第149話 ガバ勢と始まりの静かな世界

 いっつも深刻な顔してんな、おめえは。今度は何だよ。


 ああ、亡者の話か……。

 この土地にいる限り、そのことからは逃げられねえわな。


 だがまあ、頭さえ守っとけばそれなりに大丈夫なんだろ?


 ……そうか。まあ、外傷だけが亡者化の原因じゃねえよな。特に、日頃からエレメントの影響を強く受けてた上の連中はな……。


 だがよ、そいつはおめえも納得してここにいるはずだぜ。不安はわかるが、今さらあれこれ悩むようなことか?


 なに、違う?

 はあ? 俺を背後から襲うかもしれねえだと?


 ……あのさぁ……。バカ野郎おまえ、俺は剣士だぞ。背後ってな剣士が一番気にする場所だ。つまり何をしようと丸見えってこった。


 たとえ寝込みを襲われても、おまえなんかにゃ俺は殺れねえよ。二世紀くらい早え。


 ん……。まあ、そうだな。仲間を襲うってのは気分のいいものじゃねえわな。たとえ、そう感じる心がなくなっちまった後だとしても。


 そうだなぁ……。


 だったらよ、もし自分のことが誰かもわからなくなって、何がしたいのか、名前は何だったかも忘れちまうようなことになったら……。


 そん時は……俺が一思いに介錯してやるよ。


 評判いいんだぜ。俺の介錯は。

 長年の肩こり、腰痛、その他もろもろの症状から解放されたって、本人が言ってくるくらいだからな。


 へっ……救われたような顔すんなよ。こっちはただでさえ長えチャートに一行増やさないといけねえんだからな。


 だから、まあ、何だ。

 そうならないうちは、精一杯やんな。

 それが、おめえがちゃんとそこにいるってことだぜ。きっとな。


 ※


「はえー、すっごい綺麗な場所……。ここ本当に地下なんですか?」


 ルーキは目の前の光景に圧倒されていた。


 どこまでも続く白い砂浜と、澄んだ色の湖。湖には木とも石柱ともつかない白い幹が無数に突き立ち、上を見上げると星のような不思議なきらめきが光を降り散らして、あたりの風景を遠くまで浮かび上がらせていた。


「位置的には、白蜘蛛娘の巣穴や、溶岩の地下都市よりもさらに下にある」と答えたのは、ラストアタックに参加するために途中で第一パーティを抜けてきたサグルマだ。


 彼はさらに「オーラン最深部の一歩手前だが、台風の目みたいにエレメントのちょうど空白地帯にあって、何の影響も受けてねえ。いわば原風景ってやつだな」という説明を続けて、周囲に視線を巡らせる。


 彼の目が後からやってくるレイ親父たちを探していることは明らかだったが、まだその時ではないようだ。


 ゴール地点である最深部へは、直前にある四つの大きな火溜まりを点火して、暗いエレメントを払ってからでないと近づけない。


 すでにガチ勢が走り終えたであろう今なら真っ直ぐ向かうことも可能だが、こちらが守るべき〈ピルグリム〉のチャートは各地への訪問を義務付けている。

 ルーキたちにできることは、このランデブーポイントで親父たちの到来を待つことだけだった。


「それにしても綺麗なとこっすねえ。これがオーランの本来の姿なら、エレメントとか必要ないんじゃないっすか?」


 サクラが浅瀬に手を突っ込み、掌サイズの小さな貝を拾い上げる。

 するとその貝からイヤに長い足が生え、すっくと立ち上がって水の中に逃げていった。


「うは、キモカワっす」

「でかかったらヤバいよな」


 見かける生き物といえば、そんな謎の貝だけだ。


「綺麗だけど、生き物がこれしかいないのはちょっとな」

「火のエレメントがあって、やっと地上の自然ができたのかもしんないすね」


 キモカワな貝一種のみが生息できる静かな死の世界。それがオーランの最初の姿。


「誰もいなければ必然的に諍いも競争もない。それを望む人間もいるだろう。まあその場合、望む本人もそこにいないんだけどね」


 フルメルトがそう言って『ドラゴンホール 二十七巻』をリュックにしまい、次の巻を取り出した。そろそろシリーズも読み終わる頃だろうか。


 最終決戦を前に、どこまでも穏やかで静かな時間が流れていた。


 手持ち無沙汰のルーキは砂浜を歩いた。サクラも何気なくついてくる。

 骨のように白い砂の陸地は、道のように一本になってどこまでも続いていた。途中に黒々とした岩が転がっていることがあったが、基本はそれだけで人工物は一つもない。


 世界が始まる前か、世界が終わった後。そんなどこか空疎で、それゆえに美しい景色を遠望したルーキは、今まで岩陰に隠れて見えなかった異物に気づいて目を丸くする。


「ちょ……おいおい、あれってサボテンアーマーじゃねえか!」


 慌てて駆け寄る。


 はるか以前からそこにあったわけではないだろう。全身に浴びた返り血はまだ生々しく、鎧全体に凄絶な鬼気を纏わせている。


 ツヴァイハンダーを抱き込むようにして座り込むその姿は、ここに来てから数度目にしてすでに見慣れたものになりつつあった。バムフリートに間違いない。


「この人もここに来てたのか。おーい、バムフリートさん。寝てるのかー?」


 どうせまたここで行き詰ってこちらを待っていたのだろう。そう思って明るく声をかけたルーキは、すぐにその異変に気づいて息を呑んだ。


 覇王樹の鎧からは何の生気も感じられない。

 まるで抜け殻だ。


 ルーキは呆然と、座り込む鎧を見つめた。


 凄まじい返り血だった。ここに来るまでにどこかで激闘を経たに違いない。これが敵だけの血であるとなぜ言い切れる? 鎧の隙間から流れ落ちた彼自身のものでないと、なぜ?


 明るい笑い声の幻聴と、サグルマが教えてくれた覇王騎士の最期の様子が心に蘇る。

 彼らは、恐れることなく危険な修行の旅に出、陽の下で静かに死ぬ。

 今ここでこうしているように。


 そうした覇王騎士団にとって当たり前の行く末に、バムフリートもたどり着いたのか。

 太陽はなくとも、オーランの始まりの世界で淡い光を浴びながら、一本のサボテンとなって眠るのか。


「…………」


 この突然の別れを嘆き悲しむのは、失礼というものだ。

 バムフリートは旅の途中で一人寂しく死んだのではない。長い旅路の果てに、ついに成るべきものに成って、終えたのだから。


 だから決して、憐れんだり、嘆いたりしてはいけない――。


「おや、貴公。こんなところで奇遇であるな」

「ファッ!!!!!?????」


 慌てて振り返ったルーキが見たのは、岩陰からひょっこり現れた、浅黒い肌のヒゲ親父だった。


「え!? ……え、誰……!?」

「ガッハッハ! ワガハイだ。最強たる覇王騎士団の修行者バムフリートだ」

「な!?」 


 ルーキは鎧とヒゲ親父を何度も見比べ、ただただ唖然とする。


「い、生きてたのかよ!?」

「えっ。なぜ殺した?」

「だって、全然生きてる気配がなくて……こんな血まみれだし! なあサクラ!?」

「そっすね。ああ、中身どっかいってるんだなって思ったっす。あれえ? ガバ兄さん何か勘違いしてたんすかあ?」

「う、うぐおおおおおしてたよクソッタレ! 死体だと思ったよ! 紛らわしいことしないでくれよ!」

「ウム? まあ、ちょっと小便をしたくなってな。鎧着てたらできんだろう?」

「理由もひでえ! 普通に脱いで転がせよ鎧! 何でこんなふうに意味深に配置するの!?」

「ディスプレイも重要であるからな。セッティング中に漏れるかと思ったぞガッハッハ!」

「きったな!」


 叫ぶルーキをよそに、バムフリートは平然と鎧を着直した。


 口調や態度から中の人が陽気なオッサンだということはわかっていたのに、一瞬違和感を抱いた自分がいることも確かだ。ゆるキャラの中身なんて知らない方がいいと、はっきりわかった。


「サボテンさんもここまで来てたんすね」


 サクラがわざわざこちらにイヤらしい一笑を向けてから、バムフリートに話を振る。


「ウム。ここがワガハイにとってのゴール地点となる。ここより先は真の聖域。一介の騎士が踏み込むにはあまりにも畏れ多いのでな」

「じゃあ、ラストバトルには参加しないんですか?」


 ルーキの質問に、サボテンは首肯する。


「そういうことになる。まあ、決戦の場がこの先でなくとも、ワガハイは参加できないのだが」

「? それはどういう……」

「おっと。忘れないうちにこれを渡しておこう」


 こちらが言い終える前に、バムフリートは荷物入れから何かを取り出した。

 これまで何度か渡されていた太陽色のコインだ。


「今までたびたび助太刀をしてくれたお礼だ。お陰で今回の武者修行も最後までたどり着くことができた。覇王騎士団のバムフリート、心よりお礼申し上げる」

「あ、ああ、どうも……」


 ルーキはコインを受け取りながら軽く頭を下げる。そして気づいた。


「何かこのコイン、今までに比べてちょっと汚れてますね」

「ウーム? ならばそれは“取ってきたて”のコインだったやもしれんな。切らしていたので、本部で補充してきたところなのだ」

「本部のやつなのに汚れてるとか、杜撰な管理っすねえ……」

「ガッハッハ! 覇王騎士団は細かいことは気にしない!」


 バムフリートは大笑すると肩にツヴァイハンダーを担ぎ直し、体の向きを変える。


「もう行くんですか? シルド兄貴たちももうじき来ると思いますけど」

「旅を終えたのならすぐに帰るのが覇王騎士団の習わしだ。ワガハイを入れてあと二人しか残っておらんが、それでも規則は規則。相方もそれなりに心配して待っておるだろう」


 あっさりと重大なことを告げた彼は、ルーキを見て、サクラを見て、それから離れた位置にいる一門へと目線を投じた。


「ワガハイがこんなことを頼むのは筋違いではあるが、“彼”の良き友でいてくれることを心から感謝する。願わくば、いつか彼の足が止まるその日まで、どうかそばにいてやってほしい。これは騎士も平民もない、オーランの一人の民としての願いだ」


 彼とは、シルドのことで間違いないだろう。

 誰もが彼に何かを思い、何かを託している。

 けれどそれをはっきりと口にする者はいない。どこかつらそうに、ただ見つめている。


 だが何かが掴めた気がする。

 オーランの人々は彼のことが好きなのだ。ただ純粋に、そうなのだ。


「わかりました。俺たちは一門の仲間ですから」

「ありがとう。それではな。貴公の旅の栄光に、運命のサンシャイン」


 どこか寂しげな足取りでバムフリートは去っていった。


 旅の終わりは満ち足りていると同時に、何かを失う時だ。

 遮るものがない白い砂の道を、銀色のサボテンが歩いていく。だんだんと小さくなっていく姿がなぜか物悲しく、シルドならば彼に適切な声をかけられるのかもしれないとふと思った。


 けれど同時に、彼の足は誰かから逃げるようでもある。

 シルドに会いたくもあり、会いたくなくもある。そんな不思議な感じがした。


 結局、シルドたちは間に合わなかった。


 ※


 その頃――。

 白蜘蛛の巣穴からさらに地下へと潜ったオーランの先住民都市、その最奥。

 燃え盛る巨大な樹木の前に、レイ一門はいた。


「いつみてもやべーよこのボス!」

「でっけー! 普通にどこを攻撃したらいいのかわかんねー!」

「落ち着きたまえ。左右の防御核を破壊することで弱点が露出する。本来なら直に殴りにいかなければならないが、私ならこの位置から火炎瓶を投擲して命中させられる」

「頼むぜシルドさんよォ!」

「火炎瓶は四つしかねえからなあ! しっかり狙えよぉ!?」

「任せてほしい。さあいくぞ! ハアッ!」


 ガチャーン。パリーン。


「…………」

「ど、どうなったんだ!? 弱点はどこかに出たか?」

「ヤツ、猛烈に怒ってるみたいだ!」

「早くトドメを刺さねーとここも危ないぜ!」

「…………げろ」

「え?」

「逃げろおおおおおおおおおおおッ!!」

『オォン!!? アォン!!!』


 さらにその少し前では。


 レイ一門は禁書だらけの図書館の最奥で、中ボス“水晶竜”を相手に有利に戦いを進めていた。

 中でも際立つのは黒騎士の大斧を振りかざすシルドの活躍だ。


「おいおいシルドさんよォ! ちょっと動きがアツいんじゃない!?」

「さっきのニテ戦も大正義ごり押しで倒せてたしよォ!」

「ええぞ! ええぞ!」


 仲間たちからの称賛の声も惜しみない。


「ゴールが近くなってようやく私も本領を発揮しつつある。ここは任せてもらおう!」

「おおーええやん!」

「完全に敵の死角を見切っている! それでこそ走者や!」

「でも尻尾の攻撃には気をつけろよ! 思わぬところから飛んでくるからな!」

「ん……? 尻尾……?」

「どうしたシルド? 尻尾がどうかしたのか?」


 わずかな沈黙の後。


「てゅわああああああああああ! 尻尾切るの忘れてたあああああああああああああ! 再走になっちゃうううううううううう!!」

「さ、再走おおおおお!!??? それだけは勘弁してくれえええええ!」

「ぜ、全員で尻尾を切るんだ! 本体は傷つけるな! 切断前に倒しちまったらまとめて砕け散って回収不能になるぞ!」

「ああ尻尾が逃げる!」

「ヤツ、完全にこっちの狙いわかってるよ!」

「もうやだああああああああああああ! あ、ここで瓶飲めるんで」

「うわあ急に冷静になるな!!!」

「もっと本領ガバを発揮しない人に走ってほしかった……!」

「今さら後悔しても遅えんだよ!!! みんな剣舞おどれー!!」


 こういう事情で予定時刻を大幅に遅れた後、一門は最終パーティへと合流したのだった。

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