第167話 ガバ勢と静寂の脱出路

 非常時に点灯するらしいランプが、赤黒い光を走馬燈のように周囲に巡らせる中、ルーキたちはそれまでとは違う硬直した足取りで、避難経路を進んでいた。


 けたたましい警報はやみ、時折、無感情な音声が《〈宇宙ノ京〉に緊急モードが発令されました。指揮権を持つアンドロイドは速やかにシェルターに避難してください。ヒトは誘導員に従い、ただちに地上へ避難してください》とのメッセージを繰り返している。


 それ以外には悲鳴も騒乱もない、静かな窮地。

 だからこそ逆に恐ろしい。


「アンドロイドたちは逃げなくて大丈夫なのか?」


 パーティの先頭を行くティーワイにルーキはたずねた。


「はい。今一番危惧されているのは、施設の一部と電源の破損によって、〈宇宙ノ京〉の住めば愉楽レベルの快適な生活環境が激変することです。建物の外はマイナス百五十度をゆうに下回り、焼き立ての餃子が跳ねた油の形ごと瞬間冷凍されるレベルなのです。アンドロイドは問題ありませんが、人間では致命的な環境となります」

「確かに、どんな実力者でもひとたまりもありませんね」


 委員長も危機感を帯びた声を入り込ませてくる。

 ガチ勢だろうが超人だろうが、極限環境には抗いようがない。

 そうなる間にさっさと避難するのが正解だ。


「ユメミクサ、さあしっかりとわたくしの手を握って。床に落ちている工具にスカートを引っかけないよう気を付けて」

「はい。ありがとうございます。お嬢様」


 背後で交わされる二人の会話を聞き、ルーキは安堵する。一度〈クレリックタワー〉で修羅場を経験しているエルカは、この状況下でも冷静さを保っている。


 脱出を主目的とするRTAで一番怖いのは仲間のパニックだ。それを学んだのもその〈クレリックタワー〉でだったか。


「ムッ!」

「どうしたティーワイ?」


 突然立ち止まった彼に、ルーキは素早く問いかける。


「マザーから悪い知らせです。事故の衝撃と緊急モード発令の影響で、一部のアンドロイドたちが暴走状態に陥ったようです。こちらを暴徒と誤認して攻撃してくる恐れがあります」

「何だと? ティーワイは大丈夫なのか?」

「〈宇宙ノ京〉の美しき弾丸、星5サーバント・ティーワイにそのような醜態あろうはずもありません。そもそも我々アンドロイドにはロボット三原則というものがあり、ケモショタ、メイド服、わからせ、のルールにのっとり、ヒトに危害を加えることは極めて困難なのです」

「極めてヒトに危害を加えそうな原則に思えるんですがそれは」

「わはは、そんなことは。おっと、お待ちください……!」


 通路の角を曲がろうとした直前でティーワイが腕を伸ばし、ルーキたちの前進をせき止めた。


「何かいるのか?」


 角をのぞき込むティーワイの下から、ルーキ、エルカ、リズ、サクラが団子のように顔を連ならせる。


「……!」


 奥のホールには、倒れたアンドロイドを執拗に殴打し続ける数体のアンドロイドがいた。


「落ち着いてください。抵抗はやめてください」

「ここは安全です。我々の誘導に従ってください」


 アンドロイドたちは正に機械的にその台詞を繰り返しながら、すでにピクリとも動かない仲間のアンドロイドを、工具らしきもので徹底的に破壊している。


 襲われたのは女性型のアンドロイドだったようだ。口や鼻のない、愛らしい仮面のようなフェイスパーツが、砕けて半分だけになって近くに転がり、自分のボディがメチャクチャにされるのを沈黙の中で見つめていた。


「ひでぇ……」


 ルーキは思わずつぶやく。

 アンドロイドたちが口走る内容から、どうやら本人的には暴徒を捕縛しているつもりらしいが、やっていることは虐殺そのもの。あれが人間だったらと思うと、飛び散った女性型アンドロイドの破片をとても直視できなかった。


「あ、あの方は死んでしまったのですか?」


 エルカが震える声でたずねる。


「あの“メイグ”型の記憶データはすぐにマザーへと転送され、安全なファクトリーで再起動していることでしょう。そういう意味では、我々は不死身と同義です」

「よかった……」

「ええ。貴重なデータですので、しっかりと共有しておかなければ」

「いや、そっちの方はわかんねえわ」


 ルーキたちはほっとしつつ、改めて目の前の脅威を見据える。

 避難経路はホールの脇へと続いていた。進むには、どうしても暴走アンドロイドたちの近くを通らなければいけない。


「倒してしまってもかまいませんか?」


 リズが背中の鎌を示すようにしながらたずねる。


「いいえ。迂闊に手を出せば応援要請の信号を発する危険性があります。幸い彼らはメイグをスクラップにするのに夢中なようなので、物陰に隠れながら通り抜けてしましょう」

「気づかれないでしょうか……」


 というユメミクサの懸念に、ティーワイは鳥としてはひどく器用なウインクを見せ、


「ご安心ください。星5サーバント、ティーワイは“サバイバー”としての技能も当然星5上位クラスですので。わたしの動きをよく見て、同じように続いてください」


 ティーワイがすっと角から出ていく。


 そこからの彼の動きは奇妙だった。


 避難経路があるのは、この場から見てホールの左側。アンドロイドたちは正面方向にいるので、左の壁に沿ってコソコソ移動するのはごく自然と言える。


 が、彼はなぜか左の壁の方を向いて、斜めに歩いていた。


 普通なら、警戒すべきものを視界に入れながらコッソリ移動する。しかし彼は、暴走アンドロイドたちに背を向けて、なおかつ、忍び足をするでもなく、ごく普通の足取りでその場を通り抜けてみせたのだ。


「なんかわかんねえけど、ここは言われたとおりにしてみるか……」


 実験としてルーキが次に続くことにした。

 大鎌を構えた委員長が、万一のフォローを約束するようにうなずきかけてくる。


 壁に顔を向け、斜め歩きをするようにしてホールの端を移動。背後からアンドロイドたちの無機質な警告と、鉄くずをさらに打ち砕く陰惨な音が聞こえてくるが、振り返りたい欲求に何とか耐えて渡り切る。


「……よ、よし、とりあえず成功だ」


 たどり着いた通路の角に身を隠しながら、ルーキはオーケーサインを委員長たちに向ける。

 エルカ、ユメミクサ、そして最後に委員長が同じ動きでホールを横切り、無事に危険ゾーンの通過を果たした。


「あの動きにはどういう意味があるんだティーワイ?」


 安全な場所まで来たところで、ルーキは不思議に思ってたずねる。


「フフ……あれは〈宇宙ノ京〉に伝わる裏ワザ、〈ルナウォーク〉です」

「ルナ……ウォーク……」


 ウォークと聞くと虫唾が走る一門の脊髄反射に見舞われつつも、その先に耳を傾ける。


「ここ〈宇宙ノ京〉では、右斜め前に歩く足音は小さいという謎の伝説があり――」

「すでに信用に足らねえ! やっぱりナントカウォークってクソだわ!」

「それが我々アンドロイドのコーデックスに深く浸透するあまり、右斜め前歩きをする者の足音は気づきにくいという自己暗示的バグに陥っているのです」

「左ではダメなんですか?」

「ダメです」


 委員長の追加質問を、ティーワイは一言で切った。

 意地でも右斜め前歩きをするために、壁を向いていたらしい。

 ルーキは何一つ納得できなかったが、委員長はそれ以上詮索することもなく、


「なるほど。ガチ勢のチャートに、当然の権利のように説明なしに記載されていた〈ルナウォーク〉とは、こういうものだったのですね……」

「ま、まあ、壁や天井を抜けたりする現象よりは、よっぽど人間あじがあるか……」


 ルーキはもっとありえん事例を引き合いにし、何とか現実との整合性を取った。

 どのみち、アンドロイドたちの構造については理解できないことがほとんどなのだ。


「けど、そういうのが使えるあたり、ティーワイはマジでサバイバーとしても優秀だな」

「んっ? わはははは、もちろんですよルキ太郎!」

「ルキ太郎!?」

「〈宇宙ノ京〉の英霊、星5サバイバー・ティーワイ、ピックアップガチャにて出現率増加中! ついでなので、他のテクニックもご紹介しましょう!」


 機械とは思えないほど有頂天になったティーワイは、パーティから少し離れて再び奇妙な動きを見せた。


 今度は真っ直ぐの歩行。ただし、その中に一瞬、走り出す直前のようなフォームが混ざり込む。それは一定間隔で行われ、総合的に見て、何で進んでいるのかよくわからないカクカクとした異様なフォームでのウォークとなった。


「これがインモラルステップです! どうですか普通より速く移動できているでしょう!」

「そんな無理な姿勢で速くなるわけねえだろいい加減にしろ!」

「ふむ……」

「委員長も何か納得した顔しないで! あれは人間には無理な動きだから! 頼むから人間ランクの枠から出ないで!」

「最後はこのルナウォークとインモラルステップの合わせ技、ルナティックインモラルです!」


 ティーワイはカクカクしながら右斜めにものすごい速さで移動しだした。


「これ人間には無理ゾ」

「…………」

「さ、さすがにこれはちょっと真似できませんわね……。RTAには妥協がつきものですわ」

「我々はルナウォークでとどめておきましょう」

「わははは! そうですか? 慣れれば案外簡単ですよ。静音性とスピードを両立した理想の歩行法、次で実践してみせましょう!」


 そして、再び暴走アンドロイドたちがいる地点へとたどり着く。

 ティーワイは自信満々で物陰から飛び出し、ルナティックインモラルでアンドロイドたちの近くを通り過ぎようとした。


 と。


「ピピピ、誰ですか、どたばた走ってるのは」

「あ、ティーワイだ!」

「吊るせ!」

「ギャーッ!!? どうしてバレた!? ルキ太郎、リズ太郎、助けて……」

「できてねえじゃねえか!」

「仕方ありません、撃破しますよルーキ君!」


 トゥマンボ!!

 委員長のサンダガによってアンドロイドたちは一掃され、ティーワイはすぐに救出された。


「バカな……このわたしのルナティックインモラルが見破られるなんて……。まさか、暴走アンドロイドが独自の進化を……?」

「いや、普通にうるさかったよ……。できなかったんじゃないか」

できないことをオリしようとしてガバるチャーは本走では禁物です。以降、ルナティックインモラルは禁止。全員、ルナウォークでいきましょう」


 委員長の提案に、異論は誰からも出なかった。

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