第171話 ガバ勢とアンドロイドの命

 ティーワイが高笑いしたり涙目で逃走したりしながら室内を駆け回る中、ルーキたちは無事、一機目の起動を完了。


 そして二つ目の発電機を発見し、作業に取り掛かろうとした時、


「ギャーッ!!」


 という怪鳥じみたティーワイの悲鳴があたりにこだました。


「はい気持ち悪い」

「サッサト吊ルセ」


 ルーキの位置からは、アンドロイドの肩に担がれてどこかに運ばれていくティーワイが見えた。


「まずい、ティーワイが捕まった……」

「もうですか?」


 手を止めずに状況を口にしたルーキに、リズが呆れたような声を返す。

 が、ティーワイにはまだ奥の手があるようだった。含み笑いが響く。


「ぐふっ……ふふふ。しかしこんなこともあろうかと、最後の力を残していたのですよ。これぞ宇宙ノ京ストライク! 食らえ!」


 ティーワイが手に隠し持っていた機械の破片で抵抗しようとした直前、アンドロイドは彼を無造作に投げ捨てた。武器となる機械片もどこかに転がっていく。


「あっ……もうダメだ」


 ティーワイは力尽きた。

 改めて拾い直され、運ばれていく。


 アンドロイドたちが向かったのは、運搬用のフックが垂れ下がる場所だった。

 食肉でも吊るすような鋭利なフックに、アンドロイドたちはティーワイを容赦なく突き刺す。


「ギャーーーーーーーーーーーッ!」


「住めば愉楽の宇宙ノ京」「住めば愉楽の宇宙ノ京」「住めば愉楽の宇宙ノ京……」


 悲鳴を上げるティーワイの周囲で、機械の住人たちから体温のない声の合唱が巻き起こる。本来はゲストを招くための謳い文句なのだろうが、今の状況では極めて邪な儀式にしか聞こえなかった。


「まずい委員長、ティーワイが……」

「わかっています。これが終わったら一旦作業をとめて救出に向かいますよ」


 二機目ともなれば、スイッチの位置もだいだい把握している。パチパチと手際よくツマミを切り替えながらも、ルーキがチラチラ見る部屋の隅では、吊られたティーワイが居残った一機にさらなる攻撃を受けていた。


「ギャーッ! このティーワイをケバブにするとは、このポンコツめ!」

「ピピピ、ダマレ、コノクソジュウシマツ」


 幸い、暴走アンドロイドの腕部は破損しており、殴るというより単に腕を振り回してひっぱたいているだけだ。フックが刺さって肩に穴が開いたティーワイも、身動きが取れない、という程度でしかないらしく、痛みに苦しむ様子はない。


 ティーワイが機械でよかった。


 ルーキが最後のツマミを跳ね上げた瞬間、発電機が小さなうなり声を発し、部屋の明かりを点灯させる。うまくいったようだ。


「さあ、あの星2案内人を助けに行きますよ」


 委員長の中ではコモン以下の扱いになっていた。


 ティーワイの前に居座っていたアンドロイドは、明後日の方向に工具を投げて物音で誘導。その隙に、四人がかりで彼の巨体をフックから降ろす。


「おお、ありがとうルキ太郎、みなさん。こんな星4相当の私のために危険を冒して……」


 一応、星が一つ下がっているので、そこそこの責任は感じているらしい。


「気にするな。それに、うちの委員長は〈ファフニール〉のレギュレーショナーだからな。仲間は決して見捨てない」

「おお、リズ太郎。冷徹&冷血無比なガチ勢だと勝手に勘違いしていたことを謝ります」


 ティーワイが感謝に満ちた鳥の目を向けると、


「いいんですよ。生きてればまだ使えますから」

「えっ」

「さあ、さっさと残り二台の発電機を動かしてしまいましょう。もしあちらに発見された時は、またチェイス役お願いしますね」


 にっこり笑った委員長にティーワイはいかにも人間的な絶句を見せたが、


「ま、任せてください。先ほどはやり方を間違えました。実は私は、単純な追いかけっこよりも、途中でロッカーに隠れて追っ手をまく方が得意なのです」

「それで見つかると逃げ場がありませんけれど、大丈夫ですの?」


 エルカの質問に、声を潜めて笑うティーワイ。


「わはは。いかなる不運が重なったとしても、あの安寧の箱舟で捕まるようなのは三流サバイバーだけです。まあ見ててください」


 そう言って、彼は、次の発電機付近をうろつくアンドロイドたちの前に躍り出た。


「吊るせ!」という彼らの怒号を引き出しつつ、再びチェイスを開始する。


 ルーキは発電機にとりつく傍ら、視界の端でそっとティーワイの様子を見守った。

 軽快な走りだ。物陰を利用し、うまくむこうの視線を切ったところで、


「うー、ロッカーロッカー」


 と、部屋の隅に並べてあるロッカーへと滑り込む。

 追っていたアンドロイドたちは猛然とそこを通り過ぎ、やがて不思議そうに周囲を見回し始めた。完全に見失ったらしい。


「さすが言うだけのことはある……!」


 これは再評価ある。


 そうルーキが感心した直後、どこからともなく機械のカラスが飛んできた。

 そして唐突に、ティーワイのいるロッカーをつつき始める。

 それを見たアンドロイドたちは顔を見合わせ、無言のまま、


 ガチャ。


「あっ……。ギャーッッッ! 何でバレた!?」


 ティーワイの悲痛な叫びが部屋にこだました。


「委員長、ティーワイがまた捕まった!」

「はい」


 そして、吊られたまま「おのれよくもこの私を……。しかし宇宙ノ京の英霊ティーワイは何度でも蘇る……」などとぶつぶつ言い続ける彼を、再び救出。


「おおルキ太郎、みなさん。ざわざわ危険を冒して私のために……」のやり取りも二度目ではありがたみがない。


 一方で、彼がフックから姿を消したことは一目でわかるはずだが、暴走アンドロイドたちは特に警戒するでもなく、ふらふらと室内を歩き続けるばかりだった。


「もはや正常な思考ルーチンが回っていないのでしょう。目の前のことを場当たり的に対処するだけで、大した連携も取れていないと思われます」


 ティーワイの解説にルーキは思わず、


「まるで〈ダークエレメント〉で見た亡者だな……」

「そのわりには、ティーワイはやけに執拗に攻撃されていましたが」


 四つ目――最後の発電機を探しながらリズが小声で言ってくる。


「うーむ、彼らの同型機に“コンピューターゾンビウィルス”の話を聞かせた恨みかもしれません」

「コンピューター……何だって?」

「コンピューターゾンビウィルス。かつてここを作ったヒトビトの娯楽ムービーです。今、ルキ太郎が亡者と言ったので思い出しました」

「むうびい?」

「演劇のようなものを映像記録として残したものですよ。一門がよくやるクッキー☆の大がかりなバージョン、劇場版だと思えばいいです」


 リズの説明に、ルーキはなぜか得体の知れない悪寒を味わった。

 その一方で、ティーワイの話は早口で続いている。


「感染ゾンビものはいいですよ。感染者が徐々に自我をなくしていく恐怖と苦悩の感情はたまらない。だんだんと正気の時間が短くなり、言動も不穏になって、周囲との良好な関係は崩壊。不信と不和の中、ついには最後の理性も掻き消え、これまで自分をかばってくれていた同胞に手をかける瞬間の絶望は素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい……。おっと、これ以上言うと私が危険なアンドロイドだとドン引きされてしまうので、このへんにしておきましょう」

「もうしたゾ」

「こんなこと日常的に吹き込んでくる人がいたら、そりゃイヤになりますの」

「逆に囮役として優秀です」

「言っておきますが、敵対的な行動を見せたら一瞬で黒焦げにしますからね」

「おかしい。この星5ティーワイにこの仕打ち……」


 そうこうしているうちに四つ目の発電機を発見。無事、起動させることに成功する。

 ビーッというブザーが鳴り、部屋の端にあったゲートの左右でランプが点滅した。


「ちゃんと通電したようです。さあ、行きましょう」


 しかし、ルーキたちが近づいてみると、三枚重ねになったゲートの分厚い扉は、最後の一枚が微妙に歪んだ形で開かずに残っていた。


「まずい、引っかかってるみたいだ。直さないとダメか?」

「いえ。ここはこうです」


 ティーワイは周囲にアンドロイドたちがいないことを確かめた後、足を振り上げ、


「ティワイキック! ティワイキック!」


 ガンガンと何度か振り下ろすと、扉はガタガタと震えながら壁の左右に引っ込んでいった。


「さあ行きましょう」


 単純な力技だが、そのパワーもアンドロイドならではなのだろう。

 ルーキたちは一目散にゲートから脱出した。


「ん……?」


 しかし、通路を行くティーワイの動きが微妙におかしいことに、ルーキは気づく。


「どうしたティーワイ?」

「微細なダメージが足に溜まっていて、さっきのティワイキックで内部構造がガタついたようです。このままではルナウォークができません」

「エルカお嬢さんに修理を……はさすがに無理か」


 首を横に振るエルカを見てそうつぶやいたルーキに、ティーワイはいつもと変わらない口調で告げた。


「このまま私といるとみなさんが見つかるリスクも増えます。私のことはここに置いていってください」

「それはダメだティーワイ」


 ルーキはすぐさま言い返す。


「なぜ? リズ太郎のレギュレーショナーがあるからですか?」

「そういうのを抜きにして、こんな危険な場所に仲間を置いてけるかよ」

「仲間……」

「ああ。仮にそれが最適解だとしても、すぐに耐えられないくらい後悔するってわかってる。そんな後あじの悪い思いをするくらいなら、ちょっとぐらいの危険、受け入れた方が気が楽ってことさ」


 RTA心得一つ。走りの要はチャートと平常心。

 平常心を保つためなら何でもする(ん?)(ん?)(ん?)――くらいの気構えでいること。

 自分が冷静でいるための努力を怠ってはならない。


「しかしこれは大ロスですよ。走者らしくない」

「かもな。でも、この後ノーミスならお釣りがくる」


 周りの仲間からも気持ちを同じくするような気配があった。


「やはり不思議な人たちですね。仮に私がここでベイリアンや暴走アンドロイドに破壊されたとしても、私の記憶データを引き継いだ別の私がよそで復活するだけだというのに。それに私は機械です。最初から生きていない。だから死ぬわけがないんです。取り返しがつかないのは、あなたたちの方です」


 ルーキは首を横に振った。


「俺は頭悪ィからよ。会って、話せて……いや話せなくとも、何かしらやり取りができたら、ヒトだろうとキカイだろうと、違いなんてわからねえよ。人間だって、一人一人中身をのぞいてみたら、案外別々のもんが入ってるかもしれないぜ」


 そう告げた後、ルーキはふと思いついて、


「中身がガタついてるっていうなら、包帯か何かできつく縛っておくのはどうだ? 原始的なやり方だけど」

「おおルキ太郎。一周回ってソレン式で素晴らしい。それでいけそうです」

「問題はその包帯ですわね。近くに避難所があるといいのですけれど」

「お嬢様。固定できればいいのですから、テープのようなものでもいいのでは?」

「あたりを探してみましょう。そこら中に工事用資材が置かれてますから、間違いなくあるはずです」

「みなさん、ありがとうございます。宇宙ノ京の英霊、星5サバイバー・ティーワイ、こんなに嬉しいことはない。好評につき配布期間延長決定です……」


 わけのわからない感謝の仕方をするティーワイを残し、ルーキたちは手分けして使えそうな道具を探した。


 この時、彼のもとに誰かを残しておかなかったのは正解だったのか、間違っていたのか。


 走者の時間感覚は鋭い。

 所要時間は二分にも満たなかったと、走者なら誰もが断言できただろう。


 その程度の短い時間。

 リズが工業用のテープを発見し、ルーキたちが揃って戻ると。


 そこには、無残に破壊されたティーワイの残骸が転がっていた。

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