第176話 ガバ勢と友との約束

 それまでとは別種の微震がシート越しに伝わったのは、脱出ポッドが降下を始めてからわずか十数秒後だった。


 中央に集められた座席を立ったルーキは、仲間たちからの不安げな視線を背中に感じつつ、壁際の小さなのぞき窓から外を見やる。


 はるか天空に溜まる濃紺を過ぎ、朝の色を取り戻しつつあった空の景色に、炎が降り注いでいた。


「…………!」


 慌てて上を見上げようとするも、窓の狭さと角度の関係で真上の様子はうかがえない。

 カツン、と何かが当たる音が室内に響き、それを先駆けとして無数の打擲音がポッド内にこだまする。


「きゃあああっ」


 恐怖したエルカが隣のユメミクサに支えられる。手も足も出ない今の状況で、この不気味に響く音は耐えがたいものだった。


「宇宙ノ京の破片でしょうかね……」


 天井をじっと見上げ、微動だにしないリズがそうつぶやくのが聞こえた。

 窓の外では、燃える破片がいくつも地上へと落ちていっていた。


「まさか、宇宙ノ京全体が吹っ飛んだのか?」


 青ざめたルーキは、そばにあった端末へと視線を移す。

 人が人のために作っただけあって、画面には子供でもわかるような簡易なメッセージが表示されている。


 エルカのそばにいたおかげで、パネルの意味は少しだけ理解できるようになっていた。

 画面に並ぶ文字のうち、「通信」と記された部分が太枠で強調されているのを確認してから、実行を意味する一番でかいキーを押してみる。


 しかし。


《トラブル発生のため、現在コロニーとの連絡が取れなくなっております。搭乗者は地上に降下し次第、安全な場所に避難してください……》


 ポッド内に広がった音声はそれだけだった。


「クソッ……全然わからねえか。宇宙ノ京はどうなったんだ?」

「大丈夫ですよルーキ君」


 委員長が背中に手を添えるようにして言ってきた。


「落ちてきている破片は多いように見えますが、宇宙ノ京は小さな町ほどの大きさがあります。全体が吹っ飛べばもっとすごいことになってますよ。実際はごく一部が爆発しただけでしょう」

「あの研究区画だよな……」

「そうですね……」


 委員長は気まずそうに肯定した。


 ティーワイ。

 あの特徴的なジュウシマツの頭が、空に透けて見える気がした。


 彼も一緒に燃え尽きてしまったのだろうか。

 友と呼ばれて、応じないわけにはいかなくなった、あの一瞬。

 それまでとは何かが違うと思えた声に、自分は果たして正しい答えを返せたのだろうか。


「聞きに行くからな。すぐに……」


 ティーワイの記憶は、他の機体に受け継がれている。

 必ずまた会える。


 その時はもう一度避難経路を試走しながら、今日のことを語り明かそう。

 笑いあいながら。分かち合った苦しい道のりを、労いあいながら。

 俺たちだけの、完走した感想を。


 ※


「ファイナル・ティーワイ・キィィィィィック!!」


 研究区画内部が大爆発を起こすまで、残り十数秒――。

 トドメを刺すまでもなく訪れる最期に横蹴りを入れたのは、自分の意思で事態に決着をつけたかったからか。これこそが、人の持つエゴというものなのか、急襲するティーワイにはわからない。


「貴様などに破壊されるかあぁ!」


 トワイライが素早く身をかわす。

 ここでこちらの蹴りを避けたところで結末は変わらない。それでもそうした彼には、同じく人の意地があったのかもしれない。


 爆轟。


「グワアアアアッッ!!」


 噴煙と薬剤が混ざり合った火柱が噴き出し、逃げたトワイライを飲み込む。

 もう助からない。まるで液体のように張りついた化学炎はすぐに彼の外皮を融解させ、内部構造を徹底的に破壊し尽くすだろう。


 そして、次は自分がそうなる――。


 だが、これでいい。

 友との約束は果たせないが、次の自分が上手くやってくれるだろう。


(終わった……)


 それだけの思考を超速で弾き終えたティーワイは、ふと、自分が飛び蹴りをしながら進んでいく先の床に、奇妙なものを見た気がした。


「…………?」


 ボディ外装と頭部内蔵基盤の耐久温度をはるかに超える周囲へのアラートメッセージが視界内を埋め尽くす中、はっきりとそれはあった。


(青い……炎……?)


 ガスの炎色反応かと思ったが、違う。死にかけのサーモには何の温度も計測されていない。


 カメラアイの変調? 確かあの場所は、少し前までルーキが立っていたところのはずだが……。

 そう考えた直後、脳内に謎の音声メッセージが再生される。


《この床は誰かさんが手抜き工事をしたため、強い衝撃を与えると壊れてしまいます》


「エッ!? だ、誰です!?」


《だから、アンドロイドの怪力で思い切り蹴ってはいけなかったんですね》


「一体何の話なんですか!?」


 ティーワイのオペレーティングシステムは反射的に個別ライブラリを走査する。


 ――ヒット、類似一件!


「メ……メガトン構文!? まさかッッッ……!!!」


 ティーワイキックが床へと到達する。

 バギャアッ!!


「ンアアアアアアーーーーーーッッ!!≧Д≦」


 渾身のティーワイキックは誰かさんがやらかした手抜き工事の床をぶち抜き、その誰かさんの直系であるティーワイを宇宙ノ京の外へと放り出した。

 突風。そして強烈な重力!


「ギャーーーッッ!! 落ちる! 落ちたなあああああ!!!!」


 キックの衝撃でそれまでかろうじて接合を保っていた胴体部がバラバラになり、ティーワイはジュウシマツ頭だけになって落下する。


「ヒッ、火がついてるー! あと十三……十二秒後に燃え尽きちゃうううう! 熱い! 熱いッシュ!」


《こちらマザーコンピューター、形式番号TWY-114514からバックアップシグナルを検知。……エラー。TWY-114514はすでに破棄済み機体。役割ロールは譲渡済み……》


「あっ……あれはルキ太郎たちの脱出ポッド! 窓から見えるのは……ズーム! ズーム! おいカメラもっとズームしろ! あっ、やっぱりルキ太郎だ! おーい! 助けてくださーいー! おーい!! こっちに気づいてー!」


《形式番号TWY-114514からバックアップシグナルを再検知。エラー。要確認……確認中……確認中……施設一部の事故により情報収集困難……信号微弱……》


「何とかしてください! 何でも何とかしてください! 馬鹿野郎おまえ俺は生き残るぞおまえ! すいません生意気言いました! だから助けてください! 助けろピネガキ! だからおまえはピネガキなんですよルキ太郎!! アアアアア!(目力)」


《くどい! 形式番号TWY-114514のバックアップシグナルを強制受理! エラーは誤差! 新機体へのマッチング開始……! まったく、人んちをこんなに散らかしていって……タダで済むと思ってるわけ!? あーあ、これ軽く二日はかかるんじゃないの? あんたも手伝いなさい》


 データ受信。プロテクト完了。


「おのれ炎めよくもこの私を……!! 私は必ず戻ってくる……宇宙ノ京の美し弾丸、星5サーバント・ティーワイ、大好評につきコラボ企画進行ちゅ――」


 ブラックアウト。




 引き継ぎ機体検索……キャプチャー。ボシンセンソー。

 バックアップデータ……フィックス95%……100%

 再起動。再起動。再起動……。


 …………。


「わはは!!」

 



 デレデレデェェェェェェェェン!!

(略)

 ドゥゥゥゥン……!

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