第173話 ガバ勢と優れたアンドロイド

 ティーワイの代わりに新たに加入したトワイライは実際優秀だった。


 例えば、広いエリアに暴走アンドロイドがバラけて点在している場合、


「わたしがコースを構築するので、ついてきてください」


 と、すべてのアンドロイドの死角を突く的確なコース取りでパーティを導き、また、二つに枝分かれした道のどちらを選んでもいい場合では、


「危険が少ない方を選択します。わたしが斥候してきますのでお待ちを」


 と言い置いて、ティーワイがシクったルナティックインモラル走行で、速やかに現場の状況を見定めてきた。

 驚くルーキたちに彼は一言。


「トワイライ型は優秀なので、この程度のことは容易です」


 もしこのことを復活したティーワイに話したら、さぞ地団太を踏んで悔しがることだろう。ルーキはそんな想像をして、彼を失ったショックをやわらげた。


(さて、本当にあと少し……)


 トワイライのすぐ後ろについて避難通路を進みながら、メモに書き写したチャートの地図を確認する。


 さっき通り過ぎたのが第四区画。緊急脱出用のポッドまでの距離はもうほとんどない。

 ハッキング、工具を使った解錠、宇宙ノ京特有の障害は、すでにエルカが滞りなく突破できるようになっている。


 ベイリアンからの再攻撃の予兆はない。こちらも油断はしていない。


(このままいけば、何とかなる……か?)


 今後ノーミスならお釣りが来る並の励ましを自分にかけつつ、集中力を再点火させたルーキは、その直後に「整備ダクト内に入りますので、ご注意ください」というトワイライからの注意喚起を受けて眉をひそめた。


「整備ダクトを通るのか?」


 彼の眼前には、都市を整備するための作業用通路がぽっかりと口を開けている。

 確かチャートにはなかったはずだ。ルーキは念のためたずねた。


「はい。正規の避難経路ではありませんが、若干のショートカットになります。みなさんの体格なら問題なく通れるでしょう」


 トワイライからの返答は明瞭だった。

 ショートカットと聞けば飛び込むしかないのが走者の性だ。オリチャーの化身であるレイ親父が言えば不安しかないが、アンドロイドたちはゴールが確実視されない限り行動には移らない――いや、移れない性質を持っている。


 ここまで、トワイライの指示にミスはなかった。今度もそうなのだろうと信頼し、彼に続きダクトと進入する。


「狭いな……」


 四つんヴァインにならなければ進めないほどの狭さだ。幸い、大柄なエンジニア用に作られているためか、横幅には余裕がある。


「ここでベイリアンと遭遇したら一環の終わりですの……」


 すぐ後ろにいるエルカが戦々恐々の声をこぼしてきた。

 ベイリアンはかなりの狭所にも潜む。彼女の危惧ももっともだった。むしろ、通気ダクトに潜んでいることが多いのだから、ここはヤツらのホームですらある……。


「大丈夫です。問題ありません」


 しかし、トワイライの言葉は確信的で、自信に満ちていた……ように聞こえた。少なくともルーキには。


 やがて無事に整備ダクトを通過する。少々油臭くなったが、タイムのためなら、たとえ落ちやすい氷の橋の上でも渡るのが走者だ。どうってことない。


「ここは……どのへんですか?」


 委員長があたりを見回しながら聞く。

 ダクトを抜けた先はまた通路だった。が、これまでとは違い、壁や天井の色味から若干古びた印象を受ける。


「脱出ポッドのすぐ隣の区画です。この先は研究棟ラボとなっておりますが、我々エンジニアはあまり使いません」


 あくまでヒト用です、と説明したトワイライの背中を追って再び歩き出したルーキたちは、そのすぐ後、前方で動く無数の影を発見し、慌てて物陰へと退避することになった。


「暴走アンドロイドがここにも……」


 彼らは幅広の廊下に雑然と広がっており、どこを通り抜けようとしても誰かには必ず見つかってしまいそうな嫌らしい配置をしていた。身を隠せるような場所もない。


「待つのは時間の無駄ですね。力押しでいきましょう」


 リズが速やかに提案した。ルーキに異論はなく、トワイライからも反論はなかった。


「よーし、いっちょやるか」

「いえ、ちょっと試したいことがあるので、わたしに任せてください」


 愛用のショートソードを抜こうとしたルーキを、リズの声が止めた。そしてその時にはもう、彼女は物陰から姿を晒して、アンドロイドたちに向かって歩き出している。


「委員長、ちょっと待――」

「そこで見ていてください。すぐ済みますよ、多分」


 肩越しに短く言葉を放り、リズは音もなく床を蹴った。


「――――!!?」


 ルーキは静かな殺戮を見た。

 白い旅装と白刃を薄闇に閃かせながら、小さな体がアンドロイドの隙間を駆け回る。


 足音はまるでない。

 首や背中を割られた機械人形が、悲鳴も流血もなく、その代わりの鉄片をまき散らしながら、無音で崩れ落ちていく。


 戦闘と呼ぶにはあまりにも静かで、虐殺と呼ぶには匂いも赤い色もまるで足りなかった。


「す、すごい……」


 隣で見ていたエルカが呆然とつぶやく。

 驚くべきは、その手並み。くずおれる同胞に気づきはしても、リズの姿に反応できたアンドロイドは一体たりともいない。


 そして仲間の異変に気づいたアンドロイドも、次の瞬間には両目から機能の光を失って倒れ込んでいる。

 的確に死を繋いでいくかのように、リズと大鎌は踊り続けた。


「あ、あれ……何だろ……?」


 その姿を凝視しながら、ルーキは何度も瞬きをして、さらに目をこする。


「委員長が……よく見えない」


 彼女が素早いのは間違いない。しかし時折、スピードだけでは説明がつかない挙動が、こちらの視線を置き去りにしている。


「あれは……ルナティックインモラルでは?」


 ユメミクサがぽつりとこぼした時。


「終わりです」


 最後の一体を切り捨て、リズは大鎌を背に戻ってきた。

 戦闘態勢に入れたアンドロイドは一体たりともいない。幽霊にでも襲われたかのように、全員が何も自覚することなく破壊された。


「委員長、い、今のは、ルナティックインモラル、なのか……?」


 ルーキが慌ててたずねると、彼女はこともなげにうなずき、


「ええ。それに若干のアレンジを加え、攻撃に合わせてみました」

「アレンジ!? な、なんか……委員長の動きが時々追えなくなってたんだが……」

「へえ……。ちゃんと見ててくれたんですね。どうやら成功みたいです」


 砕かれたアンドロイドの道を、仲間を先導するように歩き出しながら、リズが柔らかく笑う。


「ルナティックインモラルは、非常に武術的な動きだったんですよ」

「ぶ、武術……?」


 彼女の歩みに追い付きながら聞き返す。


「斜めに動きながら、加速と減速を繰り返す。普通では考えられない奇妙な動きでしょう?」

「そりゃあな」

「生き物の頭というのは、常に物体の次の動きを予測してるもんなんです。そうやって、普通では捉えられないほどのスピードに目を追いつかせている。普通、真横から飛んできたボールが、慣性を無視していきなり真上に吹っ飛んでいくとは思わないですよね?」

「うん(そういう変態ホァイは見たことあるけど)」


「ルナティックインモラルは正にその生物の認識を逆手に取った動きで、加速と減速を織り交ぜて予測を狂わせ、次の瞬間の想定地点を見失わせているんです。だから時折、わたしの姿が追いきれなくなるんですよ。こういう歩行法は、東方のごく一部の拳法に見られます」

「そマ……?」

「さっき、トワイライから本物のルナティックインモラルを見せてもらった時、微妙に認識を狂わされるような感覚がありました。だから、もしかしたらと思って、その部分を強調するような動きにアレンジしてみたんです」

「えぇ……」


 やろうと思って簡単にやれるものではない。そもそもルナティックインモラル自体が、非常に高難度で非人間的な動きなのだ。


「その中で気づいたのですが、恐らく、アンドロイドたちがルナティックインモラルに対して反応が鈍い現象の正体は、彼らが知っている生物の足音のパターンと、この歩行法のパターンが絶妙にずれているからですね。彼らは音は聞いていますが、周囲の環境音と区別がつかず、注意すべきものとして認識できていないんだと思います」


 つまり、ルナティックインモラルとは、音との動きのフェイントの集合体なのだ。

 それは机上の空論でも妄想でもない、確かな技術。

 説明を終えて彼女はにっこりと笑う。


「多分、宇宙ノ京以外でも使えますよ。これ」

「強すぎィ!」


 完全認識外斬撃。


 相手が感知できない空間と時間を無理やり作り出し、強引に奇襲を成功させる。

 生物どころか……機械さえも暗殺しうる凶悪極まりない絶技。


 彼女はまた一歩変た……ガチ勢への階段を上ってしまったようだった。

 しかし、頼もしいことには違いない。


「もうすぐゴールだし、これはいける……!」

「さすがはティーゲルセイバーの方ですわ!」

「そこのルーキとは格が違います……」

「何で俺をディスる必要があるんですか?(半泣き)」


 その時ルーキは、ふと、沸き立つ一行の中で事態を静観する人物がいることに気づいた。

 トワイライだ。

 彼は元来の能面面で、ただじっと委員長を見つめていた。


 その無表情から感情を読み取ることは一切不可能だったが、ルーキからは、彼が何かを深く観察しているように見えた。


(どうしたんだ……?)


 ティーワイだったら一緒に喜ぶか、あるいは一緒に震えていたところだろう。


(案外、あれがトワイライのびっくりしてる顔だったりしてな)


 そんなことを考えつつ、通路の先にあった扉を抜ける。

 すると、数階分が吹き抜けのだだっ広いエリアに出た。


 アンドロイドの姿はないが、改修中らしく、あたりには工事用の器具が置き去りにされている。宇宙ノ京ではありふれた光景だ。


「エルカさん、申し訳ありませんが、あの高所にある端末をハッキングしていただけますか。封鎖されている扉を開きます」

「わかりましたわ」


 うなずいて、エルカは二階分の高さに相当する目的地を見上げる。その道中は、瓦礫の山やら手すりのみの場所やら、超人かゴリラでないと突破できない難所が山盛りだ。


「ル、ルーキ……ま、またお願いできますか?」


 少し恥ずかしそうに体をもじもじさせながら、エルカが聞いてくる。


「もちろんだ。しっかり掴まってくれ」


 無言でコクンとうなずくと、エルカはルーキの首に腕を回してしがみついた。相変わらず体温が高いのが、生地のしっかりした制服越しにもわかる。


「わたしたちは周囲を見張ります」

「お嬢様をよろしくお願いします、ルーキ」


 リズとユメミクサがそう言い、きびきびとその場を離れる。

 その表情には緊張感が漂っていた。

 ふと、その様子を見ていたトワイライが感心したようにつぶやく。


「……さすがですね」

「え、何がだ?」

「こういう時、自分たちが置かれている状況を忘れて、誰が誰と何をするかで無駄に揉めて無意味に時間を浪費するやめたら走者? 的な人たちがよくいるので」

「…………」

「先ほどの戦闘技術といい、あなたたちはとても冷静で優秀なパーティのようです」

「皮肉はやめてクレメンス……」

「…………」


 ルーキは逃げるようにして床を蹴った。


 グラップルクローを駆使して、難所を用意した意地悪な神様の意図をことごとくスルー。ガチ勢仕込みの変態挙動にエルカもすっかり耐性がついたらしく、端末前に到着した後には「も、もうですの……?」と、ちょっと残念そうな素振りを見せる余裕すらあった。


 ハッキングも不正アクセスによる汚い音声を聞かされつつ、無事完了。仲間の元へと帰参する。


 何もかも慣れた手並み。ルーキはここに来て自分たちの体が宇宙ノ京の作法にようやく馴染んだことを実感した。

 これが試走だったのならいい練習になったと手放しで喜べるのだが、今はそんな余裕もない。


 目線だけでお互いの成長を認め合いつつ、開いた扉の先へと踏み込む。


「何だか、奇妙なものがたくさんありますわね……」


 通路脇の部屋を壁ガラス越しに見やりながら、エルカがつぶやいた。

 様々な大きさの容器、何かの作業をするらしい金属のアームに、まったく用途のわからない大きな機械の箱が、各部屋の内部に置かれている。


「いずれもアンドロイドを研究するための設備です。奥の特殊実験室に進んでください。脱出用のポッドまでの専用通路がありますので、そこまで行ければ、もう安全です」


 いつの間にか最後尾に回っていたトワイライが告げてくる。

 廊下の突き当りはもう見えていた。一番大きな研究室のようだ。


 周囲に通気ダクトはなく、ベイリアンが潜めそうな場所もない。むしろ近年、ここに誰かがいた形跡すら見当たらない。

 まだゴールではないが、しかし、


「これで地上に帰れるのですね」

「お疲れさまでしたお嬢様。よく頑張りましたね」


 安堵の息を漏らすエルカをユメミクサが労う。


「何とかなりましたか。とんだ試走になっちゃいましたね、ルーキ君」

「ああ。でも、すげーいい経験になったよ。本走でしかわかんないこともあるからな。ベイリアンと会わなかったのも運がよかった」


 委員長の言葉に、ルーキも明るく返す。

 歩調も警戒も緩めない。だが、声と心はどうしても明るくなる。


「トワイライとティーワイにはお礼を言わないといけませんわね。わたくし、事態が解決したらまたここに来ようと思いますの。ねっ、ルーキ?」

「おう。その時は是非つれてってくれよ。案内役の二人がいなきゃ、こんなにスムーズに脱出はできなかっただろうからな。まあ、ティーワイはちょっと自信ありすぎで、トワイライはちょっと皮肉っぽいとこもあるけどさ」


 冗談めかしてルーキが言った時だった。


『皮肉……?』と、三方からの訝しげな声がルーキを包んだ。


「えっ、いやさ、トワイライが皮肉を言ってたから。そういうの好きなのかなって。ほら、さっき端末をハッキングした時に」

「わたしは聞いていませんよ」

「わたしも」


 リズとユメミクサが首を横に振る。あの時、二人はもうその場を離れてしまっていたのだから無理もない。ルーキは少し慌てて聞き直した。どこか……場の空気に不安定なものを感じつつ。


「お嬢さんは聞いてただろ? 俺に抱き着いたすぐ後だよ」

「えっ? わ、わたくし、それどころじゃありませんでしたわ。人前であんな体勢になるなんて頭がフットーしそう――って何言わせるんですの、なんて人!」

「何で俺が怒られるんですか?」


 抗議したルーキに、「やっぱり変ですよ」というひどく冷静な声が響く。


「委員長? 変って? まあ、その、一回皮肉を言ったくらいで皮肉っぽいと決めつけるのは確かにあれだったかもしれないけど……」

「違うんですルーキ君……。皮肉って、“ウソ”とほぼ同じなんですよ」

「えっ……」


 鼻白むルーキに、ユメミクサも言葉を加える。


「さらに言うなら皮肉の方がよりセンスが必要になります。微妙ななさじ加減で相手をあてこするわけですから……」

「あ……」


 アンドロイドは、事実を告げることはできても、それ以外のことは口にできない。

 どのような基準で真実以外の回答を選ぶべきかを判断できないからだ。たとえ最良のウソであっても、最悪の真実よりわずかに劣る。それが彼らの思想。

 だからウソはつけない。事実しか口に出せない。


「で、でもよ、トワイライは……」


 ルーキは混乱しつつ、必死に頭の中を整理しようとした。


 トワイライは破壊されたティーワイの記憶をアップデートしているはずなのだ。

 だから、これまでの経緯についても知っている。自分とエルカが端末をハッキングしに行く時、大抵、委員長とサクラがひっついてきて一悶着あったことを、知識としてではなく記憶として持っているはずなのだ。


 なのに、あの時に限って役割分担がスムーズだったことを称賛した。

 時間を無駄にする人間と比較し、それを小馬鹿にして。

 これが皮肉じゃなくて、何だと言うんだ?


「…………え? あれ……?」


 そこまで考えて、ルーキはあることに気づく。


 皮肉ではない可能性。

 皮肉じゃないのに皮肉に聞こえてしまうことがある。

 それも、皮肉の中でもっとも巧みで強烈なものに。


 それは当人が。

 純粋に、無知である時。

 すなわち――。


「トワイライ。ひょっとして、ティーワイの記憶をアップデートしてないんじゃ――」


 振り返りかけた瞬間、暴風が背後からルーキたちを吹き飛ばした。

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