第170話 ガバ勢と姿なき殺戮者

 不幸の上に不運と父のオーラを混ぜ合わせて始まった〈宇宙ノ京〉RTAは、進行状況だけならすでに中盤を超えていた。


 今のところ、最大の障害であるベイリアンとの接触は、まるで肩透かしのように一度もない。

 しかし、そのただ一度が限りなく致命傷に近いことを思えば、一切油断ができない状況はスタート直後から継続されていた。


(これが正式なRTAなら、もうルタに救援要請が出て、レイ親父たちも動いてくれてるはずだ。仮に脱出しきれなくても、出口側に向かっていれば生き残れるチャンスは増えていくんだ……)


 完走のためなら大ロスも辞さない思考を巡らすルーキは、不意に、案内役のティーワイの背にぶつかりそうになって、つんのめるように立ち止まった。


 場所は、もう何度目かになる、一般ブロックと避難経路の交差地点でのことだ。


「ティーワイ?」


 立ち止まった彼に呼びかけると、ティーワイは振り向いて嘴の前の指を一本立てながら、小さな声で言った。


「お静かに。今、マザーから緊急アップデートが行われました。前方のホールで、何者かがアンドロイドたちを襲撃し、一体残らずやられたようです。彼らが見た最後の映像とその分析結果を入手しました……が」

「……! まさか、ベイリアン……?」


 ルーキたちパーティメンバーは緊張した顔を突き合わせ、小声を吐きもらす。

 ティーワイは首を横に振りながら、


「情報はありません。襲撃者は同じ場所に五体いたアンドロイドたちの死角を完全についたようです」

「五人もいて、誰も見てないのか?」

「情報はありません」


 ティーワイは定型句のように、同じ文言を繰り返した。


「ただ、彼らのうち一体が、最後に自分の胸から突き出る鋭利な突起物を目撃していました。ベイリアンの尻尾による刺突の可能性が、現時点で68%……」


 全員の顔がこわばった。


「ついに回り込まれたか……」


 避難ルートはベイリアンの侵入位置とは逆方向に伸びている。

 距離を取りながら安全に脱出できる設計なのだ。

 しかしそのアドバンテージは、もはや失われたと考えてよかった。


「映像情報と同時にマザーから対処法も受け取っています。ひとまず……ここからはルナウォーク厳守、会話は厳禁で行きましょう」


 ティーワイの指示に、全員が素直に従った。

 通路を進み、小さなホールへと出る。

 このブロックのエントランス的役割を果たす場所らしい。


 中央には噴水と小型のプランター。それを取り巻く形でベンチがいくつか置かれており、壁際に受付らしきカウンターも見える。

 ここが貴族御用達のリゾート地であることを考えれば、もっと広々としたホールを用意したいところだろうが、地面のない宇宙ノ京では、空間自体が大きな一つの資源となる。全体的に天井も低く、こじんまりとした作りだ。


 全員が口を真一文字に結んだまま右斜め前に歩く中、ふと、ティーワイが低い天井を指さした。

 通気ダクトの格子口がある。


 ルーキたちに緊張した空気が流れた。

 事前に全員で再確認した注意点は、こうだ。


 ――天井から何かがしたたり落ちている場合、それはベイリアンの口から垂れた粘液である可能性が非常に高い。

 彼らは高い戦闘能力を持ちながらも、待ち伏せやだまし討ちのような“策”を講じることでも知られている。強く、凶暴で、用心深い。おおよそ戦士として必要最低限なもののみを振り切らせたような危険な相手なのだ――。


(よだれは垂れてない……)


 ルーキはそれを確認する。


 しかし、この粘液を目印に彼らの待ち伏せを回避した場合、次からはそれを学習して潜伏する。

 彼らがそれを学習済みかどうかは、命を張る以外に確かめる方法はない。正直なところすべての通気ダクトの下は何があろうと絶対通行禁止だった。


 音に気をつけながら進むと、カウンター脇にアンドロイドたちが倒れているのが見えた。

 トワイライとはまた少し違った、ヒトの顔つきの機体だ。


 全員が頭部と胸部に甚大なダメージを受け、中身をぶちまけている。

 ティーワイは数秒間だけ彼らを調べ、すぐに移動を再開した。


 エントランスホールを抜け、避難路に入ったあたりで、ティーワイが振り返って言った。


「ここまで来れば、一旦大丈夫です」


 通路は真っ直ぐで、何かが潜めるようなスペースはない。


「アンドロイドたちは、やはり……?」


 と委員長が聞くと、ティーワイは鼻の上あたりの羽毛にしわを作り、


「外傷としては、ベイリアンの攻撃に酷似しています。ほぼ間違いないでしょう」

「どこに逃げたかは追えないのか? こういう進んだ文明には、ほら、なんか監視カメラとかいうのがあるんだろ?」


 今度はルーキが質問。するとティーワイは、


「宇宙ノ京ではアンドロイド一体一体がその監視カメラとなり、マザーコンピューターに情報を送っています。ただ、いつからかベイリアンはその仕組みを理解したようで、先ほどのアンドロイドたちも何のセンサーにも引っかからないうちにやられたと、アプデの記録からわかりました」

「おいおい……。俺より頭いいのかよ」

「しかし、ベイリアンはまだこちらを警戒しているはずです。油断せずにいれば、脱出までの時間はきっと稼げるでしょう。幸い、ちょうどここに火炎放射器がありました。いざとなったら私もこれで応戦しますよ」


 彼は床に置いてあった物騒なものを手に取った。

 ルーキはふと不安になって、


「……それ、ちゃんと使えるんだよな?」

「もちろんです。誤って火だるまになったのは不出来な過去のティーワイ。アップデートを重ねた今の私に失敗はないと思っていただきましょう。ルキ太郎はアプデ終わるとどうなるか、まだ十分に理解できていないようですね」


「どうなるんだ?」

「別の欠陥が生まれて、またアプデが始まります」

「えぇ……」


 ※


 しばらくは順調に進んだ。

 アンドロイドが破壊されると、その情報は直ちにマザーへと送られ、その視覚資料と対応策が、ティーワイたちに配布される。


「破壊されたアンドロイドたちの行動記録や記憶データも同時に丸ごとわかり、彼らが破壊されるに至ったきっかけの段階から回避することができます」


 とのことだ。

 ベイリアンの学習機能もすさまじいが、アンドロイドたちも負けてはいなかった。


 ただし、このアップデートは、それまで遂行してきたミッションのプログラムを微妙に阻害してしまうことが多いため、緊急モード時にしか発令されないらしい。


「ええ。さっきのドワイート型が間違えて飲んだジャスミンカのオイルティーがいい例ですね」

「へ?」

「……すみません。今のは破壊された他機体の記憶でした。つまり、こういう混同がたびたび起こるのです。アンドロイド同士ならまだ混乱は少ないのですが、ヒトとなると……」


 確かに、突然知らない話を出された人間は「は?」となるだろう。

 他人の記憶を生の経験として共有できるのは便利かもしれないが、一方で自分とそれ以外の記憶が区別できなくなるというのは、なかなかしんどそうな弊害だった。


 長い通路に動くものはない。


 あのエントランスホール以降、ベイリアンらしき襲撃はなかった。

 ティーワイが受け取るのも、暴走アンドロイドによる同士討ちの情報ばかり。

 さっきニアミスしかけたベイリアンの行方はまるで掴めていなかった。


“情報はありません”


 ヤツはどこに潜んでいるのか……。

 しかし、そんな疑問に専念する暇もなく、また新たな課題が突きつけられる。


 次に立ち入ったその部屋は、暗闇に包まれていた。


「これは……何も見えないぞティーワイ」


 ルーキは懸命に闇を見つめながら言った。

 宇宙ノ京の窓の外は、基本、夜空だ。さらには密閉空間であるため、明かりがない部屋はダンジョンのように本当に真っ暗になる。


「どうやら電力がカットされているようです」

「まさかベイリアンが?」

「爆発のショックで停電した可能性もあります。幸い、このエリアには自家発電機があるので、それらを起動させて電源を復旧させましょう」


 そう言って、率先して動きだそうとしたティーワイだったが、すぐに長い腕を伸ばしてルーキたちを引き留めた。


「お待ちください。この部屋には暴走アンドロイドが潜んでいるようです」

「仕留めますか?」


 委員長が問いかけるが、ティーワイは厚い胸をどんと叩き、


「いいえ。出口も近いですから、ここで仲間を呼ばれると厄介です。私が囮になって彼らを引き付けましょう。その隙にみなさんは発電機を起動させてください。なーに、心配ご無用。私は宇宙ノ京の英霊、星5サバイバーのティーワイですよ! 敵とのチェイスもお手の物です」

「待ってくださいまし。その発電機というのは、わたくしも触ったことがないのですが……」


 ここまで(圭)エンジニアとして活躍してきたエルカが、慌てた様子で告げる。しかしそれにもティーワイは楽観的な姿勢を崩さず、


「大丈夫です。発電機のスイッチを全部オォン――ツマミを上に切り替えるだけの簡単な作業ですから。ただ、スイッチは全部で四十個ほどあるので、みなさんで分担してやってくださいね」

「ずいぶん多いな……」

「安全のためです。単純なエネルギーとしては、一機で宇宙ノ京の一ブロックを吹っ飛ばすくらいの力がありますので。あ、もちろん、誤作動とか、壊れた程度では爆発はしませんのでご安心を」

「わかりました。では、さっそく行動に移りましょう」


 委員長の静かな、そして力ある一言をきっかけに、ルーキたちは行動を開始する。

 まず暗い部屋の奥へティーワイが飛び込んでいった。


「わはは! 私は宇宙ノ京の美しき弾丸、星5サーバントにしてサバイバー・ティーワイ! 期間限定イベントにて配布決定!」

「あっ、ティーワイだ」

「ピピピ、ガガガ、吊るせ!」


 闇の中にいくつものカメラアイが浮かび上がり、ティーワイを追いかけ始める。騒ぎが離れていくのを確認してから、ルーキたちも部屋の中に進入した。


 工事用の資材があちこちに置かれていて、ある種の迷路を作っている。

 人の目ではここを自由に駆け回ることはできなかっただろう。


「ええと、確か発電機は四つ。全部点ければ、奥への扉も開く……」


 ティーワイに教わった内容をひとりごちながら、ルーキは無事、最初の発電機を発見する。


「よし、みんなで手分けしてやろう」


 発電機の四方に取り付いて、片っ端からスイッチをオンにしていく。暗い中ではほとんど手探りの作業になり、少し時間がかかったが、それでも四人がかり。どうにか一機目の起動に成功する。


 すると、部屋の一部の天井と床の非常灯が点灯した。

 どうにか室内が見渡せるようになったルーキは、広々とした部屋の奥で数体のアンドロイドたちを引き付けるティーワイの姿を見る。


 あわや追いつかれると思った瞬間、


「宇宙ノ京デスバレット!」


 ティーワイは立てかけてあった鉄板を倒し、アンドロイドに直撃させた。


「わはは! これぞ宇宙ノ京の美しき弾丸!」


 衝撃でよろめくアンドロイドとその後続に屈伸煽りをキメつつ、再び逃走を開始。心を持たないアンドロイドたちが、明らかに激怒した足取りで彼を追う。


「やるなティーワイ……! 言葉の意味はわかんないけどこれは星5サバイバー!」


 ルーキが思わず称賛を送った直後、


「わはは! もう一度食らえ! 宇宙ノ京デスバレッ――」


 ティーワイが板を倒した時には、すでにアンドロイドは彼の横をすり抜けた後だった。


 ボゴォ!


「痛いてうぃー!」


 思い切り横っ面を殴られ、ティーワイは変な悲鳴を上げながら逃げていく。

 これは星3サバイバー。


 どうやらチェイスは長持ちしそうにない。

 ルーキたちは大慌てで二機目を探しに向かった。

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