第115話 ガバ勢とルームメイツ

「ル、ルーキ!? なっ、何で!? 何でルーキがここにいるの!?」


 ユリノワールの男子用制服を着た彼は、目を白黒させながら駆け寄ってきた。


「色々訳あってさ。ちょっとの間、ここに通うことになったんだ。軍医さんとも会ったよ。ロコがいるから、見つけたらよろしくって」

「わあ! 何ていいところに! い、一緒に来てよ!」

「うおっ!? 何だ何だ何だ!?」


 ロコはルーキの腕を掴むと、ためらわずに女子寮の入り口に飛び込んだ。遅れてリズたちも小走りでついてくる。


「おいおいロコ。さすがにこういうところは入っちゃまずいんじゃないのか?」


 女子校の女子成分をさらに濃縮したような空気に気後れしながら、ルーキは言った。


「僕だって来たくなかったよ。そのへんを歩いてるだけでじろじろ見られるし……。でも、ここの人から頼まれちゃったんだから仕方ないだろ」


 ルーキの腕を掴んで歩きながら、ロコは不満げに唇を尖らせた。


「頼まれた?」

「寮部屋の修理。結構傷んでるんだって」

「へえ……! そういやおまえ、訓練学校でも部屋の修理とかしてたもんな」

「まあ、僕らの部屋だけね。本格的なのは無理だけど……」


 階段を上ってしばらく進むと、やがて廊下に出ていた女生徒たちがこちらに気づき、手を振ってくる。


「あっ。来てくれたわ」

「こっちです。こっち!」


 個室に通される。どうやら相部屋のようだ。下級生らしい少女たちは、男子が二人もいることに驚いたようだったが、すぐ後についてきていたミサリを見ると安心したのかすぐに緊張を解いた。彼女がいかに信頼されているかがうかがえる。


「見てください、この壁。何だか焦げてるみたいで……」

「ちょっと待ってね。今、調べるから」


 ロコが女の子みたいに柔らかく微笑むと、生徒たちはほんのり頬を赤らめてうなずいた。


「んー。壁を通ってる動力パイプが悪くなってるだけかな。このくらいなら上からバンソーコー張っておけばいいでしょ」


 しばらく調べた後にそう言って、ロコは持ってきた工具箱から補修用の特殊シートやツールを取り出す。


「ルーキ。肩車お願い」

「おうよ」


 訓練学校時代に培ったコンビネーションでさっさと修繕を終わらせる。


「はい、これでオーケー」


 空けた穴もぱっぱと塞いでしまうと、ロコはルーキに担がれたまま下級生に伝える。


「はわー……」

「しゅ、しゅごい……」


 普段こうした作業を見慣れていないのだろう。少女たちは呆然としていた。

 親友の活躍を見てルーキも何だか嬉しくなる。


 本来はRTAツールが専門のロコだが、親が小さな工房を持っていることもあって、大抵のことは現場仕込みの技術と、持ち前の器用さで何とかしてしまう。

 訓練学校時代もそのおかげで、傷みすぎた自室からどこかの三人部屋にそれぞれ振り分けられるはずだった危機を何度も回避できたものだ。


「さすがはロコだな」


 ルーキがロコを肩に載せたまま言うと、彼は「な、何さ」と身じろぎし、


「こんなの本業なら誰でもできるでしょ……」

「お? 本業並って言いたいのか? ナカナカヤルジャナイ!」


 寮生二人もうんうんうなずきながら、口々に述べる。


「あのっ、す、素敵でした」

「カッコよかったです……」

「作業してる時のロコはカッコイイからな。好きだぜ、俺は」

「なっ……!? 何言ってるんだよ、ばかっ、ばかばか!」

「うわ!? よせやめろ! この体勢で暴れるな!」


 上で暴れ出したロコに負けてルーキはよろめき、とうとう二人揃ってひっくり返った。


「ご、ごめんルーキ……」

「いや、大丈夫だ。下が絨毯だったからな。そっちは大丈夫か?」

「うん……。ルーキが下敷きになってくれたおかげで……」


 ルーキが後頭部をさすりながら咄嗟に閉じていた目を開けると、馬乗りになっている姿勢のロコと間近で目が合った。


 と。


「こらああああ逃げるなルーカス先輩! すぐにこの学院から出ていけェェェ!」


 猛烈な勢いで接近してきた足音と声が、部屋の入り口のところでビタッと止まった。

 ルーキが倒れたまま顔をそちらに向けると、例のリリリーナのコンビが固まっている。


「な、何これ!? 男子がもう一人……!? って、ええっ……」

「……綺麗な人……女の子みたい……」


 ブラックリリーナとホワイトリリーナはロコを見るなり、バイザーで覆っていてもはっきりわかるほどに顔を赤くした。


「ル、ルーキ。何、この子たち……」


 気弱なロコは年下の少女にすら気圧されたのか、恐々とルーキのブレザーを掴んでくる。

 一方で、リリリーナの方もルーキとの間合いを一気に詰めてきた。


「ル、ルーカス先輩! この人は誰!? 名前はっ!?」

「……言えっ……雑菌……!」


 血走った目――バイザーで見えないが確実にその気配――で問いかけてくる二人に、ルーキはロコを紹介する。すると、彼女たちはまるで憑き物でも落ちたかのようにスッと真っ直ぐ立ち、


「ルーカス先輩……。ごめんなさい。先輩のこと勘違いしてました」

「え?」


 ブラックが丁寧に謝ると、ホワイトもしらおしくなり、


「ルーカス先輩もわかってる人だった……。女の子は女の子と。男の子は男の子とくっつくべき。それを体現する同志だった……!」


 二人はうなずき合うと、しっかりと手を握りあったまま、神妙な面持ちをこちらに向けた。


「ルーカス先輩は女の子同士の間に割り込む隙間男でもカスでもなかったわ。むしろあたしたちの味方。これまでの失礼な言動、お詫びします。ごめんなさい! あなたはルーカス様だわ!」

「ルーカス様はロコ様に馬乗りになられてる時だけ生きる価値のある男……」

「儚えな!」


 ルーキは一応私見を述べてみたが、当然の権利のように彼女たちは答えもせず、二人でうなずきあってから、カーテンコールのように揃って頭を下げた。


「ルーカス様とロコ様のおかげで新境地を得たわ。あたしたちの新作楽しみにしてて!」

「来週もまた見てね……」


 リリリーナは嵐のように現れ、そして去っていった。


「何だったんだろうな……」

「さ、さあ?」

「とりあえずそこどいてくれロコ。動けん」

「あっ、ごめんね。すぐどくよ」


 ロコがルーキの上からどくと、なぜか「あぁ……」と残念そうな声が寮生たちから漏れた。


 何はともあれこれでこの件は終了。騒がしいリリリーナが絡んできた時はどうしようと思ったが、当初こちらに抱いていた不満も勝手に解消したようだし、結果オーライということでいいだろう。


 RTA俳句一つ。とりあえず リカバーできれば それでいい。


「じゃ、じゃあ、僕はこれで……」


 ロコが工具を片付け終えて挨拶すると、少女たち二人は整列するみたいに行儀よく並んで頭を下げた。


「あっ、あのっ、ありがとうございましたロコさんっ」

「す、すごかったです……。いきなりお願いしてすいませんでした……」

「い、いいんだよ。こういう作業は、それとなく学院長からも頼まれてたから……」


 それを聞いて、女生徒たちの目に明るい光が灯る。


「じゃ、じゃあ、また何があったらお願いしていいですか!?」

「と、友達にも困っている人がいて、ロコさんのこと教えてあげてもいいですか? この寮、結構傷んでるところがあって……」

「う、うーん、それは……」


 ロコが口ごもるのを見たルーキは、彼の肩に手を置き、


「やってやれよロコ。得意分野なんだし、全部の授業に参加してるわけじゃないんだろ?」


 するとロコは小さな声で、


「そりゃそうだけど、なんかここの人たち怖いんだよ。人を珍獣でも見るみたいさ……」

「ち、ちん……!?」

「え?」

「い、いや、何でもない……。続けて」

「とにかく、普段は静かなのに、いきなりすごい勢いで話してきたりして、次に何するかわからないんだよ。刺激に飢えてるっていうか……」


 ロコは気乗りしないようだったが、ルーキの気持ちは違っていた。


「でも俺としては、ロコはもっと色んな人に評価されてほしいな。あのグラップルクローだってヤバイ性能してるのに、俺しかわかってねえからな」

「そ、それは嬉しい……けどさ。……ルーキは何ともないわけ? 僕がその……色んな女の子の部屋にふらふら出入りしてさ」

「えっ? 何で?」

「……イラッ☆」


 ロコは笑顔で寮生に振り返ると、さっきまでの躊躇が嘘のように爽やかな声で言った。


「うん。僕でよかったらいつでも相談してよ。ルーキと二人ですぐ行くから」

「えっ、お二人で!?」

「やったわ。ベストカップ……コンビ!」


 小躍りでもしかねないほど喜ぶ少女たちの傍ら、驚いたのはルーキだ。


「俺もか!?」と詰め寄ると「そりゃそうだよ」と、ロコにしては極めて珍しく意地悪そうに微笑み、

「僕一人じゃ手が足りない時もあるだろうし、女の子たちに手伝わせるわけにもいかないからね。となると男手はルーキしかいないから、必然的にそうなるよね。そうなるってわかってて、さっきああ言ったんだよね。まさか今さら違うとは言わないよね? あ~あ、一人でお仕事寂しいな~っと」

「うぐっ……!?」


 当然そこまで考えてなどいなかったが、ここで知らぬ存ぜぬと言い張るわけにもいかない。コケンにかかわるというやつだ。


「わ、わかった。ただ、なるべく時間かからないやつにしてな? 放課後は勉強したいから……」

「いいよっ♪」


 ロコの満面の笑顔に頭を抱えそうになっていると、寮生の一人がルーキに恐る恐る声をかけてきた。


「あのっ……二年のエルカ様を陰ながら御守りしているもと異空円卓騎士団最強の無名聖霊守護士のルーキさん、ですよねっ……?」

「……名前だけはそうだよ」


 ルーキが渋面しながら応じると、


「ほらぁ、秘密なんだって……」

「あっ、ごっ、ごめんなさい!」

「いやホントにあってるの名前だけだから。他のは全部ウソだから」

「はっ、はい。誰にも言いません。大丈夫です」

「秘密は守ります!“メタ・デモニック・オーダー”頑張ってください!」

「誰だよ(ピネガキ)」


 もはや何を言ってもダメそうだった。


 エルカお嬢さんがばら撒いた噂は、わけのわからない領域にまで根を張っているようだ。


「お二人とも、すごくカッコよかったです。どうもありがとうございました!」

「お幸せに!」


 そうしてルーキたちは盛大に見送られたわけだが……。

 その後、どこからともなく飛んできた矢文にはこう記載されていた。


 性格+20

 容姿+10

 デリカシー+30


「何で上がるんだよ俺何もしてないだろうがあああああああああ!!!」


 しかもかなりの伸び具合だ。単にロコの手伝いをしただけでどうしてこんなに上がるのか。珍獣補正か。それとも何か別の要因が絡んでいるのか。さっぱりわからない。


 さらに以下の噂が追加された模様。


〈エルカお嬢様の守護騎士にとっても綺麗なパートナーの存在が発覚〉

〈まるで兄弟のように仲睦まじい二人。だが待ってほしい。パートナーは本当に男の子?〉

〈何がいけないの?(威圧)〉


 下校フェーズへ続く(KITNYMD)。

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