第114話 ガバ勢とスクールメイズ
「そ、それでは行きましょうかルーキさん」
少し視線は泳いでいるが、ミサリの態度によそよそしさはなかった。
彼女の後ろでジェニルファーとロレッタが手を振ったりピースしているのは「ある程度のフォローはしておいた」ということなのかもしれない。
ちなみにこの放課後学校案内。委員長曰く、今だけは安全とのこと。
学校の各施設には、それぞれをテリトリーとする少女たちが存在する。ルーキの評価値が出会いのトゥンク基準を満たしてしまっている場合、そのうちの誰かと遭遇してしまう可能性は高い。
しかし、登校初日ですべての評価値が低い今のうちなら、そうした出会いも少なくて済むだろうという見解だ。
もっとも、一部の数値が無駄に上がってしまった今、油断は禁物ではあるが……。
(“乙女の嗜みクラブ”会員のこともあるし、ここは気合入れていこう……!)
ルーキは気を引き締めて、学校案内に臨んだ。
改めて思うことは、この学院は学校の形をした城だということ。
図書室は三つもあり、音楽室、美術室など芸術関連の特別教室は、ほとんど「会場」と呼べるほどの規模と施設を誇っている。
迂闊に動き回れば迷子にだってなれるだろう。もはや城というより迷宮だ。
ガチ勢の中には暗闇の中でも一切光に頼ることなくダンジョンを駆け抜ける猛者もいるというが、この学院でルーキを惑わせる障害は広大な敷地だけではない。
通用口から校舎外に出たところで、呼びかける声があった。
「おーいルーキ。コンドジしようぜ!」
「申し訳ないがnkzmのノリで人に決闘を申し込むのはNG」
ルーキは、炎が描かれたマイボールを小脇に抱えたエイチを軽くあしらった。彼は不満げに鼻の頭にしわを寄せると、
「何だ。忙しいのか?」
「ああ。訳あってRTA中だ」
「ちっ、走者がRTA中というなら他の何も手がつかんか……。仕方ない。だが、それが終わったら必ず付き合えよ。勝手におれの前から消えるな。いいな、絶対だぞ!」
ビシィと指をさしてくるエイチの背後で、いつの間にかできたらしい彼の取り巻きの女生徒たちが「きゃーっ」とか「うほ~」とか謎の歓声を上げる。
「わ、わかったよ……」とルーキが応じると、エイチは少女数名を
「ルーキさんはエイチ先生とお知り合いだったんですね」
ミサリがごく自然にたずねてくる。
「ああ。前は敵同士だったんだけどな」
「ええっ。それって、かつての敵が仲間になる胸熱展開じゃない。その話も聞かせてよ」
ロレッタがせがんでくるので、ルーキは「ああ」とうなずきそうになったが、カッ……と目を見開いた委員長の眼光に黙らされ「こ、今度ね」と曖昧な返事にとどめた。
中庭に出る。
ベンチに腰掛けて談笑する少女たち。かと思えば、野外ホールで発声練習をする演劇部の姿もあり、園芸部なのか、上を体操服に着替えて花壇の手入れをしている少女たちの姿もちらほら。
ルーキを見ると、一様に驚いた顔をしたり、楽しそうに何かを囁き合ったりする。
「――であるからして、走者のガバに対する規制は厳しく取り締まっていかなければならないのです」
凛とした響きが中庭のパビリオンから聞こえてきて、ルーキの顔を振り向かせた。
声にも話の内容にも心当たりがあると思えば、そこにいるのは椅子に座った生徒たちに囲まれるエルカだった。
「見事な演説よ。論点にもブレがないし、話し方もわかりやすい。素晴らしいわエルカさん」
品の良い中年の女教師がぱちぱちと手を叩くと、他の生徒たちも先を競うように拍手を重ね始めた。
「あれは弁論クラブです。自分の主張をわかりやすく、かつ、的確に相手に伝えるための勉強をしているのですよ。エルカさんはコンクール入賞の常連で、我が校のエースでもありますね」
ミサリが誇らしげにそれを説明してくれた。
「えぇ……? ホントにあれがエルカお嬢さんなのか……?」
ユメミクサと一緒にアパートに怒鳴り込んで来ては、まったく理屈になっていない理屈でこっちを引っ張り出し、要領を得ない世間話を無作為に投げ散らかしてくるポンコツワガママお嬢様が、場所が変わればこんなふうになるものなのか。
ルーキがぼんやり眺めていると、それまで少し照れた態度だったエルカがこちらにはっと気づき、「こ、このくらい、当然のことですわ」という声が聞こえてきそうな態度で、つんと澄まし顔になった。
まあ、あちらにも学校での顔があるだろうし、わざわざ茶々を入れに行くこともないだろう。
パビリオンには近づかず道を折れるが、何だか背後に物欲しそうな視線がチラチラと断続的に照射されているのを感じ、一度だけ振り向く。
素知らぬ顔のエルカが、すでに別の生徒が始めた演説を熱心に聞き入っていた。気のせいだったようだ。
次に向かったのはクラブ棟。
各クラブの部室が入っている母屋は、ちょっとした高級マンションの外観だ。例の〈乙女の嗜みクラブ〉もここにあるようだが、あの頭突き少女を追うことはリズから固く禁じられている。
思わせぶりな登場をしてくれた彼女には申し訳ないが、クラブ棟の案内は辞退させてもらうべきだろう。
そう考え、すぐにそこを立ち去ろうとしたルーキだったが。
「ついにここまで来たわね……! 男子!」
敵意に満ちた声が響き、「とう!」という掛け声と共に、ルーキの目の前に二つの人影が躍り出た。
「花も恥じらう乙女の園に土足で踏み込むその暴挙。たとえ天が許しても、このあたしが許さない! ブラックリリーナ参上!」
「ホ、ホワイトリリーナ推参……」
「乙女に割り込む無粋な男子は――」
「と、とっとと地獄でガイアッしろ……!」
ドーンと背後で華やかな爆発が起こったかのようにポーズを決めたのは、制服姿の少女たちだった。
共にメカメカしい黒と白のバイザーで目元を隠しているため顔かたちはよくわからないが、ブラックリリーナはブラウンのショートヘアで、ホワイトリリーナは綺麗なダークロングヘアだ。
一瞬ぎょっとしたが、“乙女の嗜みクラブ”のあの少女ではない。
「一体何だ?」
「あらっ、リリリーナじゃない!」
答えとなる歓声を上げたのはロレッタだった。
「知ってるのか?」
ルーキが聞くと彼女は力強くうなずき、
「中等部の女の子たちで、女の子同士がねっちょり仲良くする漫画を描いて校内にばら撒いてるのよ。わたしも何冊か持ってるわ。ほら」
鞄から取り出して見せてくる。手作り感満載の、厚みのない、せいぜい十数ページくらいの漫画だ。
「いつも楽しく読ませてもらってるわリリリリーナ先生。二人とも頑張ってね」
「あっ、どうも!」
「応援あじゃじゃす……」
ロレッタは二人と嬉しそうに握手をし、サインまで書いてもらった。
「……じゃ、流しますね……」
それを見届けたルーキがその場から立ち去ろうとすると、
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ男子! 何勝手にいなくなろうとしてるの!? 話はこれからよ!」
ブラックリリーナがホワイトリリーナの手を取り、ばたばたと回り込んできた。
面倒なことになる予感しかしない。ここはしっかりと言っておくべきだろう。
「すまないがメインキャラ以外は帰ってくれないか」
「はあ!? そっちから関わっておきながら何て言い草よ! あなただけは許さない!」
「えぇ……? 俺が何かしたのか?」
「さっき言ったでしょ! 男子のくせにこの学院に踏み込んできた! それ自体が罪!」
びしぃと指先を突きつけながら、ブラックは声を張り上げた。
「ここはね、清らかな女子のみが集う乙女の聖域なの! 不純物が混じり込んだ時点で崩壊してしまう繊細な場所なのよ! その背景の一部にでも男がいたら、おれも仲間にいれてくれよーって割り込んで来るに決まってる! そんなの絶対許されない! あえて言うわ、カスであると!」
「ども……ルーカス先輩……」
「誰だよ(ピネガキ)」
好き放題言ってくる少女二人にルーキが渋面していると、
「まあ、いけませんよリリリリリーナさん。目上の人に向かってそんな失礼な言葉を使っては」
ミサリが前に出て、お姉さんっぽく、しかし少し強めに二人を嗜める。聖職者は言葉遣いや礼儀には特にうるさいものだ。
「うっ! シスター・ミサリ!? シスターが敵に回った!?」
怯むブラックに、体を縮こまらせたホワイトが囁くように告げる。
「シスターはもうルーカス先輩にぐへへされちゃったんだよ……。他の先輩たちもぐへへ済みなんだよ。このままじゃクロエちゃんも……」
「ばっ、ばかっ、マシロ。名前を言っちゃダメ! あたしたちの活動は学院にも秘密なんだから、それを盾に脅されたら逆らえなくなっちゃうでしょ!」
「どうしよう。わたしたちのキマシタイムにもルーカス先輩が割り込んで来る……。きっと可愛いクロエちゃんばかりが執拗に狙われて、わたしは強制ダブルピースをねっとり見せつけられるんだ……」
「何言ってるの! 男子はマシロみたいな子の方が好きなのよ。あなたの方が危ないわ!」
ブラックとホワイトは、お互いを守るように抱きしめながら勝手に嘆き出した。
それを見たルーキとリズは、
「リリリリリリーナ先生って、Rの数安定しないよな」
「何だか微笑ましい二人ですね」
つぶやき合ってから、チャートを確認する。
クロエ・リボンヌ&マシロ・マーガレット。
中等部二年生。
出会い条件: 開拓20 根性20
(開拓20か……。サクラからの連絡は受けてないけど、授業で派手に宣伝しちまったからな……。それくらいの評価はついてるか)
ひとまず、二人がお互いの将来を悲観している今が逃走するチャンスのようだ。ここで姿を消せば、あの体当たり女子のように、これ以上話が広がることもないだろう。
ルーキたちは素早くその場を離れた。
目論見通り、二人は追ってこなかった。
(よーし、大正解!)
これで後顧の憂いは完全に断った。田んぼや川の様子を見に風呂に入っても大丈夫だろう。
クラブ棟からすっかり離れたところで、この中では一番の多弁家であるロレッタがミサリに呼びかける。
「ねえシスター? シスターって男女の距離にうるさいけど、女同士はいいの? そういうの描いてるリリリリリリリリーナ先生を怒らないみたいだけど」
するとミサリは「はい?」と不思議そうに首を傾げ、
「ロレッタさんはご存知ないかもしれませんが、世界では、女性は女生と親密以上の関係になるのが普通なんですよ。むしろそれ以外は不道徳なのです。わたしが回った土地ではみなそう言っていました」
「えっ」
「だから、彼女たちの活動は正しい人間関係を啓蒙するとても立派なものだと思います。学院はそういった個人的なことまでは立ち入れませんから、あえて黙認しているのでしょう。あっ、もちろんわたしも先生の作品は持っていますよ。えへへ……」
少し気恥ずかしそうに鞄から薄い本を取り出して見せてくるミサリに、それ以上何かを指摘する者はいなかった。
※
石畳の細道の先に、より集合住宅めいた建物が見えた。
「ミサリ、あっちにある建物は?」
ルーキが聞くと「あれは寮です」との答えがミサリから返ってくる。
「ほとんどの生徒はルタの街に住んでいますが、中にはよその街から来ている者もいます。かく言うわたしも寮生ですわ」
「へえ……」
さすがにあそこには立ち入れない。そう思って、すぐに通り過ぎようとしたルーキだが、建物の入り口付近でうろうろする怪しい人影を見て思わず足を止めた。
少女たちも足を止め、怪訝そうにお互いの顔を見合わせる。
その人影は、ワインレッドのジャケットを羽織っていながら、ズボンをはいていたのだ。
つまり、男子。
ルーキはその後姿に、驚きの声を浴びせていた。
「あっ!? ロコ!?」
「えっ!? ルーキ!?」
目を見開いた顔で、彼が振り返った。
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