第122話 ガバ勢とワーストmiss☆物語

「というわけで、緊急事態ですわ……」


 普段使われていない教室特有の冷えた空気に、エルカはその一言を吹き入れて、正面に座る相手を見つめた。


「それは、由々しき事態だね……」


 応じたのは、少女と見まごう相貌に、エルカと鏡写しのような深刻な表情を浮かべた男子生徒――カミュだ。


「どうしてこうなった……」


 二人に対して三角形を描くように座ったルーキは、一連の事情を聞いてのどの奥からうめき声を上げ、静かに手で顔を覆う。


 RTAの拠点としているこの教室に、今回のRTAの渦中と呼んで差支えのない二人が集うのは初めてのことだ。それでなくとも、エルカとカミュの直接対話は今日が初めてだった。


「これまではお互い顔を合わせない方が得策かと思っていましたが、そうも言っていられないのが実情ですわ」


 エルカがそう言うとカミュもうなずき返し、


「同感だね。ボクらの連携がバレればお互いに不利益しか生まない状況だったけれど、今はそれどころじゃない。幸い、ここなら人目にはつかない……」

「本当にそうか?」


 ルーキは二人の会話に呆れた声を割り込ませ、周囲へと視線を巡らせた。


「へえ。二人は最初からこの婚約に反対だったのね」

「そうだったの。それはそうよね。やっぱり身分の高い人って大変だわ……」

「確かに、こうしたことを当事者以外が決めていいはずもありません。こんなのは不道徳です。ましてや、まだ二人は未成熟だというのに!」


 ジェニルファー、ロレッタ、そして憤るミサリの声があたりを回り、


「ここがルーカス先輩のハウスね! 何か資料になりそうなもの隠してないかしら!」

「ロコ様への恋文くらいあるんだろ……? くれよ……」


 バイザーで顔を隠したリリリーナが室内をウロチョロし、


「大きなおうちはいつも大変ね~」

「こ、これが政略結婚というものでしょうか? まさか、二人がそんな状態にあったなんて……」


 トドメにローズ先生とセシル先生まで立ち会っていては、密会も再走もっかいもない。それに加えて、こちら側の本来の陣営としてリズと、それからなぜかロコも同席している。ちょっとしたクラブ活動の様相だ。ちなみに、サクラは今回も不在。


「何でこんなに人材が豊富なんですかね……?」


 ルーキが皮肉を込めてギャラリーにたずねると、


「エルカさんが血相変えてここに飛び込んでいったから、何事かと思って」

「ルーカス先輩とロコ様とカミュ先輩が県北の橋の下で集まると聞いて」

「生徒たちがただならぬ気配で空き教室にしけこむのを見たっていう通報を受けて~」

「僕がいちゃいけないの?(ロコおこ)」


 概ねこのような理由が返ってきた。


「そういうわけですので、数日以内に勝負をつけないといけなくなりましたわ……」


 圧倒的密度の外野を無視するように、エルカが無理矢理話を本題へと引き戻す。

「数日か」と繰り返したルーキは、ふと思いついてカミュに提案した。


「ここ数日だけダメなヤツになるってのは、やっぱりダメか?」


 すると彼は臆病な亀のように首をすくめ、


「最終手段としてそれも考えてはいたんだけど、実はボクの方でも同じことになってるんだ。近いうちにおじいちゃんが学院の様子を見に来るんだよ」

「なに……!?」


 ルーキは目を剥いた。


「そうなると、あの人も一緒に来ることになる。いかなる理由があろうと、ダメな男を見せるわけにはいかないんだ。それが決定的な結果を招くとしても……」


 そう続けたカミュの決意は固いようだった。それほどの覚悟がある感情なのだろう。彼からの援護はないとすぐに割り切ったルーキは、「しかし、何だって二人のじいちゃん勢は急に来る気になったんだ?」と時間稼ぎのような問いを発していた。


『…………』


 エルカとカミュが互いを探るように目を合わせ、二人同時にふっと明後日の方向を向いた。


「な、何があったのか、わたくしにはわかりませんわ」

「ぼ、ボクも知らないな……」

「そっかー」


 孫の結婚相手を勝手に決めてしまうような人々の気持ちなどわかるはずもない。


「一つ言えることは、恐らくお二人は一緒に様子を見に来るということですわ」

「ボクもそう思う。一つの決定を下すのに別々のものを見ていては、話が合わなくなるからね」


 ピンチが倍加した、と見るべきなのか、あるいは、一度の対処で決着がつくようになったと見るべきなのか。


(どっちにしろやばいよな、これ……)


 見解がどうあれ前代未聞レベルの大幅なチャート変更になる。

そしてそのチャートを作ったのは、さっきからルーキのすぐ後ろで一言も口を利いていない委員長だ。


 これまでもガバの数々で相当迷惑をかけてきた。その上、ここで理解不能なイベント勃発となれば、彼女のチャートは崩壊したと言っていい。その不満と怒りはいかほどか……。


「あ、あの、委員ちょ……」


 ズオオオォォォォォ……。


「うわぁ!?」


 ルーキは椅子から転げ落ちた。

 椅子の上で膝を抱えて背を丸め、小さな体を極限まで縮めたリズは、膝のすぐ上からかつてないほどにどす黒い両目で、またばきもせずにルーキを見つめていた。


「ルーキ君……」

「は、はいぃ!」


 地を這う委員長の呼びかけに、ルーキは全身を引きつらせるように返事をする。


「口では何かの役に立てばとか謙虚なこと言ってましたけど、実はこのチャート結構自信あって、内心猿みたいにウッキウキだったんですよ……」

「わ、わかります! いいチャートだと思ってました! 序盤中盤終盤隙がなくて……」

「要注意生徒の趣向や行動範囲を調べて……評価値稼ぎの効率化も考えて……できあがったのを何度も見返しながら一人でニヤニヤしてたんですよ……」

「はい……はいぃ……」


 リズは眼鏡の奥の真っ黒な目を皮肉げに歪め、


「それがここにきて完全なチャート破綻。確実にリセ案件です。滑稽ですよね、わたし……。ガバすぎなんだけどこの女! 誰だよこいつのことガチ勢見習いって言ったヤツ出て来いよ! ぶっ頃してやるよ俺が! そう思ってますよね……」


「い、委員長!?」


「弱えーなマジ勇者勇者とか言ってマジで! 緑髪も眼鏡も不人気の証じゃねえか! そういうRTAじゃねえからこれ! ホッヒヒ! って思いますよねえ……?」

「思ってない思ってない絶対思ってないから! 俺は好きだよ委員長の髪も眼鏡も! 悪いのは俺だよ! きっと俺がどこかでガバって、それがバタフライなんちゃらで悪い方向に……」


「わたしがルーキ君のガバを想定してないと思いましたか?」

「えっ……?」


 黒い太陽が沈んでいくように膝の下へと視線を落としたリズは、自分をせせら笑うように告げた。


「ルーキ君のガバ力を計算した上で、わたしのガチ力が上回ると思っていたんですよ。しかし結果はこれです。この程度の女なんですよ、わたし……」

「それってつまり……俺が委員長の予想よりはるかにガバガバだったってこと……? オ、オワタァ……。もうダメだぁ……。破門だぁ……」


 ルーキはヨツンヴァインになって頭を抱えた。


「あら~。共依存で無限に落ち込んでいくカップルみたい~」

「ローズ先生笑いごとじゃありませんよ! 何だかよくわかりませんが、生徒が二人落ち込んでいるんですよ!? 何とか励ますのが我々の務めです!」

「仕方ないわね~。リズちゃん、ルー君、聞きなさい~。RTAにはね~、“バージョン違い”という環境変化がたまに起こるのよ~」

「バージョン違い?」


 ルーキとリズは揃ってすがりつく顔をローズに向けた。


「そうなの~。一度走ったことのある開拓地でも、中身が微妙に違っていることがたまにあるのよ~。その微妙な差が、チャートには壊滅的な被害をもたらすの~。今回みたいにね~。ルー君がいる一門が世界一嫌いなじゅうべえの開拓地も、後続者の実走が親と全然違くなっちゃって、一時期バージョン違いが存在するって噂があったのよ~」

「そ、そんなことが……?」

「でも、母さん……。走ってる最中にバージョンが変わるなんて聞いたことありませんよ……」


 一門の苦労を引き合いに出されて若干気持ちが浮上したルーキとは対照的に、博識が災いしてか、リズの声はいまだに地の底だ。


「滅多に起こらないから~。でも、絶対起こらないわけじゃないわ~。なのにそうやって自分の失敗を呪って考えることをやめちゃうのは~、ん~、多分百年ぐらい~早い~。何のためにあの大鎌を背負ってるのかよく考えてね~」

「…………!」


 リズの暗黒目に、最初は鈍く、しかしだんだんと鋭い光が戻ってくる。

 さすがは勇者の一族、そして彼女の母だ。あれほど崩壊しかけたメンタルを数回のやり取りで回復させてしまった。その激闘史からすれば、この程度のピンチはピンチのうちにも入らないということか。……場数が違う。


「でも、ここから新チャートを組むのが難しいことに変わりはないよな……」


 何とか二人揃って復活した走者組が難しい顔を向け合うと、「わたくしにプランBがあります」と自信に満ち満ちた声が割り込んできた。


 全員が「あ? あんのか、そんなもん?」と発言者のエルカを見つめる。その視線を十分に浴び切ってから、彼女は得意げに告げた。


「カプ・コンをやるのですわ」

『CAPCOM?』

「カップルコンテスト。つまり、学院内のどんな二人がもっともお似合いかを競うコンテストですわ。そこでわたくしとルーキが一位を取るところを、御爺様たちに見せつければいいのです」

「な、何て不道徳なっ! そんな大勢の前で関係を認められてしまかったら、三日後には三つ子が生まれてしまいますよっっっ!」

「ごめんね~。話の腰を折らないでね~」


 席を立ってエルカに詰め寄ろうとしたミサリを、ローズが後ろからとんと軽く押した。「あっ」と小さく声を上げたミサリは、不思議な力に導かれるようによろよろとルーキの方へとたたらを踏み、座っている彼の膝にふくよかな上半身を載せるようにして倒れ込んでしまった。


「だ、大丈夫かシスター?」


 ルーキが慌ててミサリの細い肩を両脇から支えると、彼女の真っ赤になった顔がこちらを仰ぎ、


「あっ、あああっ……男性の下半身にこんなに顔を近づけたら……あヒぃ……」


 顔を真っ赤にしてそのまま気絶したミサリは、ジェニルファーとロレッタに回収された。


「よ、よし、気を取り直して……。エルカお嬢さん、それで、そのカ・プコンはじいちゃんたちには通用するのか?」


 ルーキは改めて問いかける。家の行く末を決める政略結婚と、学院でのイベントごと。選考基準のレベルが一致しているとはなかなか言いにくい。

 しかし彼女は動じず、すでに用意してあったであろう話を続ける。


「もちろん、これだけでは苦笑いで終わりでしょう。しかしここで……優勝者のわたくしがスピーチを一席ぶちますわ。内容はまあ、世の中には色んな人間がいるのだから、お相手は少し時間をかけてでもよく見ておきたいと思いました、ぐらいのものでいいでしょう」


 エルカは弁論クラブのエースだ。それくらいのことはやってのけるだろう。しかし彼女の計画にはさらに続きがあった。


「そしてここまでが下準備。こうして婚約話に微妙な空気を作っておき、家に帰ってからわたくしが改めて御爺様にお願いしますの。どうかもう少し、お互いを知る時間をくださいと。上手く引き延ばしができれば、お爺様方の熱も次第に冷めてくれるかも」

「おお……!」

「いい主張じゃない~」


 ローズがぱちぱちと能天気な拍手をする。


「だ、大丈夫でしょうか。アトランディア家は開拓時代に入ってから強権を誇り続けている家柄。もしこの学院が妙なことを吹き込んだと思われて怒鳴り込んできたら……」

「あら~セシル先生ったら~。保護者の言うことなんて知らな~い」

「ローズ先生!? うち一応伝統校なんですけど!? 生徒のことはもちろん応援したいですけれど、ブランドのことも考えてくれないと……!」

「うるさ~い。パイスラ~ッシュエックス!」

「にゃー! どこ触ってるんですか!? やめてお嫁に行けなくなる!」


 また勝手に戦い始めた教師たちはおいといて、エルカの提案は隙を生じぬ三段構え。効果のほどは希望的観測を含むが、最低でも時間稼ぎはできそうだ。


 後はカミュと歩調を合わせて工作すれば、婚約話を自然消滅させられるかもしれない。

 エルカとカミュの反逆が、成る。


 ルーキはリズを見た。彼女は少し考えた後、うなずき返してきた。


「よし、決まりだ。そのプランでいこう!」


 ルーキの声に、全員がうなずいた。


 しかし彼は気づかなかったのだ。その中に、ぎらりと野獣めいた眼光を宿す者がいることを。そしてそれが一人ではなかったことを……。

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