第165話 ガバ勢と〈宇宙ノ京〉のアンドロイドたち
改めて四人パーティとなり、いざカマクラといった段になって、ティーワイが不意にこんなことを言った。
「トワイライ、エルカさんたちのプログラムの進行はどのくらいですか」
同じアンドロイドのトワイライは知的な口調で、
「現在37%を消化。ゲスト受け渡しを了承するが、不備に備えてアップデートを48時間延長し、現行状態を維持する」
「むっ、それは〈宇宙ノ京〉の美しき弾丸ティーワイが何か大きなポカをやらかすと言いたいのですか?」
「今月に入ってティーワイ型の中規模以上のアクシデントが五件発生している」
「それは昨日までのティーワイ。今度のわたしは上手くやってくれるに違いない。星5サーバント・ティーワイ、ピックアップイベントにて排出率上昇中だぞ!」
「いらない」
何の会話かよくわからないが、とにかくトワイライは一言で切り捨てると、そのまますたすたとどこかへ行ってしまった。
「今のは、どういう意味だ? 現行を維持とか……?」
気になってたずねるルーキに、ティーワイはわずかな不満を引きずりながら応じる。
「我々アンドロイドの行動は、その完了まで、〈宇宙ノ京〉のマザーコンピューターによって制御されています。今回のように途中で予定を変更する場合、速やかにマザーに報告、次の指示をダウンロードし、自己をアップデートしなければいけません」
固有名詞の意味はわからないが、どうやら強力なカッチャマ的司令塔が存在し、彼女に頻繁に相談しつつ、指示を仰がないといけないらしい。
「しかし、アップデートによって何らかの不備が生じると予測できる場合に限り、48時間の猶予を選択する権限が、我々には与えられています。トワイライはわたしにバックアップが必要と判断し、次の作業に入らず待機モードに入ると言うのです」
「えーっと、つまり……?」
ルーキが理解しようと髪をかいていると、横からリズが、
「つまり、何もせずに待っててやるから何かあったら連絡しろ、ってことです」
「その通りです、リズ。まったく失礼な話です」
「そう説明されると、えらく普通のことに聞こえるな……」
ぼやくルーキ。すると、ティーワイはどこか楽しそうな口調で、
「我々はヒトとは違い、プログラムによって行動を規定されています。ヒトにとっては何気ないことを実行するために、複雑なコーデックス――裏側が必要になるのです」
「はえー……」
似て非なるもの、とはこういうことを言うのだろう。
「それでは行きましょう。こちらです」
そう言ってティーワイ―は通路を歩きだす。
「あっ、もちろんトワイライの出番はありませんよ。なんってったって、星5サーバントですから」
ひどく人間あじのある言葉を付け足して。
※
「ここが居住区になります」
白で統一された先進的なデザインの通路の先にあったそこは、それまでの無機質さに比べて彩に満ちていた。
「まだ、なってないみたいですね」
「訂正します。これからなる予定です」
リズの一言に、ティーワイは悪びれたふうもなく言い直す。
居住区と銘打たれたそのエリアは、今まさに作っている最中だった。
中央に大きな広場。それを囲うように、様々な店舗が並んでいる。
ルーキは赤や紫に輝く看板を一つ一つ目で追った。〈宇宙ノ京〉餃子、〈宇宙ノ京〉水餃子、『麺』、木のぬくもり……。
「最後のはよくわかんないけど、餃子の店が多いな」
「ククク……餃子は、肉、野菜、炭水化物、醤油、酢、ラー油を含む完全食ですァ……」
「なにっ」
「まあ、おいしいですからね。あって困るものではないですよ」
ルーキとティーワイのいつまでも続きそうなタフな会話を、リズが一言で締めくくる。
いずれの店もまだ工事中で、営業しているところはなかった。
「そもそも、まだここにはヒトが住んでいませんので」とティーワイは説明する。
「近い将来、リゾート地を兼ねた開拓地として大々的に宣伝する予定と聞いています」
にこにこしながらついてきているエルカが話を横から引き取り、
「主に王族や貴族といった、上流階級の人々が利用する保養施設ですわ。わたくしも十分驚きましたが、こんな景色が見られる場所は、世界広しといえどもここしかないでしょうから」
「確かにな」
ルーキは素直に同意した。
山よりもはるかに高い場所。しかも昼の空と星空が同時に見られるとなれば、彼らはいくら払ってでもここに来たがるだろう。
「そういう意味では、走者として来られる俺は運がいいのかもな。いや、ベイリアンのことを考えるとよかぁねえけど……」
「そ、それなんですけれども……」
エルカお嬢様が言葉をこもらせながら言った。
「完成のあかつきには、ルーキを招いてあげてもいいですわよ。わたくしの、その……大切なゲストとして……その……多分、まだしばらく先の話になると思いますけれども……」
「マジかよ? そりゃ嬉しいな! 待つ待つ。十年でも待つよ」
「じゅ……!? そ、そうですわねっ。わたくしたちの分かちがたい運命を考えれば、十年後も二十年後も大差ありませんわよねっ!」
「よくわかんねえけど、おう!」
そしてさらに何だかよくわからないことに、にっこにこのエルカお嬢様の全身がぱあああっと輝きだすのだが、それは深く追求しないことにして――。
「それでティーワイ、ここはRTAとどう関係してるんだ?」
ルーキは意識を試走へと傾ける。
「はい。ここには住人用のシェルターを建設する予定です。ここに集まった人々を、走者の方々が手分けして地上へと逃がすことになります。現在のRTAでは、一部のアンドロイドが対象ですね」
観察してみると、作業中のアンドロイドたちを監視するかのような立ち振る舞いの個体が存在する。
わかりやすくツノのようなアンテナが生えており、恐らく、まとめ役として特別に作られた機体なのだろう。
「彼らを回収して、逃げるってことだな」
「ええ。今は作業中でみな手が離せませんので、エルカさんたちが救護対象役を買って出てくれたのは幸いでした」
「えへへ……」
エルカお嬢さんが子供っぽく笑う。ルーキがそんな彼女に改めて感謝の視線を送ると、今度は無敵な七色に輝きだし、どこかのスピーカーから軽快な音楽まで鳴り出した。
「避難経路はこちらです。行きましょう」
謎の音楽に戸惑う多数のエンジニアたちを尻目に、ティーワイがルーキたちを先導し、再び無機質な通路へと進んでいく。
窓はなく、時折、ロッカーや隔壁の設備らしき区切りが見られるだけの、殺風景な道だ。
ここでも、数体のアンドロイドが作業を行っている。
「軌道エレベーターに向かうだけの通路で、特別強固に作ってあります」
「なるほどな」
合理的だ。逃げるだけの道に窓や遊興施設など必要ない。
「どうだ、お嬢さん? 何か逃げる時に気になりそうなものは?」
ルーキが話を振ると、エルカは面食らった様子で、
「えっ、えっと、あの……」
と慌てて周囲を見回す。
「特に問題はありません。わたしの長いスカートでも引っかかるような場所はなさそうです」
答えたのはユメミクサだった。
「そうか。ならよし」
ルーキが前を向くと、背後で何やら恨めしそうなひそひそ話が聞こえてくる。
「ユメミクサぁ……わたくしの会話のチャンスがぁ……」
「何もない時は何もないと言っていいのですよ。ルーキは、わたしたちの単純な実感を知りたがっているのですから」
「あっ、そ、そうなのですね……」
別に、特別な意見を求めたつもりはなかったのだが、救護対象役として、エルカお嬢さんに余計なプレッシャーを与えてしまったようだ。フォローしてくれた某忍者にこっそり感謝しつつ、歩きやすい通路を注意深く進む。
「ルーキ君、あれを……」
不意に、委員長が通路の先を指さした。
「あれは?」
「何かの焦げ跡みたいですね?」
白い壁に黒い汚れがついており、小さな破片が転がっている。
そして、その横に置かれた箱の中には――。
「ティ、ティーワイ!?」
ばらばらになった鳥の頭が、無表情のままこちらを見つめていた。
「ああ、あれは三日前に運搬中の火炎放射器を暴発させて爆発したわたしですね」
「ファッ!?」
「誰かがリサイクルファクトリーに運んでくれたと思っていましたが、放置されていたようです。〈宇宙ノ京〉では常に労働力不足で、エンジニアのスケジュールには一分の猶予もありませんので」
ルーキは何だか、それがさらし首にされているように見えた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。あそこにも同じ顔がこちらを見ていますわ」
エルカが別の方向を指し示しながら、恐々とルーキの影に逃げ込みながら言ってくる。
「あれは五日前にリボルバーを誤作動させて頭を撃ち抜いたわたしです」
さらにはユメミクサまで、
「あの、では、あれは?」
「あれはスモーク弾を間違って使って驚いた拍子に――」
「も、もういいですわ……」
エルカがさじを投げるように話を終わらせる。
よくよく見回してみれば、避難経路はティーワイの残骸だらけだった。
「わたしが一体爆発するごとに〈宇宙ノ京〉の完成は五日遅れると言われています。しかしご安心ください。破壊されたわたしのデータはマザーコンピューターへと送り届けられ、順次、同型機をアップグレードさせていきますので!」
「他のアンドロイドたちもここまで事故を起こしているんですの?」
「いいえ、わたしたちティーワイだけですね!」
「つまりシリーズ丸ごとガバガバということではありませんこと!?」
「はい!」
ティーワイはどんと胸を叩いた。
エルカがひたいに手をやりながら、「トワイライが、工事が“着実”に遅れていると言っていたのはこれが原因ですわ。こんな空の果てにもガバ勢が……」とため息をつく。
「ま、まあ、ウソついて失敗を隠さないだけまだいいじゃないか」
ルーキは他人事とは思えずフォローに回る。
RTA心得一つ。ガバは隠すな。
恥を恐れず正直に話せば、誰かがアドバイスをくれる。そうすることで、“失敗”は“経験”へと昇華するのだ。ガバ勢の完走した感想はその最たる例と言える。
「それはもちろんです。我々はウソがつけませんので」
ティーワイが自分の残骸を一つのボックスにまとめながら言う。
「へえ……そういう制限でもつけられているんですか?」
興味深そうに問いかける委員長に、彼は、
「いえ。アンドロイドにはウソをつくというアクションが、技能的に不可能なのです」
「不可能? こんなに普通に受け答えをしているのに?」
「ウソをつくというのは、非常に難解なプロセスが必要です。なぜ、事実と異なる発言をしなければいけないのか? その条件は? あらゆる事象において、虚偽の情報が真実よりも有益であることはありません。つまり最良のウソでもあっても、最終的には、真実よりわずかに悪い結果を招くのです。なぜ、わざわざ悪い結果を導く行為を働かなければいけないのでしょう?」
難しいことを言い出したティーワイに、ルーキは仲間たちと顔を見合わせる。
「う、うーん、そりゃ、理由は色々あるだろうけど……。自分を守るためとか……」
ルーキが咄嗟に返事をすると、ティーワイは首を横に振り、
「しかし最終的には、自分を守れない、悪い結果となりますよ」
「ま、まあ、そうだよな……」
これを実感できない人間はよほど幸運かバカなだけだろう。
「わたしたちのアンドロイドの行動は、あらかじめ良い結果を生むというゴールが見えて初めて、マザーによって採択されます。そう、ちょうど走者のチャートのように正解であることはもう確定しているのです。したがって、最良の結果を生まないとわかっているウソをつくことは、我々にはできません。もちろん、それが目的だというのなら可能ですが……」
「それはウソをつくって感じじゃないな……。普通に、目的通りに任務を達成してるだけだ」
ティーワイはうなずく。ここでいうウソは、もっと素朴で、もっと幼稚なものだ。
彼はさらに続けた。
「そしてさらに、どういうウソをつくべきなのか、そのさじ加減もわかりません。最善ではないものの中で、何を最善として選び取ればいいのか? また虚偽情報を与えることで、どのような結果が生じるのかも瞬時には計算しきれません。真実は正しいのでいつまでも正確に伝達されますが、虚偽はどこかで虚偽とバレます。そのパターンの全体像を把握するには、長い時間が必要です」
それを聞いてルーキたちはますます顔を見合わせてしまった。
きっと簡単なことなのに、ティーワイの話が難解すぎてうまく言葉にできない。
そんな中、委員長が一人口を開く。
「ウソをつく人もそこまで考えてないと思いますよ。すぐにバレるようなウソだって山ほどありますから」
ティーワイはおどけるような笑みを見せた。
「その
そう言って、彼は自分の残骸をまとめて通路のダストシュートに放り込んだ。
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