第168話 ガバ勢と〈宇宙ノ京〉サバイバー

 トツギ圏〈宇宙ノ京〉、緊急避難経路からうぽつのみや。


 暴走したアンドロイドたちが徘徊する脱出路を、ルーキたちは慎重に進んでいた。

 最初の爆発以来、外敵の――ベイリアンの襲撃を思わせるものはなく、脅威はもっぱら暴走アンドロイドに終始している。


 そもそもこの避難ルートは、敵がベイエリアから侵入してくることを考慮して、そこから遠ざかるように設計されている。

 今の段階なら、まだ距離的なアドバンテージはこちらにあった。


 もっとも、尋常ではないとされるベイリアンの移動速度を考えれば、油断は一切できないが……。


 そして、脱出を阻むもう一つの問題が、今、ルーキたちを足止めしていた。


「ダメみたいですね。完全にロックがかかってしまっています」


 固く閉ざされた扉の脇にある機械――端末と呼ぶらしい――を操作していたティーワイが無念そうに首を横に振った。


「何で避難経路の扉にロックが?」という委員長の質問に、ティーワイの「マザーシステムの誤作動が原因と思われます。爆発のショックか、あるいは暴走アンドロイドがおかしな信号をマザーシステムに逆流させてしまったのかも」との答えがすぐさま返る。


「何か方法はないのか?」


 ルーキは冷静に聞いた。

 今は緊急事態であり、さらにRTA中だ。不測の事態というものは必ず起こりうる。必要なのは、想定外を想定しろなどという無意味な野次ではなく、何事にも落ち着いて向き合う精神力だった。


「もちろんありますルキ太郎」


 なんだかすっかり定着したらしい呼び名を口にした後、ティーワイは小型の機械を取り出した。


「これは?」

「携帯端末ですが、ハッキング用ツールとしても機能します。これでプログラムに割り込みをかけ、強引に扉を開けることができます。しかし、一つ問題が」

「問題?」

「この扉のように重要度の高い機構へのハッキングは、一部のアンドロイドしかできないのです。これは権限の問題ではなく、我々機体ハード側の問題なので、マザーからのアップデートでもどうにもなりません」

「あのツノか……」


 ルーキはツノ付きのアンドロイドを思い出した。


「彼らを連れてこなければいけませんか?」


 委員長が聞く。


「いいえ。このツールをヒトが使う分には何の問題もありません。この中にこれを扱える方は?」


 いるわけがなかった。今日初めてここに来たばかりなのだ。

 ルーキたちは落胆する。


「あ、あのう」


 しかし、そこで控えめに挙手をする人物が一人。

 エルカ・アトランディアだった。


「わたくし、トワイライに教わりましたので、多分……」

「マジかよお嬢さん! 何でそんなこと習ってんの!?」


 ルーキが目を丸くしてたずねると、


「そ、それはその……今度……を試走に招いた時……つきっきりで教えて……ごにょごにょ」

「何? よく聞こえない」

「何でもありませんわよ! 何となくですわ何となく! と、とにかくわたくしにやらせてみてください」


 ティーワイから端末を受け取ると、エルカはボタンを押し始める。


《クイ……クイ……クイ……クイクイクイクイクイクイ》


「なんか変な音がしてるゾ」

「汚い音ですね……」

「ケダモノの気配がします」


 ルーキ、リズ、ユメミクサがそれぞれ感想を述べると、ティーワイが特段申し訳なさそうでもなく釈明した。


「不正なアクセスにつき、汚い電子音が発生してしまっています。我慢してください」


《オォン!》


 イヤな感じの咆哮と共に、扉が開いた。


「やったぜお嬢さん!」

「ありがとうございます、エルカさん」

「お見事です、お嬢様」

「こ、これくらい当然のことですわ。わたくしだって、ルーキと命がけの冒険をした身なのですから!」


 キラカードみたいな虹の光を放ちつつ、エルカは豊かな胸を張ってみせる。


 今はそれが許されるほどの大手柄だった。

 ツールが扱えなければ、ここでの脱出は難しい。これは今後も確実に生かされる経験だろう。

 ルーキは改めてお礼を言う。


「エルカお嬢さんがいてくれてホントよかった。ありがとな。心から恩に着るぜ」

「……! そ、そんなに、ですの?」

「ああ。もちろんだ。ここで偶然会えたのは、一門にあるまじき幸運だったのかもな。お嬢さんがなぜか使い方を習ってたことも含めて、マジで何かの運命めいたものを感じるよ」


 その途端、エルカはかあっと顔を赤くし、


「も、もう一回聞きたいので扉を閉めてハッキングを最初から……」

「そんなことしなくていいから!」

「同じような場所はこれからもありますから、そこで何度でも言ってもらってください!」


 ルーキとティーワイは慌てて彼女の強制再走を阻止したのだった。


 ※


 しかし、ティーワイの予言とはまったく別の、新たな問題が発生する。

 同じく閉ざされたハッチなのだが、今度は端末らしきものがない。


 壁に取り付けられた箱を指さしながら、ティーワイが説明する。


「困りました。このボックスにハッチを強制的に開くためのレバーがあるのですが、フタを開けるには物理的なキーが必要になります。ハッキングではどうにもなりません」


「一体どうすれば……」と悩む一向に、ティーワイは、そこらに落ちていた何かの工具を申し訳なさそうに差し出した。


「すみませんが、どなたかこのバーナーを使ってボックスのフタを焼き切ってくれませんか。わたくしはフタごと中のレバーを焼き落とした経験がありまして……」


 見たこともない工具だ。

 使えと言われて簡単に使えるわけもない。


 誰も名乗り出られないでいる中、ぽつりと、小さな声が波紋を広げた。


「お嬢様は習っておられましたよね……?」

「ユ、ユメミクサ!?」


 悲鳴じみたエルカの声が響いた直後には、彼女はすでにリズとユメミクサに捕らえられていた。


「やめてくださいまし! わたくしはその……スパーハカーとして華麗な指さばきでルーキをフォローするミステリアスな役どころの……!」

「できるというのならぜひやってください。エルカさん」

「お嬢様、今は一刻を争う事態ですので……」

「こんなのわたくしじゃないですわああああああああ!」


 ごーおー! と、凄まじい勢いで炎を噴出する工具を操り、エルカはボックスのフタを器用に焼き切ってみせた。年季の入った遮光シールドと分厚い手袋で自身を防護することも忘れず、十全な仕事ぶりだ。


 そしてその中のレバーをしっかりと下げ、ハッチをオープンプン。


「やったぜお嬢さん! こいつで通れる! なんかエルカお嬢さんとエンジニア職の運命を感じるな!」

「そんな油臭い運命はいやですわあああああああ!!」


 その後も、扉を固定していたよくわからないストッパーをよくわらない工具で解除したり、変なレバーを上下させて機械のエネルギーを補充させたりと大活躍したエルカだったが、その輝かしい貢献とは裏腹に、彼女の顔はどんどんしょぼくれていったのだった……。

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