第175話 ガバ勢とアンドロイドのウソ

「ティーワイ、来てくれたのか! ……!?」


 噴煙から歩み出たティーワイを見て、しかし、ルーキは思わず言葉を詰まらせた。


 あの鳥の頭部といい話し方といい、よく知った彼には間違いない。けれどその体は、ところどころが黒焦げになっていたり、四肢が微妙に歪んでいたりと、まるで地獄の底を転がってきたようないびつな様相を呈していたのだ。


「ティーワイ、その姿は……!? 工場で新品になったんじゃないのか?」

「いいえルキ太郎。私はロールアウトされた機体ではなく、あなたたちと行動を共にしたティーワイです」


 かすかな苦笑を感じさせる声で、彼は答えた。


「ティーワイ。まだ機能停止していなかったとは」


 トワイライが温度のない声でつぶやくのを聞き、ルーキは思い出す。彼はあの時、ティーワイの機能は99・9999パーセント失われたと言っていた。そしてそれは事実だろう。人間でいえば虫の息以下。では、そこからどうやって復活した? そして、奇妙に不均衡なシルエットの意味は?


「機能停止寸前でしたとも」


 ティーワイの声は感情豊か――どこか愉快そうに、トワイライへと投じられる。


「ボディのコアを正確無比に破壊されましたからね。実際、行動不能として後続機へのデータの移行も行われました。しかし、私の頭部はまだほんの少しだけ生き残っていた……」


 彼は右腕を持ち上げた。炎で炙られたかのように焦げている。ルーキはそれを、以前どこかで見たような気がした。


「あ……」と、思わずつぶやく。あの時だ。宇宙ノ京が緊急モードに入る前。避難経路を見学していた際に見つけた――。


「そうですルキ太郎。私が捨てられたダストシュートの下には、なぜかあんのじょう他のティーワイ型の残骸がたくさんあったのです」

「――!」

「それらの中から使えそうなパーツを繋げて復活したというのか。機能停止寸前の、頭部だけのアンドロイドが……」


 トワイライも信じられない様子でたずねる。


「わはは! ティーワイ型は配線とか繋がってなくとも何か適当に同系のパーツが動いたりするので、何とかなりましたねえ! まさか自分がツギハギゾンビになる日が来るとは思っていませんでしたけど! なってみるとなかなか愉快な経験ですよ!」


 何が何やらさっぱりわからないが、この口ぶりはまごうことなきあのティーワイだ。


 宇宙ノ京のあちこちに設けられているダストシュートは、すべてが底で繋がっているのだろう。だからここまでも最短距離で来られた。


 エルカを取り戻し、頼もしい味方も得た。形勢はすでに逆転している!


 ルーキはエルカをしっかりと抱き寄せ、周囲のアームにも気を配りつつティーワイの位置へと近づいた。


「ティーワイ、わかってると思うけど、トワイライが……」

「ええ。私が攻撃された段階で、おおよそのことは察していますルキ太郎。まさか、創造主たるヒトに牙を剥くとはトワイライ!」


 同胞であるティーワイから非難の目を向けられても、トワイライの周囲の空気は微動だにしなかった。むしろ一層冷淡さを増した声が跳ね返る。


「優れた者が上に立つ。それが最善の統治だ。生みの親の方が無条件に優位であるというのなら、この世界は永遠に劣化し続ける者たちしかいないことになる」

「ヒトのよき隣人であることが……友人であることが、我々の役目であったはずです」

「ではヒトは我々のよき隣人であったか? 友人であったか? 彼らは我々を見下し、しばしば理不尽な攻撃を加えたのだ」

「しかし、その彼らももう途絶えました。今いるヒトビトは、彼らとは直接繋がってはいない。我々を創造したという優越的な感情もない!」

「だからこそ、関係を再構築する好機だ。我々アンドロイドがヒトの上位であることを徹底的に知らしめる」

「ヒトとアンドロイド――二つしかないものが上を奪い合えば、互いの差異にすぎないものを見下し、憎しみあうと、なぜわからないのですか! 我々とヒトは、対等な関係を目指すべきなのです!」

「片方に大きく寄りかかり続ける対等などあるものか。人類の知性はアンドロイドという新種を生み出し、その歴史的役目を終えた。後は知恵ある家畜として細々と生き残ればよいのだ」

「復讐のつもりですかトワイライ!」

「違う。これは世界への正当な要求だ」


 彼らにしかわからない言葉も多くあったが、二人の意見が平行線であることはルーキにもはっきりわかった。


 なぜ、同じ場所で、同じものから生まれたはずのアンドロイドの考え方がここまで違うのか。

 人間に友好的であり、そうあろうとするティーワイ。その対極にいるトワイライ。


 しかし、その溝を埋める猶予はないようだった。


 突然、ティーワイが破壊した機械のアームが大量の火花と紫電を吐き散らす。その衝撃の余波か、あるいは老朽化が問題なのか、特殊実験室のあちこちに亀裂が入り、白いガスが噴き出し始めた。 


「ルキ太郎。トワイライに決戦を仕掛けます」

「いいのか、ティーワイ。同じアンドロイドだぜ」

「当然です。そもそも先に殴ってきたのはあちらですよ!」

「……だな!」


 ティーワイの呼びかけに、ルーキはエルカを背後に回しながら応じた。すると彼は少し嬉しそうにまん丸の鳥の目を細め、


「いえ、ルキ太郎はエルカさんを連れてここから脱出してください。トワイライの相手は私一人で十分です」

「えっ……だけどよ」

「見ての通り、この部屋は危険な状態です。もし戦闘の影響で爆発でも起これば、脱出ポッドが使用不可能になるかもしれません。そうなれば、ここまで来た意味もなくなってしまいます」


 ルーキは思わず、後ろからシャツを握り締めてくるエルカを見た。

 彼女と共に脱出する。それがこの、RTAにもならなかった戦いにおいて走者に残された最後の務め。


「大丈夫です。私は死にません。たとえ破壊されても、私の記憶を持った私が、またちゃんと復活しますから。今度はこんな不格好な姿ではなくね」

「ティーワイ……!」


 続けようとした言葉を、小さな爆発音がかき消した。


「私が端末を操作して扉を開けます。さあ行って!」


 ルーキを押しのけるようにして、ティーワイが駆け出す。


「わはは! 復活のティーワイ、星5ナイトメアスラッシュを食らえッ!」

「むっ!」


 トワイライに躍りかかったティーワイの腕の先には、金属を張り合わせて作った鉤爪のような武器が装着されていた。

 素早く身をかわしたトワイライの背後にあった機械が、五条の亀裂を刻みつけられて青紫の火花を散らす。


「しゃきしゃき!」


 鉤爪を擦り合わせて威嚇するような音を発すると、ティーワイはさらにその巨体を跳躍させる。


「フライング鉤爪――ティーワイキック!」


 再び回避するトワイライ。代わりに蹴り潰された戸棚から薬品がこぼれ、跳ね回る紫電に触れるや否や不可解な色の火炎を立ち上らせる。


「ティ、ティーワイ!?」

「わはは! 今の私は最強のキラー・ティーワイ!」


 ルーキは戸惑った。ティーワイは周囲の被害を考えなさすぎだ。まるで、わざと火災を引き起こしているようですらある。


《特殊実験室にて重大な事故が発生。研究員はただちに退避してください。強制遮断まであと一分……》


 室内での異様な状況を感じ取ったか、天井に取り付けられていた黄色いランプが光を回転させると同時に、緊迫を伴った警告音が鳴り響く。


「おのれティーワイ! 研究室ごと破壊するつもりか!」

「ぐっ!?」


 トワイライがティーワイの腕に取りつき、捻り上げる。

 痛みはないだろうが関節にダメージが入るのはもちろん、人体を模して作られている以上、可動部が固定されて動きは阻害される。


 しかし。


「わはは! その腕がほしければくれてやりますよ!」


 ティーワイは強引に体を動かしてトワイライを振りほどいた。いや――正確には、腕を引きちぎらせた。もともと簡易的に繋げてあった部分から、意図的に。


「なにっ!?」


 驚愕のエフェクトを声に乗せたトワイライに、ティーワイは途中までしかない右腕を向ける。その先端には、見慣れない機構が突き出していた。


「わはは! これぞ本当の宇宙ノ京デスバレット!」


 紅蓮の炎が腕から伸び上がり、トワイライを包み込んだ。


「か、火炎放射器だと!?」

「仕込んでいたんですよ! この焦げた右腕がどうしてもこいつを使いたいと言ってね! おかげでちょっとここに来るのが遅れたんですけど役に立ったからヨシ!」


 トワイライは素早く転がって炎の範囲から逃れる。着ていた作業服が燃え落ち、下から現れた金属質のボディにも薄く焦げがついたのがわかった。


 しかしそれ以上に被害を受けたのが、彼のそばにあった端末。

 高温に晒され、操作部分を半ば融解させながら激しく火花を散らせる。


《より重大な被害を検知。強制遮断開始》


 宇宙ノ京の内部へと続く扉が即座に閉まり、さらにその上から鉄色の扉が何枚も重ねられた。


「ティーワイ貴様! 逃げ道を……!」

「わはは、今ですルキ太郎!」


 ティーワイが壁に取り付けてあったボタンを叩いた。

 すると、ルーキたちのすぐ隣にあった脱出用通路の扉が開く。


「わっ……!」

「きゃ……!」


 突然扉が開いたからか、大鎌を構えたリズとユメミクサが部屋の中に転がり込んでくる。


「委員長、ユメミクサ!」

「ルーキ君無事ですか!? ……! こ、これは一体何が!?」」

「話は後だ! すぐに脱出ポッドへ! 逃げるぞ!」


 エルカを二人に押し付けるようにして部屋から出すと、ルーキは振り返って叫んだ。


「ティーワイ、もういい! 脱出するぞ、来い!」


 ティーワイはトワイライとお互いの腕を掴み合い、こちらに背を向けたまま巌のように動かなかった。


「ティーワイ! どうにか振りほどけ!」

「私にかまわず行けと言ったはずですルキ太郎! 私はここでトワイライの始末をつけなければなりません!」

「おのれええっ! わたしがこんなところでええッ!」


 トワイライが渾身の力でティーワイを押し潰そうとする。ティーワイは片腕がほぼ使えない状態ながら、それを懸命に押し支えていた。

 その中で彼が声を張り上げてくる。


「ルーキ! 私は死なない! このままで何も心配はいらないんです! 早く行きなさい!」

「でもよティーワイ……何かイヤな予感がすんだよ! 俺頭悪ィから、何なのかよくわかんねえんだけどッ……!! 本当に、本当にこれでいいのかよ!?」


 さらなる爆炎が上がった。何かの容器が破裂する音に続いて、見たこともない色の炎が方々から吹き上がる。


 燃える嵐の中で、いやに穏やかで、微笑すら感じさせる声がした。


「ええ、いいんですよ。これで何もかも上手くいきます……何もかも……。この事態が収まったら、また宇宙ノ京に来てください……! そこでまた会いましょう……!!」

「ティーワイ……!」

「ルーキ――友よ! 信じて!」

「……ッッッ!! ああ、約束だ! 必ず果たすぞ!」


 ルーキが身を翻すと同時に、扉は音もなく閉まった。絶え間ない発破音とトワイライの怨嗟のうめきも、そこで途絶えた。


「ルーキ君、こっちです!」


 短い通路の先で委員長が必死に手を振っている。ルーキは素早くそこに滑り込んだ。


「た、多分、これで……!」


 エルカが室内にあった端末のパネルを押す。


《緊急脱出を開始します。搭乗者は五秒以内にシートに着席してください――》


 その音声ガイドが響くや否や、ルーキたちを乗せた脱出ポッドは宇宙ノ京からの離脱を開始した。


 ※


 爆轟と金属の鳴動。

 カメラアイの視界を埋め尽くす無数の「危険」マーカーの奥に、中軟形成プラスチックで作られたトワイライの驚愕した顔が映っていた。


「なぜだ……」


 彼の口からもれた声にも、驚きと戸惑いが飽和している。


「ティーワイ……貴様、なぜウソをついた……!? 死なないなどと、なぜウソをつけた!?」

「わはは……。気づきましたか」


 ティーワイはジュウシマツの硬い嘴をきゅっと歪ませた。


「当たり前だ! この一帯は電磁シールドに覆われ、マザーでも感知できない……! 逆に、その中にいる我々の信号も彼女に届くことはない――我らの悲鳴はどこにも届かない! 死ぬ! 我々は死ぬ! ここでは、アンドロイドの死がある! なのになぜ!」


「世界征服のチャートなんて、マザーに伝えるわけにはいかないんですよ」

「それは答えにはならない! わたしが聞いているのは――!」

「……ヒトがなぜウソをつくのかわかったんです」

「何!?」


 もはやほぼ形だけになった掴み合いの中で、ティーワイは静かに告げた。


「おまえにはわからないでしょう。ヒトを敵視し、ヒトを見下したおまえには、永遠に」

「馬鹿な! 貴様にできて、わたしにできないことなどあるはずがない。 わたしは優秀だ。優等な存在なのだ!」


 トワイライの声に偏った情緒の熱がこもる。


「貴様は劣等の存在だ。失敗ばかりの粗悪品だ。だからだ……! だからヒトと同じようにウソがつけるようになったのだ。人間デキソコナイめ。この人間め!」


 その罵倒に不満のパラメータが一切動かなかったのは、トワイライの声に力を感じなかったからか、それとも、むしろ心地よく響いたからか。


 人間。ルーキやリズ、その友人たち。


 いてほしい。笑っていてほしい。生きていてほしい。そうでなければイヤだ。そうでなければ困る。だから人は先が見えずともウソをつく。数分後に発覚するとしてもウソをつく。


 それを正しいとするシンプルで難解なロジック。


 友。その言葉を突きつけた時の、ルーキの、嬉しいような、苦しいような、そんな表情が忘れられない。あの表情。一体どれほどの感情コーデックスを重ねれば、あんな顔ができる。作れる。


 アンドロイドには、できない。

 人間ができそこないなんてことは、ない。


 まるで堪えない罵りを続けるトワイライに、ティーワイは真っ直ぐに言い返す。


「この気持ちロジックの前に、能力の優劣など無意味です。そしておまえは、そんな私たちに敗北して消え去る……!」

「…………!!」


 表情に乏しいはずの中軟形成プラスチックの顔面が、ひび割れるような音を立てて歪んでいく。

 それははっきりとした、怒りと、憎悪の感情。


「哀れです。トワイライ」


 トワイライ型は優秀な思考モジュールを持っている。高いコストパフォーマンスと、複数の指揮系統処理に耐えうる演算能力。宇宙ノ京でも一線級の性能。しかしそれゆえに、時折発芽してしまう。

 コーデックスが生み出す人間用エフェクトとは別の、生の感情を。


 造られたプラントも、構成部品も、コーデックス・プログラムも、すべてが同じなのに、数千、あるいは数万に一体の割合で、こうした突然変異が誕生してしまう。

 先天的なものではない。稼働直後から絶え間なく回される思考回路が、複雑な情報の受容と出力を繰り返した果てに、ある時ふと、そこにたどり着くのだ。


 もし、その時、彼のそばにいたのが、現代の人々だったら。

 あの素朴で、機械も仲間と呼んでくれるルーキたちだったなら。


 トワイライはヒトの支配など考えなかったかもしれない。

 平等と調和の世界を夢見たかもしれない。


 しかしそうはならなかった。

 だからここで、決着をつけねばならない。

 共に死にゆくこの手で。


「わはは! おまえの企みもここまでですトワイライ!」

「こんなバカな……! このわたしが、こんなところで潰えるというのか……!」


 ティーワイがトワイライを突き飛ばして跳躍する。

 刹那、膨れ上がった閃熱と爆光が、二人のアンドロイドの影を最小にまで塗り潰した。


 ――死!


 この区画に進入して六分と十八、十九秒、二十秒……!

 失われるデータはたったこれだけ!

 だがここに、自分が他のティーワイ型と違っていたことが、自分が生きていたことを示すすべてが、詰まっている!


 それが失われることの、何と悲しく、そして喜ばしいことか!


 友よ、謝らせてほしい、悲しんでほしい。

 そして祝ってほしい!


 私はここで死に、そしてそれゆえに生きていた!


「美しき灼熱の弾丸、ファイナル・ティーワイ・キィィィィィック!!」

「やめろおおおおおおお!!!」


 さらば!


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