第180話 ガバ勢とリンガの流儀

 グオオオオオオオオオオオ!!


 まっとうな動物なら絶対に放てない号砲で森そのものを震わせ、TOE――フリアエルホーンが突撃してくる。


(こんなのレベリングの相手じゃ……ないだろ!)


 強い相手と戦って経験値ガッポリ、レベリングも即終了で工事完了です……というのは、時折走者が抱かれる壮大な幻想だ。


 RTAは一戦ごとの経験値効率より、レベリング全体の時間とリスクを考慮して行われる。

 弱くてうまあじ、これがベスト。まだ開拓地に慣れていないコンディションで大物狙いなど、絶対にやってはいけないことの一つ。なのに――。


「食らいなさい!」


 躊躇なくそれをやらかしたリンガが、防寒コートの外に取り付けたハーネスから二丁の拳銃を素早く引き抜き、凄まじい速度で連続射撃する。


(そうだ……ここにいるのはガチ勢なんだ。リスクは取るにしても実践不可能なチャートを組むことはない……はず! ましてや、未来を操れるってんなら!)


 しかしルーキの期待も空しく、フリアエルホーンは頭を低くし、角を前面に押し出すことですべての弾丸を弾き飛ばしてしまう。


「うわわ!?」


 跳ね返された弾丸がルーキの足元――堆積した落ち葉に刺さる。パシッという乾いた音を立て、千切れた葉が舞い上がった。


 銃撃音にも飛び道具にも怯まない。それは、このTOEが銃士ガンスリンガーとの戦いを経験しているということを意味する。


「マリー!」


 一丁八発、都合十六発の弾丸を撃ち切ったリンガは、神業的素早さで別の銃へと持ち替えながら叫ぶ。


「はいよぉ」


 気のない返事をしたのは、後方に控えているマリーセトスだ。

 彼女は直前まで動かし続けていた絵筆を口にくわえると、緩い袖口に指を差し込んで何かを引き抜いた。


 その場で前方に一回転ジャンプしつつ投擲。一見虚弱そうに見える彼女の体術は、凶暴なモンスターの猛攻を間近でしのぎながら地図描きを続けられるレベルにある。


 空間に細い光が走るのを、ルーキは辛うじて見た。

 しかし、それだけだ。突進してくるフリアエルホーンに何の変化もない。


 はずしたのか、それとも効果がなかったのか。銃弾をものともしない姿からすると、後者が有力……!


「プリム!」

「任せろ!」


 続く指示が飛ぶ。直前までとは別人のような勇ましさで、背中のグレートソードを構えたプリムが敵の邀撃に踏み出した。


「人類の興廃この一戦にあり! 徹底的に撃滅せよ撃滅せよ撃滅せよ!」


 この勇猛さこそが彼女の本領。普段は極限まで抑えてダメ人間化していたエネルギーを爆発させ、あらゆる強敵を薙ぎ倒す姫騎士へと華麗なる変身を――。


 ドゴォオオオオオオ!


「ニャーーーーーーー!!!」

「プ、プリム姉貴が吹っ飛ばされたーーーー!?」


 おかしい。


 普通に苦戦している。

 ガチ勢が三人もいる歴戦のパーティが、まるでTOEの存在を知らない初見さんパーティのように攻め立てられている。


「こ、これは……!」


 フリアエルホーンは標的をプリム一人に絞ったらしく、吹っ飛んで地に落ちた彼女へと一直線に向かっていった。

 あれに踏みつけられたら、どんなに強固な鎧を着ていても一撃で終わりだ。


「これはやべぇだろうがッ!」


 ルーキは頭で作戦を練るより早くグラップルクローを射出していた。

 躍動するフリアエルホーンのツノをアンカーがキャッチするのを確認するや否や、すぐさま近くの木の枝にワイヤーを巻き付ける。


 あんなバケモノの突進を抑えるのは人間には無理だ。しかし、


「頭の向きだけでも変えられりゃあ、走るコースは変わるはず……!!」


 一瞬遅れてワイヤーが伸び切る。

 ルーキの力では引っ張るどころか支えることも不可能だが、負荷はすべてワイヤーを巻き付けた枝にかかる。これで多少なりとも向きを変えられるはず――。


 バギン!!


「なにいいいいいッ!?」


 拘束は一瞬。ロコが持てる技術のすべてを注ぎ込んだ特殊ワイヤーは千切れることなく、巻き付いた枝を寸断するほど深く食い込んでみせたが、アンカーの保持力がもたなかった。


 今まで噛みついた相手を一度も離したことがない接合部をあっさりと振り切り、フリアエルホーンがプリムに迫る。


「冗談じゃねえっすよコイツ!!」


 しかしそれでも一瞬の隙は作れたのかもしれない。

 これ以上ないという絶妙なタイミングで接近したサクラが丸薬を投げつけ、見事にフリアエルホーンの顔面にヒットさせる。小さな煙と共に、離れていてもわかる強烈な刺激臭が膨れ上がった。


 ガアアアアアアア!!


「にょわああああああ!!」

「サクラ!!」


 運悪く身悶えするフリアエルホーンの角に引っかかってしまったのか、サクラが冗談みたいな高さにまで吹っ飛ばされ、大木の枝葉の中に消える。


 両目をきつく閉じたフリアエルホーンは、その音こそが標的への唯一の手掛かりになったのだろう。すぐさまサクラが投げ込まれた木へと追突する。


 大木はへし折られこそしなかったものの、まるで振り子にでもなったかのように振動し、根を地表へと盛り上げさせ、無数の木の葉を吐き散らす。


 続いて、何かが枝の迷路の中を転げ落ちてくる音がした。上で引っかかっていたサクラに間違いない。フリアエルホーンの前に落ちてしまえば絶体絶命の危機だ。


 そして――。


 ボテッ。


「えっ……」


 ルーキは我が目を疑った。


 落ちてきたのは確かに目を回したサクラだったが、彼女の下には別の生き物がいた。

 それは、虎と見まごう大きさの山猫だった。

 その二つが揃ってフリアエルホーンの鼻の上に落ちてきたのだ。


「フンギャアアアアアア!!!」


 大きさでいえば、フリアエルホーンの方が二回りは大きい。この山猫は、葉が隠れ蓑になる枝の中で、怪物が通り過ぎるのをじっと待っていたのだろう。


 しかし突然隠れ家が激震し、落ちてみれば怪物の顔の前。

 驚いた彼はフリアエルホーンの顔面を引っ掻くと、風のような速さで逃げていった。


 グガアアアオオオオオオオオオオ!!


 フリアエルホーンがさっきよりもさらに激しく角を振り回した。

 サクラの忍具で視覚と恐らく嗅覚も奪われ、その上で目のあたりを傷つけられたのだ。完全に狂乱状態に陥っている。


 好機……! ではあるのだが、とてもあの状態に近づける者などいない。今は仲間を回収してズラかるか、体勢を立て直すのが先決だ。


 木の枝に巻き付けたワイヤーを取り外し、ルーキがまず一番敵に近いサクラを救出しようとした時、フリアエルホーンが奇妙な動きを見せた。


 ガッ……ガハッ! ガボッ!


 不気味なほど湿った咳をしたと思ったら、どす黒い血を吐き出し始めたのだ。


「な、何だ……!?」

「あ、ようやく効いたみたいだね。毒」


 声はルーキのすぐ横からした。いつの間にかマリーセトスが立っている。もちろん、地図を描く手は止めないまま。ちらりと見えた紙面には、鹿と猫の絵が描き添えられている。


「毒……まさか、最初のあれが……?」

「そう。普段の成功率は二割くらいだけど、リンガいるし、あんだけ暴れまわればね」


 二割。一門ではとても命を預けられない確率だ。


「ヒヒ……第一の毒は効くよ。普通の走者が見たらヒくぐらいにね」


 薄暗い笑いを浮かべるマリーセトスの言葉に疑う余地はなかった。彼女が最初に投擲したのは恐らく針ほどのサイズの武器。毒はその先に塗ってあったのだろう。

 それが、あんなトンは下らない重量のバケモノを悶え苦しませているのだ。人間が食らえば即死してもおかしくない。


 しかし……。


「ダメージは与えたみたいですけど、まだ……」


 口の端から血の混じった涎を吐き散らしつつ、フリアエルホーンはまだ角を振り回していた。

 闘志はまったく衰えていない。それどころか、徐々に毒を克服しつつあるようにも見える。これがTOEの生命力なのか。


「……!?」


 フリアエルホーンは、闇雲に暴れながらも、だんだんとある人物に近づきつつあった。

 最初の位置からほぼ動いていないリンガ。しかし彼女は身構えるどころか、さっき撃ち尽くした銃にのんびりと弾を補充している。


「何やってんですかリンガ姉貴! 早く離れるなり攻撃するなりしないと!」


 ルーキが慌てて呼びかけると、リンガはちらりと目線を寄越す。

 その目は、虹色の輝きを見せていた。


「攻撃ならもう完了した」

「えっ!?」

「まわりをよく見るといい。レイ一門」


 平常時よりも冷たくなった語調に促され、周囲を見回したルーキは、その時になって初めてその異常に気づいた。


 ジッ、ジジッ、ジジジジ……。


 木々の間をたくさんの光る何かが走り抜けていっている。


 異様な速さの紫電だった。

 それらは戦場を逃げ場なく取り囲み、徐々に範囲を狭めてきているようだった。


「な、何だ? 新手のモンスター!?」


 驚愕するルーキにリンガが否定の言葉を向ける。


「違うわ。わたしが最初に撃った弾丸。あれは跳弾を目的に作られた特殊弾で、ぶつかって弾むたびに内部に強力な電撃流を蓄えていく性質がある。普通は狭い室内を制圧するために使うものだけど、この森の中なら跳ね返る場所は無数にあるわ」

「ないです!?」


 こうして話す間にも、弾丸は枝葉の中に飛び込み、内部で反射を繰り返し、より強大な紫電を放ちながら出てくる。もはや弾丸というより巨大な雷の塊と言った方がいい。


 それがどんどん距離を詰めてきている。

 まるで意志を持っているかのように。


「一発の弾丸では致命傷は与えられない。でも最大威力に膨れ上がった十六発の同時攻撃ならどうかしら」

「そ、そんなまさか……ありえねえだろ!?」


 複雑な木の形状にぶち当たって、それが空へとすっ飛んでいかない確率、撃った地点へと正しく戻ってくる確率、それが同時である確率はいかほどか。


 ない。それはもう、確率だとか、可能性だとか呼べるものではない。


 確定――100パーセントそうなるように操作された以外で、起こりえる事象ではない!


 周囲の放電音が最高潮に達する。

 ここは狩場。そしてこれは檻だ。


 一匹暴れていたフリアエルホーンの分厚いまぶたがうっすらと開く。

 足のふらつきも収まり、全身に力が戻ってくる。

 目の前には無防備なボウケンソウシャーが一人。


 ――ゴアアアアアアアアアアアアアア!


 瞬間的に彼は駆け出していた。咆哮と四肢が生み出す地鳴りの震源そのものとなって。


 同瞬、雷の魔物たちが一斉に全方位から躍りかかる!


 トゥマンボ!!!


 すべての感覚を圧する光と音と衝撃に思わず顔を背けたルーキが、約二秒続いた恐怖体験を終えて恐る恐る目を向けてみると、そこには全身を黒く変色させた巨大な魔獣が、抜け殻のように立ち尽くしていた。


「集積粒子自散。操作変数放出。限定事象確定……未来完了。さよなら、ケダモノ」


 リンガが装填を終えたシリンダーを丁寧に拳銃に押し込み、カチリと音を立てさせた直後、一帯を縄張りとする強大な魔物は己の死を思い出したかのように地面に倒れ伏し、轟音と粉塵を周囲に押し広げた。

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