第172話 ガバ勢と凶威の犠牲
「ティ、ティーワイ!!」
ルーキは悲鳴を上げて彼に駆け寄った。
ティーワイは首を斬り落とされ、胸のど真ん中にも大穴を空けられていた。
だが、ティーワイはアンドロイド。もしかしたらまだ息があるかもしれない。
「ティーワイ、しっかり――」
そう言いかけたルーキの口元が乱暴に塞がれ、近くに積まれた資材ボックスの陰に引っ張り込まれた。
委員長だった。
同様に、エルカもユメミクサに口を塞がれ、背後から抱きかかえられる体勢ですぐ隣にいる。
リズは青ざめた顔で、目線だけで周囲を指し示した。
ルーキははっとなる。
ティーワイがやられた。
つまり、近くに潜んでいる可能性があるのだ。
ベイリアンが。
こちらの口を塞ぐリズの手は小さく震えていた。
仲間を倒されること。それは〈ファフニール〉の彼女にとって、自分の信念をへし折られたも同然。
そして同時に、いかに仲間を酷使しようとも、彼女が油断していたはずもない。ラストヒールの備えはあっただろうし、気配にも感覚の網を張り巡らせていたはずだ。
にもかかわらず、敵は察知されることなく攻撃を仕掛けてきた。
動揺しない方が、無理だ。
(大丈夫だ委員長。大丈夫……)
ルーキは彼女の手を強く握った。
(ティーワイに死はないと言っていた。俺たちは生きてる。……まだ、取り返しはつく)
気持ちが伝わったのか、リズの手の震えは徐々に治まっていった。
息を潜めたまま、あたりの状況を確認する。
何も変わっていない。ティーワイの残骸が横たわるだけ。
壁の下の方に通気ダクトはあるが、かなり小さい。いかにベイリアンが神出鬼没でも、あそこからの出入りはさすがに無理だ。
心音ですらやかましく思える死の静寂が始まって十秒、二十秒……変化は起こらない。
待ち伏せの基本は、忍耐力だ。
もういいかなと先に安堵した方が死ぬ。
ただでさえ待つのが苦手な走者だが、ここで動けば完走も再走すらままならなくなる。今は耐える時だ……。
そして一分近くが経過したあたりで、動きがあった。
規則正しく近づく足音は、凍りついた無音の世界にいやに長く響いた。
ルーキとリズはうなずきあい、資材コンテナの隙間からそっと反対側の様子をうかがう。
そして目を見張った。
ティーワイの残骸の前にしゃがみ込んでいるのは――。
「みなさん、そこにいるのですか?」
「トワイライ!?」
鳥頭のティーワイとは違い、無表情ながら人の顔を持つアンドロイド、トワイライだった。
ルーキたちは用心しいしい物陰から出て、彼を驚きの目で見つめる。
「だ、大丈夫なのかトワイライ。このへんにベイリアンはいないのか?」
「いるのは我々だけです」
トワイライは断言するように告げた。
アンドロイドたちはベイリアンとの戦いに蓄積がある。そう断言できるだけの証拠は揃っているということだろう。
加えて、陽気なティーワイに比べてはるかに落ち着いた口調は、緊張の極致にある今、ひどく頼もしく響いた。
「無事でよかったですわ、トワイライ……」
エルカがこわばった顔に懸命に笑みを作って言う。
「はい。エルカさんとユメミクサさんも無事で何よりです」
トワイライは元々エルカとユメミクサの案内役だ。
エルカの話によるとかなり有能らしく、彼女の
そして、彼はティーワイのバックアップ役として待機していたはず。ティーワイが破壊されたことをキャッチして、すっ飛んできたのだろう。このあたりの機敏さも気が利いている。
「トワイライ。ティーワイは完全にやられちまったのか?」
ルーキが聞くと彼はうなずき、
「機能の99・9999パーセントはすでに喪失しています。記憶データはすでに同型機および後継となる予備機に転送されているでしょう」
「じゃあ、すぐに復活できるんですの?」
「はい。しかし、彼の
「……だな」
ベイリアンの姿がなくとも、こちらの動きは補足されたと見ていい。
そのくらいの割り切りはルーキにもできた。
「それでいいよな、委員長?」
「えっ……。え、ええ……はい」
「委員長?」とルーキが再度声をかけると、トワイライも「大丈夫ですか。顔色が優れないようですが」という気遣わしげな言葉を向ける。
「……大丈夫です。問題ありません」
「無理するなよ、委員長。何かあったら真っ先に俺を使ってくれよ?」
「ええ、ありがとうルーキ君」
ルーキにできるのは、そう声をかけることぐらいだ。応じた彼女は少し安堵のような笑みを見せ、長い通路の先へと警戒の視線を向けた。
彼女は自分の実力が相応に高いことを知っている。だからこそ、自分を上回る相手の脅威度を正確に読み取れる。
その点、こちらはある意味で楽観的になれた。敵が強いのはいつものこと。RTAが上手くいかないのもいつも通り。
RTA心得一つ。ガバっても焦るな。焦ってもガバるな。
(切り替える。ティーワイはやられた。でも、死んだわけじゃない)
もうどこかで復活済みだし、合流したトワイライは優秀。パーティの状態だけなら、失点は大きくない。
ベイリアンの接近を察知できないという事実は重大だ。地力の差か。あるいは、ヤツの学習がそこまで進んでしまったのか。
しかし、トワイライはそれをフォローしてくれそうではある。
だったら、ここは何とか委員長を支え、パーティを立て直すのだ。
「ここからはわたしが先導します。その前に、ティーワイは回収しておきましょう」
委員長とユメミクサがパーティの前後を重点的に見張る中、ふと、トワイライがティーワイの遺骸を抱き上げ、通路脇にあったダストシュートに入れようとした。
「…………?」
その時、ルーキの脳裏を何かが走った。
「トワイライ、ちょっと待ってくれ」
「え?」
一瞬遅く、ティーワイの胴体と頭部は穴の奥へと消えていく。
「どうしましたのルーキ?」
エルカが聞いてくる。
「ティーワイの傷口……ていうか服の破れ具合が、正面から攻撃されてるように見えた」
「本当ですかルーキ君?」
委員長も警戒を緩めないまま、肩越しに問いかけてくる。
「た、多分。今、トワイライが抱きかかえた時、背中側の方が破れ方が小さかったように……見えたんだけど……」
委員長に聞かれると自信がなくなる。普段なら彼女が真っ先に気づくだろうからだ。だが、動揺している今は、その注意力も十分ではないはず。今は細かいことでも確かめておくことが重要だ。
もし、こちらの見立て通りなら……。
「ティーワイは、敵の姿を見ているかもしれない。どうやって襲ってきたかも」
『……!』
彼が見たものは、ティーワイが破壊された瞬間、マザーコンピューターを通じてすべてのアンドロイドに発信されているはずだ。
「トワイライ、ティーワイは最後に何を見た?」
ルーキはごくりと唾を飲み込んでその問いかけをする。
そして、その返答は。
「情報はありません」
「えっ……」
ルーキはぎょっとし、トワイライに聞き直す。
「ティ、ティーワイはベイリアンを見てないのか? 真正面から攻撃されているのに?」
「情報はありません」
返事は変わらなかった。
「どういうことですの……?」
「見えない敵に攻撃されたってことか……? それとも、やっぱり俺の勘違いだったか……?」
ティーワイはこれまでのアンドロイド同様、完全に死角から攻撃されたのかもしれない。
彼は最後まで敵の正体を見極められずやられた。
ベイリアンが透明になる能力を獲得した、と考えるよりはずっとマシな結論だが……。
「わからないことを考えるのは後にしましょう。今は前進あるのみです」
後方を気にしながら飛ばされたユメミクサの言葉がすべてだった。
立ち止まっている暇はない。ベイリアンが再度攻撃のチャンスを見つける前に、ここを脱出するのだ。
「では行きましょう。緊急脱出用のポッドはすぐそこです」
トワイライの言葉に従い、ルーキたちは前進を再開した。
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