しょ、しょうれふ……んぐ……。そ、そうですね……」


 リズもふにゃふにゃした口調を改めてうなずく。


 ルーキが店の扉に近づくと、そこには確かに異様なものが存在した。


「オヤ。ヤア ルーキ コンニチワ」

「あっ……!? 新型ちくわラジエーター兄貴!?」


 そこに浮いているのは、ちくわを三本、立体的なバツの字に組み合わせたような、これ以上ないほどに奇妙な外見の物体だった。


「ソンナニ アワテテ ドウカシタカイ」

「あ、いえ、別に。ところで兄貴、このへんで怪しい人物を見かけませんでしたか?」

「イイヤ ミテナイナ」

「そうですか。ありがとうございます」


 ルーキが礼を述べると、新型ちくわラジエーターは扉を開けて店に入っていった。

 扉の隙間から、


「全員身分証持ってんのかゴラァ! 見せろオラァ!」


 と何やら迫真の怒鳴り声が聞こえてくる。

 恐らく、完走した感想の右枠で使う小ネタの練習でもしているのだろう。店の中も普段と変わったことはないようだ。


「今の、ガチ勢の方ですよね?〈アーマードフロンティア〉の別地方をホームにしてる?」


 リズが不思議そうに聞いてくる。


「ああ。タイムは間違いなくガチなんだけど、なんか道中で突然ガバったりするからこっちにも顔出しに来るんだ。俺も最近知り合ったばっかりだ」


 ルーキは閉じた扉を一瞥し、


「言いたくはないけど、これまで追ってきた怪しい人物ってちくわ兄貴のことだよな……。怪しい以上の表現が見当たらないし……」

「その可能性は十分ありますね……」


 何がどうしてああなっているのか。聞いたところによると、アサルトボーンをより正確に動かすためにあの体を手に入れたとか、ナニカサレタとか、生まれた時からああいう生命体だとか……。なんにせよ、怪しいかどうかで言われれば狂おしいほどに怪しい。


「前に、ナントカって悪人を見つけ出すために、間違えて傷心のフルメルト兄貴を追っかけ回しちまったことがあったんだ。ああいうガバはもうしたくない……」


 後悔の念を口にすると、リズも同意したように、


「街の入口は情報にノイズが多すぎますね。別の場所を調べましょう」


 二人はうなずきあって、〈アリスが作ったブラウニー亭〉を後にしたのだった。

 

 ※


 ルタの街の裏通りにある、元はバーだった空き家に〈ブルー・バンブー・ルー〉のボス、ブルバス・シューツはいた。


 さる王族にそそのかされ、こんなド田舎の街までやってきてすぐこの空き家を見つけられたのは、彼にとって一つの幸運だった。


〈ブルー・バンブー・ルー〉は武力重視の〈クリムゾンマッシュルーム〉と違い、武と知を併せ持った狡猾なチームだ。だから、誰かの根城を力で乗っ取る必要もなく、自前のネットワークで拠点を構築できる。


「いい店になるぜ、ここは」


 部下――ブルバスは“友”という意味のアミークスという呼び名を好んだ――たちと店内の大掃除をしながらひとりごちた。


 まずは足場を固め、〈クリムゾンマッシュルーム〉の猛攻に備える。侵略速度ではあそこが一番だ。空白地帯を取られると奪い取るのは時間がかかる。ディフェンスは重要。


 そのライバルの凶報がもたらされたのは、そんなタイミングだった。


「ブルバス! 大変だ、〈クリムゾンマッシュルーム〉が壊滅した!」

「な、何だと!?」

「おいマジかよ!?」


 掃除をしていた仲間たちも思わず手を止め、驚愕の声を上げる。

 大慌てで拠点に駆け込んできたアミークスは、息を整える間もなく状況を報告した。


「ボスのマックスルームがやられた! 病院に運ばれて、なんとか生きてるらしいが……」

「バカな、あの街警察でも手に負えなかったモンスターが……?」

「一体何があったってんだ?」

「わからない……。だが、ボスを失ってチームは崩壊。メンバーは全員、心が折れて農家になっちまったらしい」

「あの荒くれどもが農家だと!?」

「ああ、できあがった農産物は適正価格で市場に回されるそうだ……!」

「土と共に生きる悦びを知りやがって!」


 アミークスたちに動揺が広がる。

 しかし、ブルバスは頭のどこかでこの変事を予想――そして期待していた。満を持した「おかしなことじゃないさ」の一言で、場の空気を落ち着かせる。


「この街は走者の街だ。そして、ガチ勢とかいうヤバいヤツらがいるらしい。マックスルームのバカはそいつらにケンカを売っちまったんだろう。多少悪知恵は働くが、所詮は力しか頼るものがない獣。タブーってものを理解できなかった。それだけだ」

「ブルバス! ならこれからどうする!?」


 もっとも信頼する四人のアミークスの一人、ライトマンがさっきまでの驚愕を期待に置き換えて聞いてくる。他のメンバーたちも続く言葉を待望する空気の中、ブルバスは優雅に片手を振って彼らが欲する言葉を投げてやった。


「〈クリムゾンマッシュルーム〉を警戒する必要はもう永遠にねえ。シーク・ハインドの〈イエロースギノコ〉は始動に時間がかかる。だったら焦らず、俺たちのペースでこの街を支配してやればいい。ガチ勢にだけ注意すれば、他は大したことないだろう。ガバ勢とかいう落ちこぼれがいるって話も聞くしな。走者だからって必要以上に恐れることはねえんだ」

「おおっ、さすが!」

「おれたちのグラ・アミークス!」


 盛り上がるチームメンバーを芝居がかった両手の仕草で抑えると、ブルバスは今必要な新たな指示を周囲に広げた。


「よし、一旦作業をやめろ。拠点づくりは後回し。〈ブルー・バンブー・ルー〉総出でストリートを下見だ。これはこの街に俺たちの存在を知らしめる第一歩となる。華々しくいこうぜ!」

『おおーっ!』


 こうしてブルバスたちはルタの大通りへと繰り出した。


 アミークスはスマートさがルールだ。王都の最新トレンドにチームカラーであるブルーを取り入れたファッションは、実務一辺倒、あるいは雑然とした辺境の服装よりも二世代は進んで思えた。


 それが総勢四十名にもなる集団となって、通りの真ん中を歩いているのだ。

 目立たないはずがない。


「へへ、どいつもこいつもおれらに注目してるぜ。キモチイイ~!」

「ああ。〈クリムゾンマッシュルーム〉がなくなった今、この視線はオレたちが独占できるってわけだ。最高だぜ」


 四幹部のレフトウィンドとダウン・ベイが笑いながら声を高ぶらせる。

 王都のファッションストリートから身を起こした〈ブルー・バンブー・ルー〉は誰よりも目立ちたがり屋だ。敵からは恐怖を、そして住民から羨望を。そのためだけに生きていると言っても過言ではない。


 と。


 前方から、買い物袋をぶら下げた若い女が歩いてくるのが見えた。


「オイオイオイオイ、すげーいい女じゃねえか! この街にもいるんだなああいうのが!」


 四幹部の一人、アッパージが早速生来の女好きを剥き出しにして騒ぎ出す。


 無理もない。美人は飽きるほど見てきたが、前方にいるのはファッションストリートでもなかなかお目にかかれないほどの美女だ。

 スタイルは言うまでもなく抜群で、張りのある淡いグリーンのロングヘアーが肩の上でうねって垂れているのも最高にセクシーだった。


「やべえもう我慢できねえ。おいてめぇら、俺、あのコをものにするって決めたから! 横から手を出すんじゃねえぞ!?」

「あっ、おい……」


 チームの足並みを乱して一人駆けだし、アッパージが緑髪の女の前に飛び込んだ。


「あら~?」


 突然行く手を塞がれ、女は困ったように首を傾げる。

 そんな子供っぽい仕草をすると、絶世の美女は途端に愛らしい可憐な少女へと変貌した。

 気取らないところも都会の女とまるで違う。アッパージが食いつくわけだ。


 これから街の住人にチームを見せつけてやらないといけないのに長い道草になるだろうな、とブルバスは苦々しく笑った。

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