第169話 ガバ勢と宇宙のコイバナ

 プロレタリアート! エンジニアと化したお嬢様! のおかげで宇宙ノ京脱出を順調に進めるルーキたちに、次なる障害が立ちはだかった。


 それは――。


「端末の位置があんなに遠いぞ。どうなってるんだティーワイ?」

「あれは工事の際の配線ミスですね。やったのはわたしと同型機ですのでわははは!」

「笑えないよ!(SWW)」


 そこは、数階分が吹き抜けになった縦長の部屋だった。

 壁際に作られた通路はきっちり三周、三階分の部屋を巡っており、その最上階で、端末が薄暗い闇の中にぼんやりと光を広げている。


 しかしそこにたどり着くには、作りかけの構造材やら、破損した施設の残骸やらによって塞がれた場所を乗り越えねばならず、さらには暴走したアンドロイドたちもちらほら見えた。


「とてもじゃないですけれど、あんなところまで行けませんわよ! わたくしがか弱くいたいけな乙女であることを今一度思い出してくださいまし!」


 涙目になったエルカの言葉はただの正論だった。


 あんなところ、女性ではリプリーかその娘アマンダ、あるいはバスケスでもないとたどり着けそうもない。

 意外といるが、少なくともエルカはその枠ではなかった。


「ここは俺とこいつの出番だな」


 そう言って、ルーキはグラップルクローに触れながら、辿るべきルートを目で測った。

 ワイヤーワークガチ勢、川蝉直伝の技のおかげで、いまやあらゆるポイントが通路にすぎない。壊れた箇所や瓦礫は、むしろ格好のクラッチポイントだ。


「俺がお嬢さんを上まで連れていく。その間、みんなはここを保持しといてくれ」

「えっ、ルーキがわたくしを?」


 さっきまでの断固拒否の姿勢をわずかに軟化させるエルカ。


「ああ。このグラップルクローがあれば、足場なんか関係ないからな。一応、〈クレリックタワー〉で使ったことあったよな?」

「え、ええ。屋根を降りる時に……ルーキがわたくしを抱いて……。…………。し、仕方ありませんわね。今は緊急事態ですし、それくらいの無礼は許しましょう」


 そう言いつつ、エルカはルーキに歩み寄って服をきゅっと摘まんだ。

 が、


「お嬢さん、悪いんだけどよ。俺も結構腕を上げて、激しい動きになってるから、もうちょっとしっかり掴まってくれないか」

「え”ッッッ!? は、激しくするんですの? で、では、こ、こう、かしら?」

「いや、もっと俺の首に完全に腕回す感じで。あと、できたら足も俺の体のどっかに巻きつけといてくれ」

「おファッ!? あっ、ああ、足も絡めるだなんて、そんなはしたないっ……わた、わた、わたくしには……」


 さすがに抵抗があるようだが、彼女が自分で言ったように今は緊急事態。そして、この障害を突破するにはどうしても相応のアクロバットが必要になる。


 ここは心を鬼にして――。


「お嬢さん、黙って俺の言うとおりにしろ」

「……! は……はい……」


 エルカはビクンと肩を全身を震わせると、目つきをぼうっとさせ、気恥ずかしさを拭い切れない様子のまま、ルーキの首に腕を回した。短いスカートからすらっと伸びた足も、こちらの足に遠慮がちに絡めてくる。


「よし、準備はいいか?」


 ルーキがたずねると、こちらの胸に顔を埋めるようしながら、エルカはコクンとうなずいた。

 しかし。


「…………」

「…………」


「あの……」と、ルーキはつぶやくと、「何ですか?」「何か?」という返事が二つ。


 エルカとは別の位置に張り付いてきた委員長とユメミクサだった。


「何でお二人までくっついてきてるんですかね……」

「万が一に備えての戦力です。気にせずに行って、どうぞ」

「あのような高いところにお嬢様お一人で行かせるわけにはいきません。わたしのことはおかまいなく。勝手にしがみついていきますので」

「無理無理無理! 飛べない!」


 ルーキは全速で首を横に振った。


「二人はここに残っててくれって! 戻ってきたら出口がアンドロイドたちに塞がれてたとかシャレにならないから!」

「問題ありませんよ。わたしが一体残らず潰しますから」

「そんなことより、これから先に必ず起こるルーキとお嬢様のことの方が重要です」


 グオオオオオ……と抱き着いたまま超重力性の暗黒オーラを発し始める二人に、どうにか説得を試みる。


「今は緊急事態なんだ、揉めてる時間はない! 俺だけじゃ心配かもしれないけど、ここは信用してくれ! いざとなったら逃げ帰ってくるくらいの余裕は持ってるから!」

『…………』


 なんか黒いものがぐるぐる巻いてる瞳でじっと見つめてきた後、二人は渋々剥がれ落ちていった。


「わかりました。“信用”しますね……」

「“信用”しますので、裏切らないでくださいねルーキ……」

「お、おお……任せろ。わかってくれて嬉しいよ」


 凄まじいプレッシャーだが、これも重大な任務を背負った走者としての責任だろう。


「待たせたなお嬢さん。じゃあ行くぞ!」

「は、はひ……。あ、あのルーキ、最初は優しく……」


 待ってる間、なんかぐんぐん体温が上がっていたような気がするエルカが返事をした直後、ルーキは飛んだ。


「ひにょわあああああああああああああ!!!????」


 広大な室内に少女の悲鳴が広がる。


「しゃべるなお嬢さん、舌噛むぞ!」

「そんなこと言われたってぇぇぇぇ!? こ、この度は逆さまにィィィイイイイイ!!?」


 急加速からのロケットジャンプ、振り子からの振り上がり、あらゆる技を駆使して、一切の足場を無視したまま目的地に迫る。


「フニャーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

「耳元で怒鳴るな!(SHO・ZM)」


 エルカの謎の悲鳴に鼓膜をやられながら、ルーキは人一人を抱えたままでも行動に支障がないことに密かな満足を感じていた。

 自身のスキルにも、そして相棒が整備してくれたグラップルクローにもだ。


 間違いなく、自分は成長している。そしてこのツールは、その先へと導いてくれている。


「よし、到着!」


 ルーキは勢いを十分に殺し、端末の前にソフトランディングした。


「着いたぜ、お嬢さん。……お嬢さん?」


 いつの間にか、密着どころか、こちらの体にめり込む勢いでしがみついていたエルカは、体に力が入ったまま微動だにしない。悲鳴を上げすぎたのか、のどから「ァひ……ひぃ……えゥ……」とかすれた音を立てて息をついている。


「だ、大丈夫かよエルカお嬢さん!?」

「……はげし……ふぎますぅ……」


 どうにか床に下すと、今度は脱ぎ捨てられたシャツのようにその場にくずおれてしまった。

 お嬢様少女復活中……。


「もう、ルーキったらなんて人! もう少し加減をしてくれないと困りますわ! わたしくが足腰が立たなくなるまで激しくするなんて!」

「わ、悪い……。そこまで頭が回らなかった」


 普段からぶんぶん吹っ飛んでいるこちらと違って、エルカお嬢さんは基本的には地に足をつけて生活している。見よう見まねとは言えガチ勢の技に巻き込まれて平気なはずがないのだ。

 これも一つ、勉強になった。


《オォン!》


「汚い」

「絶望的に汚いですわ」


 ハッキングは無事に成功。何度聞いても汚い不正アクセス音に一言吐き捨て、ルーキたちは元来た道を戻る。


「ま、またあの激しいのをするんですの……?」


 エルカがおずおず首に腕を回して密着しながら、不安げに聞いてくる。


「いや、帰りは降りるだけだから、大したことはしないよ」

「ウソついたら承知しません」


 拗ねたように言ってかすかに笑った彼女を抱いて、降下。

 幸い、突然足場が崩れたり、血の運命さだめに足を引きずり込まれることもなく、リズたちのところに戻る。


「ただいま」


 委員長たちは開いた扉を保持しつつ、その前後で周囲を見張っていた。


「ちゃんと開いたみたいだな」

「ええ、ルーキ君もエルカさんもお疲れ様でした」


 リズが微笑を浮かべて言ってくる。


「お嬢さん、もう着いたぞ」

「えっ? ああ、はい……」


 なんだかんだで手足でがっちりホールドしていたエルカは、はっとしたようにルーキから離れた。


「大丈夫だっただろ?」

「ええ……。確かに最初ほど激しくはなかったですわ。また腰も膝もガクガクにされたらたまりませんでしたの」

「悪かったよ。次も同じようなことがあったら、十分気をつけるから」

「そうですわ。あんな変なことをせず、普通に、優しく、やってくれたらいいのですわ。そうしたらわたくしだって、すぐにルーキのために次のことを……」

「さあルーキ君、ここは安全ですからすぐに進みましょう。立ち止まっている時間はありませんよ……」

「お嬢様、ルーキ、お疲れ様でした。この先の安全も確保しているので、感想は完走した後にするとして、今は速やかに移動しましょう……」

「お、おう」

「そ、そうですわね……」


 ゴオオォォォォ……。

 委員長とユメミクサが手で示す道の先に底知れないどす黒オーラが渦巻いているような気がしたが、それがベイリアンの脅威なのか、それとも別の危険を示すものだったかは、ルーキにはわからなかった。


 ※


 それからさらにいくつかの障害を乗り越え、ルーキたちは小型シェルターにたどり着いていた。

 一旦、仮眠をとることにしたのは、エルカの消耗が思った以上に大きかったからだ。


 避難経路は予想以上に遮断されており、彼女なしではとても脱出などできない。ここで倒れられるわけにはいなかった。


 それにしても、たびたびつっかかる脱出路だ。

 要人を逃がすための道だというのに、これではまるで、ここに逃げてきた誰かを追い詰めるための罠のようだった。


「みんなは寝たのか?」


 シェルター周辺の様子を見回ってきたルーキは、入口付近の椅子に腰かけているティーワイにそうたずねた。

 備え付けられたベッドは三つ。このあたりに住宅はないそうなので、あくまで緊急避難の山小屋のような扱いなのだろう。


「二人はまだ起きて聞き耳を立ててますね」


 ティーワイが素っ気なく答えると、何やらベッドの方から舌打ちのような気配のみが流れてきた。


「俺もすぐ休むから、先にちゃんと休んでてくれよなー。頼むよー」


 それから少しして、「ちゃんと眠ったようです」とティーワイが状況を報告した。


「ルキ太郎たちは面白いパーティですね」


 彼は椅子に座って体を休めながら、そう続ける。


「力量はバラバラで、走者でない者がいて、身分さえ違うというのに、何だかんだで最終的にうまくバランスが取れている。記録にあるこれまでのRTAでは、もっと多くの揉め事が起こって、時には内部分裂さえあるのです。それほどまでに、この〈宇宙ノ京〉RTAは息苦しい」

「それはきっと、その時初めて会った者同士だからだな。今回は、走者も救助される側も知った顔だし、何より、委員長っていう絶対的に頼りになるリーダーもいる」


 するとティーワイは眉間らしき部分にシワを寄せ、


「そうでしょうか? 私の目からは、パーティの中心にいるのはルキ太郎のように見えます」

「俺?」


 ルーキが思わず聞き返すと、彼はうなずいた。


「ルキ太郎は確かにリズ太郎を頼みの綱にしていますが、彼女の方もあなたを最終的な支えにしているようです。実際、エルカさんやユメミクサさんはリズ太郎よりもあなたを頼る傾向にある」

「うーん、あの二人はまあ、俺の方が付き合いが長いってのもあるし」

「それと、緊急事態にもかかわらず、持ち場を放棄してあなたに全員ついていこうとしたり」

「あれは……」とルーキは苦笑いする。


 エルカを端末まで連れていくミッションはあの後も二度ほどあったが、そのつど、とりあえず何かやっとけ的に委員長とユメミクサがくっついてひと悶着起こしていた。


「リズ太郎もユメミクサさんも、普段は自分の役目に徹するクールな女性ですから、あれは極めて不可解な行動です」

「正直なところ、走力に関しちゃ、あの二人の方が俺より上だからかな。心配かけてんのかもな……」


 ルーキは首を傾げつつも、眉間にしわを寄せる。


「その分析も私には納得しかねます。思うに……。彼女たちはルーキのことが好きなのでは?」

「へ……?」


 きょとんとするルーキに、ティーワイはさらに言葉を重ねた。


「我々アンドロイドは“心”というナマモノを持たないので、そのへんの機微には疎いのですが、態度、言動、逐一放たれる暗黒オーラを総合し、傾向に照らし合わせると、そこで寝ている少女たちはみな、85%の確率であなたに好意を寄せています」

「う、うーん……。多分、それは勘違いだと思うぜティーワイ」


 頭を掻きながら返す。


「なぜそう思うのですか? ルキ太郎たちの年代の男女がねっとりとしてべたつく間柄になるのは、傾向としては普通のことでは? 何か明確な根拠が? 参考までに聞かせてください」


 前のめりになったティーワイに、ルーキは語った。


「確かに、すげー良くしてもらってるとは思うよ。ただ、俺の相棒……このグラップルクローを作ってくれた親友がいてさ。ロコっていうんだけど。ああ、そいつは男な。で、委員長たちが俺にかけてくれる空気っていうか感情っていうのかが、そのロコとそっくりなんだよ」


「ほほう……」


「だから、多少の表現の違いみたいなのはあるにしても、みんなが俺を気にかけてくれるのは、友達だからとか、一緒にRTAをやる仲間だからとか、そういうたぐいのものだと思うぜ。RTAに出る時はしょっちゅう誘ってくれるしな」


「ちょっと待ってください。そのロコ太郎という人はメイド服の似合うケモショタでは? もしそうなら話は全然違ってきます」

「何で? いや、別にロコはケモショタではないよ……」

「そうですか……。ケモショタでなければ、我々には正確な心理分析をするだけのデータはありません。ここはルキ太郎の言うことが正しいのでしょう」


 ティーワイはあっさりと自説を引っ込め、しかし、今度はさらに声を潜めて聞いてきた。


「では逆に聞きますが、ルキ太郎的には誰なんです?」


「ん? 委員長」


「えっ」

「えっ」


 ティーワイはルーキと向かい合ったまま鳥の丸い目をぱちぱちさせ、


「ずいぶんはっきりと言いましたね……。ルキ太郎みたいなピネガキは“きゅ、急にそんなこと言われたって……あせっ”とかふざけたこと言ってくると思いましたが」


「何でだよ」とルーキは苦笑し、「委員長以外にあり得ないだろ」という念押しを付け加える。


「ほ、ほうほう。その理由をうかがっても? 見たところ、彼女たちはみな見目麗しい少女たちのようですが。ちょっと体格は違いますが……もしかしてそこが刺さったとか?」


 戸惑い気味のティーワイにルーキは自信満々に答えた。


「だって、エルカお嬢さんは走者じゃないし、ユメミクサも、一応、今はそうだしな。パーティに選ぶなら委員長一択だよ。迷うことあるか?」

「ファッキュー」

「ファッ!!?」

「このピネガキ! 誰がRTAの話をしていますか!」

「えっ、だって、この話の直前にRTAの仲間って話を俺が……」

「それでお題がそっちに移るわけねえだろうが! 頭ハッピー走者かよ! ルキ太郎が誰を異性として好きかって話です。そこに寝てる三人のうち、誰に一番今すぐ飛びかかって、わからせ棒でわからックスしたいかってことですよ!」

「そ、そんなこと急に言われたって……今はRTA中で、俺は一人前の走者を目指すので精一杯で……あせっ」

「またピネだ! マタピネダオラ!!」


 追い詰められるルーキだが、彼はここを、一門でも滅多に使われない“カット”を駆使し、強引にフェードアウトすることで難を逃れたという……。


 ※


「うーん……。ん? んー、んんっ……」


 ルーキが仮眠から目を覚ますと、部屋の端でリズが何やら体を曲げたりひねったりしていた。


「あれ、どうした委員長。どっか具合でも悪いのか?」

「あ、おはようございますルーキ君」


 委員長はそう挨拶した後、不思議そうに首を傾げ、


「逆です。なんだか調子がいいんですよね」

「ふうん? 夢見でもよかったのかな」


「そうですね……。一瞬ものすごく嬉しいことがあったけどよくよく確かめたら全然そんなことなくてそれでもまあ全体的に振り返ってみれば悪いものじゃないし最初のときめきは確かにあったと思うんだそれじゃあ注文を聞こうか、的な夢でも見たのかもしれません。覚えてないですけど」


「クッソ細かい推測ですね……」

「己を客観的に知ることはRTAの基本中の基本ですよ。感情的反応はその最たる例です」

「やっぱ……委員長のガチぶりは……最高やな」


 ただただ感心するルーキに、ティーワイがぼそりと言った。


「ルキ太郎、リズ太郎が寝てようが起きてようが、発言には気を付けたほうがよさそうですね」

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