第185話 ガバ勢となりゆきの冒険譚

 ガチ勢とガバオーラとの見えざる死闘の翌日、ルーキたちガチガバ混合パーティは第一ダンジョンを順調に進行していた。


 実のところ、今回の試走はこれがラストトライアルである。

 元々短い区間走であり、ルーキたちが飛び入りしたこともあって日程はさらに圧縮されたのだ。


 とはいえ、それが迷惑だ何だという話ではない。


 試走にバリエーションを持たせるのは、ガチ勢にとって応用力を鍛えることに他ならない。単に今日の冒険で一区切りつけてチャートを再整理するというだけのことだ。それが済めばまた平然と試走に出かけていく。それが走者というものだった。


「じゃ、途中であの鹿何匹か狩っていくから」

「ホアアアアア!!?(キーボードクラッシャー並感)」


 行きがけにフリアエルホーンを雷撃&毒殺。


 後衛二人はもう手慣れた感すらあるほどだが、バラン数の調整に使われる前衛――ルーキとサクラはほうほうの体。しかし、同じ労働をこなしているはずのプリムがピンピンしているのは、やはり地力の差か。


「……おまえが盾役を欲しがってる理由が心からわかったよ……」

「……そうすか……そら、よかったっす……」


 ユグドラシルRTAは、まさしく分業の世界である。

 各々が得意とする一点を磨いて勝利する。これはガチ勢でもそれ以外でも変わりない。


 その環境下において前衛とはすなわち機動性のサンドバッグを意味していた。パーティの中心火力は主に後衛が担う。これは、レベルを上げて物理で殴ればいい大方の開拓地とは一線を画する戦術である。


 まだユグドラシル二度目の挑戦にすぎないルーキは、今日、ようやくその差異に気づいたのだった。


「前衛が抑えて後衛が仕留める……。言われてみれば当然の、呆れるほど有効な戦術だよな……」

「〈ロングダリーナ〉とかだと、前衛の脳筋が敵を仕留めて後衛はサポートっていうのが定石っすからね。人間、最初の体験に引っ張られるのは、まあしょうがないっすよ……」


 そして一昨日引き返した看板を通り過ぎ、下の階へ。


 ルーキは注意深く周囲を見回す。

 根の中に作られた森林は、上階よりもその濃さを増していた。


 地下一階の生物はまだまだ地上との混血だった。ここからがユグドラシル第一ダンジョンの生粋種といったところか。


 ――瞬間。


「…………!?」


 ルーキは肌身を刺すような恐ろしい殺気を感じ取った。

 ユグドラシルの歩き方も知らないような新人にもはっきりとわかる圧倒的な気配!

 十分に警戒しなければならない。この階には確実に、あらゆる土地において「死」に相当する魔物が徘徊している……!


 RTAの心得一つ。強い敵とは戦うな。

 戦うばかりがRTAではない。

 強敵を避けて先へと進む。それも立派な攻略法だ。


 気を付けながら前進する。

 果たして。


「…………うう……!」


 前方に、思わずうめき声がもれるほどの怪物がいた。


 巨大なカマキリだった。


 ルーキは記念すべき一門での初RTA、ルート0の道中にて、似たようなモンスターと戦ったことを思い出した。が、


(違う……!)


 大きさこそあちらの方が一回りほど小さかったが、そんなことは毛筋ほども問題ではないほどに生物としての強靭さが違う。


 かつて戦ったグレートマンティスが群れで行動していたのに対し、こちらは単体。しかしその気配は巨大な軍勢に匹敵し、遠くから見ているだけで命を刈り取られそうな――そして実際に心臓が鼓動するのを諦めてしまいそうなほどの凶暴さと暴虐さに満ちていた。


「“レーゾンザッパー”だね……。ユグドラシルダンジョンを象徴するTOEだ。あれに絡まれておしっこチビるのは、新人ボウケンソウシャーなら誰でも経験することじゃないかな」


 マリーセトスが地図を描きながら言った。


「…………」

「サクラ?」


 ルーキは隣にいるサクラが奇妙なバイブレーションを起こしていることに気づいた。

 彼女はこちらに平素と変わらない真顔を向け、


「いや、何でもないですじょ?」

「……ダメみたいですね……」


 サクラが以前からカマキリ型のモンスターを恐れていた理由がはっきりとわかった。

 見ているだけですでに震えがくる。実力を確かめるまでもなく、ヤバいと直感できる。


 出会っただけに記憶にガリガリと刻み込まれた。あれはそういう敵だ。上の階にいたフリアエルホーンよりも強いというか、別格……!


「静かに。気づかれないよう側面から回り込みましょう。落ち着いてる段階なら、真正面にでも立たない限りは反応してこないわ」

「リ、リンガ姉貴……!」


 常識的な指示を出してもらえてほっとする。

 そりゃあそうだ。あんなのとやり合うなんてどうかしてる。横をこっそり通り抜けるのが吉。


(しかし、あんなもんがこれからうようよ出てくるってことか? どうなってんだよこのダンジョンは……)


 ルーキたちは息を殺して静かに行動した。

 レーゾンザッパーは、まるで彫像のようにその場に立ち尽くしている。


 そもそもカマキリというのは待ち伏せ型の肉食虫で、足の速さは大したことがない。

 恐らく、このTOEもある程度その性質を受け継いでいるのだろう。


 小刻みに動く目はこちらを確実に捉えてはいるだろうが、狙えない獲物は無視するのが野生の鉄則。警戒を全開にした足取りで、無事、レーゾンザッパーの横を通過する。

 案の定、こちらに体を向けてもこない。


(良かった……! 小枝を踏むようなベタなガバもない……!)


 ひょっとすると、出発前にリンガがガバオーラと対峙してくれたからかもしれない。

 ルーキがほっとしてその場を離れようとした、その時。


 前を行くガチ勢三人が、クルッと振り向いた。


(えっ……)


 そして全員が武器を抜き放ち、


「くたばれオラァァァァ!!!!」

「ええええええ!!?」


 雄たけびを上げてレーゾンザッパーに襲いかかった!


「――!!!」


 弱点である腹を傷つけられ、レーゾンザッパーが憤怒をまき散らしながら振り返る。

 たたんでいた鎌が柔らかい動きで開き、完全な戦闘態勢だ。


「ちょ!? ウッソだろアンタら!?」

「だって経験値高いじゃないこいつ! 狩るわよ!」

「そこしか見てねえのかよおおおおおお!?」


 -。


「え?」


 ルーキは呆けたようにつぶやいた。


 -。

 -。

 -。


「…………!?」


 レーゾンザッパーが威嚇するように鎌を振り回している。

 しかし、あれほど巨大な刃を振り回しているにもかかわらず……音がしない。


「なっ……どういうこと……!?」

「あれがレーゾンザッパーの斬撃の特徴なんす! あの刃、実は物凄く柔らかくて、風を切り裂くことがないんすよォ! けどあの速度で触れられたものは、砂をかき分けるようにゆっくりと半分になって……アアアアアアア!!」

「お、落ち着けえええ! 馬鹿野郎おまえ俺は勝っ……てるんですかね俺は!?」

「そこ、来るわよ! 前衛気張って!」

『ひぎいいいいい!!?』


 ルーキとサクラが揃って悲鳴を上げる中、目を虹色に光らせたリンガが銃撃しながら下がってくる。

 あの特殊な雷撃弾だ。たとえ跳ね返されても、反射するごとに内部に電撃を蓄えて戻ってくる。その時、相手は死ぬ!


 レーゾンザッパーが大鎌を振るった。右鎌は下から上へ。左鎌は上から下へ。合わせて真円。その動作はひどくなめらかで、そして柔らかい。


 ぷツっ……と音がして、小さな黒い粒が宙に散った。

 地面に落ちたそれを見たルーキは悲鳴を上げる。雷撃弾だ。


「……き、斬ったのか……!? 全弾を!?」


 真っ二つに切られて落ちては反射もクソもない。

 昆虫種はそもそもシャレにならない動体視力を持っている。人には見えない弾丸も、このTOEにとっては易い的だということか。


「ところがねぇ!」


 いつの間に回り込んだのか、側面から姿を見せたのはマリーセトスだった。

 両腕を二度、大きく振る。


 一見、何をしたのかわからなかった。が、異変はすぐに起きた。

 べちゃっ、と紫の液体を吐き出して、レーゾンザッパーが傾ぐ。


「ど、毒……!」


 フリアエルホーンの末路を見てきたルーキにはその正体がすぐにわかった。

 しかし、その威力は格段に上がっている。毒と雷撃弾でようやく倒れたフリアエルホーンと違い、こちらは一気に敵の生命を脅かしたようだった。


「ボクも調子出てきたからね」


 そう言って、速やかに後退した彼女が地図を描き始める。


「――!!!!」


 レーゾンザッパーが死に物狂いの反撃に出た。


 -。 -。 -。 -。 -。


「う、うわああああ!」

「ぴぎいいいいいい!」


 ヘイトを押し付けられたルーキとサクラは転がるようにして逃げ回る。

 マリーセトスの毒は完全に命に届いている。倒れるのは時間の問題だ。しかし、鎌の勢いは、衰えたと言えどもいまだに驚異的に鋭かった。


 特に音がしないのが恐ろしい。


 人は五感を頼りに行動する。鎌のスピードは速すぎてほぼ目視できず、その上無音。

 攻撃をかわしているという実感もなければ確信もなく、それは今自分が生きているのか死んでいるのかの境界線を溶かして混ぜ合わせてしまう。


 戦いのリズムが狂う。現実味がぼやけ、反応が鈍る。一瞬でも大きな狂いが生じればそれですべてが終わり、きっとそのことにも気づけない。


 だが――。


 ガイィン!

 プリムの大剣が受け止め、彼女自身が吹っ飛ばされた大鎌の一撃を最後に、レーゾンザッパーは崩れ落ちた。


「た、倒した……。こ、この正真正銘のバケモンを……」


 傷もないのに倒れてビクンビクンしているサクラの横で、ルーキは座り込み、ようやく今自分が生きていることを確信した。

 地獄の時間がようやく終わったのだ。


 リンガが肩にポンと手を置いて微笑む。


「じゃ、むこうにもう一匹いるから、狩りましょ」

「ホアアアアアア!(再掲)」


 ルーキは一つ知ることになる。

 この悪夢のような戦いは聖戦でも決戦でもない。ただのレベリングにすぎないと。


 ※


 二匹目も殺った。


「えぇ……(ドン引き)」


 攻略手順はさっきと変わらない。というより二度目は真正面からいった。


 それでも勝った。

 またしても毒殺だ。

 手並みが上がっている。はっきりわかる。


 ただしそれはガチ勢だけだ。少なくともルーキにレベルアップの実感はなかった。


〈限定ラプラス理論〉によって制御された戦闘。攻撃は最大の防御という、恐らく人類が滅亡するまで通用する金言にならって、リンガの能力行使こそが、敵の行動を最大限阻害している。


 敵との接触はわずか。刹那の格闘。

 リンガは異能を、マリーセトスは毒針の技を、プリムは敵との衝突力を、各々、確実に磨いていっている。


 しかしルーキにはわからない。自分が戦い慣れていっているのかどうか。

 すべてはリンガの操作したまま動かされている。その考えが頭から離れなかった。


 パーティはユグドラシルダンジョンの奥へと進んでいる。

 じき、試走のゴールにたどり着くだろう。


 このメンバーで走れるのも後わずか。

 このまま、わけのわからないまま、この貴重な試走を終わらせていいのか?


 試走は極めて重要な学びの場だ。机の上で組み立てられた輝かしい理想論を、しみったれた現実のパーツと交換していく。ここでの失敗とは、しかし成長の種になる。


 だがそれも、自分がしていることをきちんと理解していることが最低条件。

 何がわからないのか、わからない。およそあらゆる失敗の中で一番無意味なものがそれだ。

 このままでは、そうなる。


「俺も……思いきって動いてみるしかねえ」


 積極的に飛び込んでいく。そうして初めて学べることがある。


 それに、サクラとのテストを完全に諦めていたわけではない。

 見せられるタイミングあるなら、見せる。

 そのための“技”を一つ、温めてある。


 次の戦闘こそが、それを使う時だ。

 そう思った。思ってしまった。


 それが、自分に――いや自分と彼女に何をもたらすかも知らずに。

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