第182話 ガバ勢と余人に口なし
「リンガ姉貴があの力を使うたびに、こんなことが……さっきまで普通に生きてた小魚がいきなり加工食品になっちまうようなことが起こるっていうのか?」
「そうすね」
戦慄の事実に身を震わせるルーキに、サクラの素っ気ない声が跳ね返る。
「こ、このことをマリーセトス姉貴たちは知ってたんですか?」
慌ててリンガの仲間たちに問いかけてみれば、
「知ってるよ。で、それが何か問題?」
「タイムが早くなるなら、別にいい……」
「な……!? ガ……ガチ勢!!」
二人は眉すら動かさず、当然の権利のようにタイムを優先してくる。
しかしルーキは、名産品と化した小魚を示しながら食い下がった。ここで負けてはいけない気がした。これは違う。何かが、他のガチさとは違う危険度にある。
「で、でも魚が鰹節になるんですよ? もちろん死んでますよね、これ。さっきまでは普通に生きてたはずなのに、突然……」
「死んでるけど、どうせあの猫ちゃんに食べられてた魚でしょ。大差ないよ。こうしている間にも、世界中で猫が魚を食べてるよ。一門じゃなくても誤差だよ誤差」
「そりゃそうですけど。でもこれは……なんていうか、無駄な命に……」
言いかけたルーキの目の前を突然、白い何かが横切った。
「おわ!?」
驚いて飛び抜けた影を目で追えば、それは草むらから飛び出してきたイタチのような小動物だった。
口には例の小魚をくわえている。かすめ取られたらしい。
「……持ってくのはいいけどよ。それいる?」
加工前は生魚であったとしても、今はもうそこらの石と大差ない硬さだ。とても小動物の小さな歯では――。
バキッ、バキッ……。
「えっ、何それは……」
モニュ……モニュ……ペロ……。
イタチは「カスが効かねえんだよ」と見せつけるようにその場で鰹節を噛み砕くと、すぐさま走り去ってしまった。
「あのイタチは、普段は石の鱗を持つ魚を食べてるから。無駄にならなくてよかったね」
「やべぇよ……やべぇよ……」
この閉鎖された生態系において、無駄なものなど何一つありそうもなかった。
「し、しかし……ほ、本人はこのことどう思ってるんですか。やっぱり少しも気にしてらっしゃらない……?」
「うん? リンガは何も知らないよ?」
「えっ」
マリーセトスはあっけらかんと言った。
「あの子は自分の力にそんな弊害があるなんてこと知らない。知ってたら多分やらないよ。真面目だから」
ルーキは目を丸くする。
「リンガ姉貴、知らないんですか? 昨日知り合った俺ですら知ってるのに? だ、誰も教えてあげてないんですか?」
「そうだよ。ウェイブ一門ならみんな知ってるけど、伝えてない」
「そ、そりゃまずいでしょう! いくらRTAに便利な力だからって、本人がリスクを理解してないのは……! 下手したら、自分や仲間にだって悪い影響が跳ね返ってくるかもしれないんですよ? な、なあサクラ?」
「まあ、そうなんすけどぉ……」
横でサクラが億劫そうに頭をかいている。プリムも目を閉じ、無反応だ。ルーキにはわけがわからなかった。
リンガの能力は影響がでかすぎる。得体のしれないスタールッカーよりも直接的な危機感を覚える。これを、タイムのためとはいえ無自覚のまま本人に使わせていいのか?
「別にルーキが教えてあげてもいいよ。みんな隠してるわけじゃないし」
マリーセトスが奇妙なことを口にした。どことなく試すような口ぶりに一瞬戸惑ったルーキだが、
「そ、それなら……」と意を決してリンガの方へと足を向ける。
ブーン。
「うおっ!?」
目の前を野太い羽音が通過し、思わず状態をのけぞらせる。
「あ。蜂だね」と、マリーセトスがクスクス笑いながら言ってきた。
確かに蜂だったが、親指の二倍くらいのでかさがあった。
「集団で襲われると普通に人が死ぬやつだね。そんなのがいきなり鼻先をかすめるなんて、幸先悪いね……」
「……! た、たまたまでしょ?」
「たまちんちん?」
「プリム姉貴は起きてこなくていいから……」
ルーキは周囲を見回し、安全を確かめる。
(いや、マジで偶然だろ? 普通に森の中だし蜂の通り道だってある。何かが起こるわけが……)
そして用心しいしいもう一歩足を踏み出したその時。
ガサッと草むらを揺らして何かが足元に飛び出してきた。
「うおわ!?」
にゃーんと鳴いたのは真っ黒な猫だ。
黒猫はのどをゴロゴロ鳴らしながら、ルーキのズボンに体をすりつけてくる。
「なっ、何だまた猫か。こいつ、ずいぶん人に慣れてるな」
思わず屈んであごの下あたりを撫でてやる。すると猫はさらリラックスした様子で地面に寝転んだ。ルーキは今度は腹をくしゃくしゃと撫でてやりながら、
「おいおい愛想いいな。さてはそうやってボウケンソウシャーに餌をねだってんだな?」
ベルトのポーチから軽食用の干し肉を取り出すや否や、猫は突然ぱっと起き上がり、熱烈な視線を注いでくる。
「ハハハ、こやつめ!」
ルーキが干し肉を渡すと、黒猫はそれをくわえ、優雅な流し目を一つ残して茂みに帰っていった。
「いやー、何か得した気分だな。殺伐としたダンジョンのふとした癒しというか……」
すっかり緩んだ顔でそう言ってサクラの隣へと戻りかけた瞬間、
「違うだルルォ!? リンガ姉貴に真実を伝えるんだろうが俺は!?」
その場で飛び跳ねるようにして180度向きを変える。
「なぁにやってるんすかねえ」
「ヒヒ……。猫ちゃん可愛かったねえ」
「三丁目のたまたま……」
すっとぼけた声が耳の周りを漂い、ルーキの体温をじわりと下げる。
「こ、これは記憶ガバとかそういうんじゃないから。今度こそちゃんとリンガ姉貴に真実を伝えにいくから……」
「ふーん」
「頑張るんだぜ~」
「もろちん応援する……」
一度目は蜂、二度目は猫に邪魔された。しかしこんなこと、そうそう続くものではない。
何者かが意図してでもいない限りは。
「そ、そうだ。紙とペンを……!」
ルーキはポーチから簡易チャート書きつけ用のメモ帳とペンを取り出す。
ここでしっかりと書き残しておけば、最低でもさっきみたいなケアレスガバはなくなる。いや、いっそ、これを手紙としてリンガに渡してしまうのも悪くない。
(いいゾ~コレ! これなら確実に……これ……こ……。…………んっ!!?)
その時、ルーキに高圧の電流走る。
「まさか……ちょっと待てよ。こんな……こんなことが……ウッソだろ!?」
ルーキは片手で頭を押さえつつ、凄まじい勢いでペンを走らせた。
「何やってんすか兄さん?」
「話しかけないでくれサクラ! 今、わかっちまった。気づいちまったんだ、〈ロングダリーナ〉のチャートの改善点……! すごいぞこれは……! 忘れないうちに書き留めておかないと……!!」
思いつく。繋がっていく。各要所における最適な行動が。信じられないほどスムーズに。
「ここをこうすれば……!! 神鳴りの杖の売却が一回減って……ドン・カベハメんとこでも時間短縮に……! ウッソだろおまえ! こんな簡単なことにも気づかなかったなんて! これは……まさか俺だけなのか? 俺のオリチャーが世界を変える……!?」
ガリガリとメモ帳数枚を真っ黒にしたルーキは、「できたぞサクラ!」と言って得意満面でサクラにチャートの精読を頼む。
サクラだけでなく、マリーセトスとプリムもそのチャートをのぞき込んだ。彼女たちの目がみるみるうちに見開かれ、やがて驚愕の声と共に新チャートの発見は祝われる……ルーキはそう確信していた。が、
「ガバ兄さん、このチャート、繋がってないっすよ」
「へ?」
「王様からもらえる支度金も間違ってるよ。町の物価も全然違う。どっかの開拓地と勘違いした?」
「えっえっ……」
「やり直し」
ぼそりとつぶやくプリムにチャートを突っ返され、ルーキは言葉を失った。
信じられない思いで自分が書いたメモを確かめると……。
「な、何だこのヘッタクソな字……!? ホントに俺が書いたのかこれ……?」
よほど慌てていたのか、文字はすさまじく乱れていた。
そして、指摘された部分も確かに間違っていた。町から町への移動も変だし、ところどころ明白にヌケが存在する。チャートというより単なるラクガキ。これを嬉々として人に読ませようとしたこと自体がドン引きだ。
「じゃあ、さっきの閃きは何だったんだよ……」
気恥ずかしさと落胆に頭を抱えながらルーキはうめいた。
いつの間にか、直前まであった万能感と高揚ははるか彼方に飛び去っていた。そのせいか、体の中が妙に空っぽに思える。
「……んで、兄さん、どうするんすか?」
サクラがぽつりとたずねてくる。
「え? どうって?」
「何か……忘れてないっすか」
「ええっと……? 確かガチ勢のチャートでは、このまま町に戻るんでいいんだよな? 他に何かあったっけ……」
ルーキは頭をひねりながら答えた。するとサクラは薄く笑い、
「……いや、そっすね。これといって、特にないっす」
「あはは。地図描き捗るなあ。ねえアイルトン君」
「ちんちん……」
「……?」
どこか肩の力を抜いたように見える三人に首を傾げながら、ルーキは離れた位置で花摘みをしているリンガに目をやる。
ようやく満足のいく量が集まったのか、ちょうど彼女が戻ってくるところだ。
「……うーん?」
彼女に何か用事があっただろうか? ……あったような……いや、特に何も思い浮かばない。仮に何かがあったのだとしても、多分その程度のことだったのだろう。
ひとまず、今日の冒険はこれで終わりだ。
ルーキはそう思ってリンガを出迎えた。
何の不安もなく……平穏に……。
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