第164話 ガバ勢とベイリアン

「な、何でエルカお嬢さんがここにいるんだよ!? ユメミクサまで……」

「そっ、それはこっちの台詞ですわよルーキ! 三日に一度も学校に来ないくせに、どうしてこんなところには!」

「四日に一度は行ってるだルルォ!?」


 驚きと戸惑いをぶつけ合うルーキたちに、ティーワイの礼儀正しい声が入り込んでくる。


「おや、お二人はお知り合いだったのですか?」

「あ、ああ、ちょっとな」

「ええ。ちょっとした幼馴染で家も隣で同じ学校に通っている幼馴染で帰り道も一緒の幼馴染みで……」

「本人がいるそばで盛ってはいけない! 戒め!」

「ち、違いますわ。これは……そ、そう、わたくしたちの複雑な関係を簡単に説明するための方便で……」

「そのものすげーかた結びみたいな誤解を俺が後で必死に解いてるんだよなぁ!」


 ルーキが言うとエルカはたじたじとユメミクサのそばに退散し、ひそひそと言う。


「ど、どういうことですのユメミクサっ。ここには走者は滅多に来られないって、あなたが言うから……」

「申し訳ございませんお嬢様。どうやら偶然、わたしたちと同時期に彼らも申請を出していたようです。こちらが特急鉄道を使ったため、少し早く着くことになりましたが……」

「これでは、珍しい開拓地に……キを招待して驚かせて……という計画が……」

「申し訳ありません……」


 何やら揉めているようだが、不機嫌なエルカはユメミクサの「運命と思って諦めていただくしか……」という一言に「“運命”……」と繰り返して固まり、一旦会話を途切れさせた。


 そして数秒後、こちらを振り返ったエルカは、ひどくご機嫌な顔になっていた。


「それがわたくしとルーキの運命だというのなら仕方ありませんわね! わたくしとルーキが巡り合う運命だというのなら! わたくしのルーキの運命の導きだと――」

「わかったから! 何度言いなおすんだよ!」

「ルーキもそう思いまして? ねっ? ねっ!?」

「ああ確かにすげー偶然だわ。運命感じるよ多分!」


 すると彼女は偉そうに腕を組んでうんうんとうなずき、「そうですわ。これが宇宙の心だったのですわ」と猛烈な勢いで何かを受け入れつつあった。


 委員長がいる方向から漂うもやもやとした圧力が地肌をざわつかせたが、とにかく今は状況の整理が最優先だ。


「それで、マジで何でエルカお嬢さんがここに? ここ、相当に特殊な場所だよな? さっき、出資者がどうとかティーワイが言ってたけど……」


 改めて見ると、エルカは聖ユリノワール女学院の制服を着ている。


「まさか、学校単位でここに来ているとか?」

「いえ。この格好は、私用で公的な場に出る時によくしているだけですわ。校則にもそうすることが望ましいと書かれていますし」

「そうなんだ。で、ティーワイ。アトランディア家がここの開拓地に金を出してるってことでいいのか?」


 ルーキはティーワイを引っ張り込んで話を聞く。彼なら話題が脱線した時、すぐに戻してくれると思ったからだ。


「はい。〈宇宙ノ京〉はルタに発見されるまで停止状態にあり、街の方々の尽力によって再び稼働できるようになったのです。エネルギーの大半は内部の循環で賄えるのですが、いくつかの有機エネルギーに関しては、地上の方々から補充していただく必要があります。エルカさんのお家は、その大口のスポンサーなのです」


 開拓は王都が行う一大事業ではあるが、多くの民間人も出資者として協力している。

 彼らは見返りに、開拓地由来の技術や産業に関して一定の配当金だか何だかを得るのだ。これは秘密でも何でもなく、ルーキも一度は学校で習った一般常識だった。


「つまりエルカお嬢さんは、事業の進捗を……えーっと……そうそう“視察”しに来てたのか」

「えっ? え、ええ……まあ、そんなところですわ」


 他に考えようがなかったが、エルカはなぜか視線を遠泳させながら返してきた。


「確かに、RTA中じゃなければ危険は全然ないところらしいから、エルカお嬢さんとユメミクサだけでもいいんだろうけど……。すごいな。家の稼業? をちゃんと手伝ってるんだな」

「えっ? もう一回言ってくださいまし」

「へ? お嬢さんはすごいなって」

「もう何度か聞きたいから今すぐ再走なさい」

「何で!? いやだよ!」


「おほん」と、そんなエンドレスのやり取りに咳ばらいを挟んできたのは、それまで後ろで待機していた委員長だった。


「あっ、あらっ? あなたは確かリズさん……?」


 まるで今気づいたかのように、エルカはあたふたと対応する。「どうも」と軽く会釈をしたリズは、すぐに視線をルーキへと向け、


「たまたま偶然何ら特別な意味もなくひょんなことから奇遇にも友人と出会ったことを喜ぶのもいいですが、ここでの滞在期間は限られています。我々は試走に集中しなければいけません。そうですね? ルーキ君」

「あっ、そ、そうだよな。ごめん委員長」


 ルーキは慌てて謝罪する。今ここにベイリアンとやらの脅威はないかもしれないが、気持ちまで緩んでいては試走の意味がない。顔と気を引き締めて、エルカに呼びかける。


「じゃあエルカお嬢さん。俺たちは試走に向かうから、またな」

「えっ……も、もうですの? あと少しくらいお話を……」

「悪い。完走した感想は街でな。そっちでなら、時間はたっぷりあるから」


 結局のところ、エルカもこんな遠い土地に来て心細かったのだろう。制服のスカートをぎゅっと掴み、寂しそうにこちらを見つめてくる碧眼の意図は何となく察せられたが、ここで委員長の時間まで無駄にするようなら、いよいよ彼女と走る資格を失うことになる。


 ここは心を鬼にしてでも、それぞれの用事を果たすべきだった。


 と。


「トワイライ、〈宇宙ノ京〉のRTAのコース取りは、地上への緊急脱出経路と重なっていましたよね?」


 夜風に鳴る鈴のような声が、その場の動きを一時的に止めた。

 ユメミクサだった。


「はい、お客様」と応じたのは、それまで彼女たちのガイド役となって傍らに控えていたアンドロイドだった。どうやら彼が“トワイライ”という名前らしい。


 驚いたことに、彼の顔はティーワイと違って人のものだ。仮面じみた無表情ではあるものの、圧倒的に表情が読めない鳥そのものに比べればずいぶん接しやすい。


「〈宇宙ノ京〉でRTAが開始された場合、この都市は、指揮系統を持つアンドロイドの一部と、もしいればヒトの皆様を地上に退避させる緊急モードに入ります。走者は、それを警護していただく形でのランとなります」


 丁寧な口調はそのまま。しかし、ティーワイよりは若干抑揚を欠いた声で、トワイライはそう述べる。

 それを聞き届けたユメミクサは、誇るでもへりくだるでもなく、ただ物静かな声音で、


「どうでしょう、お嬢様。もしルーキとリズ様がよければ、脱出経路を一緒に見学させていただくというのは。わたしたちは予定を急いでおりませんし、一般人がいた方がルーキたちもより本番に近い形で試走ができると思いますが」

「そ、それはっ……! ル、ルーキ……。ど、どうなんでしょう、か……?」


 エルカがはっとした顔になり、こちらの様子をおずおずとうかがってくる。

 悪い話ではないと思った。警護対象がいるのといないのとで立ち回りは大きく変わる。そして練習というのは、限りなく本番に近くなければ意味がない。


 しかし、決めるのは委員長だ。ルーキが「どうする?」という一任の目線を向けると、リズは目を閉じ、一瞬の黙考を置いたのちに小さな息を吐きだした。


「なるほど。素晴らしい案ですね、ユメミクサさん」

「ありがとうございます」


 ユメミクサは静かにお辞儀をする。そんな彼女にリズはさらに、


「WIN-WINどころか、WIN-WIN-WINですか?」

「すみませんリズ様。わたしにはよくわかりません」

「いえ……。こちらこそ変なことを言ってすみませんでした」


 二人のやり取りは、実際、ルーキにもよくわからなかった。ただ、一つ確かなことは。


「じゃっ、じゃあ、ルーキ。わたくしたちは……」


 エルカが期待を顔を向けてくる。


「ああ。それならエルカお嬢さんたちには開拓民役を頼むよ」

「ユメミクサぁぁぁぁ」


 エルカがユメミクサに飛びかかって何やらぐりぐりと顔を押し付けているが、多分あれは喜んでいるのだろう。対するユメミクサは頬の筋肉一つ動かさず、はらりと垂れた遅れ髪を指先一本ですっと整えてみせる冷静さだ。


 ただ、じっとこちらを見つめる真摯な目が、何かを誇っているようでもあった。


「ところで、〈宇宙ノ京〉を襲うベイリアンってのは何者なんだ?」


 はしゃいでいるエルカは一旦おいておいて、ルーキはティーワイに問いかける。

 実は、今回の敵についてはルタにおいても資料が少なすぎ、現地に踏み入れてから直接確かめる手はずになっていた。


「恐るべき相手です」という一言から、ティーワイは説明を始める。


「わたしも実物を見たことはありません。接触した者は必ず破壊されているからです。これは推測ですが、どうやら超高空を漂っている未知の生物らしく、それが時折この〈宇宙ノ京〉に流れ着くようなのです」

「この高さをですか……?」


 リズも眉をひそめる。


 普通に考えれば、こんな高さを飛んでいる生物などいるはずがない。

 翼のある生き物が空を飛ぶのは、それが生きるために便利だからだ。

 この高い空には何もない。餌も。住処となる場所も。


搬入口ベイエリアから入り込んでくるようなので、ベイエリアからの異邦者――ベイリアンと、我々は呼称しています」


 それこそが、ガチ勢ですら正体を見極め切れない、この天空都市の脅威。


「しかしご安心ください。ベイリアンの侵入は滅多に起こるものではありません。ましてや、ゲストである皆様と接触するようなことなど99・9999%ないでしょう。クズ運が目に見えるほど濃厚なオーラとなって漂い、その上、大鎌を持った死神にストーキングされているようなクッソ激烈にツイてない人物でもない限りは」

「そうか、よかった」


 ルーキはほっとした。

 自分はまだガバオーラの境地には達していない。大鎌に関しては委員長の〈魔王喰い〉が相当するが、死神とストーキングには心当たりがないので誤差だろう。


 できることならベイリアンとは会いたくない。

 試走にこそ来ているが、実際に本走ができるようになるのは、もっと走力をつけてからだろうとルーキは理解していた。


 未熟な自分たちがどんなに背伸びしたところで、できないものはできない。それはあの名作性に富んだ〈バーニングシティ〉の戦いで身に染みている。


「では、新しいメンバーとなったところで〈宇宙ノ京〉RTAの試走を始めましょう。デッデッデデデデ、カーン」


 機械だからなのか、ティーワイの口真似は驚くほどに上手かった。


「ホイですの!」


 そしてなぜかエルカが一番ノリノリだった。

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