第123話 ガバ勢と駄・カッポー(1/2)

 聖ユリノワール女学院、ベストカップルコンテスト開催――。


 提供元不明のこの突発的イベントの告知は、刺激に飢えたお嬢様たちの心を鷲掴みにした。

 投票期限はわずか二日間というタイトなスケジュールも、話題を一点集中させるのにほどよく作用し、さらに、コンテストに向けた急造カップルではなく、ごく平凡な日常から見てお似合いの二人を探すという公平性を担保するものとなった。


 しかし、そのわずかな時間で暗躍を続ける者も……決して皆無ではなかった。


 薄い本や活字等で推しのカップルを猛アッピルする者。

 校舎内の整備にかこつけて特定人物にやたらスキンシップし、見せつける者。

 この機に乗じてコンバットドッ……特定のスポーツを広めようとする者。


 様々な思惑が竜巻のように混ざり合い、そしてあっという間の二日がすぎた。


 ※


《さあ始まりました。第一回聖ユリノワール女学院ベストカップルコンテスト。略してナムコ!》

《違うだルルォ? 解説は図書室の闇の王女ことクニーガ・ビブリオーンです》

《失礼しました。実況は、廊下でタックルして挑発までしたのに放置されたわたくし、ニックネーム追尾タックルでお送りします》

《ゲストはリーリリリリリリリーのお二人。わたしとは創作仲間にしてライバルでもあります》

《リしかないんだけど!?》

《一塁走者なの……?》


 特殊な伝声管と開拓地技術によって大音量に変換された進行役二人プラス賑やかしの声が、運動場の特設会場に響き渡る。

 中央には仮設のステージが用意され、それを扇形に囲うように客席が並べられていた。ランクインしたカップルはステージに上がり、観客に挨拶するという段取りだ。


《さあクニーガさん。見ての通り客席は満席。全校生徒一人の欠席もなく、教職員の席まで急遽用意しなければならかったという盛況ぶりですが?》

《当然でしょう。この日のためにわたしも何作推しのSSを仕上げてきたか……》

《おーっと、クニーガさんが裏工作を早くも暴露してきました。しかし、この程度のことは誰でもやっている挨拶のようなもの。それを見越して腹を探り合うのが上流階級の社交界です。さあ、司会進行役のローズ先生と補佐のセシル先生がステージに上がりましたよ》


 ウオオオオオオオオ……。


《この歓声は……!? とても親御さんにはお聞かせできない野性的な雄叫びです》


 ステージ上のローズが、豊かなバストをふわんと揺らしながら客席に向かって拳を振り上げる。


「みんな~。第一回聖ユリノワール女学院ベストカップルコンテスト。略してスクゥエア! はーじまーるよー!」


 違うだルルルルオオオオオオオオオ……!


《大音量のツッコミです! それにしてもローズ先生の声はのんびりしてるのによく響きますね。さすが、我が〈乙女の嗜みクラブ〉の顧問です! 先生愛してるよォー! あたしと先生に一票入れたからぁー!》

《自分に投票するのももちろんアリですね》

《何よこの実況席! 個人に肩入れしすぎじゃないの!?》

《ひいき実況は……いいぞ……》

《あっ、ローズ先生がしゃべります! みなさん静かに聞きましょう!》


「じゃあみんな~。結果発表の前に前ぎ……じゃなかった、前座の、ベストカップル教師部門からの発表で~す」


 アイイイイイィィィ……!


《ローズ先生何を言いかけたんでしょうか? セシル先生には心当たりがあるのか、大変うろたえております!》

《それよりあたしは、客席がみんなピーター○アーツのセコンドみたいな掛け声なのが気になるわ》

《クロエちゃん、それはアーィだょ……》


「それじゃあ~、三位からの発表~と言いたいところだけど~、実は一位がダントツでそれ以外はちゃんとした優劣がついてませ~ん。しかも、特別講師のエイチ先生と誰かのからみばかりで~す。やっぱり~女ばかりの職場に竿役がいるとこうなるんだな~って」

「ロオオオオオオズ先生いいいいいいいいいい!? 生徒たちの前で何て言葉をををををををををを!!!」

「じゃけんさっさと一位を発表しましょうね~。は~い、一位は~」


 ぉぉぉぉぉぉおおおおおおお↑↑↑……! と仕込みでもされているかのような歓声がドラムロール代わりに会場のボルテージを上げていく。それがぴたりと収まり、


「あんのじょう~。ローズ先生×セシル先生でした~」

「にゃー!!!!????」


 ウェエエエエエエエイイイイイイ!!!


「コメント紹介~。『普通に結婚してほしい』『普通に恋人同士』『普通に毎日公衆の面前ックスしてる』だって~。あら~。わたしは夫も娘もいる身なのに~」

「だったら自重しろよォ! あと普通にって何よォ!?」

「セシル先生照れちゃって~。ほらみんなにサービスしなきゃ~。はぐ~」

「にゃー! やめてえええええ!」


 ああああああ^~。


《セシル先生さすがにキレましたが、あたしのローズ先生にそんなもの通用するはずがありません!》

《けれど、教師部門で二人を選ぶとしたらこのお二人以外ありえませんね。勤務歴はセシル先生の方が少し長いですが、力関係では圧倒的にローズ先生が上。このあたりのアンバランスさも妄そ……想像力をくすぐります。エイチ先生は……これからの関係性構築に期待しましょう》


 ※


 ルーキたちは客席の最前列にいた。


 コンテスト主催側の特権――と言いたいところだが、このイベントの仕掛け人は不明ということになっており、ルーキたちがここにいるのは見えざる手による采配だ。


 もっとも、二列目以降の席の誰もそれに苦情を述べはしなかったが。


「いよいよ始まっちまったなあ……」とルーキがぼやくと、隣のロコが「……そうだね」となぜか緊張した面持ちで返してくる。


 発案からわずか二日後の開催となった裏側には、エルカとカミュの祖父がちょうどその日にやって来るという情報を掴んだからだ。結果、かなりの突貫工事となってしまったが、ここまでは順調に(?)進んでいる。


「後は状況を待ちましょう。我々にできることは、あらゆる変化を見逃さないことです」


 ロコとは逆の隣席に座るリズは落ち着き払った態度のまま言い放った。二日前に落ち込みまくった精神はいまや完全に回復している。

 その奥にはカミュがおり、さらに数席離れた位置にエルカの姿がある。どことなく素っ気ない距離感はいつも通りだが、その自然体は今回の演出の一つでもあった。


 ……のはずなのだが。


 そのエルカが身をかがめてルーキたちの前にやってきた。


「大変ですわルーキ……。仕事の都合で御爺様たちの到着が遅れているそうです。ユメミクサから連絡がありました」

「なに……!? 大丈夫なのか?」

「ローズ先生が時間を稼いでくれてますから、何とかぎりぎりスピーチでも間に合ってくれるとよいのですけれど……」


 言って、セシル先生との日々のアレコレを赤裸々に語り、会場を沸かせているローズを見やる。胆の太いカッチャマとは対照的に、繊細なセシル先生は真っ赤になった顔を隠してしゃがみ込んでいて、すでに立ち直れない状態だ。


「心配はいらないでしょう」


 と落ち着いた声を吹き込んできたのはリズ。


「こうしたイベントは大抵進行が遅れるものです。それに母さんは無駄話が多いですから」

「頼むぜ、委員長カッチャマ……!」


 ルーキはつぶやき、すべてがうまくいくように一門の父に祈った。


 ※


「では、前座も終わったところで本日のメインイベント~! 生徒部門の発表で~す」


 ドッゴオオオオラアアアアアアアアアア……!


《大型モビルアーマーでしょうか? 今日の客席は電子レンジに入れられたダイナマイトだ!》

《エンジャでしょ》

《危ないですよ……》


「生徒部門とは言ってるけど~。片方が生徒なら有効票で~す。つまり先生と生徒のカップルもあり~」

「ローズ先生! まずいですよ! 父兄の方々に怒られる!」


《――という基準ですが、クニーガさん、これは?》

《当然の配慮でしょう。教師×生徒はいまや王道。そこにやましさを見るほうがアブノーマルな思考と言えます》

《さすがはクニーガ先輩ね。わたしも同意だわ。大人は何を心配してるんだか》

《保護者はエロいことしか考えないのか……》

《実況席は満場一致の大賛成のようです。客席を見ても不満な女の子は一人もいませんね!》


「大接戦だったんだけど、特に激戦だった六位からの発表で~す」


 ぉぉぉぉぉぉおおおおおおお↑↑↑……!


「第六位はエイチ先生×ルーキ君~」


 どっせえええええええええええいぃぃぃぃ……!


 ※


「はあ……!? 俺とエイチ!? 何だこの……何だ!? こういうのって、普通は男女じゃないのか!?」


 壇上のローズから手招きされるのを受けつつ、ルーキは慌てて仲間たちを見回した。

 リズは落ち着き払った様子で「教師部門見て察しなかったんですか?」と逆に聞き返し、ロコはそっぽを向いている。


「オイオイオイ、大丈夫かこのコンテスト……!? これホントに俺とお嬢さんが一位取れるんだろうな?」


 ルーキとエルカが一位になってこそスピーチにも説得力が増す。二位以下では効果は半減……まして圏外ということになれば、ステージに立つ権利さえ与えられない。懸念をぶつけるようにエルカを見ると……。


 澄ました表情のまま、ドバーッと汗をかいている彼女の横顔が目に入った。


「あかんこれじゃチャートが死ぬぅ!」

「おい、何をしているルーキ。さっさと壇上に上がれ!」

「げえっ、エイチ! おまえ、これの意味わかってるのか!?」

「ああ、コンドジを広めるまたとないチャンスということがな!」

「わかってねえじゃねえか!」


 ※


《いきなり優良カプがきました! 現在我が学院が取り入れているドッジボールなる球技の特別講師、エイチ先生とお気に入り君……失礼、ルーキ君の仲はもう知らぬ者はおりません。何しろ授業のたびにエイチ先生がべらべら吹聴しております。クニーガさん、この二人の魅力は?》

《ずばり、因縁のある関係性と言えるでしょう。かつて敵同士としてぶつかり合い、それが今、教師と生徒という上下の関係で再会。しかも上の立場のエイチ先生が、一方的にルーキさんに惚れこんでいるという片想い。これはポイント高いです。また、唯一の男性教師という属性も見逃せません。何しろ正統派イケメンです、顔だけは》

《あたし知ってる。あの先生コンドジバカよ》

《ビジュアルが良ければそれでいい……それがすべてだ……》

《お二人のインタビューが始まります!》


 ※


「えーっと、それでは完走した感想ですが……」

「昔話などいつでもできる! それより今は俺とコンドジのデモンストレーションをやれ!」

「あら~。二人とも普通に話してくれないと困るわ~。ね?」

『は、はい……』


 ※


「……とまあ、いろいろ話したが、最後に一つ、世間知らずの小娘どもに言っておきたいことがある。ほしいものがあるのなら、足掻き、求め、走り続けろ。足を止めたら、ほしいものはとてつもない速さで去っていく。だが追い続ければ……いつか誰かが背中を押して、そいつに手を届かせてくれる。おれとルーキはそういう関係だ。諦めるな。代償を恐れるな。夢を、一人ぼっちにするな! おまえたちが、ハートに火をつける誰かと出会えることを願っている!」


 きゃあああああああああああ……!


《おーっと、初めて女子校らしい黄色い声援です》

《エイチ先生、ニヒリストに見えて普通にスポ魂のいい先生ですからね。図書室調べによりますと、エイチ先生が狙っている開拓地では、エイチ先生とルーキさんの決勝戦を観た子供たちの中から、必殺シュートを繰り出せる者がちらほら出始めているとか。本人はまだご存知ないそうですが……》

《これは魔王の夢が成就する日も近いのか!?》

《惜しいわ。コンバットドッジボールさえなければまともなのになあ》

《死ぬよ。ボールを取り上げると彼は死ぬ……》


「はい、お二人ともありがとうございました~。続いて第五位~!」


 ぉぉぉぉぉぉおおおおおおお↑↑↑……!


「第五位は、ロコ君とカミュ君で~す」


 ぶるああああああああああああああああああああ!!!???


《うおおおお! ロコカミ!? ダークホースの大本命が早くも来てしまいましたよ!?》

《まさか、思ったより伸びなかったということですか……!?》

《ねえマシロ、ダークホースの大本命って一行で矛盾してない?》

《死ねっ、峰打ち……》


 ※


「なっ、何で僕が彼と!? ル、ルーキィ……」


 取り乱すロコにルーキは気楽に、


「ロコはカミュと何か絡みあったっけ?」

「なっ……ないよ! あるわけないだろ!! ないよ、ないったら! どうしてそんなこと言うの!?」

「えぇ……。そんなに強く否定しなくとも……。とりあえず、カミュも混乱してるみたいだし、早く行ってやれよ」

「ふえぇ……ルーキィ……」


 ロコは何度も振り返りながら、とぼとぼとステージ上に向かった。


 ※


「は~い。とっても可愛いお二人です~」


 フオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!!


「…………」

「あら? こんなこと言ったらセシル先生怒ると思ったのに~。もしかして先生が投票したのって~?」

「い、いいから早く進行してください」

「は~い。ロコ君もカミュ君もおろおろしてるから~。先生がコメント紹介しま~す。『ロコ様のワイルドさでカミュ様を食べてほしい』『どっちも運動苦手、ルーキさんに隠れて二人きりの特訓、何も起きないはずがなく……』『ロコカミは脳に翼をくれた』で~す。投票は匿名だけど~あそこで堂々と横断幕持ってる人たちが支持層ね~」

「主に教師じゃないですか!? 先輩方、何やってるんですか!」

「あらら~? 待って~。何かロコ君もカミュ君もそのままステージで待機みたい~。それでそのまま第四位発表~。何とカミュ×ロコ~!」


 ヤッダバアアアアアアアアアアアアアアア!!!!???


《な、何とおーっ!? カミロコです! まさかのカミロコ!》

《リバースですね……! つまりカミュ様の方が攻めということです。これを別カウントとしたのは英断と言わざるをえません。なるほどここで得票数を分け合ってしまったか……! しかしそれも当然のことと言えます。この二人は公式ではありませんから、決まったスタイルがないのです。自由に発想していい……それゆえの分散と言えるでしょう》

《なるほど自由主義ゆえの脆さが露呈してしまいました! しかしこのフリーダムな発想はこれまでのユリノワールでは考えられなかった現象です。かつてないほど男子が増えた学院で、何か変革が起ころうとしているのでしょうか?》

《ええ。これは極めてエポックメイキングな事件と言えるでしょう。このカプで特に注視しなければいけないのは、ルーキさんの立ち位置です。カミロコもロコカミも単独では存在し得ず、必ずルーキさんという第三者が必要になります。しかもどちらを攻めとするか受けとするかで彼の扱いが大きく変化します。この微妙なルーキさんの表現によってエモさは数倍に膨れ上がり、さらに――》

《クニーガさんがものすごい早口でしゃべっておりますがローズ先生によるコメント紹介が始まります。投票者たちの声を聞きましょう!》


「『カミュ様の生意気スタイルを知らないのはにわか。自習室に来なさいよ脳筋』『ロコ様のワイルドスタイルは仕事の都合にすぎませんのに、ロコカミは草』『ロコカミ派は首から上に神経通ってないってマ?』」


「何ですってぇ!?」

「何か言ったかのう!?」


 ゴオオオォォォォォ……!


《ああーっと客席の一部がヒートアップしています! あれは、ユリノワール一の武闘派として知られるフェンシングクラブとナギナタクラブです! 運動音痴の二人を応援するのが学院最精鋭の両者というのは奇妙ですが、母性本能をくすぐられたかぁー!?》

《特訓をリードしてあげたいけど、男同士に割り込む無粋は犯せないという乙女心のセンチメンタリズムでしょう。遠くから見守りたい! 見守る自分に酔いたい! わたしにも覚えがあります》

《これは困った性的趣向だ! お嬢様と言えば聞こえはいいが、貴族なんて元をたどればだいたいがケンカ屋です! これは血を見ずには終われないか!?》

《あっ、ローズ先生が飛んでいった! これで双方痛み分けね!》

《さすがだぁ……》

《おやっ、ここで混乱を収めるために一旦CMに入るようです。えー、下町で人気のずんだ餅ときりたんぽのPRですね。東方の郷土料理はあまり広まっていませんから、これは学食に取り入れてほしいっ》

《イタコは……イタコ(のCM枠)は取れたの?》

《どう宣伝すんのよ……》

《そうだ、オソレザン、いこう……》


 後半へ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る