第194話 ガバ勢とギャング道4-OKITE-

 道を塞がれた美女が右によけて進もうとするとアッパージもそちらに動き、今度は左によけようとすれば、またも彼が同じ動きで通路をブロックする。


「へへ……」

「あらら~?」


 頬に手を当ててのんきな声を上げる美人に、「なあどこ行くんだい、買い物かい」というアッパージの馴れ馴れしい第一声が浴びせられた。


 彼に合わせて立ち止まるはめになったブルバス・シューツたち〈ブルー・バンブー・ルー〉のメンバーたちは「また始まった」という顔で肩をすくめ合うしかない。


「あんたすげー美人だな。おれたち来たばっかりで、この街のことよく知らねえんだ。よかったら案内してくれよ」

「あら~。美人だなんて嬉しいわ~。でも夕飯のお買い物の途中だから~。ごめんなさいね~」


 アッパージの呼びかけを美女はやんわりと却下した。

 アミークスたちが苦笑する。アッパージは背が高く、身なりや顔も悪くないので、ファッションストリートで遊び相手を探している暇な女ならあんなやり口でも乗ってくるかもしれない。が、目の前の人物はどう見てもそういうタイプではない。


 しかしアッパージはテンションを上げたまま、一方的にノリでまくしたてる。


「夕飯の買い物? 偉いねぇ~家の手伝いってやつ? ははっ、すげーいい娘じゃん! マジ惚れた! 言っとくけど俺惚れるとすっげーしつこいから。あんたが街の案内してくれるまでぜってーここ通さねー。もう決めたから」

「えぇ~……」


 美女が陶器かと思うようななめらかな眉間にしわを寄せると、アミークスからも、


「うわ、うぜえ~」

「あんなこと言ってらあ。勇気あんなあ」

「ハハ、おいネエチャン、そいつ怒らせると怖いからOKしといた方がいいぜ」


 と野次が飛ぶが、彼は「うるせーおまえらは黙ってろ! 俺は本気なんだよ」と笑って返すばかり。アミークスたちもつられて笑い声を上げる。


 ブルバスは思わず肩をすくめた。

〈クリムゾンマッシュルーム〉が壊滅したと聞いて強張っていた空気はどこへやら。しかしこれが〈ブルー・バンブー・ルー〉のいつもの姿だ。


「まったく困ったヤツだ……」

「だが、異郷の地でも変わらないのは貴重な性格だ」


 ブルバスが苦笑まじりにぼやくと、冷静さに定評のあるライトマンがフォローするように言う。

「確かにな」と笑って返したブルバスは、出会った頃はトラブルメーカーだったあの性癖が、いつの間にかチームになくてはならない熱源に変わっていたとに柄にもない感慨を抱いた。


「そんなこと言われても~。困ったわ~」


 緑髪の女――いまだに名前も知らない――は、頬に手を当てて困惑をあらわにするばかりで、前にも後ろにも進めなくなっていた。


 アッパージは上背もあり、優男とはいえ間近から見下ろされるとそれなりの圧迫感がある。小柄な人間には恐怖だろうが、さっき誰かが飛ばした野次のように女性に手を上げたことは一度もない。


 怒らせると怖いのは抗争の時だけだ。その時、彼はこれ以上ないほど頼もしいアミークスとなる。

〈暗黒の七日間〉〈ウエストシティの白夜〉〈十一日抗争〉……それらすべてを乗り越えられたのは、アッパージがいてくれたおかげだ。アミークスたちからの信頼も厚く、ブルバスはもそれは同様だった。


 まあそんな自由人だから、こちらから何を注意してももはや無駄だ。あの女にも野良犬にでも噛まれたと思って我慢してもらおう。


 おっとりしているというか、少々変わったところがあるようなので、案外、これをきっかけに本当に恋人になれるかもしれない。


 新天地での出会い。都会の男と田舎の美女。芝居としても悪くない。チームの新しい門出にはちょうどいいイベントになるだろう。

 ややあって、緑髪の女が、自分の頬に指を押し当てるようにして言った。


「え~。そこまで言うのなら~」


 チームのメンバーたちがその反応に色めき立つ。

 まさか、これが通るのか。ブルバスも目を剥いた。


「おいおい、マジか?」


 一番興奮したのはもちろんアッパージ。大げさな身振りで女に近づき、


「わかってくれた俺の気持ち!? じゃあ早速だけどさあ、君の名前を――」

「潰す~」

「え」


 ゴシャアッ!!!!


 ※


 野良猫はすべてを見ていた。

 屋根の上から見下ろすルタの街。スイカを小岩で叩き潰すような濡れた音がし、男がどさりと地面に倒れた直後、適切に反応できた人間は誰もいなかった。


「えっ……ハハ……おいフラレてやん……え? え、アッパージ?」


 さっきまでテンションageageだった(ageんなカス)やかましい男たちの一人が、目を白黒させながら現実と忘我の彼方を行き来する。


 買い物袋でぶん殴られた男は地に伏してピクリとも動かず、仲間からの呼びかけをさっきの軽口で返すこともできはしない。

 そんな状況に、誰も何も言えずにぽかんとしている。


 ――あの女は……ローズ・ティーゲルセイバーだな……。


 野良猫はグレイの瞳を光らせながら思った。


 ルタで緑髪を見たら虎の尾を疑えという言葉がある。

 目の前の美しい女が、その形をした怪物であるかもしれないことを端的に警告したものだ。野良猫だって知っている。


 にもかかわらず道を塞いだ小僧どもは、とどのつまり、本格的にルタを知らない外界から来た浅はかな連中ということなのだろう。


「なっ……何だ? おい、アッパージ?」

「し、しっかりしろよ、おい……」


 仲間たちがおろおろと彼の体を揺すっている。


 ゴシャ! グシャア!


 立て続けに二つの破砕音が響き、物言わぬ体が三つに増えた。


「ジェイド、マイケル!? や、やめろテメエ!」

「ふざけんなよ女コラァ! 自分が何してんのかわかってんのか!?」


 男たちが目の色を変えて彼女に吠え立てるが、本人は三人の頭部をクリーンヒットした買い物袋の中を覗き込み、


「あら~。ローザリア石カボチャがへこんじゃったわ~。下町の八百屋さんに入荷したっていうから急いで買いに来たのに~」


 ――ローザリア石カボチャ!?


 野良猫はぺろりと口の周りをなめた。

 しっとりとしてべたつかない甘さの煮物が最高や。豚ひき肉入りのあんかけをプラスすればさらに、ああ^~たまらねえぜ。早くあんかけまみれになろうや!


 一口でいいからほしい。ルーキの小僧は何とかしてあの家の食卓に潜り込めないだろうか。


 日頃からかまってやってる小僧を通じて絶品料理をゲットしたいが、あのカボチャは石のように硬いだけではなく、滋養強壮、特に精がつくことでも有名だ。

 あっちの方もカチンコチンコになれるとあれば、残念ながら、それはティーゲルセイバー家の男たちにとってもっとも必要なものだ。あの小僧がもう少し、ローズ・ティーゲルセイバーの娘とよろしくやっていればニャンワンチャンあったかもしれないが……くく……惜しい……。


「う~ん。何か他に使えそうなものは~。あ~これかな~?」

「な……何やってんだテメエ? アッパージの足なんか掴んで、何を……」


 男たちが狼狽える中、ローズ・ティーゲルセイバーはアッパージと呼ばれた男の足を掴み、ひょいと持ち上げた。洗濯籠の中にあったズボンのように軽々と浮き上がった仲間に、男たちは息を呑む。


「ちょっと軽いけど~。これで~」


 ローズ・ティーゲルセイバーはアッパージをぶんぶんと素振りし始めた。

 細身だが上背がある分、七十キロは下らないだろう。それを枯れ枝のように振り回している。

 悪夢じみた光景に、男たちは悲鳴を上げて後ずさった。


「な、何なんだよおこの女ァ!」

「お、おい、ブルバス! どうなってんだよこいつ!?」

「そ、そんなこと言われてもわかるわけ……! ま、待て、なああんた、待てって!」

「え~?」


 ぶんぶん。


「ホントに待ってくれって! これは……ええっと、お、俺たちが何をしたってんだ!? こ、こんな……えぇ……? ここまでしなくたって……? って何を……?」


 ブルバスと呼ばれたリーダー格の男が説得に入るが、途中で自分が何を言っているのかわからなくなっている。すっかり動転しているようだ。


 若く健康な男たちが、一人の娘に一方的に叩き潰されているのだ。気持ちはわかる。

 が、相手はローズ・ティーゲルセイバーなのだ。

 こちらの気持ちなど察してはくれない。こちらが彼女を察するしかないのである。


「え~。だって~」


 彼女の口が、男を豪快に振り回す腕とはまるで別の生き物のようにおっとりとした声で言う。


「道を塞いで邪魔だから~潰す~」

「み、道!? そ、そんなことで……こんな!?」


 ――バカだな。


 野良猫は思った。


 この街では穏やかなヤツほど危ない。

 そういうヤツは大抵、いざという時に備えて力を猛烈に蓄えているからだ。

 それは、さっき男たちが言ったような「怒ると怖い」などという悠長な話ではない。もしもやり取りの中で「あ、これ潰した方が早いな」と一瞬でも思ってしまったら、その時にはもう蓄えた力を放出している。その決断は綿毛よりも軽く行われるのだ。


 そしてもう一つ。

 これが致命的。


 ガチ勢の歩く道をブロックする――しかも意図的に何度も。それは「さあ殺し合おう」と言っているのと同じだ。

 決してやってはいけない。それがこの街の掟なのだ。


 小僧たちはそれをやった。


 知らなかったでは済まされない。切れ味を知らずにナイフを胸に突き刺しても人は死ぬ。その時何かが少しでも足りなければ、生物は大きな代償を払うのだ。人間はなぜか時折そのことを忘れて、無知であることで己の行為を相殺しようとする。


 どうして無知である方が有利な立場になれるのか、コレガワカラナイ。


「わ、わかった、おいアミークス! 全員道を開けろ! この人を通すんだ!」


 あのブルバスという男は、そこのところを最低限わきまえてはいるようだった。

 彼の号令に応じて、戸惑いつつも、男たちが道の端に一目散に寄った。

 だが、もう遅い。


「ひいいい!」

「うわあああ!」

「助けてくれえええ!」


 ベギャッ! ミギイッ! コキ……。


「な、何イィィィ!?」


 ローズ・ティーゲルセイバーは暴力! を止めなかった。道の端に寄った男たちを順繰りに殴り倒しながら進み、仲間を見捨てて逃げ出した男へは、いつの間にか前に回り込んでアッパージ君を叩きつけた。


「な、何で……道を開けたのに……」


 悲壮な表情でブルバスが問う。


「え~。だって~」


 間延びしていたローズ・ティーゲルセイバーの目と声に、突然、氷の刃めいた鋭さがこもる。


「ひと一人を困らせておいて何で内輪で勝手に盛り上がってゲラゲラ笑ってるの? なんかむかつくわ。ティーゲルセイバーはなめくさられるのが大嫌いなのよ。だからここで全員潰す」

「え――」


 ブルバスが情けない声をもらした瞬間には、もうズタボロで鈍器としても使い物にならなくなったアッパージが、肉弾となって彼の眼前まで飛んできていた。


 二つの頭骨が激突し、亀の甲羅同士がぶつかったような爽快な音を立てた瞬間、この集団の秩序は完全に瓦解した。


「うわあああ! うわあああああ!」

「何でだよ! 何で買い物してるだけの女がこんなに強いんだよ!」

「こんなのウソだ。悪い夢だ……」


 しかし、誰一人逃げ切ることはできないだろう。

 勇者からは逃げられん。すべての魔王がそうだったように。


 わしがそう言うんだから間違いないよ――。


 野良猫はそう思って丸くなり、耳をたたんで阿鼻叫喚をシャットアウトした。

 勇者、争乱、悲鳴、何もかもが懐かしい。

 古い記憶に思いをはせながら、彼は心地よい日差しにその身を委ねた。


 ※


「た、大変だシーク・ハインド!〈ブルー・バンブー・ルー〉が壊滅した!」

「な、何だとオオオオ!?」


 残った最後の一チーム、〈イエロースギノコ〉のアジトは騒然となった。


「マックスルームに続いて、ブルバス・シューツもか!? 四幹部はどうした!? ワンマンチームの〈クリムゾンマッシュルーム〉と違って、あそこには優秀な配下が……」

「全滅だよお! 全員ボコボコ……っていうか生きてるのが不自然なくらいズタボロにされて病院送りに……。医者の話じゃ魔法か何かで無理やり生かされてるみたいだって……。無事なメンバーはみんな心が折れて畜産農家になっちゃった……」

「あの目立ちたがりのお調子者どもが畜産!?」

「信じられねえ……」

「命を育てる悦びを知りやがって!」

「畜産物は適正価格で市場に回されるそうだよ……」

「そんな……。いやそれは良いことか……」


 チームのリーダー、シーク・ハインドは混乱の中で重くうめいた。


 ここは業者のツテで手に入れたアパートの一室。

 武力では他の二チームに劣る反面、〈イエロースギノコ〉は表社会のビジネスに強いネットワークを持っており、資本が存在する地域にならどこにでも根を張ることができる。


 その全指揮系統を一手に担うのがシーク・ハインド。

 王都を拠点とする豪商の三男として生まれ、何の因果か今はこうしてド田舎の街に遠征に来ている。


〈クリムゾンマッシュルーム〉〈ブルー・バンブー・ルー〉に匹敵するチームに成長できたのも、彼がカリスマギャング二名、および実家の兄二人とは別種のビジネスの才能を持っていたからに他ならない。


 他二つのチームと絶妙な距離感で協力体制を敷き、時に武器、時に情報、時に場所を提供して存在感を高める。それが彼の生存戦略。

 上からの高圧的な支配などもう古い。稲作に手を出したことで稲という植物に支配された東方諸都市のように、下から手を突っ込んでボスの頭を操るのが今の時代なのだ。


 ――が、そのモデルは今、完全に粉砕された。


 動かすべき二大ヘッドが、揃って爆散。街に入った初日、しかも半日もたたずにだ。


「ど、どうしようシーク・ハインド!」

「ぼくらだけじゃとても街一つなんて支配できないよ!」

「ていうか何なんだよこの街!? 猛獣でも住んでるのかよ!?」


〈イエロースギノコ〉は、その名とは違ってだいたいがもやしだ。実際の武力はほとんどなく、いい学校には通っていたが体育の成績は最強のメンバーでも3(五段階評価)どまりだ。


「待つんだみんな。まだ手は残っている」


 しかし、パーカーのフードを頭にかぶせたシーク・ハインドは、静かに仲間たちに呼びかける。


「僕たちの強みを忘れたか? 知性だ。頭脳だ。あのゴリラ二チームは、スーパーゴリラにケンカを売ったからやられたにすぎない。戦争っていうのは、同じ分野でなければひたすら効率が悪い。力には力、金には金。恐れるな。僕らは力による勝負なんて最初からするつもりはない」

「じゃ、じゃあどうするんだ、これから?」


「この街の最大の暴力と取引するんだ。すなわち――ガチ勢と」

「ガチ勢と!?」


〈イエロースギノコ〉が本来取引をする相手は、公然と暴力を行使する連中――裏の社会の住人だ。しかしルタという街には裏社会の顔役どころか、裏社会そのものが存在しない。

 いうなれば、裏がそのまま表まで浮上してきている街。


 したがって、街の最大勢力はウェイブとかいう走者が率いるチームということになる。

 シーク・ハインドはニヤリと笑ってみせた。


「僕に任せときなよ。走者なんて大した学もない低能ゴリラばかりさ。上手く交渉して同盟を結んだら、後はいつも通り好き勝手やらせてもらえばいい。どうせ連中は、試走やら何やらでほとんど街にいないんだ。気づいた時にはもう僕らなしには立ち行かなくなってる」


「おお、さすがシーク・ハインドだ……」

「クク……これまでどれだけの凶暴な連中が言葉だけで操られてきたか……。かつてこんなヤツと勝負した自分が、今になって怖くなってきたぜ」

「フフ……褒めても何もでないよ。さあ出発だ。僕らの知恵で、自分を強いと思ってうぬぼれてるヤツらを支配してやろう。なに、難しいことはないさ。いくらスーパーゴリラでも、人の言葉くらいは理解できるだろうからね……ははっ」


 シーク・ハインドは含み笑いを絶やさぬまま、ルタの街へと繰り出した。

 目指すは、ウェイブ一門のアジトだった。

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